恋人になりました編2
「わぁ~、海だ!」
「今日はちょうど晴れてよかったね。」
「この時期の海ってこんな感じなんですね!」
「うん。もうすぐ春だから、外に出ても思っているほど寒いって程ではないかもね。」
「そうなんですね!」
「さぁ、絢ちゃん。お腹空いてるでしょ。ちょうどお昼にはいい時間かな。」
「はい。お腹すきました!!!」
「俺もだよ。さぁ行こう。」
絢音と征爾は海辺の可愛らしいお店に入っていく。
「わぁ~可愛い!」
「食事も美味しいらしいよ。」
「え、先生来たことは?」
「うん。俺も初めて。」
「そうなんですか?」
「そうだよ。絢ちゃんと来るところは俺がこだわって選びたかったんだ。二人で初めての美味しいお店探しだね。」
「初めて…そうですね。」
絢音は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
あぁ…絢音は可愛いな…
ドライブでは楽しそうだった…
海が見えたらはしゃいでいたしな…
あぁ…可愛い…キスしたい…
絢音…合格できてよかったね…
絢音…絢音…早く俺のことを好きだって気づいて…
まだ…絢音にとっては…淡い恋心かもしれないけれど…
早く…早く俺のことをもっと好きになって…
絢音…愛しているよ…
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。予約をしていた樫村です。」
「樫村様…お二人様ですね。」
「はい。」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
二人は海が見える奥の席に案内された。
この奥の場所は3組ほどの席があり、それぞれが全て衝立で仕切られていて、テーブル同士も隣の席の会話が聞こえない程度に距離があり、ゆったりと食事ができるようになっている。
征爾が、予約しているメニューで、とお願いをし、二人はそのまま向かい合って席に座った。
「先生、予約をしてくださったんですね。」
「うん。絢ちゃんとゆっくり食事をしたかったからね。」
「ありがとうございます。」
「合格のお祝いだからね。もう食事はお願いしているから楽しみにしてて。あ、今回はお母さんにもお伝えしているから支払いとかは大丈夫だよ。」
「先生、いろいろと…ありがとうございます。そしたら…遠慮なくランチを楽しみます!」
絢音が嬉しそうにはにかむ。
どんなメニューかな…と声に出して楽しみにしている。
絢音…可愛い…本当に…可愛い…
「絢ちゃん、だいじょうぶだったでしょ?しっかり合格していたね。」
「先生のおかげです。本当に、本当にありがとうございます!」
「自己採点で大丈夫だったからね。でもよかったよ。ちゃんと合格をもらうまでは確実っていうわけでもないからね。」
「はい。昨日はほとんど眠れなくて…ずっと緊張していました。」
「うん。さっき車の中でうとうとしていたでしょ。」
「す、すみません…合格できたんだって思ったらホッとしちゃって…」
「いいよ、絢ちゃん。絢ちゃんのとろんとした顔も可愛かったし。」
「わぁ~~~~~。先生、それ、ものすごく恥ずかしいです…。先生に変な顔見られちゃった…」
「それだけ頑張ったんだよ。俺は絢ちゃんが頑張ってきたのを知っているからね。気にしないで。」
「そ…そうですけど…」
「あ、食事が来たみたいだね。いただこうか。」
「はい。あ!!!美味しそう~~~~~」
二人はこれまでの受験勉強や、これからの大学生としての勉強などについて話しながら食事を楽しんだ。出される料理はどれも美味しく、今は食後のコーヒー(絢音はお茶)とデザートをいただいたところだ。
「美味しかった!先生、ごちそうさまでした。とても美味しかったです。連れてきていただいてありがとうございます。」
「絢ちゃんに喜んでもらえてよかった。」
「先生には沢山助けていただいて、本当に感謝しかありません。本当に…でも…もう…」
「ん?」
