竜刻、英雄に非ず
かつて『竜刻』と呼ばれたその男は、『卵』と対峙していた。
それは眩い程に白く、逆に濁ってさえ見える程の輝きを放っていた。芸術や歓声に疎い自分でも、あれが世界屈指の美を秘めているという事だけは察せられた。
しかし、それはあまりにも大きかったのだ。鶏などの畜生の物とは比べ物にならない、ドラゴンの『卵』に匹敵するほどの大きさだ。――しかし、数えきれないほどの竜を殺してきた自分だからこそ、これがドラゴンの物ではないという事が手に取るように分かる。
目の前の『卵』は、綺麗すぎるのだ。自分が今まで見てきたドラゴンの卵はどれもこれも禍々しい気配を放っており、見た目が綺麗でも、見た瞬間に「ざわり」と来る物があるのだ。
「なぁ、王女さんよぉ。あれが何だか、アンタ知ってるんだろ?」
縛られた非力な王女は、答えない。俺を見据えるその目の中には、揺るぎない殺意と、無礼に対する怒りが込められていた。陽気で、呑気な妖精共の王なのだから、ろくなものではないと思っていた。――が、これならばこの国の未来は安泰だろう。
「言わないなら、俺は当てるぜ? ――妖精の王アベロン。テメェのお父上様だ」
「ッ――!」
均衡を保っていた殺意と怒り、そのバランスが崩れる。不安と、怒りが、縛られても尚声を上げる妖精の周りで、渦を巻いていた。
「やめなさい、英雄ベルグエル! 父から妖精の加護を受けた貴方が、恩を仇で返す気ですか⁉ 一体貴方に何があったというのです……あんなにボロボロになってまで、この国を救ってくださったあなたが! 何故魔王などに従っているのですか⁉」
「……さぁな」
後腐れが有ってはいけない。妖精たちの住処を奪い、美しきこの国を腐敗臭の漂う地獄に変えてしまった自分に、いい訳なんて選択肢は残されていない。――俺は、英雄としての俺を捨てた。だったら残された道は、恩知らずな裏切り者としての惨めな死だ。
「父親なら誰だって、自分の娘が可愛いだろ?」
潮が引くかのように、王女の怒りが引いていく。別にこんな同情や、正当な糾弾を思い留まって欲しいから言ったわけではない。ただ、俺がどうしてこんなことをしてしまったのか……それだけは、言っておかなければ気が済まなかった。
この『卵』を割れば、あいつは自由になる。それだけを支えに、俺は聖剣の柄を握りしめた。




