第2笑【私は毒虫】
「ふう…」
私は正常な人間だ。だが、こんな異常な状況にも関わらず溜め息一つで受け流す。(※周りの人間はもう既に異常になっている…と思う)
私はこのクラスを観察している。いや俯瞰しているともいっていい。引いた目線でクラスを分析している。
私がこの笑いの場に巻き込まれることは無い。
だが、かといって無事で居られるわけではない。
「うっ…!」
私は猛烈な吐き気に襲われ、慌てて口を押さえる。
「まったく、いつ視てもこのクラスはひどい笑気(これは私が創った造語、山川に生ずるよどみ=瘴気と掛けている)ね…」
いつだったからだろう、この『笑気』という感覚を私が感じるようになったのは…。丁度、幼い頃に芸人だった父さんが失踪した頃だろうか…。それ以来、私は笑気の濃いところでは強い吐き気を抑えることができない。
「…うっぷ」
なんとか耐え切り、放課後を迎える
その日は早々に自宅に帰った。
「あっ、お帰りー!」
私が疲れて帰宅すると元気で明るい声が迎えてくれる。
声の主は私のお母さん。父さんが失踪して以来、女手一つで私を育ててくれた。
「今日はあんたの大好きなカレーよ!間違っても飲み物のように食べないでね♪」
しかも笑いのツボも心得ている、本当に笑いの好きなお母さん。
「飲み物って…、私そんなに食べれないわよ」
苦笑しながらかろうじてツッコミを返す。
「またまたあー!育ち盛りでしょ」
「私は文科系なのっ!」
いつものやり取りの中、私は思う。
やっぱりこんなやり取りが一番心地言い笑いだと思う。
あんな暴力的な笑いはいらない!絶対に無くしてやる!
私が決意を新たにしていると
食事中、お母さんがそわそわしだした。もう待ちきれないんだろう
「あっ、そろそろあの番組が始まるわぁ」
お母さんがいつも楽しそうに見ているあのお笑い番組が始まるからだ。
もう待てないという素振りであらかじめテーブルに置いてあったリモコンを操作し、テレビの電源を入れる。
「ごちそうさま」
だが、私がその番組を一緒に視ることはない。お母さんの言葉が合図だと言わんばかりに早々に食事を終える。
「えーー!たまには一緒に視ようよ」
お母さんの一緒に友達と遊べなかった子供のような拗ねた声を振り切って、逃げるように部屋に篭る。いつものことだ。
私はこの『番組』が大嫌いだからだ。いじられ役の芸人をいじめて笑いを取る企画ばかりの番組。テレビ越しだから笑気は感じないが、それでも見ていて私的に気分の良い物ではない。
「お母さん、この司会の芸人二人組好きなのよねえー♪けっこうイケメンだし!」
いつもこう言う母さんには悪いが芸人をいじめる側の二人組みの司会者も正直好きにはなれない。人をいじめて笑いを取っていると思うと、どうしても許せないのだ。
父さんを追い詰めた『笑い』を。
「…いい作りね」
そう言って私は口元をにやりとさせる。
私は部屋にあるパソコンを広げ、ネットから収集したコントをまとめ、編集している。ヘッドフォン越しに出演者の小気味良いやり取りが聞こえてくる。なかなか考えられている創りだ。
コントを視るのは好きだ。
父さんの失踪以来、笑いに対して俯瞰的で分析めいた冷めた見方を持ってしまった私だが、コントを視る時は、特に出来のいいコントに出会った時は思わず顔がほころぶ。
それは幼い頃、父さんと一緒に視ていたもの。
「いいか、コントってのはなあ、創作物に置き換えれば出来の良い脚本みたいなもんだ」
私と一緒にコントを見ながら父さんは目を輝かせて話す。
「それってわたしでも分かるかなあ?」
私が聞くと「わかるさっ!」と父さんは付け加えて
「映画でも画でも造形物でも『良い創りの物』に出会えば体は自然と感動する」
どんな時でもな!そう父さんは付け加えて私の頭を撫でた。
「うん」
私はそんな父さんの顔を見つめてニヒヒと笑う。そんな私を見て父さんはちょっと照れくさそうにしながらも語っていく。
「色んな笑いのジャンルは多々あれど、そん中で『話』を突き詰められる『創り』はコントが一番向いてるんだ!」
熱く語る父さんはカッコよかった。
「ああ、俺も良いコントを作り上げたいなあ」
そして両手を広げて夢を語る。
「父さんならできる!」
私はそれを応援していた。
だが、父さんは突然姿を消した。
「父さんは笑いに追い詰められた」
コントを視ながら父さんの思い出に浸っていた私はポツリと言葉を吐き出す。
父さんはいじられ、もとい、いじめられ過ぎて追い詰められていたんだと思う。父さんを追い込んだ『笑い』、それを私は今でも許せないのだ。だから笑いに対して歪んだ感覚が身に付いて、笑気を感じる程に過敏に反応するようになってしまった。
