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第16笑【トイレ争奪戦】

 私の抱いた疑問に対しての結果はトイレマンに関することですぐに表れた。

 ライバルが現れたのだ。

 朝、始業前の教室でトイレマンは叫んだ。

「お前がいつも俺を邪魔するヤツかぁ!」

 教室の後ろの方に座り、あえて目立たないように佇んでいる幸の薄そうな男子に対して啖呵をきった。

「いつも俺がトイレに行こうとすると、決まってトイレが塞がっている」

 男子は応えない。

「そしてついにトイレからお前が出てくるところを捉えたんだよっ!」

 更に問い詰めるトイレマン。

「トイレの城主めっ!」

 ついにぶち切れたトイレマンが男子を罵る。

 クスクスとクラスから笑いが漏れ出す。

 そこをすかさず大将が、もうすっかりお決まりになったマイクパフォーマンスで援護する。

「おおおおーーーっと!トイレマンにライバル出現です。しかもその正体はあの、フードファイター!コレは面白くなってきましたぁーー!」

 そして

「!!」

「!!!っ」

 向かい合う二人は同時に飛び跳ねて硬直する。

「まさか…同時?ありえない」

 小声で呟く私。まさか二人同時にもよおすなんて考えられない。

 そんな私の推測なんかつゆ知らず、二人は無言で見詰め合って

『っ!』

 タイミングを見計らったようにトイレにダッシュした。後を追うクラスメイト達。


 そこでは

「こっちへくるなでござるっ!トイレの防人(さきもり)風情がっ!」

「そっちこそ城主だからって長えんだよっ!立てこもりか!」

 二人がお互いを罵りあいながらトイレへと向っていく。その発現すら笑いのセンスが盛り込まれていて観戦するクラスメイトからクスクスと笑い声が聞こえてくる。以前の二人では全くありえなかった状況だ。

「…成長してる」

 私が呟くのと同時だろうか。

「おおーーーと!同じトイレを志す者の共演だ!連れションならぬ連れグソは無事に成功するのかあああーーー!」

 それを的確な実況で笑いに持っていく大将。

『連れグソじゃねええええーーー!』

 それに二人の的確な絶叫、もといツッコミが入り

「なにやってんの!そんなヤツ一人に手こずってんじゃないわよ!」

 更に一際艶のある声音が混ざる。

 ざわめく場。

「おい、アレって…」

「まさか、霧島さん」

「ウソ…あの二人、付き合い出したの」

 そんなざわめきに応えるように霧島さんのエールがトイレマンに届けられる。

「頑張れ!トイレマン」

 場のざわめきは確信に変わり

「そうか、つきあいだしたんかあ」

「お幸せに」

「よかったな」

 いつもはトイレマンへの憤怒、嫉妬で埋め尽くされるざわめきが、今回に限っては打って変わってトイレマンを応援する声になっている。違和感を感じる私だったが

「さーあ、愛するものからの声援を受けたトイレマンが勝利するのかー!それとも、フードファイターが武士道を貫くのかあー!」

 大将の小気味良い実況が入り場は二人を応援する形で盛り上がっていく。

『頑張れー!二人ともー!』

 そして自然と笑い声が発生し場を埋め尽くしていく。

 クラス中が笑いに包まれた瞬間だった。

 そこには一人でやられていた頃に見たいつもの焦燥感は微塵も無い。むしろ生き生きとしていて、全力で場を楽しんでいる感じさえした。今までのがマイナスの…負の笑いなら、今回のは明らかにプラスの…正統?な笑いだ。


「何?この一体感…」

 私は呆れたように呟いて

「でも孤独になるなってそういうことかぁ…」

 そこだけは納得して頷く。


 教室の奥を見ると、悔しそうに地団太を踏むピエロマスターの姿が見える。心なしか疲れているようにも見える。

「芸人が言ったとおり、弱ってきてるのかなあ…?」

 私が呟く頃にはピエロマスターの症状は更に悪化していた。歯軋りしながら仰向けに地面に寝そべり、手足をバタバタさせている。もう、駄々っ子としか言いようが無い。

「…そんなに悔しいの?」

 私の呟きにピエロマスターは一切応えない。ただヤツは悔しそうな、忌々しそうな瞳で悪霊の如く私達をじっと無言で見据えていた。


 トイレマンの件もそうだけど、みんな衆人を意識して、自分の行動をパファームとして、つまり見せるものとしてソツなくこなすようになった。なんか全力じゃないような、嘘くさい芝居めいたモノを感じるんだけど。ほんと、大根役者だらけの劇団みたいな…。たしかにいじめによる笑いの構造をみんな難なくかわすようになっている。私がだいっ嫌いな『暴力による笑いの連鎖』から外れて、いい傾向だと思うんだけど、ピエロ君が居たころの…あの頃のみんなは全力で必死にもがいてた気がする。

 一番、変わったのは大将だ。

 今までの日ごろの鬱憤を晴らすような八つ当たり的ないじり(肉体的暴力を伴ったいじめ的なやつ)は完全になりを潜め、周囲の状況を見て、的確にいじりの対象を見つけ、派手すぎず、やんわりと、主に言葉で優しくいじっていく。まさにプロのいじり師…つまりは、どのチャンネルをつけても出てくるような腕の良い司会者の風格だ。しかも性格もよくなっており、頼れる兄貴というかまさに人格者。

「なんか…ちがう」

 私は思わずそう呟いてしまった。いや、呟かずにはいられなかった。

 この空間は一見、私が望んだ、暴力による笑いの一切ないユートピアのようだが、どこか作り物めいた世界、ディストピアに感じてしまう。…全てが演技によって成り立っているような。


 そして気付いた。

「ここにはピエロ君が居ない」

 ピエロ君が居ない空間、ピエロ君が居ない時間、コレほどまでに耐えがたいとは思っても見なかった。

『…ピエロ君』

 胸が締め付けられそうになる衝動に駆られた私は、気が付けばピエロ君が眠る病室のドアを叩いていた。

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