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【 其の弐 】 面ヲ接グ(めんをつぐ)~2~

 十王

 其のものは、十あると云われる『宮 (みや)』を統括する、人の世に云う『地獄』の王である。

 またそれと同時に、その宮の維持や管理の責務などの『役』のすべてを引き受け、統括しているとも云われている。


 一般的には、閻魔 (えんま)大王と呼ばれることもあるようだが、それは仮の姿の形骸にすぎない。

 その由来は、普段から五ノ宮の閻魔の部屋に籠っていることから付けられた、通称の名であると云われている。

 また、多様な術を巧みに使い分けることにより、それぞれの宮を取り仕切る『十体の王』として各『役目』のほとんどすべてを操っているとも云われているが、その全容と真偽のほどは……まったくもって不明である。


 そして廻 (めぐ)りゆく縁 (えにし)により、十王の声に応じた八百万 (やおよろず)のものが、あらたに一寸の目の前に姿を現わす。

 その澄んだ『声』は、この部屋の淀んだ空気を一掃するかのように、爽やかに響きわたる。


 「もう少し様子見を、と思いましたが……『末 (すえ)』も前から気がついているようですね」

 その声の主は、死神の持つ大鎌の柄の先端から切り離され、空気鉄砲のコルク栓のように軽くポンと飛び出した。

 そして『其れ』は、今まで丸く縮めていた体をゆっくりと、背伸びするかのように拡がっていく。

 やがて丸と十字の形を合わせたような、とても簡易に作られた白い紙……薄い和紙のような姿となって現れた。


 「この大鎌の重みの違いには、すぐに気がつきましたぞ、『枢 (くるる)の姉 (あね)』さま」

 そう言ったあと、死神は片手で軽く大鎌を一回転させた。

 「じゃが、その名でワシを呼ばずとも……それに、わざわざ見た目をこの場に『合わせる』ことはなかろうに」

 やや困惑したような表情を浮かべながら、十王の机に腰をおろした。


 「そのとおりでございます。そのお姿では御身由来の『識 (しき)』との区別がつかないので、あの……出来ますれば」

 そう言って手を軽くひと振りした十王は、部屋全体の『識』の動きをピタリと止める。

 しかしながら、どこからともなく吹いた涼しげな風が、部屋全体を一巡した。

 その風に触れた『識』は、何事もなかったかのように再び、ヒラヒラと動き始める。

 「その……お直しをしていただくことをお願いしてもよろしいでしょうか? 『式神 (しきがみ)』さま」

 死神よりもさらに困惑した表情を浮かべて、両手を軽く上げて降参したような姿勢のまま、十王はそう付け加えた。


 この部屋の空間に漂っている和紙のような白い紙切れは、『識 (しき)』というらしい……なるほど、と一寸は思った。

 この現状では『識』の見た目はどれも同じ紙の色と大きさで、さらには同じような動きをしているために、ほとんど区別がつかない。

 これでは『式神 (しきがみ)』の姿とほぼ同じで見分けが……あ、もうわからなくなってしまった。


 「そんなことは、ないでしょう? 『末 (すえ)の刃』は八百万のものの末弟であることを端的に示した、そなたの呼び名ですよ。ならば『イチの大姉さま』がおっしゃるように……『しーくん』とでも呼びましょうか?」

 この部屋のあらゆる方向から響きわたるように、式神の声が聞こえてくる。

 「それは……よしてくだされ! それならば……今までどおり『末 (すえ)』で結構です」

 慌てふためいた死神は、そのあとで半ば諦めたように言った。

 その様子は、まさに姉に言いくるめられて仕方なく従う『末っ子』そのものだ。


 「そもそも私たちが互いを実の名で呼び、それに応えると『語弊』を招くことは……ほら、いつぞやのときのように十王と一緒にまた、この宮で『戯れ』てみますか?」

 式神のゆったりとした言いかたに抑揚がほとんどないので、やんわりと諭しているようにも聞きとれる。

 「いえ、いえいえ! ここではどうか……どうか、ご勘弁ください!!」

 先ほどまでの冷静な様子とはうって変わり、今度は十王がオロオロと手を振ってひどく慌てている。

 「おぉ、すっかり忘れておった。あの麗しの姉さまの姿をもうひと目……いや、やはりワシも遠慮するとしようかのぅ」

 死神も首を横に振っている。それはとんでもなく大変なことなのだろう、一寸はそう思った。


 「あら、そうですか。でも、今は十王の『役』を増やすだけになるから止めておきましょうね。それと……」

 一旦、途切れた声のあとに涼しげな風が、一寸の横をフッと通り過ぎた。

 「見た目のことならば、私たち八百万の形 (ぎょう)である『権 (ごん)』に大層な意味はないのですが、それほど難儀というのであれば……ね」

 式神はそう言ったあと、この閻魔の部屋に僅かな静寂が訪れる。


 パン!