「あっはははははーーー!」
そんな私をあざ笑うかのようなヘッドフォン越しに聞こえる程、大音量の母の大爆笑。
「――ッ!」
私はすぐさまヘッドフォンを外し、全力で耳を塞いだ。
なんで父さんが出て行ったのに、あんなにも笑えるのだろう…本当に理解できない。
普段はいつも元気なお母さんの笑い声は学校で疲れた私の心を癒し、元気付けてくれるとても心地の良いものなのだけど、この時の笑いはいつ聞いてもどこか異常な、壊れた感じがしてどうしても私を不快にさせる。もしかして画面の中でいじめられてるいじられ芸人達を自分達を捨てて逃げ続けている夫に重ねて憂さ晴らしをしているのかもしれない。
「寝よう…」
私は急遽、コント鑑賞会を中止して両手で耳を塞いだままベットに倒れこむ。そして傍にあった耳栓を手際よくつけて、眠りの世界に逃亡する。
「父さん…早く戻ってきてよ」
捨て台詞のように吐いた希望はただ虚しく響くだけだった。
翌日、教室に入ると、男子の威勢のいい声が聞こえて来る。いつものやつだ。
『ハンッグリッ!ハンッグリッ!』
この儀式もエスカレートしているなあ。すでにピエロ君はガムテープでぐるぐる巻きにされて、身動き取れなくなっていた。
「何してるんだっ!」
青い顔で向かってきた先生に対して。
「ちょっとしたスキンシップ、じゃれあいじゃないですかあー」
笑顔で先生に話しかけ、先生を退かせていた。
全く理解できない。
そんな環境においても私は眉一つ動かさず、状況の観察を続ける。(相変わらず多少の吐き気は伴うが、我慢する)
このどうしようもない笑いの構造を理解するには観察を繰り返して研究していくしかないから。
一方でこの笑いの場において私はほとんど巻き込まれない。私はこのクラスから独立した存在として機能している。まあ、早い話がハブられ、ほとんどの人間からいない者として無視されている。だが私は気にしない。それが何だというの。笑いの場を俯瞰し、観察するには今の立場が最もベストだと私自身が理解している。何の問題も無い。むしろ都合が良いくらい。
それもこれも私が『毒虫』という通り名と共に観察者としての立場をこのクラスで獲得したある事件がきっかけだった。
「ねえ、あなたのお父さんって元芸人だったんでしょう?」
唐突に聞かれた質問に私は何も答えられなかった。
クラス分けして間もない頃、教室でのその子は面倒見の良い子で
私が何も話さないことを肯定と受け取ったのか、その子は怪しげな笑いを含んで話を続ける。
「ふふふ…大丈夫よ。誰にも言ってないから」
「何言ってんの…あんた」
私は心底理解できない、引くわああ…という表情全開で問い正した。だが相手は聞いてもいない風で、たたみかけてきた。
「ねえ、私の趣味は人の秘密を握ることなの。この秘密をばらされたくなかったら、私と友達になりましょう」
なんていうえげつないやり方をする人間だ!
分析しよう。
成るほど、面倒見のいい振りして他人の秘密を握り、あまつさえ利用して、かりそめの友人関係を形成してるとは…この人間、ヤバイな。
私はすぐに排除に取り掛かる。こういった人間にこそ容赦はしてはいけない。
そしてこういった人間にこそ、自ら弱み…ひけらかせない過去を持っているものなのだ。
『クラスでいじめられたらこのサイトを使いなさい』
父さんが失踪する前、私に教えてくれたサイト。そこではある程度の個人情報さえ入力すれば人の弱みを検索できるという、悪魔のような機能が備わっていた。
そこで私は住所やら生年月日やらあの子の簡単な個人情報を入力した。
そうしたらあの子の秘密が、本人の知らないところまで芋ずる式に出てきた。父親がギャンブル狂な事、母親がそれの埋め合わせの為に風俗店で働いている事、家に借金取りが押しかけてきていた事…。
良くここまであって学校で隠しきれているなあ…。私は心底感心した。
多分、私にしたことも自分自身を守る為の防衛行動だろうなあ。お互いに秘密を共有し、友人関係を築く。一昔前のロシアとアメリカの冷戦みたいに牽制しあって。
「でも、だからといって容赦しないけどね」
私はそう言ってサイトの閲覧を続ける。
そして、その子本人でも気付いていない秘密がサイト内に表示されているのを見つけた。
「ふーん」
私は特に感慨気も無く呟くと、パソコンの電源を切った。あくまでこれは自分の身を守るための作業だ。高揚などしない。
後日、私はあの子に調べた事実を打ち明けた。優しく、丁寧に、一つ残さず。
「――っ!」
