カネロの街3
よろしゅう
お店の入り口の前に立つと中から女性の怒鳴り声が聞こえた。
「なんだ?」
疑問に思いながらも、気にしても仕方ないとドアを開ける。
「すみませ……」
僕が話しかけようとしたときに被せるように、「逃げるな!ちゃんと話を聞け!」と長い後ろ髪をアップでまとめ、気の強そうな目をした美人の女性が、逃げようとする背の低い男性の首根っこを掴んで怒っていた。
首根っこを掴まれている男性は、「ごめんなさーい!」と言いながら走って逃げようとしている。だが、首根っこを掴まれているため、逃げられない。
「あんたは!どうしていつもいつも!困ってるって人にお金を渡しちまうんだよ!」
「困ってる人がいたら助けるのが常識だから……」
「それはそうだよ。だけどね!自分が騙されてるのかどうかくらい考えたらどうなんだい!いつもいつも困ってるって言われると誰かれかまわず金を渡しちまうんだから!」
「それは……ごめん」
「はぁ……まあ、お人好しなところもあんたの良いところなんだけどね……」
男性とのやりとりがひと段落したところで、女性がはっ!としたように僕の存在に気がついて、
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
と、頭を下げる。
男性も遅れて僕がいることに気がついたようで、
「お恥ずかしところをお見せしてしまい申し訳ありません」
と、謝罪する。
「いえいえ。気にしてないので、頭を上げてください」
「「ありがとうございます」」
男性と女性は顔を上げる。
女性は、「何をお求めでしょうか?」
と、接客をはじめようとしたところで、隣の男性が、驚いた顔で「え?」と固まると続けて、「リック?」という。
微かに聞こえた「リック」という名で僕は確信した。
「フィーナさんが、仕事が忙しいのもわかるけど、たまには帰ってきなさい!って怒ってましたよ。ベスターさん」
「うげ!その名前だけは聞きたくねぇ……え?その名前を知っていて、リックとナターシャの面影のある顔、お前、やっぱりレッドか!」
「はい。10年ぶりですかね。お久しぶりです」
背の低い無精髭を生やしたどこか頼りなさそうな感じ。小さい頃にあった時と変わってない。
ベスターさんは、僕だとわかるとカウンターから駆け出して僕の方へと向かってくる。
「でかくなったな!10年前に会った時は、圧倒的に俺より小さかったのに……」
「そうですね。今ならべスターさんをよしよしできますね」
「お前……10年前のこと根に持ってんな……」
「はい。ベスターさんにチビって言われたことは昨日のことのように覚えてますよ」
2人で話に花を咲かせていると、「その子、ベスターの知り合い?」
女性がベスターさんに質問する。
「ああ!前に話したことがあったろ?俺の親友の息子の話」
「うーん……」
「ほら!俺が世界を旅する前にいた村のことだよ!」
「ああ!あなたが「あいつは大きくなっても俺より高くなることはないな!なぜなら、同じ年頃の時の俺の方が大きかったからだ!」って話していた子ね」
「ミク!余計なこと言うんじゃねえ!」
ほう!ベスターさんは僕のことをそんなふうに紹介していたのか……
「ベスターさん。小さい頃に父さん達と組手をして鍛えたって聞いたことがあるんですけど本当ですか?」
「ああ。毎日のようにしてたぞ!お前の父さんのリックやハウグストにだって勝ったことがあるぞ!」
「おお!それはすごい!」
「ふふふ。そうだろう!」
「あの2人に勝つなんてなかなかできないですよ」
「確かにな。あの2人は当時からとてつもなく強かったからな。だが、俺もあの2人に負けないほど強かったぞ?」
「そうなんですね!すごい!なら、ぼくと組み手をしてください。何日も組手してなかったから、感が鈍ってたんですよね。ちょうどいいので相手をしてください。あの2人に勝つほどの力を持っているんだから、もちろん全力でお相手させていただきますね」
ぼくの申し出に、ベスターさんは顔を引き攣らせる。
一度、隣にいる女性の顔を見て、
「おーし!やってやってもいいぞ?ただし!俺も相当久しぶりだからかなり!大事なことだから2回言うぞ?かなり!体が鈍っている!もちろん!お互いのためにまじめにやる!が!久しぶりだし!最も手を抜いて相手をしてやる。だから!お前も最も手を抜け!いいな!」
「保証はしかねます」
さて、この件はこれで解決。あとは殺るだけ。早速本題に入らないとな。
僕は、懐からフィーナさんの書いた手紙を出す。
「ベスターさん。僕たちは、あなたを頼りに、この街まできました。それは、とても口にできない理由です。詳しくはこの手紙に書いてあります。これを読んでから判断してください」
僕は真剣な顔でベスターさんに手紙を渡す。
ベスターさんは、「わかった。店の奥に行こう。ミク。店番頼む」と言い、カウンターの奥にある扉を開け、接客用の部屋なのかソファが置かれ、それなりに高そうな置物などが置かれている部屋に通された。
ベスターさんに促されソファに座る。
僕が座るとベスターさんは2人分のお茶を入れて持ってきてくれた。
それから、自身も椅子に腰掛け、手紙を読み始める。
「……」
僕は待っている間にお茶を口にする。
どのくらい経ったか、ベスターさんのお茶から湯気が消えてしばらく。
「レッド。大体の事情はわかった。俺もアルメリア王国については不穏な噂を耳にしていたからその噂とも合致する点がある。それに、あの2人にここまでお願いされて断れるはずがねえし、俺の大事な家族のリックとナターシャの子の願いだ!ドン!と俺に任せろ!」
「はい!よろしくお願いします!」
こうして、僕たちはベスターさんの元で暮らすことになった。
「それじゃ、店の横に従業員用の家があるから、そこを使え」
「はい。わかりました」
「それから、働くならうちで働け。ちょうど人手が足りないところだったからな」
「いいんですか!ありがとうございます」
「どうってことねぇよ」
その後、僕はバスターさんの店を出て、宿屋「止まり木」に向かい、ルーナに事情を説明し、荷物をまとめてチェックアウトする。
道中、人見知りのルーナにベスターさんがどんな感じの人物かを話した。
「どこかハウグストに似たところがある人だから、すぐになれると思うよ」
そう伝えると少し安心していた。
それから、僕はルーナを伴って、改めてお世話になるベスターさんとミクさんに挨拶をして、ルーナの自己紹介。
ベスターさんは、緊張することなく「よろしくな」とどこかハウグストに似た皺のある顔で笑う。
ミクさんは、緊張してるが、何とか頑張って挨拶するルーナを見て、「赤い顔しちゃって可愛いわね。私はミクっていうの。よろしくね」とルーナの頭を撫でていた。
挨拶が終わると、荷物を片付け、夕食を共にする頃には口数は少ないがベスターさん達と楽しく話すルーナの姿があった。