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「兄さん、お母さんに感謝しなさい」

作者: 杜若 倫


「兄さん、お母さんに感謝しなさい」


 新学期が始まって、少し経った平日のことだ。

 ばったり偶然出会った風を装って、妹が校門を出たところに鉢合わせたところ、出会い頭にそう言われた。


「どうしていきなり母さん? っていうか、実は俺、こう見えてもかなり母さんには日頃感謝してるよ?」


 土日に時間が合えばお使いだってよく引き受ける。肩をもんでー、とか言われれば気の済むまで肩もみや肩たたきもする。

 友人どもはそんな俺をマザコンだなんだと揶揄するが、たった一人の母親なんだからそういうからかいには聞かないことにしている。


「え、そうだったんですか? ……まあ確かに、友達のお兄さんの話を聞いてると、兄さんはお母さんの手伝いとかよくやっていますし。兄さんは孝行息子なんだなとは思ってましたが」

「親孝行だなんて言われるとむず痒いけどね」


 へへっ。

 鼻をこすった。

 

 俺の腕白ボーイな挙動は妹的にナシだったようで無視された。


「実は今日の美術の時間、先生が私たちにデッサンをやらせているときに、こんな話をしてくれたんです」


『昨今のよくある人生設計を参考にして、君たちがこのまま我が校を卒業して四年生大学も卒業して、無事に就職したと仮定しよう。そうすると君たちにはいわゆる社会人として独り立ちをするまで、あと八年も無いんだ。

 君たちの歳は十五、六歳だったか?

 となると実は君たちが親の脛を齧っていられるのも、これまでの人生の半分しかない。中には思春期や反抗期の子もいるだろうし、こんなご時世だ。色々なご家庭があるだろうが、先生としては可能ならばなるべくご両親とは仲良くしておくことをおススメするよ』


「美術の授業中に話す内容じゃないだろソレ」


 素直な感想だったが、しかしそれも仕方ない。妹の美術の授業の先生と言えば、村木先生だ。

 

 ウチの学校は美術の先生はそれぞれ専門ごとに全部で三人いるが、その中でも絵画担当の先生だ。穏やかでいい先生だが、よく授業中に話が脱線するような、いわゆるお爺ちゃん先生である。

 

 選択授業は妹にミスリードされて書道を取ってしまったので直接の面識はないが調査済みだ。


「見回りをしてたら近くの生徒が『絵に詳しい親からデッサンのコツを教わったんだー』って友達と喋ってた子がいたみたい。その子、自慢気に話してたんだけど『お礼は言ったのかい?』って先生が聞いて『ううん』って首振ったら、そんな話に」

「……まあ他所の家庭のことは置いておくにして、先生の話を聞いて母さんに今のうちに日頃のお礼を言えって?」

「ありていに言えばそう言うことです」


 ウチの妹は学生の鑑だった。先生の話を素直に聞く模範生であり、ちゃんと実践しようとする優等生。しかも教わった内容を他の人(おれ)にも伝えようとする講師役まで自発的に担う。学園生でありつつ、すでに教師の心意気まで備えていた。

 もうね。明日からの授業はもう妹が先生でいいんじゃないかな。俺、妹の授業だったらテストで満点取る自信あるよ。むしろそれ以外取るほうがありえない。取るような奴は俺が教室から叩きだす。妹先生の経歴を汚すような奴は不要だからね。


「はぁ、飛鳥の授業を受けたい……」

「どうしよう。また兄さんと話が通じなくなっちゃった」

「個人授業って言うとエッチな感じがする。不思議だよね」

「兄さんの頭の中のほうが不思議ですよ」


 世の中には不思議があふれている。


「話を戻しますけど、兄さん。私も別にお母さんのことを蔑ろにしたことなんてありませんが、でも言葉にして『いつもありがとう』と言うのも大事なことだと思うんです」

「それは確かに」


 阿吽の呼吸とか、世間にはあるらしいがそんなものは幻想だ。

 だって俺がこんなに妹のことを愛しているのに、妹は一顧だにしてくれない。俺の愛の十分の一も伝わって無さそうだ。だからあり得ない。証明終了。


「今日はお母さん仕事で夜も遅いからお弁当でも買って食べてなさいと言われてましたが、これはチャンスです。私たちで夕飯を作って温かいご飯を振舞いつつ『ありがとう』って言ってみるのはどうでしょうか」


