008 ギャルの真意
「ただいまぁ〜……」
アタシが帰ると、家の中は真っ暗だった。
まあ、もう十一時近くだし。
靴を脱ぐためにスマホの灯りをつけて足元を照すと、そこにいた黒猫のミーシャがみゃあと鳴いた。
「あっぶな……踏んづけちゃうとこだったし。いつもありがとね」
ひと撫ですると、ミーシャは満足したようにリビングへの角を曲がっていった。
アタシはというと洗面所にもいかず、階段を上がって廊下の奥へ。
そのままドアの隙間から薄く光が漏れる部屋に強く二回ノックをする。「ちょい待ち今通話中!」と焦った声が返ってくるけどそのまま踏み入る。
読みかけのマンガや脱ぎ散らかした服で荒れた部屋でPC画面に向かうその人に第一声から文句を言ってやった。
「お兄ちゃん! アタシに教えてくれた格好ギャルだったなんて知らなかったんだけど!」
「おい俺通話中って……なんだお前か」
お兄ちゃんはヘッドフォンを片方外した状態でアタシを見て、安堵したように肩を落とした。
「なんだじゃないし! なんで教えてくれなかったの!」
アタシが再度問い詰めると、お兄ちゃんは「ちょっとタンマ」と通話向こうの相手に言いながらヘッドフォンを外してこっちを見る。
「はいはい、何を教えてくれなかったって?」
「人の話聞けし! アタシに教えてくれた格好がギャルだってなんで教えてくれなかったの!」
「え、言ってなかったっけ」
「一言も言ってないし!」
アタシがにらむと、お兄ちゃんは口をへの字に曲げながら頭をかく。
「そりゃすまん」
「すまんで許されるならオシャレはいらないの!」
「でも可愛いって褒められたろ? 変なやつには引っかからなかったか?」
「う……ん、まあ……」
「どっちだよ」
「りょ、両方……」
この格好のせいで嫌な思いをしたのも、アイツ――守屋に可愛いと言ってもらえたのも。
「嫌ならいくつかまた見繕うぞ。お前ならなんでもイケると思うし。ようやくオシャレする気になった妹のためにお兄ちゃん頑張っちゃう」
「ん、一応お願い」
「あいよー」
頼むだけならタダだし、ということでお兄ちゃんにお願いをして、アタシは自分の部屋に入る。
そして電気を点けるなり、ベッドにダイブして顔を布団に押し付けた。
布団にお化粧がつくけどお構い無しだ。
「うぅあぁ〜……」
声にならない声が漏れる。
そのまま肺の酸素が無くなるまで声を出して、息を吸うために仰向けになる。
息を吸いながら今日の出来事を思い出して、大きくため息が出た。
色んな感情が入り混じった吐息。
「こんなに早く会えるなんて、運命みたい」
顔を上げた瞬間、守屋の顔がそこにあった時は心臓が止まるかと思った。
夢なんじゃないかと思ったくらい。
嬉しくて、でも恥ずかしくて消えちゃいたくなった。
だって、恩人にせっかく再会したのに、よりにもよってゲロを吐いてる所だなんて。
しかもまた助けてもらったし。
でも。
「守屋はアタシのことぜんっぜん覚えてなかった……そりゃそうなんだけど……」
自分で言うのもなんだけど、あの時のアタシと今のアタシは似ても似つかない。
高校生までは本当にオシャレとか女の子らしいことに無頓着で、着の身着のまま生きてきた。
お父さんとお母さん曰くアタシはマイペースらしいし、そういうことなんだと思う。
だからこそもう一度守屋と会った時、恥ずかしくないようにという意味も込めて大学デビューしようとアタシにしては奮闘した。
結果としては大成功……と言いたいところだけど。
「天性のギャルってなんだし……」
守屋には完全にギャルと思われてる。
しかもやばめの。
でも、可愛いって言ってもらえた。
「うぅ〜……!」
にやけが止まらなくて、枕を抱きしめながら布団の上で足をバタバタさせてしまう。
フツーの女の子だったアタシじゃあ望むべくもない言葉。
ただ、それは本当のアタシに向けられた言葉じゃない。
いったいどちらにすればいいんだろう?
その時、スマホが震えた。
取り出して見れば、守屋からの着信だった。
送られてきたのはたった一件だけ、『ヨロシク!』という文字と共に手をあげている、なんだかよくわからないキャラのスタンプ。
友だちに追加した相手に、こうして挨拶のスタンプを送るのは珍しいことじゃない。
守屋はそういう風にしてる人、というだけ。
でも、わざわざスタンプを送ってくれるだけで嬉しかった。
アタシは頬をほころばせながら勢いよく立ち上がる。
「決めた! このままいく!」
やっぱり可愛いって言ってもらいたい!
高校生の頃、同じクラスの男子に「真野って『性別:真野』って感じだよな」って言われたこともあった(その後なぜか告白されて即断った)けど、アタシもちゃんと女の子だったらしい。
「守屋が以前のアタシを覚えてないのは逆に好都合と思えばいいし」
以前のアタシを覚えてないなら、今のアタシをこれから知ってもらえば良い。
そう決めて、アタシはお兄ちゃんの部屋に飛び込む。
相変わらずPCに向かって友だちと通話しながらゲームをやっていた。
ちょうど敵と戦っている所らしいけど構わず声をかける。
「お兄ちゃん!」
「何! 今やばいんだけど!」
「やっぱり今のままでいい! だからこのまま良い感じの服探しといて!」
「わかった任せとけ! っやばい死ぬ死ぬ!」
全く任せられなさそうだけど、まあいいや。
最悪自分で買いに行けばいいし。
なんなら守屋を誘っちゃえば……。
そこまで考えたところで、アタシは高校生の頃のチャットで鍛えた高速フリック入力で守屋にルインを送っていた。
同じくスタンプで返した後、こう付け足す。
『今度一緒に買い物でもどうですか』
スマホを机の充電コンセントに挿し、部屋を出る。
「送っちゃった……!」
いつ、どんな返信が来るのかな。
すでに胸がドキドキしているけど、こういうのは勢いだ。
「ちょっと大学生活楽しみかも」
そんなことをつぶやきながら、アタシは化粧を落とすべく洗面所に向かった。
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