「…もう…先生とは…会えなくなっちゃいますね…先生もこの春から社会人ですよね。私も大学生で…」
「絢ちゃん…」
「あの…本当にありがとうございました。先生にたくさん教えていただいて、合格できたのは先生のおかげです。これからは…大学生として頑張ります。」
「絢ちゃん…もう…俺とは会わないつもり?」
「え?いえ…でも…家庭教師をお願いしているのは受験までで…私は…」
「俺は絢ちゃんとこれからもこうやって会いたいなって思ってるよ。」
「え、本当に?」
「うん。絢ちゃんは嫌?」
「嫌なことは無いです。嬉しいかも…。でも…先生はこれから忙しくなりますよね…そうしたらただの知り合いの妹分が…先生の時間を削ってもらうのは申し訳ないなって…その…先生に…か…彼女さんとか…いたら…申し訳ない…し…」
「絢ちゃん…」
絢音は自分で言っておきながら、だんだんと悲しくなってきた。
そう、そうなのだ。先生はとてもかっこいい人で、自分と一緒に並んでいると、周りの女性がみんな征爾に視線を向けてくる。私みたいな子どもが横に並んでいると、誰こいつ、的な視線を感じる。ただの先生と生徒ですよーと言って、だからそんな目でこっちを睨まないで―、と言いたい自分と、先生が自分に優しくしてくれてるのをちょっと嬉しいと思って自慢したい気持ちと両方ある。確かに先生は格好いいけれど…そういうところではなくて、先生はとっても優しくて、思いやりがあって、いつも忙しくても一生懸命自分を助けてくれて…本当に本当に素敵な人なのだ。
そして、そんな人には素敵な彼女さんがいてもおかしくないし…今は…私の受験のために先生は一生懸命助けてくれたけど、もうそれも必要なくて、私のために先生の時間を割かなくてもよくなったら、きっと素敵な彼女さんができちゃうだろうし…それを考えると…やっぱりというか…とっても悲しい…
そっか…私…先生のこと………
でも…こんな子どもじゃ、釣り合わないし…先生は私が生徒だから一生懸命助けてくれたし…こんなに素敵な先生だから…好きになっちゃってもしょうがないよね…私の…初恋…かな…
これから…先生には先生の生活が始まっちゃうからもう…今までみたいにっていうのは無理だろうし…この数か月が本当に、毎日に近いくらい頻繁に先生に会っていたから、余計にそう思っちゃうのかな…初恋は実らないって言うし…悲しいけど…先生に、ありがとうって言って…それで…できれば笑顔でさようならしないと…
「絢ちゃん…」
「せ、先生…あの…今まで…本当にありがとうございました。その…たまに会った時に、お話してくれると嬉しいです。先生これから忙しくなるだろうし…私が先生の邪魔をしたら申し訳ないなって…」
「………絢ちゃんは…俺と一緒に居たくないの?」
「え、そんなことないです。全然ないです。」
「じゃ、またこれからも会ってくれる?」
「そ、それは、嬉しいですけど…」
「けど?」
「でも…先生の邪魔に…」
「何が邪魔?」
「え…先生の…これからできる彼女さんに…」
「俺の彼女?」
「え、はい…先生…かっこいいから…私の面倒を見なくてもよくなれば…いっぱい…」
「…絢ちゃん…」
「……」
「うーん…どうしようかな…」
「え…どうしようって?」
「本当は、この後、植物園に行って話そうかと思ってたんだけど…俺の方が我慢できないみたい。」
「え、我慢?」
「ねぇ、絢ちゃん。」
「はい…」
「俺…絢ちゃんのこと好きだよ。」
「好き……。え………えっぅ!!!」
「絢ちゃん、好きっていうのは、絢ちゃんのことを女性として好きっていうことだよ。妹のようにとか、一切ないから。」
「あの…あの…あの…」
「俺ね、今まで…絢ちゃんに会うまでは誰も好きになったことなかったし、当然女性と付き合ったこともなかったんだよね。」
「え、先生…こんなにかっこいいのに…」
「うーん…まぁ…そうだね…いろいろとアプローチされたり告白されたりしたことは多かったけど…」
「ですよね…」
