無能勇者、一目散に逃げる
武器庫の中には、様々な武具の数々が備えられている。美しく輝く剣、周囲の魔力を揺るがすほどの強弓、人間には操れないのではないかと思うほど大きな槍。伝説に語られた物と、特徴が酷似している武器や鎧もあった。
しかし、その異常な武器の中に、そのマントはあった。
薄く汚れた赤いマント。材質にも周囲の魔力にも変わった物は見られず、しかし武器庫のど真ん中に飾られている。仮にここが大魔王のコレクションルームだとして、他の武器はともかく、あのマントに価値があるようにはどうしても思えなかった。
(でも、あれを手に入れれば……)
一応、結界や罠の類が無いかもう一度調べる。――よし、大丈夫そうだ。飾られているマントに手を触れ、それを手に取る。肌触りは思っていたよりも良くて、俺が考えていたよりもいいもの……なのか? まぁ、俺には関係ない話だが――。
「貴様、そこで何をしている」
「!?」
振り返ると、そこには数多の魔物を従えた骸骨が居た。恐ろしく細いであろう体には魔術師のようなローブを羽織っており、片手には歪な杖が握られている。背後の魔物たちも十分な脅威だが、奴だけは、奴の周囲だけは別格に危険だった。
(気づかれた! くそっ、あの様子だと魔法使いか……!)
「――ふん、ゴルゴーンを倒した淫魔と同じにするな。私が、私こそが! この魔王軍四天王、『死霊軍団』ウィノパルスこそが! この世界最強の魔法使いなのだッ!」
奴の骨が軋むと、俺の骨も軋みだす。――無動作。魔法発動の隙や予備動作すら見せないそれは、世界でも数人しか行えないような最上位の魔法使用だった。
「がっ……ああっ!」
「お前が捕らえられ、所有権があの男に渡った時はもしやとは思ったが……成程やはりか! やはり、奴も人の子だったという訳だ!」
息ができない、見えない何かに首を絞められている。首だけではない、鳩尾に硬く重いものが押し当てられていて、肺の中の空気が全て押し出される!
「感謝するぞ無能勇者! 貴様のおかげで、私は大義名分を以てあの男を実験台にできる……『憤雷の一族』のデータはまだまだ足りない、奴の能力を解明できれば――」
――怒りを、此処に。かき集めた感情を燃え上がる憤炎に変え、俺は周囲に赫雷を撃ち放った。不意を突いたため攻撃が成功したが次は無い、息を整え、すぐさま、走る! 一気に魔物たちを掻い潜って、廊下にさえ出れば逃げ切れる!
「逃がすなぁ!」
廊下に出ることは出来た、しかし今度は追手が来る。振り返るとそこには、狼のような魔物が三体、俺目がけて走って来た。赫雷を放つ、しかし照準の定まっていない一撃などでは牽制にすらならなかった。三匹とも攻撃を避け、確実に俺との距離を詰めて来た。――うちの一匹が飛び、俺の顔面目掛けて牙を向けてきた。
(――やられ――)
「おっ、きちんとおつかいできてんじゃねぇか」
その声には、聞き覚えがあった。目線をずらすと、そこには宙を舞う奴がいた。迸る赫雷、皺の寄った眉間……赤く照らされ輝く白髪!
「――おらよ犬っころ! ご褒美のグーパンだぁ!」
うなじの部分に突き刺さったアルカの拳は、そのまま魔犬を貫通して地面に突き刺さる。それだけに留まらず、高出力広範囲の赫雷は、残りの魔物の大半を塵に変貌させた。
「……本当に、逃がしてくれるんだな」
「あったりまえだ、約束は守らなきゃ」
立てるか? 差し出された手を、強めにひっぱたいてやった。アルカはそれを満足そうに見た後、俺を肘でつついて来た。そうこなくっちゃなぁ、と、そう言いたげに。
「んじゃ、一目散に逃げるか!」
俺は、走った。裏切りに裏切りを重ねた果てに、再び彼らに頭を下げるために……魔王城の中では、瞬く間に雄叫びが上がり続けていた。二人の赫雷を潰さんとする、魔王軍の精鋭たちの雄叫びが。




