幼馴染
山乃富士に出会うより前、およそ生まれ出でてよりの幼馴染。
そういえば聞こえはいいだろうか。
「ユキナリちゃん、来てくれたのね!」
行成は女童を裏切って都から逃げた元婚約者。
守るべき伴侶を、家を、捨てた。
なのに、彼女は変わらぬ笑みで行成との再会にはしゃぐ。
右側の髪だけ一房みつあみにして、その黒髪をぴょんぴょん揺らす様は子犬。
ただでさえ、17と14では身長差があるというのに、彼女の零れ落ちんばかりの大きな瞳はますます幼さに拍車をかけ、14歳にはとても見えなかった。
彼女こそ、陰陽三家の一つ、鮎川家の次期当主・結。
行成に陰陽の才能が無いと世に伝わるまでの婚約者である。
「待っていたのよ、ユキナリちゃん。
ずーと寂しかった!」
「結、俺はもうお前の婚約者じゃないんだぞ」
「でも、今回の怪奇を倒せば帰ってきてくれるんしょ!」
「都の陰陽師を壊滅にまで至らしめた鬼を俺が倒せるわけないだろう」
「ユキナリちゃんは天才だって父様も言ってたもん!」
あの人は娘に何を教えているのだろうか。
行成は確かに実力を隠している。
だが、それは生まれ持った才ではない。
努力の末、身に着けた。
行成は秀才だ。
そしてその努力を持ってすら叶わなかった敵がいる。
その結果、行成は敗北し、今までの努力も、それによって生み出した功績も、家の責任を、繋がりも、全てを捨てて逃げた。
その程度の人間だったのだ。
「ともかく、俺は最低限の仕事しかしない。
都の陰陽師はほぼ全て壊滅したが、陰陽三家の直系は図太く死戦をかいくぐっている。
いずれ鬼との戦いも終結するだろう」
「それじゃあ、また婚約者になれないよ!
ユキナリちゃ~~~ん」
「おい、抱き着くな!
嫁入り先が減るぞ」
「嫁入りじゃなくて婿をもらうんだよ。
一応、後継だし。
それに…ユキナリちゃんがいいもん」
頬をうっすら赤く染めて告白まがいのことを口にする結。
14歳らしいたどたどしい好意の言葉に嘘はないのだろがうが、行成はそれを信じることが出来なかった。
好かれている理由が分からない。
ましてや自分を捨てた男なんかに。
罪悪感が心を押しつぶして、かつて二人で過ごした記憶が上手く思い出せない。
行成には自身の胸に顔を埋める少女に、かける言葉を持ち合わせていなかった。
御所某所。
「やはり鬼の呪いは解けぬか、冬川当主よ」
「はい、討伐しか道は無いかと」
「うぬが治める治世でこのようなことが起きるのは、うぬが至らぬせい。
うぬが病弱で無ければ京を覆う結界を頑丈なものにできるであろうに…」
「そのようなことは…」
「だが、うぬは降りん。
酒天の結末を見届けるまで。
それがうぬの責だろう」
帝は憂いに満ちた目を細め、夜空に視線を移す。
その瞳が映すは月の明かりではなく、三年前の大災厄。
酒天童子の名が世に満ちた始まりの襲撃。
「冬川よ。今年こそ終わりにしようぞ」
「御意に」
例え陰陽師の歴史と引き換えになろうとも。