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第5笑【パ・フォーマーはいずれ背景と化す】

「ピエロ君は…何がしたいんだろう?」

 放課後、誰もいない教室、机の上に突っ伏したまま私はひとりごちる。

 ブー子の時のあの現象を通して見る度、私はピエロ君がわからなくなってきた。

「絶対、ピエロ君もピエロマスターのこと見てるよ…」

 そうでなければ、ピエロ君がここまで笑いにこだわる理由が説明できない。彼は笑いの場の犠牲者なのか?…それとも?

 最初はなんか気になる存在としてある種の好意を抱いていたのかもしれないが、今はもう疑念でいっぱいだ。なんか病んできた…。

 机に突っ伏した体を起こしボーっと教室の隅を見る。

「また居るよ…」

 毒づく私の視線の先、ピエロマスターがまた紫の霧を吸い込んでいる。そして前みたくヤツと目が合い、私の意識は壮大な旅に出る。といっても今回は他人の記録で無く『記憶』を追体験することになったけれど。そこで見たのはある男の記憶。



 俺は音楽がありさえすればいいと思った。音楽が、音楽さえあれば『場』は盛り上がる。そして自分も盛り上がれる。そして『場』の一員になれる。

 本当に音楽はいい。音楽に身を任せてさえ居れば、何もかも『無かったこと』にできる。音楽に合わせて目を閉じればなにも見なくて済む。自分だけの世界に居られる。


 俺は特に『場』を盛り上げる力、能力を持っているわけではない。それなのによくこのクラスの大将をはじめ数人とカラオケボックスに連れて行かれる。普段、クラスでいやと言うほど体験している空気が、学校が終わっても続くのだ。苦痛でたまらない。そしてここでも『場』の盛り上がりが足りないと皆、つまらなそうにする。そしていつもの大将の宣言「あー、つまんねえなー」が発せられる直前、音楽がかかる。

 ここが教室とカラオケボックスの違うところだ。

 そう、ここでは音楽が全て。波乗りではないが、音楽に乗って、この笑いの場のうねりを突き進むことができる。そう音楽がかかるとみんな盛り上がりを取り戻す。俺は思う。音楽が『場』の盛り上がりを繋いでいるんだ!と

 そして踊りさえすれば問題なく『場』に溶け込めるということを。

 当然だが、ただ座っているだけでは『場』の参加者と見なされない。「オイ、お前楽しんでないだろっ!」という叱責が飛ぶ。だが踊り狂うことによって少なくとも『この場を楽しんでいるフリ』をすることが出来る。そして踊りに没頭すればするほどいい意味で『周りが見えなく』なる。見なくても済む、全てを忘れられる。どんなツマラナイ時間もつらい言葉も影響しない。ここだけが自分の空間だ。

 そうして目を閉じ悟りを開いて踊り狂っていると汗が目に入った。

 たまらず目が少し開き、部屋が視界に入る。そして俺は凍りつく。

「あいつッいつの間に…」

 そこには教室で見えるようになったピエロマスターの姿があった。いつもいつも教室で踊らされている俺を見て『盛り上げろ盛り上げろ』的な視線を送ってくるヤツがなぜここにも…。

「そうか、また俺に場を盛り上げろというのか…」

 もはや諦観にも似た想いに駆られ俺は目を閉じ、行動を再開する。

 踊り続ける俺、それでいい。それだけでいい。


 それから俺はどんな曲を聴いても自然と体が反応する体質になってしまった。何かの中毒者のように、音楽がかかるとじっとしていられないんだ。

 そして教室では以前より『進化』した俺は場の盛り上がりに華を添えるような役割を担っていた。


「………………」

 朝の教室、俺は誰よりも早くに登校して教室の隅に突っ立っている。

「人がいないところで踊っても意味無いからな」

 そう呟いているところにクラスの皆が登校してくる。だが俺は見向きもされない。

 当然だ。俺は『背景』だからな。

 やがて大将が登校し、誰でもなくスマートフォンを取り出したクラスメイトが音楽をかけ始める。

 そして劇的に反応するオレの体

「あふぉうっ!」

 奇声を発し、踊り狂う俺。

 止まらない、止められない、踊ることを止められない。

 それを見て、クラスの中に笑いが起こり始める。皆、笑顔だ。

「なっコイツ、スゴイだろー!音楽かけたらすぐに反応して踊りだすんだよっ!こりゃもう病気だね。昔そんな玩具無かった?草の形した…なんだけっかなー?まあでもどうでもいいか、はっはっはっはー!」

 大将の笑い声が遠くに聞こえる。もうその頃にはオレの意識は音楽に支配され、周りの雑音は入ってきずらくなっている。すぐ下を見るとヤツが、ピエロマスターが俺を見上げて「おめでとう」とでもいわんばかりの邪悪な笑みをたたえている。