「うん。今まではそれがただ面倒でしかないと思ってたんだよね。だから、誰とも付き合ったことないし、誰かと付き合いたいとも思わなかった。でもね…」
征爾は絢音の顔を見つめた。見つめられて絢音の顔が赤くなる。
「絢ちゃん…可愛いな…」
「そ…その…」
「絢ちゃんに会って、すぐに絢ちゃんのこと本気で好きになった。誰にも渡したくないって思うくらいにね。」
「え…えっと…え…あの…わたし…」
「絢ちゃん受験だったから。俺は、それは絶対邪魔したくなかったし、絢ちゃんの夢は俺が全力で支えたかった。だから…俺を信頼して一生懸命勉強をしてる絢ちゃんの側にいて、それで一緒に合格発表を見ることができて、正直、俺自身が感無量って感じだよ。絢ちゃん、よく頑張ったよね。」
「あ、ありがとう…ございます…」
「うん。それでね、俺は絢ちゃんと今までみたいに…できればもっと頻繁に会いたい…絢ちゃんは俺ともう会いたくない?」
「わ、私も…その…先生に…会えたら嬉しい…です…私も…先生のこと…」
「俺のこと…何?」
「え!…あの…その…」
「絢ちゃん、俺はね………。そうだね…俺からちゃんと言う。隠樹絢音さん。」
「は、はい!」
「隠樹絢音さん。あなたのことが好きです。俺と付き合ってください。俺の…恋人になって、絢ちゃん。本気の恋人だよ。」
「あ…あの…先生…あの…わたし…も…先生の…こと…す…好き…です…」
「絢ちゃん!これから…俺の恋人になってくれる?」
「は、はい。…先生の…こ…こい……あ…あの……か、彼女さんに…なる…んですよね。」
「うん。そうなんだけどね…彼女っていうより、恋人、だね。」
「こ、恋人…さん…ですか?か、彼女さんとの違いは…」
「うーん…俺の心の問題…かな?俺にとっては、ずっと一緒に居たい、これからもずっとっていう意味で、『彼女』だと俺のその気持ちに釣り合ってないんだ。俺にとっては絢ちゃん…絢音は彼女じゃなくて恋人だよ。」
「え…えっと…私には…まだその違いはよくわからないんですけど…でも…う、嬉しいです。先生…これからも…よろしくお願いします。」
「絢ちゃん…先生じゃなくて…」
「えっと…あの…」
「…絢音…俺のこと…名前で呼んで。『先生』じゃなくて…」
「…っ!…あ…あの…あの…せ…せ…せんせい…」
「俺もこれからは『絢音』って言う。…ん…『アヤ』もいいな…うん。そうしよう。普段は『アヤ』って呼ぶ。いい、アヤ?」
「え、は、は…ぃ……………」
絢音は顔だけではなく、首筋まで真っ赤っ赤だ。
…可愛い…強烈に…猛烈に可愛い…
…赤くなったアヤの首筋を…舐めたい…
…キスして…そのままドロドロにしたい…
…アヤ…俺のアヤ…もう離さないからな…
「アヤ、俺のことも名前で呼んで。ほら、言ってみて。」
「え…と…あの……………」
「言わないと……」
「言わないと…?」
「どうしようかな…」
征爾がニヤリと絢音に微笑む。
ゾクリ…何だろう…なんだか…とってもまずい気がする…
言わないと…まずい気がとってもする…
「アヤ?俺の名前、呼べない?恋人の名前は呼べない?」
「あ…あの…せ…せ…ぃ……せぃ…じ…さん…」
「!!!」
「………」
「アヤ!もう1回、ちゃんと言ってみて!」
「せいじさん…」
絢音は顔を真っ赤にし、涙目になりながら、何とか名前を呼ぶ。
「あぁ、アヤ!可愛い…すごくかわいい…」
「あ、あの…」
「これで晴れて恋人同士だ。本当に今日はいい日だね!」
「はい…。あの…嬉しい…です。」
「うん。あぁ、もうこんな時間だね。この後植物園に行ってみようかと思うんだけど、行ってみる?」
「はい。行きたいです…」
「アヤ、植物大好きだよね。」
「先生、よく知っ」
「アヤ、先生じゃないよ。」
「あ…あの…」
「まぁまだ慣れないか。いいよ、アヤ。今日中に慣れようね。」
「え!」
「さぁ行こう!」
征爾は会計を済ませると、絢音の手をしっかりと恋人つなぎをして車に戻っていった。
…だんだん征爾の本性が…(でも絢音は全く気づいていない)