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001 妖精さんの恩返し

11/4まで6話連投予定


11/1 18:00 プロローグ  

11/2 00:00 001

11/2 18:00 002

11/3 00:00 003

11/3 18:00 004

11/4 00:00 005


 

「とりあえず、朝ごはんでも……」


 なんとも微妙な空気で挨拶をした後、俺は昨日買ってきた菓子パンやら惣菜パンやらを取り出して差し出した。

 けれど妖精さんは硬い面持ちで首を振った。


「わたしのことは気にしないで食べてください。必要ありませんので」

「それは、妖精だから?」

「ん……そう、です、ね」


 俺の問いに妖精さんはほんのりと頬を染めて目をそらす。

 自分で言いだした手前、取り下げることができなくなってるんだろう。

 俺は少しいじわるしてやることにした。


「でも妖精もご飯は食べるでしょ」

「いえ、必要ないです」

「じゃあどうやって生きてるんですか」

「えっと、その……」

「ディテール浅っ」


 答えられないところまで質問してやろうと思ったら二撃目で沈んでしまった。

 どうやら妖精に尻尾はないらしい。哀しきかな。

 呆れて思わず苦笑してしまった俺に、妖精さんは頬をますます赤くしながら咳払いをする。


「とにかくっ、わたしには必要ないので――」


 ぐぅぅぅぅぅぅ。

 身体は正直だった。

 お腹を抱えて俯く妖精さんはぷるぷると震えていて、揺れる髪からは真っ赤な耳が覗いていた。


「身体は正直ですね」

「その言い方は語弊があります!」

「でも本当のことだし」

「うぅ……」

「まぁ、いいから食べてくださいよ」

 

 俺が食卓から菓子パンと惣菜パンを一つずつとって手渡すと、妖精さんはまだ赤みの残る頬とうっすら涙目でパンを受け取ってくれた。

 けれど、妖精さんは両手に持ったパンをじっと見つめたままで。


「まさかこのごに及んでまだ食べないつもりですか」

「いえ、流石にいただきます。ただ、こういうものを食べたことがなくって……それと――」

「え?」


 俺は耳を疑った。

 菓子パンと惣菜パンを食べたことがない?

 現代人で本当にそんなことがありうるのだろうか。

 嘘をついている可能性を考えたけど、こんなことで嘘をつく意味もない。

 まさか妖精だという発言をそんなところから固めてくるとは思わず、固まる俺に気づかない様子の妖精さんはもう一つ、パンに手をつけない主な理由を告げた。


「わたし、朝食は歯を磨いてからじゃないと食べられなくて……」


 申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見上げてくる姿は非常に心臓に悪い。

 俺は下唇を噛んで、ヤケクソ気味に言う。


「ハブラシ買ってきまァス!」


 コンビニまでの坂道は、ダッシュすると良い運動になることを学んだ。





 



「ごちそうさまでした」

「はいはい」


 互いにほとんど会話することなくパンを食べ終えた。

 ゴミを捨てようと俺が妖精さんの分も取ると、妖精さんがちらりと見上げてくる。


「あの、お金のことなんですけど、」

「うん?」

「今、手持ちのお金が……」

「おおう……」

 

 どうやらだいぶ切羽詰まっていたらしい。

 追い返さなくて良かったと内心胸を撫で下ろしていると、けれど妖精さんは尻ポケットから可愛らしいピンクの長財布を取り出した。


「これしかなくって……口座に払い込みでも大丈夫ですか」


 そして、財布からは一枚の真っ黒いカードが出てきた。


「ぶっ……!」


 大声を出しそうになるのをとっさに押さえる。

 ブラックカードって都市伝説じゃなかったのかよ。


「お、お金はいいです! 何かまた別の方法でお願いします!」


 背中に冷や汗が噴き出るのを感じつつ、俺はしっかりお断りした。

 

