山乃富士
二日後。
行成と綾香は平安京に到着した。
「いやー、牛が式だと着くの早いよね。
でも、若葉を地方に置いといて良かったの?」
「留守中に依頼をこなす役が必要だからな。
お前より若葉の方が責任感もあるし」
「え、ちょっ」
「それに若菜に何も告げずに来てしまったから、連絡役も頼んだ」
若菜とは行成の式であるが、今は霊道の管理を任せているので居ない。
「行成さま、あれが私たちの泊まる借り屋?」
「あぁ」
「うわー、ぼろくっさ」
「後で紙人形に術でも掛けて、掃除させとくか」
「賛成ー!
じゃあ、その間に私は行成さまの膝に…」
「いや、お前も手伝うんだぞ?」
「えー!!」
相変わらず式らしく無い綾香を、行成は半ば引きずりながらボロ屋に向かった。
「あ、俺はこれから山乃富士の所に行くから」
「ひどい!!」
行成は、面倒くさがる綾香に掃除をなんとか任せた後、山乃富士の元に向かった。
山乃富士の身分は農民であり、本来なら貴族である行成とは接点があるはずはない。
しかし、行成の家は陰陽師である。
必然的に【そういうもの】を買うために特殊な繋がりを持つことになった。
行成は村の外れの一軒家に遠慮なく入る。
「山乃富士」
呼び掛けると、中から大男が笑顔で現れた。
「行成!!
会いたかったぞ!!!」
やたらうるさい声を上げて、山乃富士は行成に抱きつく。
「…相変わらず暑苦しいな」
行成は耳を抑えて、山乃富士を押しやる。
「綾香や若葉、若菜は?!!!!」
「置いてきた」
「ちぇ!!!!」
舌打ちもうるさい男だ。
しかも、女好きである。
素直な男ではあるが、式に触れさせたくはないというのが、行成の本音だ。
しかし、それを言って関係が崩れるのは避けたい。
行成は式を連れて来なかった別の理由を告げた。
「俺はここでは無能な陰陽師で通してるんだ。
そんな奴が式なんて持ってるはずがないだろう」
「天才め」
山乃富士が恨めしそうに行成を見つめる。
女好きなのに女が寄ってこないから、毎回アタックして玉砕しているというのは本当なようだ。
「山乃富士、お前の場合は煩悩を捨てろ」
「無理だ!!!
これだから天才は…
穴に落ちろ」
「入る穴がないが…」
「造ってやる」
「待つのが面倒だ」
「…井戸に落ちろ」
「農民の大切な水を汚せ、と?」
「……」
こんなやり取りをしても、いつも行成が勝つのだからいい加減学習したらいいのに。
行成はため息をつく。
まぁ、ここらで甘やかしておくのも一考だろう。
なにせ、今日は頼み事をしに来たのだから。
「次は式を連れてきてやるさ」
「えっ!!!!」
山乃富士の目が煌めく。
別に大男のキラキラお目々なんて見たくもないが、立ち直りが速いのは良いことだ。
「そうか、そうか。
持つべきものは良き友だな」
「…調子のよいことで」
「まぁ、そう言うな。
それより行成がここに来たのは妖刀の依頼の為だろ?」
「あぁ、頼む。
代は仕上がりしだいだな」
「へいへい。
それと、そろそろ結子ちゃんの所に行けよ。
お前を待ってるし、婚約者なんだろ?」
「…元、だ。
だが、家の繋がり的に行かない訳にはいかない」
行成は本日何度めか分からないため息をついた。
鮎川結。
彼女は行成が地方に飛ばされる前までの婚約者であり、
ーーーー陰陽三家の一つ、鮎川家の姫。