 俺はたぶんこのクラスに蔓延する笑いの『場』から外れたんだろう。踊り狂うことで目を塞ぎ、耳を塞ぎ、口を塞ぎ、クラスの『背景』として定着した。バックダンサーのように『場』の一員だが、空気のように溶け込みなじんで一体化した存在。

 これは俺が得たある意味理想のポジション、安らぎの場だ。そう、俺は笑いの『場』にいつつも、『場』の影響を受けない特別な存在として昇華したんだ。


「あああああーーーー!」

 またクラスで悲鳴が聞こえた。また笑いの『場』の犠牲者が出たんだろう。でも俺は何も感じない、感じなくていい。全ては俺の『外』のこと、気にする必要は無いのだ。俺は完璧な『傍観者』になったのだから。


 そんな俺にピエロ君が近づいて来る。ああ、いつも見てたよ。周りはどうか知らないけど俺は君の笑いの『場』に対する貢献度に一目置いていた。嫉妬さえしていたのかもしれない。

 でも僕は『場』に溶け込んでしまった。彼は決して俺を許さないだろう。『傍観者』となった俺のことを。だが彼は俺に本当に優しい言葉をかけてくれた。

「それでも僕は君のことを見てるよ」と。

 溶け込んだと言うことは、俺は皆に忘れられたと言うことだ。いてもいなくてもいい存在として定着した。それがいかに寂しいことか。果てしない『孤独』だ。それを彼は分かって、自分だけは俺のことを忘れないと言ってくれたのだ。

 涙が出た。感情を溢れるのを止められなかった。

 俺は泣きながら踊り続ける。それをクラスメイトが笑い続けた。

 どの位経っただろうか?突然、大将が言った。

「こいつがいつまで踊っていられるか試してみようぜ…あとついでに」

 そして俺は全裸にされた後、その場で踊り続けた。

 抵抗はなかった。もう涙は枯れ果てていた。

 最初は(おそらく全裸にされたせいもあってか)笑って見ていたクラスメイトも一人、また一人といなくなっていく。

 それでも、置いていかれた端末からは止めどなく音楽が流れ、そしてそれが幾度もループし俺は踊り…いや、踊らされ続けた。

 そして教室から誰もいなくなった。誰かが端末を取りに来ることももうなさそうだ。

 もう辺りはすっかり暗くなり、教室は暗闇に包まれていた。

 それでも俺は踊らされ…いや、踊り続けた。もはやそう思わないと自分の中の何かが砕けそうな気がした。

 それを見ているのはピエロマスターだけだった。

 ヤツの目は真っ暗な教室の隅でギラギラと光るっているように見えた。そして口元は想像するまでもなく邪悪な笑みを作っているのだろう。

 ヤツは何も考えていない。俺らがどうなろうと、笑いさえ生み出されればいいのだろう。

 そう思った瞬間、ヤツの顔がピエロ君と重なり…

「それでも僕は君のことを見てるよ」

 その言葉が頭の中に響き渡った瞬間、達観して悟りを開いた修験者が極楽に導かれたような気分になり…そして。

――俺は笑いの『場』へと堕ちた――



 頬を伝う涙が私を元いた教室へと連れ戻した。

「私と同じ…」

 思わず声が出た。

 そして私はうすら寒い感覚を覚える。私が毎日吐き気を催すほどの狂った笑いの場であるこのクラスで彼は私と同じ『傍観者』になった者。

 だが、結末は違った。笑いの場から距離を置けた私と違って、彼はこの場に踏み込んでしまった。その結果がコレだ。そう考えると私はゾッとするほか無い。

「でも彼は『場』に貢献した。君と違ってね」

 振り向くとピエロ君の声がする。彼は全てをわかっていたかのように私の背後に立って笑みを浮かべている。

「君はこの場に対する貢献度が足りないなあ」

その言葉の後、『ガラッ!』


まるで、狙っているとしか思えないタイミングで誰か教室に入ってくる。


「んもー、まったく、こんな時に忘れ物するなんてっえっえええええーーーー!」

 誰もいないクラスに黄色い絶叫が響く。

「あんた達、こんな時間に二人っきりでナニやってるのよおおおおおーーーー!」

 クラスいちの噂好きの女生徒にピエロ君と二人っきりの所を見つかってしまった。

 そんな私にピエロ君は近づいて、いきなり私の唇を奪った。

「…っ!!」

 一気に静寂に包まれる教室。そして女生徒から甲高い悲鳴が出た。

「…あ、ああああ」

 何が起こったか全然理解できない私は、行為が終わった後も、口をパクパクさせたマヌケ面でピエロ君を見ている他なかった。

「傍観者であっては困る」

 唐突にピエロ君は言う。

「いいかい、笑いの本質は『お互い様』だ。人を笑ったら、今度は自分が笑いを提供する。笑いっぱなしってのは無しだよ」

 …だから、とピエロ君は付け加えて、ピエロマスターにそっくりのいじわるな笑顔で続ける。

「君にも貢献してもらうよ」

 絶望に打ちひしがれる私にピエロ君の残酷な宣告が言いわたされた。


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