「わ、わかりました。別の方法……」


 妖精さんは何ごとかつぶやきながらも財布に真っ黒カードを戻してくれた。

 俺は安堵の息を吐きつつゴミを捨てるべくキッチンに行き、まだゴミ箱に袋を張っていないことに気づいて袋を取り出す。

 

「なんなんだ、まじで……」


 何度目とも知れないつぶやきが漏れる。

 惣菜パンを食べたことがないと言うし、財布にはブラックカードしか入ってないときた。

 あの人は、いったいなんなのだろう。

 わからない。

 わからないから、今から聞き出すしかない。


「……よし」

 

 袋を張り、ゴミをぶち込み、蓋を閉めて立ち上がる。

 いざ詳しい話を聞いてやろうじゃないかとリビングに戻った俺は目を疑った。

 妖精さんがとんでもないことをし始めていたのだ。


「なんで服脱ごうとしてんの!?」


 妖精さんはシャツの第三ボタンに手をかけているところだった。

 手首の下からは薄い青の下着とそれを押し上げる豊かな双丘が覗いている。


「だって、お金じゃないってことは()()()()()()ですよね……?」


 真っ赤な顔でこちらを見つめてくる妖精さんに、俺は意味を理解して、両手で顔を覆ってしゃがみこむ。


 ……いや、そうはならんやろ。


 本当に、なんなんだこの人は。

 ふいに妖精さんの真っ赤な顔と脱ぎかけの姿を思い出し、思い切り頭を振って制止する。

 あくまで妖精さんの方は見ないまま、慎重に言葉を絞り出す。


()()()()()()じゃないです。そっちが要求してきたならまだしも、俺が勝手にやったことなんですから。っていうか、そもそも菓子パンと惣菜パンでそこまでなりますか」

「だって、一宿一飯の恩は体で返すものだと……」

「いつの時代の話だそれは! 俺はまだ未成年ですしあなたとは付き合ってもないのにセッ……体を重ねるなんてできませんよ!」

 

 やったら捕まります、と言えば頭上から「と、年下……」と吐息まじりの声が聞こえてくる。

 ということは年上なのか。


「ちなみに何歳なんですか」


 聞いた後でまずったと思った。

 ただでさえ女性に年齢を尋ねるのは失礼なのに、いくら何でもストレートすぎた。

 けど妖精さんは特に気にすることなく答えてくれる。


「22です。今年で23、かな」

「……四つ下のガキに見返りで体差し出そうとするのはどう考えてもやばいですって……!」

「そ、そう言われても何を返したら……」


 だから何も返さなくていいと言ってるのに!

 心中でそう叫びつつ、頭を抱えて必死に考える。

 このままこちらが何も求めなければいずれ第四ボタンに手が伸びることだろう。

 それだけは阻止せねば。

 未だかつてない危機に俺の脳みそは超回転して、わずか二秒で妙案を思いついた。


「美味い飯、教えてください」


 顔を上げればまだ第三ボタンまで開いたままだったのでたまらず顔を覆う。

 べちっと音が鳴った。


「そ、そんなので良いんですか?」

「そんなのなんかじゃないです。俺この辺のこと詳しくないですし、美人さんとご飯一緒にできるだけで十分過ぎますよ」


 駅周辺は少し見て回ったし、地図で図書館やら区役所やらの大事な施設がどこにあるのかはだいたい把握しているけど、美味い飯屋がどこにあるのかとかはからっきしだ。

 だから妖精さんに教えてもらう。

 外で一緒に飯を食ったら、その場で別れる。

 そうすれば妖精さんを外に連れ出せて、美味い飯屋の場所も知れる。

 一石二鳥!