あの子の顔色がが血の気が無くなったかのように真っ青になり、体の震えが止まらなくなっている。まさかここまで調べられるとは思っても居なかったんだろう。
「なんで、私の本当のお父さんがこのクラスの先生だって知ってるの?」
私は全てを見透かした神の様にフッと笑い、あの子の耳元でそっと囁く。
「私はあなたの秘密を握っている。あなた以上にね。」
残酷な情報、小さな亀裂はあっという間に広がり、心を粉々にしていく。
有名な歌の歌詞ではないけど、相手のココロをコワスにはまず、心のやらかい場所を握ってやればいい。そして握りつぶす前のギリギリの状態で相手に問うてやればいいのだ。「私はあなたの本体を握っている。いつでも潰せる」己の心の命を握られた相手は精神的に極限まで追い詰められるだろう。そして崩壊する。
その日その子は私に関わっては来なくなった。いつも青い顔で私のことを見ていた。だが私はそれで容赦などしない。
翌日にはあの子の様々なゴシップ情報を、恥ずかしいプライベートから話したくない家庭の事情まで調べ上げ、包み隠さず校内ネットにさらした。
あの子は体面を気にする子だったから、その件以来、以外とあっけなく壊れた。
私に秘密を握られただけで体が震えるくらいだったんだ。ましてやそれが公開されれば、とても通常の精神状態ではいられないだろう。あえて公開まで一日時間を置いたのは、あの子にあえて苦しむ時間を与えたからだ。心が崩壊するまでには多少、熟成させる時間が必要だからだ。
授業中も手が震えて。言動もおかしくなり、精神に不調をきたし、やがて転校して行った。
おそらくあの子はお互いに秘密を握っていれば相手は何も出来ないと思っていたのだろう。だが、私は違った。
容赦はしない。私に手を出したのがそもそも間違っていたのだ。毒には毒を!
排除が完了した
ココロのウラをエグる。ニンゲンナラコワセル。
私はそう確信した。以外と人を壊すのは簡単なのだ。
私は自分から手を出せるような牙は持ち合わせていない。ただし、私に噛み付いた人間はただではすまない。猛毒を体内に宿した『毒虫』。それが私の通り名になった。
その事件以来、私はクラス中の人間から意図的に無視されている。寂しいと思ったことは無い。干渉されるのは大嫌いだし、むしろその方が快適だから。
観察者の立場を得た私だが観察を続けていて気になることがある。あのピエロマスターの存在とこの教室の異常な笑気。そしてあの子、ピエロ君の存在だ。
『ハンッグリッ!ハンッグリッ!』
さっきまでテープでぐるぐる巻きにされても尚、笑顔を絶やさなかったピエロ君の姿が思い浮かぶ。何であんなにされてまで笑顔を絶やさないのか不思議だった。私だったら絶対いじめられている事に耐えられないから。もしかしていじめられていること自体に気付いていない?まさかそんな鈍感ではないよね。でも気になる。やっぱ気になる。気付けば私はピエロ君を目で追う様になっていた。
そしてついに私は、その日の放課後、二人っきりになった時に物申してやった。
あの日の放課後、誰もいない教室、ピエロ君が後片付けをしている。ガムテープを器用に巻きなおしてゴミ箱に捨てている。
私はピエロ君に向かって言い放つ。
「よくそこまでいじめられて、心が折れないわね!」
でも、ピエロ君はそんな私を気にもせず、堂々と言葉を返してきた。
「いじめられてる?そんなわけないじゃないか。僕はこの教室の笑いを作っている一団の一人さ」
「何よそれ…」
絶句。本当にわけが分からない。この子頭おかしい。
「でもこんな方法でも誰かを笑わせることは出来るでしょ!」
ピエロ君の発言に私は怒りがこみ上げてきた。
「いいか、三回言ってやる!」
私は断言する。
「お前笑われてるんじゃないのか?」
そうだよ!
「笑われているんだ」
その通りだよ!
「絶対笑われている」
間違いないから!
「笑わせてるんじゃない笑われているんだ!いい加減気付け!」
思いの丈をピエロ君にぶつける。気付いて欲しいと信じて。
「それが?何か?」
でも彼はしれっと笑顔で言う。
「確かに僕は笑われている…その通りさ。でも、昔、ものすごく落ち込んでいた子がそんな僕の姿見て笑ったんだ。それを見て無性にうれしくなってしまって。だから僕はこのクラスで素人芸人…いじられ役を続けられているんだと思う」
その言葉を聞いて私は理解に苦しんだ。そこまで自分を犠牲にして何が残るって言うのよ!
「何で分からないの!…ほんと、反吐が出るわ」
本当に理解できない。
人をいじめることでしか笑いを作れない集団…クソくらえ!
私がクラスの笑いに憤りを感じ始めた頃……そんな時だ。
私がピエロマスターの周りで不思議な現象を体験し始めたのは。