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第21笑【笑いを貪る家畜達】

 テレビ現場の実情

 バライティ番組…笑いの大量生産の場では『常に』一定の水準の笑いの『質』を保たなければならない。

そして俺は笑いの大量生産をする場…テレビ局の『真理』ともいえる掟に戦慄する。

「本当に厳しいな…」

 俺は芸人としてある種の限界をむかえていた。そんな中、俺を励まし、導びいてくれたのは先輩芸人のあの人だった。

「大丈夫?落ち込んでない」

 収録中、派手にスベった俺は舞台袖の隅っこで縮こまって震えていた。そんな俺にあの人は声をかけてくれたんだ。

「…ふっふふ、もうお終いですよ」

 それでも不安は消えず、俺は思わずそのまんまの反応をしていた。

「大丈夫だ。笑神様が見ている。お前は守られている」

 それでもあの人は力強くそう言うと、フッと舞台の上へと消えて言った。

「なんだかなあ…」

 あの人は文句なしに笑いを取って帰ってきた。

「笑神様の機嫌を損ねなければ上手くいくよ」

「笑神様って何だ!?」

 俺は聞いていた。

「文字通り、笑いの神様さ…君にも見えるといいね」

 にこやかに笑うあの人が印象的だった。

「ほらっ!もう一度君の出番だよ」

 バンッと背中を押され、「おっとと」と舞台の上に出る。そして俺は見た。

 テレビカメラの上でにこやかに笑顔を湛えているピエロのぬいぐるみを。

「あれ?コレ何?動いているぞ…これ?」

 でもコイツの機嫌を損ねなければ、つまりコイツが笑い続けていれば、何でも上手くいくような気さえした。

 そして、この日の収録は文句なくうまくいき、俺は笑神様の『信者』になった。

「ああ、コレじゃ駄目かぁ」

「コレじゃ少し反応が弱かったなあ」

 笑神様が少しでも喜ぶしぐさをした時に、ネタを集中的に展開する。なんか動物の機嫌を伺っているようにもみえるが…それでいい。

 オレの観客は笑神様ひとりだけ。笑神様が笑いさえすれば全てはうまくいくのだ。

 そう、俺は笑神様を研究し尽くした。笑神様のご機嫌さえ伺っていれさえすれば、成功は保障されているのだから。


 そして俺はあっという間にトップ芸人の仲間入りを果たした。

 まさに人生の絶頂。

 一方、あの人はなんかのきっかけで笑神様の機嫌を損ねたのか、徐々に笑いを取れなくなり、芸能界から消えていこうとしていた。まさに崖っぷち。

「大丈夫ですか?」

 いつもの舞台袖で俺は声をかけた。さすがに俺自身の恩人だ。むげには出来ない。

「妻と娘がいるからねえ、負けられないんだわ」

 あの人は自分を鼓舞するように言って、舞台の中に消えて言った。…だが結果は散々。

「コレが運命かねえ…もう笑神様の声も聞こえないし」

 力なく項垂れるあの人の背中を見て、俺は放ってなどおけなかった。


「一緒に笑いを取りましょう」

 俺は提案していた。そしてプロデューサーに直談判して、コンビを結成した。

 あの人は迷っているようだったけど、やがて

「…いいのか?」

 コンビ結成を承諾してくれた。

 そんなあの人に俺は余裕で返していた。

「大丈夫っスよ!俺、今、笑神様の声が聞こえるようになったんスよ!」

 得意満々に言う俺に向ってあの人はいぶかしがっていた。

「そんなことは今まで無かった。初耳だ。笑神様はな、自分達、芸人はもちろんのこと、テレビマン…つまり、番組制作陣の中でも有名な話なんだ。現場の人間はみんな知っている的な…なっ!そんな中で今まで『声』を聞いたヤツなんて一人としていなかった。…皆、ちょっとしたまぼろし、幸せ…ひいてはウケの前兆くらいにしか考えていないんだよっ!だから、笑神様の声が聞けるなんて事は絶対にない!」

 その話を聞いた俺は更に調子づいて、あの人に話す。

「じゃあ、俺がその初めての人ってわけですねー!こいつは運が良いやあ…だって、笑神様の声にしたがっていればスベり知らずですよっ!」

 そして俺はあの人の手をぎゅっと握って宣言する。

「大丈夫です。俺は特別なんですっ。俺に付いて来れば全然問題ないですからっ。一緒に頑張りましょう!」

 あの人は不安そうに思いをめぐらせていたが、やがて意を決したようにオレの目を見て言った。

「一緒に頑張ろう!たよりにしてるぞっ!」

 俺の手を力強く握り返してくれた。それはまるで父さんに頼られたような心地よさで、嬉しかった。


 俺達は打ち合わせを続け

 いよいよ本番、生放送の番組収録の日を迎えた。


「さあー!今日は急遽番組内で結成されたユニット『ピエロマスターズ』の一番です。どうやら『神の声』が聞こえるとかっ!張り切ってどうぞー!」

 ノリの良いナレーションで景気付けしてもらった俺達は、意気揚々とステージに繰り出した。

 この収録は最近流行りの競技形式で十種類の笑いのジャンルを選択し、会場にいるお客さんの中からランダムで選ばれた数人を毎回全員笑わして勝ち抜いていくという形式だ。十回連続制覇で一千万円の賞金が出るが、条件はかなり厳しく、今まで幾多の芸人達が挑戦したが、せいぜい六連勝、七連勝がいいとこで、よほどの腕があってかつ運が味方した場合でさえも八連勝止まりという有様だった。