 手を大きく叩いた音がひとつ、響き渡ったその瞬間

 周囲の景色が一変した。


 先ほどまで居た部屋の中とは異なり、壁や天井などの閉塞感がない開放的なところ……外にいるようだ。

 ここには野原のように茶色っぽい細長い葉の雑草のようなものが、十王の膝あたりの高さまで点在して生い茂っている。

 そして足元には土の地面ではなく、どす黒いゴツゴツした石のようなものがあり、赤黒いドロッとしたゼリー状のものが不気味に石の隙間を埋めている。

 また、大小さまざまな形の灰色の硬い石柱ようなものが、イバラのとげのように鋭く結晶化している。


 ここの周囲は『宮』の中と同様、赤っぽい霧のようなもので包まれていた。

 やや遠くに丸みを帯びた巨大な塔の外壁のようなものが、ぼんやりと影のように見ることができる。

 おそらく、ここが『七ノ宮の外苑』なのだろう、一寸はそう思った。


 「ほら、ここであれば、私だとわかるでしょう? ついでに『区別』もしましたよ、十王」

 今度はハッキリと聞こえる柔らかい声のする方を見ると、死神の頭の上でさっきの和紙のような『識』が浮かんでいた。

 よく見ると、ほのかに桜色のような淡いピンク色に染まっていて、『識』の顔であろう丸い部分の中央に『式』という字が描かれている。


 「はい。寛大なご配慮に深謝申し上げます、式神さま。こうして外苑から改めて見ますと十王宮の枢 (からくり)の術といい、つい先ほどの短手 (みじかて)の識術といい、雅 (つね)と変わらぬその鮮やかさを目の当たりにすれば、私ごときものは只々、驚嘆するばかりであります」

 十王は、やや大げさに両手を大きく広げて言った。


 「ふふ、褒め口上が達者になりましたね、十王。それに『宮の管理』も順調に機能しているようですね」

 「先日も式神さまの新たな『識』の恩恵を授かり、率直に申しますと、以前よりも『宮』の負担が軽減されたように感じている次第であります。あらためて感謝申し上げます、式神さま」

 十王は直立不動の姿勢でそう言うと、式神に深々と頭を下げた。


 「古臭かった十王宮もだいぶ見違えてきたかのぅ。それに、あれも以前より幾分マシになったようじゃ。これぞまさしく……そうじゃ、『いのべーしょん』じゃ!」

 好評価であることを上手に言ったつもりなのだろうけど、わざわざ言い換えなくても……

 そう思いながら一寸は、やや冷めた視線を死神のほうに向けた。


 「それは良きことです、十王。さて……」

 死神の頭の上で聞こえていた声が、ふっと途切れる。

 「私はいつでもいいですよ。『合わせて』ごらんなさい」

 瞬時に移動した式神は、十王の右肩のあたりで浮かんでいた。


 「本来であれば、賽 (さい)の河原の手続から始まり、宮での一連の過程を経て手順どおりに……と立場上は言いたいところなのだが」

 十王はそう言いつつ、考え込むように死神のほうを見たあとで、軽くため息をついた。

 「幸いにも今回は、式神さまのご了承を頂くことができましたので早速、始めることにしましょう。死神さま、そのものの『名』を教えていただきますかな」

 十王は右腕を伸ばして、手のひらから青白い炎に包まれた白い楕円形のようなものを取り出しながらそう言った。


 「ヨシヨシ、我が友よ。これの名は『一寸 (いっすん)』じゃ。こちらに来て暫らく経つから……そろそろ頃合いかのぅ」

 死神はそう言うと、大鎌を一振りした。すると、今まで死神の側に寄り添うようにあった一寸の『霊魂』は、ゆっくりと動き始めた。


 「では今から、そなたの体となる『隠形 (おんぎょう)』を与える。よいか一寸よ、これをどのように『馴染ませ』て『模 (かたど)る』かは、そなた次第である」

 そして、十王の右手の上に浮かんでいる白いもの……何だかお面のようなものに向かって、だんだん引き寄せられていく。


 「それから、式神さまの『識』の声をよく聴き、御姿が見えたら決して見失うでないぞ」

 十王の言い方は、厳しい口調の中にどこか優しさが含まれているような……父さんに以前、こうやって何度か言い聞かされたことを思い出した。

 そして一寸の『意識』は、青白い炎の中に沈み込むように吸い込まれてしまう。


 これは、とても……

 何だか……熱い?

