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先生編 1


もう界を渡るのは何度目になるのか…4回…5回目か…

俺の番…どこにいる…どこの世界にいるんだ…

必ず探し出す…探し出して見せる…お前は俺の唯一だ…

必ず見つけ出して見せる…


今回渡ってきた界は、穏やかな世界だ。

魂の欠片の中でも魔力や剛力ごうりょくがない自分が探し回ることができるのは、この欠片でも過ごすことのできる界だ。力の強い欠片、魔力所持が高い欠片はそれぞれの欠片の力にあう界に飛んで、番を探している。俺の魂はあのくそ女に十八に砕かれ魂そのものが消滅しかけた。だが番を置いて消滅することはできなかった。どうあっても番を自分の伴侶にして生き続けたかった。魂の絆を結び、未来永劫、生き返りをしてもなお番とつながっていたい。その想いが生き延びる力となって、番を探している。すでに数回様々な界を渡り、それぞれの欠片がその界で得られる力を身に付けたため、今の俺は消滅するような弱さはもはやなく、1つに戻れば砕かれる前の俺よりもはるかに大きな力を持っている。今代の女神が森神人を定めたとき、どうあってもその人を自分の番にと望んだ。誰にも渡したくない。俺の唯一であり俺の生きる証でもあり、俺の半身…。この俺自身が望んだ唯一がその番だった。女神はしばらく俺を見定め、俺を森神人の番として認めてくれた…それを…あの女が…。

必ず…必ずあの女を消滅させ、番と俺は二度と離れることなく生きていく、必ず番を取り戻す。



まだ暑い日差しの下、樫村征爾はこれから家庭教師のバイトに行くために、電車から降り駅からバイト先の家に向かって歩いていた。今年の冬に大学受験を予定している高校3年生の女の子だ。医学部受験を目指していて、優秀な子だ。なんとか合格できるように征爾ができる精一杯のサポートをしている。本当に一生懸命に頑張っているのだ。本当に…


今日の指導内容を頭で確認しながら歩いているとあっという間にバイト先の家に到着した。インターホンを押し、挨拶をする。


隠樹おきさん、こんにちは。樫村です。」


「先生、お暑い中ありがとうございます。」


玄関からすぐに母親が出てきて征爾を出迎えた。


「先生、いつもありがとうございます。まだまだ暑くて、大変だったでしょう。」


「いえいえ、絢音さんが頑張っていますから。僕もできる限りサポートしたいと思っています。」


「本当に、そういっていただけると助かります。塾でもかなり勉強しているんですけれど、先生の説明の方が分かりやすいらしくて、塾でおさえきれないところを先生に助けていただいて、本当に助かります。」


「そういっていただけると嬉しいです。絢音さんの模試の結果もこの夏は随分伸びてきて、このままであれば希望の医学部は十分狙えると思いますよ。」


「えぇ。塾の先生にも同じように言っていただいて、それを励みに絢音も頑張っています。先生、今日もよろしくお願いしますね。」


絢音の母親はそう言うとキッチンの方へ向かった。おそらく飲み物を用意してくれるのだろう。征爾はいつものように絢音の部屋に向かった。


…絢音…絢音…やっと見つけたんだ…もう離さないよ…


征爾はほんの一瞬にやりと表情を崩し、絢音の部屋へ向かった。



征爾が絢音の家庭教師をするようになったのは約1年前の夏、絢音が高校2年生の夏のころからだ。絢音の母が絢音の家庭教師を探している、ということを征爾の母親が知り合いから聞き、その縁で自分が教えるようになった……と絢音の母親も、自分の母親も思っている。

実際は征爾が裏でいろいろと手を廻し、そうなるように仕向けた、というのが真相だ。


そもそも絢音がこの界にいることを理解したのは、絢音が生まれた時、まだ征爾が3歳半の時だ。まだ子供として過ごしていた征爾だが、魂を砕かれ様々な界を渡り歩いていた記憶はずっとある。はっきりと記憶がある中、赤ん坊や子供として扱われることに抵抗がないかと言われると、正直、最初の界渡りの際は我慢と忍耐の連続だった。だが、幼少期の身体は自分の身体であっても界馴染みをしている状態のため、少し意識を緩やかに、客観的に見るようにすることで(つまりその時は幽体離脱をして、自分の意識は外から世話をしているものと同じ目線を持つようにしていた)、子どもの世話の仕方を自分の身体を使って見ながら学び体験をしている、という方法に変えてから、気にならなくなった。

そして絢音がこの界に生を受けたと理解した時の衝動はすさまじかった。体に活力と喜びがみなぎり、3歳児ながら家の中を走り回り家族をびっくりさせてしまった。もし魔法でも使えていたら、下手すると地域一帯を吹き飛ばしてしまったかもしれないくらいの衝動だった。実際に…他の界で生きていた欠片は森を1つ燃やしてしまったり、ちょうど戦いに参戦していた欠片は国を一瞬で吹っ飛ばしたりしていた。18の欠片はすべて繋がっていて、感覚や知識を共有しているため、あの時はどの欠片もみんなすさまじい興奮状態だった。

絢音がこの界にいることが分かってからは、どうやって絢音に近づくか、どうやって絢音の伴侶として過ごせるようになるか、絢音をこれからサポートし、いずれエルクトラドムに戻り、森神人の絢音を支え、世界を支え、あのくそ女を消滅させる手立てを考えていく必要があった。