「ピエロ弟でーすっ」

「ピエロ兄でーすっ」

『二人合わせてピエロマスターズでーすっ!』

「なんかアレやなー、スーパーマリオブラザーズみたいやなあ」

 俺がぼけて

「でもあれやなあ、兄を差し置いて弟が先に自己紹介ってどうなん?」

 あの人がツッコんでくる

「まあ、俺の方が背えひくいけどなあー」


 どっと笑いが起こる。よし全員笑わしたぞ。一回戦を突破した。


 それもコレも俺の頭の中に響いてくる笑神様の声のお陰だ

 ボケのタイミング(自分の担当)、ツッコミの間合い(あの人に俺が目でサインを飛ばす)、全てベストなタイミングで完璧にアドバイスしてくれる。そしてそれが毎回ドンピシャで必ずウケル。

『神に愛された男達(笑)』というテロップも付き、正に無敗、無敵の快進撃。



 そしていよいよ九回戦になったその時、急に笑神様の声が聞こえなくなった。

「……っ!」

 笑神様の予言を失った俺達はスベりを連発し、勝つことは出来なかった。

 連勝記録はまるでそれがはじめから決まっていたかのように九連勝で見事にストップした。

 惨めだった。


「さーってっ!これからこの落ち込んでる二人に大ニュースがありまーすっ!さあ、今から己の身の程を知れッッ!」

 呆然とする俺達二人に全ての『タネ』が明かされる。

 それは

「あー、テス、テス、マイクテス…コレでいいかなあ?」

「ああ、バッチリさ」

「でも、あいつもアレだなあ…かわいそうだなあ」

「だまされるあたまの悪い方が悪いんさ…芸人の宿命だな。でもあいつのだまされっぷり、見ていて気持ちいいなあ」

「あの素直さがきもちわるくてなあっ」

 ゲハゲハゲハと気持ちの悪い笑い声が響くVTR。それは俺が信じていた笑神様が幻想だったこと、そしてそれを仕組んだ人間達の悪意の塊だった。


「なんてことしやがるっ!」

 俺は力の限り叫んだ。いや、叫ばないといけないと思った。こんなの間違ってる。俺はこの場にいる全員を断罪しようと声を荒げた。

「そう、笑神様は全てウソだったの。僕ら『全員』で君を騙してたの…そう、全員でね。でしょ?」

 そんな俺に残酷な情報を提供してきたのは、俺の視線の先にいるこの番組のプロデューサーだった。そう、あの人もコレを知っていたという事実を。

「もう最初にこの話をプロデューサーから聞かされて知っていたんだ。君には黙っていろと…私は迷った。君の思いを知るほどに気持ちは揺れに揺れた。でも娘と妻を養う為には金が必要だった。何も考えられなくなって…」