 体全体が炎で焼かれるように急激に熱くなり、さらには手足の先に痛みを感じるようになってきた。

 これまでは肌の感触はおろか、まったくと言っていいほど何も感じなかったのに……

 しかし一寸は今、ぼんやりと白っぽい炎に包まれている手足……『体』を確かに感じとることが出来る。


 「あ……熱い」

 しゃがれてはいたが、久しぶりに自分の声を耳にしたこと……

 それと声質が、まったくの別人のような低い声に変わっていることに、一寸は少し驚いた。


 「一寸よ、止まってはいけません。わたしの声のほうを向い……わたしと同じ形 (ぎょう)を見つ……」

 式神の声はとても遠くて、ふわふわと途切れ途切れに聞こえる程度だった。

 そして青白い炎の中でただ、自分の白い体が揺らめく炎の中で燃え続けている。

 それ以外の光景は……何も見えてこない。


 「どこでしょうか、式神さま。炎しか見えないし手足が痛くて……熱くて……熱い!」

 何だ、これ!?

 いきなり、というよりも……このあまりに急激な変化に戸惑うばかりで一寸はつい、弱音を吐くように叫んだ。


 「己の『中』ではなく『外』を見なさい。熱さばかりに気をとらわれてはいけません。一寸よ、下のほうではなく『前』を向き、見つけるのです」

 今度は式神の声が、ちゃんと聞こえた。しかし周囲に反響するようにやってきたので、どの方向から聞こえたのかが全くわからない。


 確かに式神の言うとおり……いつの間にか下を見ていた一寸は、熱さに耐えるように震えながら、うずくまっていた。

 また、目を落としている地面からは冷気のようなものが、薄く漂っていた。

 それは何だか……この熱さを打ち消してくれるような気分にしてくれる。

 正直なところ、ここから動きたくはない。しかしそう思う反面、ここに居続けることはダメなのだと直感的に分かっていた。


 よく見ると、その地面の冷気は小さなどす黒い穴から漂っていて、それが足元でいくつも点在するように不気味に渦巻いている。

 そして、そこから細長い触手のようなモノが伸びてきて、一寸の手足の感触を確かめようとしている。

 それは、あらゆるところから一寸を掴もうとしているかのようだった。

 自分は何を迷っているのだろうか? いや、そんなことを思うよりも以前から……そもそも選択の余地はない。

 「あなたの体は今、己の『情』で動けるのです。『前』を見て、そして集中して進むのです」

 頭の後ろのあたりから、さっきよりもハッキリと式神の声が聞こえてきた。


 一寸は、何かを振り払うように頭を上げて立ち上がる。そして、弱々しく見える白い手足を何とか動かしながら、歩こうとした。

 それを遮るように熱くて青白い炎が、一寸の視界の中でまとわりつくように揺らめいている。それは、しつこく邪魔をしているように感じた。


 だから、何なんだよ!!

 この苛立ちのような強い想いを一寸は、それに向かって投げるようにぶつけてみた。すると、ほんの僅かではあったが……熱さが和らいだように思えてきた。

 前に行けば、いいんだろ!

 周囲を気にせず、燃えている体を気にせず……余計なものには構わずに振り払うこともせず、一寸は前を向いて歩き始めた。

 それと同時に、心のどこか奥のほうで何かを求め始めてもいた。熱気に当てられて乾ききった喉を潤す水のような……飢えた何かを満たすようなものを。


 すると、少し先のほうに十字に丸の形をした茶褐色の『識』の姿が、ぼんやりと見え始めてきた。

 その瞬間、自分の中心で固まっていた何かが急に、爆発するように吹き飛ぶ。

 「おぉ、オオォ!」

 一寸は、唸りを発して吠える自分の声を聞いた。

 そして体中に何かが……熱い炎を容易に吹き飛ばすくらいの何かが、体全体を隅々まで満たしていくかのように感じた。



  こんなもの、まだあったんだ……


【 其の参へ 】

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