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時は金なり

作者: おむすびころりん丸

 一昔前、寿命を金で買い取るという会社が話題となった。そこでは寿命は一年につきウン万だとか、そうとう安値で買い叩かれたらしい。


 しかしここに競合が一つ。ここでは差別化を図り、新しいシステムを取り入れた。差し出した寿命に応じて、とある何かを割増できる。


 例えば寿命一割減、身長一割増だとか。

 寿命三割減、貯金三割増だとか。


 誰でも一律で加減を加えることができる。ある意味平等、元を鑑みれば不平等。そんなシステムを取り入れた寿命買取業者を、風の噂で聞いた男。


 男の歳は二十歳。高校卒業後に就職した。大学には行かなかったが、それでも社会で成り上がってやると、そう意気込んで仕事に奮闘した。しかしそれは誰にでもありうる一過性の情熱であり、今ではとっくに熱も冷め、漠然と日々を生きている。


 やりたいこともなければ、想い人もいない。おまけに昨今の経済情勢、若者の未来は明るくない。であれば太く短く。男はそう思い、寿命買取業者に足を運んだ。


 窓も無い建物。入れば部屋は漆黒で、硝子やら鏡やら、光を写すものは何もない。ただ受付一台と、それを照らす灯火一つ。そして、台の向こうに女が一人。


「俺の寿命を買い取って欲しい」

「はぁい、じゃあ身分証明と印鑑。差し出す寿命と、それの対価をここに書いてぇ」


 受付嬢のノリは軽い。男の想像ではもっと暗いイメージだったのだが。髪をドリルのように巻き込み、開く胸元は深い谷間を曝け出している。


 目移りしつつも、男は渡された用紙に必要事項を書き出していく。書き終わると印鑑を押し、それを受付嬢へと差し出した。


「寿命は半分、で、願いは給料——五割増し。ほんとに、これでいいのぉ?」

「ああ、十分すぎる。俺は貯金もないからそれを増やしても仕方がない。だったら、毎月の給料。それを五割増しだ」

「あなたの寿命は残り六十年。半分の、三十年を頂くわぁ。くどいけどぉ、ほぉんとに、それでいいのねぇ?」


 確かにしつこい。でも、寿命を差し出すのだからそれも当然。と、男は疑問を持つことはまるでなかった。


「残り三十年。まったく問題ないな。希望は給与で、年金は増える訳でもなし。むしろちょうどいい塩梅だよ」

「おっけぇ、じゃあ、奥の部屋のベッドに寝てぇ? 起きたらぁ、あなたの寿命は半分になってる。代わりに願いも、叶えてあげるぅ」


 まるで夜を誘っているかのような言い方だが、促された部屋に備わるベッドは無味簡素な手術台のようなもので、そこに横たわると、男にはすぐに強い眠気が訪れたのだった——




「起きなさぁい……」


 声がして、気が付けば変わらずベッドの上。異常もなければ、特に変わったところはないように思える。強いて言うなら、少し体が重いと男は感じた。一体どれほど時は経ったのだろうか。体感ではそれほど経過しているとは思わなかったが、起き上がると腰に僅かな痛みを感じた。


「お疲れ様ぁ。これで取引はおしまぁい。今日からあなたの給料は五割増しよぉ」


 よしやった。と、拳を握る男。これで今後の生活は安泰だと。


 これにて用は済んだ訳だが——にしてもこの業者。どうやって利益を得ているのだろうか。それが男には少しだけ気になった。


「なあ、こんなことして、君達はどうやって儲けているんだ?」


 と、言ったところで、男は何かに違和感を感じる。


「簡単よぉ。売り手がいれば買い手もいる。それだけの話ぃ」

「しかし、億万長者が同じ願い事をすれば、支払う金も莫大だろう? それは、勤める会社でなく、君たち寿命買取業者が負担するのかい?」


 やはり、何か——おかしい。


「そうねぇ、私たちが負担するわぁ。でもねぇ、まったく問題ないのぉ。だってぇ、金持ちは寿命の買い手しかいないものぉ。貧民の生涯年収なんて、五割増しでもゴミカスだものぉ。その五割さえも——」

「さえも?」

「いいえぇ。なぁんでもない。では、ご利用有難うございましたぁん」


 気になる物言い。癇に障る言い種。しかし、今後の給料は五割増し。確かに富豪から見たら微々たるものだが、男からすれば大した額だ。余生を楽しく暮らせるだけの余裕は出てくる。


 見送られ、表へ出て、男は意気揚々と帰路につく。次の給与が待ち遠しい。鼻歌一つ、街中を歩いていると、そこに男の知る顔が現れた。今でこそ金の余裕はあまりないが、どうせ次の給与で補える。先んじても良いかと、男はその者に声を掛けた。