「あんた、金で俺を売ったのか?」

 お決まりの展開だった。本当にゲスい展開の。

「すまなかった…すまなかったあああああーーー!」

 大絶叫を響かせて俺に向ってその場で土下座をするあの人。

「ちがう、違う、こんな事すんなよ…土下座なんかすんなよ…こんなんじゃない…俺はこんなあんたの姿がみたかったんじゃないんだよおおおーー!」


「あーはっはっはっはっー!」

 そんな俺達の様子を見て笑う観客達…場が笑いで満たされていく


「なんだ…コレ?」


あまりの光景に俺の意識はフリーズして動かなくなってしまった。


 そんな俺に冷や水を浴びせるかの如く、番組のプロデューサーは言葉を浴びせてくる。

「もちろんみんな聞こえてたけどね。……ってか気付かなかったのーお?ぬいぐるみの動きだってあの程度なら造作も無いしー」

 いやらしさ満点の表情で、いけしゃあしゃあと言ってのけやがった。

「素直な君をどうしても騙したくなっちゃってえー、ごめんねごめんねえー♪」

ケタケタケタといやらしい笑い声が響く。

「……笑いを……取れれば……人に何やってもいいのか……?」

 かろうじてそう呟くのが精一杯だった。俺の呟きは誰にも聞こえなかったのかもしれない。だが、もう限界だった。自分が世界から切り離されたようにさえ感じた。

 そして、突然目の前にサーカスでよく見るピエロが出現していた。

 そいつはテレビカメラの上に乗っていた、俺がピエロマスターと信じ込んでいたピエロのぬいぐるみをひょいとつまみ上げるとケタケタと笑った。

 それはまるで「そうだよ、俺が本物のピエロマスターさ!」と言ってるように聞こえ、そしてそれはこの場に満ちるヒトの悪意の象徴のようにさえ見えた。


それが初めて目にした本物のピエロマスターだった。



絶望



そしてプツンと


俺の中の『何か』が音を立てて切れた。


「てめえらあああああーーー!ふざけるんじゃねえ!」

 俺は激昂して叫んでいた。いや、もうすでに感情が振り切れ、怒りと言う感情さえ解らなくなっていた。

「俺は初めて笑いの場の残酷さを知ったよ!いや違うな…笑いの場じゃない。笑いを創る人間達の『外れっぷり』に絶望したんだ。なあ、お前ら本当に『人間』なのか?もし、それが人間だと言うのなら、みんな、笑いの場に呑まれて、融けて消えてしまえばいい。そう、そうさ、そうだよ。こんなの笑神様は許さない。『人間』を決して許さないんだ。笑いを悪の所業で創るお前らもっ、それを何食わぬ顔で貪り捨てていく視聴者もっ、今のこの国の食糧事情と同じじゃねえかっ!『家畜』め!俺は今、自分の手塩にかけた作物を目の前で遊び半分に捨てられた農家の人の何万倍も怒っている。決意したぞ!」

 俺はもうためらわなかった。ためらいという感覚すら、いや『感情』すら何だったのか思い出せないくらいに淡々と言葉を紡ぐ。

「俺は『人間全て』に復讐する。いや、『審判』を下す。この『笑いの場』永遠に留まってなあっ!……まずはお前らから『喰らって』やる!」

 そう、人間は『笑い』を手にしてはいけなかったんだ。それ自体が罪だ。人は常に誰かを見下して笑っていないと生きていけない生き物だ。

 そんなやつらまとめて滅べ。


 そう思った刹那、俺はスタジオを飛び出し、同じ階にある窓辺から身を投げていた。

 そして、その後、意識が途切れると思いきや、俺は何故か元いたスタジオの真ん中に立っていた。『俺?死んだ?』そう思ったと同時だろうか、俺の周りから紫の霧が噴き出した。それを浴びた人間は奇声を発して笑いながら踊り狂う。中には周囲の人間を笑いながら刺し殺していくヤツもいれば、ひたすら笑い転げ続けて、腸がねじれたのか、ビクンと跳ねた後、それきり動かなくなるヤツ、さらには、ガソリンを隣の人間にぶっかけて躊躇無く燃やして、燃え盛る様子を真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされた継母を見るシンデレラのように人から外れた目で笑うヤツ、だがソイツは隣から笑いながらハンマーを奮うヤツの一撃であっけなく絶命してしまう。ハンマーを奮ったヤツも同じく隣の笑ったヤツに殺されて…笑いの連鎖。もうココには血と、恐怖と、狂気と狂喜…全てがないまぜになって笑いを創っている。こここそ本当の意味での『笑いの場』かもしれなかった。


 そして俺は紫の霧を吐き出しながら融けていこうとしていた。笑いの場の意識へと。

 そして俺の周りの死体も融け堕ちて中から白い仮面を付けた紫色の塊が飛び出してくる。…それはかつて人間だったモノ。地面全てを埋め尽くすおびただしい死体からソレが飛び出してくる。そして渦を作り、俺の消えようとしていく霊体へ吸い込まれていく。

 俺の中の何かが再構成された感覚がある。はっきりと新しい『霊体』を手に入れた感覚がある。

「ハハハ…すごいぞ!すごいぞおおおおーー!」

 俺は高らかに笑った。


 そして

「やめろ、やめろおおおーー!」

 すっかり肉体を無くしたあの人の絶叫が響き渡った。



「………うっ」

 意識の戻った私は、思わず目頭を熱くしていた。

 芸人はどれほどの想いをしたのだろう?どれほどの傷を負ったのだろう?どれほどに絶望したのだろう?答えはもう笑いの場に融けて残っちゃいないだろうけど、想像することはできる。いや、想像することさえおごがましいのかもしれない。…想像を絶する…この言葉はこの為にあるのだろう。そんな気がする程に。

「ほんっ…とうに辛かったんだなあ」


 私は決意する。

 このコントを成功させようと。

 笑いに飲まれた全ての人に対して救いとなるように。

「かつもくせよっ!」

 場の狂喜に抗うように

「これが私達が全力で行う笑いの場へのレクイエムだああーー!」

 全力で叫んだ。


「これが、優しい笑いだっ」

「どうぞ、感じてください」

「そして、涙してね」

『泣き笑えっ!』

 私の決意を後押しするようにピエロ倶楽部の三人の掛け声が響いた。

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