 問題は妖精さんがこの辺の土地に詳しくない場合だけど、その時は一緒に探しに行きましょうとか言えばいい。


「わかりました。ちょっと待っててください」


 果たして、しっかりとした返答が返ってきた。

 俺は妖精さんが服を着終わるまで目をつむったまま待つ。

 と、思えばガチャリとドアの開く音がした。


「は……? 出てったんだけど」

 

 目を開ければ、廊下の奥のドアが遅れて閉まるところだった。

 黒いケースは置きっ放し。

 いったいどこに行ったというのか。

 何が何だかわからないまましばらく呆けていると、再びガチャリとドアが開いた。


「お待たせしました!」


 走ってきたのか、妖精さんはわずかに頬を上気させ、肩を上下させていた。

 手には近所のスーパーマーケットのロゴが入った食材たっぷりのビニール袋を提げている。


「え? それ……」


 ビニール袋と妖精さんの顔を交互に見て困惑する俺に、妖精さんはどこか楽しげで頼もしげな笑みを浮かべる。


「キッチン、使わせてもらいますよ!」






「はい、どうぞ。火傷だけ気をつけて」

「ど、どうも」


 妖精さんが袖をまくりつつ勇んでキッチンに入ってから数十分後。

 食卓に着く俺の前には、できたてのオムライスが差しだされていた。

 とろとろのオムライスの上にはケチャップで描かれた可愛らしいスマイルのおまけ付き。

 立ち昇る湯気と共にケチャップと卵の匂いが鼻腔と腹を刺激する。

 ……やべえ、普通に美味そう。


「余った調味料とか食材は好きに使ってください。あ、でもバターとケチャップほとんど使っちゃいました。あとこれ注文の品です」

 

 生唾を吞み込む俺に、妖精さんは席に着きながら一枚のメモ用紙を差し出してくる。

 見れば『美味しいオムライスの作り方!』と銘打ってオムライスのレシピが書き留めてあった。

 ウチにあるメモ用紙じゃない。

 つまりメモ用紙とペンもスーパーで買ってきたということだ。


「それがわたしなりの一番美味しく作れる自信があるレシピです」


 どんと胸を叩きつつ、自信のある笑みを向けられれば、言葉をグッと飲み込んでありがたく頂戴するしかなかった。

 予定とは違ったけど、まあ、こういうのもいいか。

 美人さんの手料理が食べられる貴重な経験と思うことにしよう。

 ひとまずレシピのメモは床に落とさないよう傍に置きつつ、手を合わせる。


「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」


 妖精さんの前にも俺のより一回り小さいオムライスがあるけれど、俺が食べるまでは手をつけないつもりらしく、若干緊張した面持ちで俺のスプーンの動向を見守っていた。

 見事な半熟の卵の膜を破れば、いっそう激しい湯気と共に中からケチャップたっぷりのチキンライスがお目見えする。

 スプーンたっぷりにそれらをすくい、口に運び、目を見開く。


「んまっ」


 思わずそんな言葉が口をついて出ていた。

 卵の方は当然ながらチキンライスも文句なしの味付けだ。

 口元がニヤけるのが止められない。

 

「良かったぁ」


 夢中でオムライスをパクつく俺に妖精さんもホッと安堵したように息をつき、なぜか頭を下げてくる。


「本当はもっと食材にもこだわりたかったんですけど、流石にすぐとなるとスーパーで買うしかなくって……ごめんなさい」

「いやいや十分すぎるくらいに美味いですし食材の厳選とか必要ないですよ」


 とんでもない食材を持ってこられそうで怖いし、という言葉を飲み込んで素直に感想を伝えると妖精さんは少し照れ臭そうにはにかんだ。


「ありがとうございます。あなたは、良い人なんですね」

「え? いや、普通だと思いますけど……」

「じゃあ普通に良い人です」

「じゃあ、て」


 普通に良い人。

 普通。

 俺は普通なんだろうか。


「ん、おいひぃ……あれ、食べないんですか?」

「たっ食べます食べます」


 オムライスを食べる手が止まっていた俺に、自分も食べ始めた妖精さんが首をかしげる。

 俺は止まっていた理由を喉につかえていたからとごまかし、胸元を拳で小突いてからまたオムライスを頬張る。

 幸せの味が口いっぱいに広がり、さっきまで考えていたことなど吹っ飛んでしまう。


 妖精は料理が上手いらしい。新たな知見だった。







 コンビニのパンを二つ食べただけとはいえ朝食を摂って一時間程度しか経っていないにも関わらず、オムライスを夢中で食べ切ってしまった。

 