「よぉ、何してんだ。暇ならこれから遊びに行こうぜ」

「え? いえ……結構です……」


 その者は余所余所しく、そそくさと足早にその場を去る。知り合いといったが、その者は男にとって数少ない友達だ。何か様子がおかしいと、肩を掴んで引き止めた。


「どうしたってんだよ。何か調子でも——」

「な、なんなんだよ! 一体! しつこいぞ! じじい!」


 話が、噛み合わない。噛み合わないというか、会話にすらなってない。


「な、なんの冗談だよ。つぅか、じじいって。酷くね?」

「じじいをじじいっつって、何が悪い! 気色悪いんだよ。誰だか知らねぇが、あんまりしつこいと警察呼ぶぞ!」


 そう言うと、その者は男を突き飛ばした。どすんと尻もちを着く男。腹が立ち、食って掛かろうとするものの——


「い、痛てててて……」


 突如腰に走る鈍い痛み。それは外傷というより、体の内から響く痛みで、擦る腰へ振り返るその時、街中のショーケースに写る誰かの姿が目に入った。


「な、なんだ。このじじいは。俺と同じく、地面に座って……」


 咄嗟に男は辺りを見渡すが、そこには誰もいなかった。しかし再びガラスへ振り返ると、そこには変わらずじじいが一人。


「え? ちょっと、待て。え? これって——まさか!」


 男は気付いた。ガラスに映る初老の男。それが、自身と同じ服を着、同じ態勢で、同じように目を見開く。つまりそれは——


「俺、じゃないか。このじじいは、俺——」


 先程の違和感は、喉から出るしわがれた声。


 寿命を半分。確かに男は同意した。しかし男の思う寿命は、尻から数えて三十年。それを削られると思っていた。しかし実際は、頭から寿命を食われていたのだ。


 その場を立つ男、振り返り、急ぎ寿命買取業者へと引き返す。


「ど、どういうことだ! 三十年分、歳を取ってしまっているじゃないか!」

「どういうことも何もぉ、同意したはずでしょぉお? もしかしてぇ、若いままでいられるとでも思ったのぉ?」

「そりゃあそうだろ! 寿命を引くって、大体そんなもんだろ! あの漫画も、あのアニメも、ケツから数えて寿命を削って——」


 すると受付嬢。掌を返してやれやれと。


「あのぉ、普通に考えてぇ、あなたの死ぬタイミングなんて分からなぁい。そこから削ろうにも、削りようがないわぁ。だってぇ、今すぐ車に飛び込めば、それで人生おしまいだものぉ」

「そ、そりゃあそうかもしれないが——」

「だから、あなたの寿命は単に平均寿命から差し引きして頂いただけぇ。今後三十年を生きる保障なんてないし、もしかしたら逆もまた然りねぇ」


 寿命と引き換えとは、そういうこと。何故だか後の寿命を削る話が多いが、いつ死ぬかなんて分からなければ、明日も分からぬ戦いに身を置く者には大したリスクになりえない。寿命は頭から——リスクとは、そういうこと。


 寿命買取業者は若さを吸って、売っている。吸い取れば当然、この時この瞬間の歳を食う訳で——


「そ、そんな。キャンセルは——」

「できないわよぉ。そして一度決めたら、売り手と買い手のシフトもできない。何かと面倒だしねぇ。つまりあなたはじじいになって、おおよそ三十年を生きるのよぉ。給料は五割増しだけどぉ、果たして、いつまで働いていられるかしらぁ……」


 給料が五割増しになったその男。その後の人生は——


 会社を辞めた。辞めたというより、勤める本人だと認識してもらえなかった。歳は二十だが身体年齢は五十歳。別人と認識され、仕事場に戻ることができなかった。


 結局その後に就いた仕事は、高齢でも働ける清掃員で、五割増しでも、これまで以下の収入しか得られなかった。

 そしてその先十年後、男は体を患い、仕事をすることすらもままならなくなった。業者はたった十年間、男の想定より遥か割安の五割を支払った。



 今日も休まず営業中の寿命買取業者。その受付の歳は——百歳。


 しかし彼女もまた、買い手として寿命という品を買っている。高額だが、会社の景気も上場。年々増していく給与に、彼女の資産は増えるばかり。

 そんな受付嬢、街角で過去の客の一人を見かけた。それは十年前、寿命を半分、五割増しの給与を得た男。ふらふらと覚束ぬ足取りで歩くその男に、今はもはや、その僅かな五割を支払う必要もなくなった。


「貧民は寿命を売るけど、金持ちは決して売りはしない。幾ら注ぎ込もうが、寿命を延ばすことを選択する。時は金なり。あなたは莫大な財宝をわざわざ、僅かな金と交換したのよぉ」


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