 拳を小さく握って、親孝行に全力を尽くそうとする妹。どうです、そこの道行くサラリーマン。最高じゃないですか? 俺の妹。もうね、なんて言うのかな。天使だよね。天使。はぁかわいい。


「賛成だ。じゃあ、これからスーパーにでも行くか?」

「はい。兄さん、荷物持ちはお任せしますね?」

「任せろ。死んでも買い物かごは手放さん」

「死ぬような状況になったら買い物かごは見捨てていいですからね?」


 天使じゃなかった。神だった。女神だね。


「ところで兄さん。ありがとう、ってだけじゃ素っ気ないですよね。それだけじゃお母さんも反応に困っちゃうでしょうし」

「具体的に『いつも○○やってやってくれてありがとう』とか言ってみるか?」

「いいですね。そうしましょう」


 今夜のことを考え出したのか、少し妹の歩幅にぶれが出た。元より歩道の中でも車道よりは陣取っていたものの、さらに少し注意を払いつつ、真横の妹を眺める。

 ステップを踏むたびに頭横にまとめられた髪(サイドポニーとか言うらしい?)がふんわりと揺れている。

 かわいい。

 今のうちに今日の写真を撮っておこう。ぱしゃり。妹にばれた。


「なんで写真撮ったんですか!?」

「愛ゆえに」

「怖い!?」


 スマホを取り上げられたので仕方なしにブレザー裏のポケットに忍ばせていたコンパクトカメラを取り出したらそれも没収された。


「……兄さん。兄さんが私のことを大切にしてくれてることは知っています。でも、人にはやっていいことと悪いことがあると思うんですよ」

「俺は飛鳥にだったら無いかなあ」

「私! 私の話をしているんですっ。いいですか兄さんッ。前に言ったはずです。今後私のことを盗撮しないでって」

「ああ。しかしその時俺も言っただろう。そのお願いは聞き入れられないと」

「兄さんの分からず屋!」

「グーパン!?」


 ゼロ距離パンチだ!

 華奢な身体から振り抜かれた正確無比の妹の拳は、的確に俺の鳩尾を射抜いた!


「ぐっふぅ……、ぅ、ありがとう、ございます」

「そんな最低な感謝は聞きたくなかったかなっ」


 声を荒げながらも少ししょげた顔をした妹が珍しかったので、震える手で鞄の横ポケットに入れておいたインスタントカメラを取り出し、撮影を試みる。ピントがぶれる。もはや気合と根性である。ぱしゃり。カメラを踏み砕かれた。

 あぁ通販で買いだめしてた最後の一つなのに。


 歩道のど真ん中で腹を抑えながらしゃがんで落ち込んだ。そんな俺を妹は、ぱしゃりと自分のスマホで撮った。


 どうして今俺のことを写真に収めたんだろう。


 いいけどさ。妹になら何されても。


 それから十数秒後。

 俺の回復を待ってからコホンと妹が咳払いをして、これまでの一切を無かったことにした。俺たちの間の定番である。こうでもしないと俺と妹の間では話が進まないのでいつの間にか常態化した。


「ところで兄さん。私はオーソドックスですが、『いつも家事ありがとう』って言おうと思いますけど、兄さんはお母さんにどんな『ありがとう』を言うつもりですか?」

「俺は最初から決まってる」

「へえ、即答なんですね。ちなみに内容を聞いてもいいですか?」

「もちろん。飛鳥に隠すようなことなんて俺にはないよ」

「その過剰な信頼はスルーしますね。で、お母さんのどんなことに感謝してるんです?」

「あぁ――」


 それはずっと前から俺の中で息づいていた想い。


 大事に大事にいつでも心の片隅に根付かせていた気持ち。


 今、それを、言葉にする。


「『妹を生んでくれてありがとう』。そう言うつもりだよ」


 横を見たら妹が真顔になっていた。


「兄さん。――お母さんに感謝しなさい」


文体が変わっているように感じられましたらごめんなさい。

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