「……改めてごちそうさまでした」

「お粗末さまです」


 食器まで洗ってくれた妖精さんに手を合わせると、漫画でしか見たことなかったセリフを言ってふわりと微笑んだ。

 食後に訪れるゆるやかな空気を味わいつつ、すごい状況だなぁと心の内で笑ってしまう。


 名前も知らない女性を泊めて、お礼にご飯を作ってもらって一緒に食べた。


 二日前の自分にこのことを話しても絶対に信じないだろう。

 他の誰かに同じことを言われても信じるかどうかすら怪しい。

 事実は小説よりも奇なりとはよくいったもんだと思いながら、俺はふと気づいたことを口にする。

 

「そういえば俺なんも言ってなかったのによく調理器具の場所とかわかりましたね」

「キッチンってだいたい似たような作りになるので、調理器具がどこにあるのかとかはだいたいわかりますよ」

「へぇ〜、全く料理したことなかったんで知らなかったです」


 俺の言葉に、妖精さんは怪訝そうに形の良い眉をひそめた。


「一人暮らししてるんじゃないんですか?」

「一人暮らしは今日、っていうか昨日から始めたんですよ。高校まではド田舎の地元にいて、東京の大学に通うために上京したって感じです」


 妖精さんははぁはぁとうなずきつつ、納得しきってはいないようで首をかしげながら腕を組む。そして斜めの視線を俺に向けてくる。

 なんだか緊張して俺は背筋が伸びてしまう。


「料理もしたことないのに一人暮らしって、生きていけるんですか?」

「え? まあ。最近は珍しくもないと思いますよ。飯なんてコンビニ弁当とか歩いて十分くらいのところにあるスーパーで惣菜買ったり、すれ、ば……」


 何を言ってるんだと思いながら言葉を返そうとして、それでも途中で止まってしまったのは、みるみるうちに妖精さんの眉根が寄っていったからだ。


「ダメですよ自炊はしなくちゃ。栄養バランスよくきちんと三食食べて十分な睡眠をとって日光に当たって適度な運動もしないと……」

「け、健康志向なんですね」

「いーえ、当たり前のことです。学生の男の子ならなおさらそうしなくちゃ」

「そりゃ……できたら理想でしょうけど、結構ハードル高いですよそれ」


 俺が肩をすくめると、妖精さんはゆるゆると首をふる。


「もちろん年中無休で自炊をするとか、そんな苦行はしなくていいんです。たまには外食の味を求めたくなるでしょうし、心身共に余裕のない日だってあるでしょうし。わたしが言いたいのは割合と頻度です」

「はぁ……」


 ぐうの音も出ない正論だった。

 俺の感嘆のため息に、妖精さんは引かれたと勘違いしたのか気まずそうに咳払いをする。


「と・も・か・く。毎日そんな食生活じゃ身体によくないのは確実です。何年も続ければ、いつかコロッと死んでしまってもおかしくありません」


 それはイヤでしょう?と妖精さんが問いかけてくるが、俺はどちらともいえない唸りをあげる。


「それで死んだらそれまでっていうか、それが自分の運命だったんだなぁって割り切るしか……」


 そもそも人はいつ死ぬかわからないし、無理して生きようともあまり思わない。

 ぽりぽりと頬をかきながらそう答えれば、妖精さんはじっとこちらを見つめていた。

 驚いているような、呆けているような、どちらでもないような。

 如何ともしがたい表情だったが、ふいに妖精さんの瞳に宿る光が強まった。

 心なしか表情も。


「不躾を承知でお願いがあります」

「お願い?」


 真剣な表情と眼差しの妖精さんはこくりとうなずき、まっすぐに言った。


「わたしをこの部屋においてくれませんか」


まだまだいきます。

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作者がとてもやる気が出ます。

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