崩壊
「あなたが石川行成さま、でございますね」
日常は急に壊れる。
「あぁ、そうだーーー、と言うまでもないと思うがな、慈姑」
帝の遣いとして現れた知人に、行成は眉を潜めた。
彼の名は慈姑。
神秘的だとか神々しいとか言われるぐらい美しい奴であるが、中身があれなのである。
要するに、イケメンは遠くから眺めるものという言葉が一番当てはまる男だ。
「ふふ…久しいな、行成。
相変わらず面白いモノを連れている」
慈姑は綾香と若葉を見やり、笑みを深めた。
行成は二人を背でかばう。
「ーー俺の式に何かするようなら、不動明王の炎で燃やす」
行成は苛立ちを滲ませて、慈姑を睨む。
「おっと、それは勘弁願おうか。
さて、本題だ」
「最初から本題に入っとけよ」
「仕方無いじゃないか。
君の怒りと、彼女たちの畏怖。
それが見たいという衝動がどうにも抑えられない」
「やっぱ燃やすか」
「友人をサクッと燃やさないでくれ。
それと、この本題が重要だ」
「ふーん、どんな内容だ」
慈姑が笑みが不気味につり上がる。
こういう笑みの慈姑は、いつにもまして録なことがないということを行成は知っていた。
慈姑の手が行成を掴む。
思いの外、強い力で引っ張られ、行成はバランスを崩す。
「「行成さま!!」」
綾香と若葉が行成を呼ぶが、当の行成は慈姑の胸の中に倒れ込む。
「何する!?」
行成はもがくが、体格差が大きく、慈姑はピクリともしない。
慈姑は行成の耳元に口を寄せ、愉悦に満ちた口調で、
「ーーー都に戻れ。それが勅命だ」
と言う。
行成は栗色の目を見開き、崩れ落ちた。
それから慈姑は綾香と若葉にボコボコにされたが、満足そうな表情で行成に説明だけして帰っていった。
曰く、平安京が鬼に襲撃されて、陰陽師がほぼ全滅した。
曰く、帝は地方の陰陽師に帰京命令を出した。
曰く、その勅命を断れば、待っているのは死。
曰く、その襲撃の主犯格の名は酒呑童子。
(酒呑…)
行成は喉から競り上がってくるモノを必死に吐き出す。
綾香と若葉が気遣ってくれたが、礼を言う余裕すら今の行成には無かった。