魔力、剛力、体力、魔術、知識、計画、統制、策謀…、得られる力はすべて手に入れていく、これまでもそうしてきたが、絢音の存在が確認できてから、それぞれの欠片はこれまで以上に力や知識を得ることに全力を注いだ。

征爾は第一に絢音を守り、絢音を伴侶として自分の妻にできるようにし、その上でこの世界で学べること、得られる知識などはすべて習得するようにした。医療技術はすでに他の欠片が手に入れており、日本の医療に従事してまで得なければいけない知識はそれほどない。医療機器に関しては日本には優秀なものもあるため、それは知識として覚えておくようにした。幸いこの世界での自分の実家は比較的大きな病院を経営しており、そこから医療機器や医療に関する様々な情報を得ることができた。自分にとっては知識として得られれば十分であり、技術はこの欠片では実践できなくても他の欠片が十分行うことができる技量がある。それよりも経営や国を動かす行政システムの方が進んでいる。魔法も魔術もないこの国では、技術を発展させ、国を統制し、行政システムを確立することで平和な世界を維持している。その知識をすべて持っていく。そのため、征爾は医学部には進まずに、経営学を進路として選択した。行政に進んでしまった場合、歯車の一人となってしまっては全体が見えなくなってしまうし、絢音を守っていく時間を十分にとることができなくなるかもしれない。そのため、そちら方面はもっぱら書籍や幅広く行われている講習会、大学の追加で取得できる科目の中に入れ、知識を増やすことを中心に、継続的に学ぶようにした。経営に関しては実家の病院を経営する側にまわれば、経営者に使われる側ではなく、使う側としての知識や実践ができると考えた。

征爾には上に兄が二人居り、彼らがすでに医学部に入学していた、ということもあったため、親も自分に医者になれとは言わなかった。それよりも病院をしっかり経営する側になり、事務方から病院を支えたいと言ったら、兄たちには大いに喜ばれた。征爾自身が非常に優秀だったため、兄たちとしては征爾の優秀さが同じ医師という立場になった時、戦力にはなるが恐れている部分もあったからだ。それが経営という、医師としてのライバルではなく、病院を経営する専門が異なる仲間という立場に立ってくれたため、非常に安堵した部分があったようだ。実際に征爾の医療関係の知識は、二人の兄よりもずっと深く、広いものだった。

既に病院に導入したいくつかの会計システムは征爾が作ったプログラム(ソフト)のおかげで、非常に使いやすくなり、特許として申請もした。その他の小さな医療器具なども、どうやったら使いやすくなるか、兄たちに意見を聞きながら(実際には兄たちへのアドバイス)作りやすいものを開発までしている。兄二人は征爾の裏からのアドバイス等もあり、医学会から将来の優秀な医師として広く認知されている。兄二人は征爾が弟でしかも医者ではなくてよかったと本心から思っており、その分、この弟が事務方のトップとして働きやすいように協力してくれるという、男兄弟としてよい関係を築いていた。


絢音は本当に可愛い。あぁ、早く自分の妻にしたい。将来絢音が医者になったら、実家の病院で仕事をさせ、自分は事務方で病院を経営していく。職場が同じため、絢音のことを常に確認できるし、仕事の量もすべてこちらでコントロールできる。朝も、職場でも、昼も、帰りも、夜も、常に絢音のいるところに自分がいる。今のように、家庭教師の間だけ絢音のそばにいるのではなく、ずっと、常に一緒にいられるようになる。法的にも自分の妻に、自分の家族になる。

征爾はこれからの絢音とのつながりを想像し、さらに囲い込むための方法を画策する。

まずは絢音にもっと好かれないと…。今はほんのりと絢音の気持ちが自分に向いているのが分かる。ただそう思ってもらえるようになったのはつい最近だ。信頼を得るまでじっくりと時間をかけた。絢音本人にはその気持ちの自覚すらまだないようだ。今は医学部に合格することで精いっぱいだが、絢音が合格したら交際を申し込むつもりだ。もちろん絢音の両親には絢音に対しての好意を肯定的にとらえてもらえるように自分を見せている。絢音を大切にし、絢音のことを考え、絢音のことを見る時は優しく見守る。これまでも、今も、付き合っている女性はいないことを世間話の中で匂わせ、絢音に惹かれていることをさりげなくアピールする。実家が病院で征爾自身に医療知識が相当あることや、征爾自身が非常に優秀で大学も最高峰の大学生であり、医学部へも十分余裕をもって合格できるほどの力を持ちながらも医学部は受験せず、経営側から病院を支えたいために医者にならなかったことも、絢音の伴侶候補としてみてもらえるように情報をさりげなく流し、自慢にならないよう、あくまでも控えめに、絢音の両親には話してある。兄たちから聞いた話として、医学部合格のための勉強のノウハウ、医者としての働き方や、インターンなど受験勉強だけではなくその後のことについても絢音のためにサポートできることを話しており、絶対的な信頼を得るようにつとめている。

先日は絢音の母親からさりげなく、「将来は征爾君のような人と結婚してくれればいいのにね?」と言われた。ちゃんと顔を赤くし、嬉しそうに照れているように、こちらの心中を知られてしまったのではないかの体であたふたとした返答と仕草をしておいたが、母親が「あらあら~」とにやにやしていたので、絢音の母親には俺の意図したような受け取り方をされているだろう。


…絢音…絢音…早く…早く俺の伴侶に…愛しているよ…絢音…




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