第13笑【笑いの消えた世界】
あの日、私があの空間でピエロマスターを消した時から世界はおかしくなった。正確には『笑い』が消えた世界になった。
朝、お母さんが私を起こしに来る。いつもは、元気いっぱいに笑顔で起こしに来るのに、声だけは大きく、ただし能面のような顔で「起きなさい」と決まっている吐き出す。まるでロボットのように。
朝食をとっている間も笑いは一切無い。能面を被ったロボットが並んで作業的な食事をしている光景だ。
たまらず私はテレビのチャンネルを回す。だけど、いつも朝やっているバラエティ番組は無く、流れるのは淡々とただ事実を流すだけのニュース番組ばかり。『笑い』が消えたこの世界、つまりは『感情』も消えてしまった。
感情の起伏の無い世界…そこにいる人々は死人のようだ。
人々はただひたすら淡々と、ロボットのように毎日をこなしていく。喜びも無ければ悲しみも無い。ただただ安息だけが支配する世界。
それはある意味、『天国』…理想の世界なのかもしれない。
声がする
「こんな世界を生きていて楽しいか?」
私は返す。
「いいのよ、私が選んだ世界だもの」
そして続ける
「『笑い』なんてあの気持ちの悪い感覚に支配されて生きるくらいなら…死んだ方がマシ!いや、笑いの存在そのものが許せなかった。もうそんなモノは必要ないと思ったから、私は『笑いを殺した』の。そしてこの世界を選んだ…後悔は無いわ」
そう、私が望んだ世界。笑いのない世界。
そこで私はなにも感じず、ひたすらルーチンワークをこなすがごとく生活している。感情はもちろんない、沸き起こらない。
死んだように生きるとはこう言うことを言うのだろう。
なんの気力も沸かない、ひたすら無気力が続いていく……。
「いいか、笑いのない世界ってのは、感情がない、心がない世界ってことだ。お前はそれを望んだのか?」
謎の声はさらにしつこく続ける。
「それでいいのか?」
重ねて問うて来る。
「いいか、笑いってのは『喜怒哀楽』の『喜』。最も重要な要素だ。なんで人は笑いを求めるのだと思う?感情があるから…そうしないと安定しないからだ。笑いを求めたくなければ、感情を無くすしかない」
私は既視感を覚えた。そう、どこかお父さんに似た声…。
だが、謎の声はかなり怒っているのか、急に大声でまくし立てた。
「いいか!お前に対して怒ってるんだぞ!」
久しぶりにお父さんに怒られた。
何故かそんな心地よさがあった。
どの位経っただろう…謎の声も聞こえなくなり、私はこの笑いのない世界をループしていた。
幾度目かの家族三人での食事中。私は呟いた。
「つまらないなあ…」
そうしたら突然父さんが立ち上がり怒鳴った。
「そうだろ!つまらないだろっ!」
あの謎の声と同じ、聞き覚えのある声もしかして…?
「……ッ!」
私が何か言い終わる前にお父さんは急に立ち上がったと思ったら私の手を掴み軽く持ち上げた。足が地面から離れ宙に浮く私、安定感が無い。
「でもそう思ったら、お前は戻るしかない。もとの世界へ。あそこがどんなにつらく、苦しくともなっ!」
いつの間にか周りは真っ黒な空間になっており、お父さんはその台詞を最後に私の手を離した。
「ああああああああああああーーーーー!」
奈落に落ちるように暗い空間を落ちていく私。
「戻ったら『アイツ』が来るかも知れない。気を付けろ!」
お父さんの忠告?がこだまし、足元が光が見えた。それはどんどん大きくなって…。
「っ!!」
私は目を覚ました。
戻ってきたんだ。この教室に。
教室は悲惨だった。さっきの裏ピエロ君が引きずり込んだ空間と同じ。みんな狂ったように笑いながら暴れている。何人かが誰かを殴っている。殴られたほうも笑っている。
ひどい光景だ。
だが、私は無視する。
その中心で彼は…ピエロ君は命の灯火を消そうとしていた…。
「ピエロ君ッ!」
私は泣きながら駆け寄り、ピエロ君を抱えて、教室を出た。
笑いという正に『狂気』が支配するこのクラスを。
その後はあまり覚えていない。とりあえずピエロ君を外に連れ出したら
誰が呼んだのだろう?救急車がもう来ていた。病院に向った。私は救急車の中で泣き腫らした。
病院に着くとピエロ君の両親が来ていた。両親に問い詰められても何も言えず。泣きながら手術室に運ばれたピエロ君の無事を祈るしかなかった。…どれくらい経っただろうか?
手術は終了し、ピエロ君は一命を取り留めた。だが重症だ。しばらく面会謝絶となった。
そして…ピエロ君のいない毎日が、始まる。
翌日、全校集会で教頭先生が口を開いた
「昨日、本校でとても痛ましい事件がありました」
お決まりの台詞で始め、
「本校の男子生徒がいじめに遭い、腹を刺して自殺を図りました」
事実をロボットのように淡々と話し、
「意識不明の重態です」
教頭はそこで言葉を濁したが、私は忘れない。あの日付き添った私が聞いた扉越しの「回復の見込みは薄いです」と先生に言われ、無きすがっていたピエロ君の両親の声を!
それを教頭は何事も無かったかのように、そして!と前置きして
「それを煽った人間が数人居たとの情報もあります」
あえて私達生徒のみを責めるような演説(というか一方的な説教)を続けていく。
重々しい話に集まった生徒達が気だるそうにしだしたのを視て、教頭先生は声を荒げた。
「いいですか!これはあなた方の問題なのですよ」
そして両手を広げ、自分は正しいことを言っていると信じきっている教祖のように私達に言葉を刷り込んでいく。
「クラスの関係は複雑です。親しい仲、そうでない仲、様々な対応が求められるとは思います。ですが、ここまでやったら駄目だなという『線引き』が必ずあるはずです」
やたらと線引きを強調する教頭先生。
「いいですか、いじりが悪いとわ言いません。ですが、いじりとイジメの『線引き』を守ってください」
さらに線引きを強調し、
「そうしないと笑いですまなくなりますよ」
念押しするように言って演説を終える。
ふざけるな!
怒りがとまらなかった。
何が線引きだ!
いじりがある時点で駄目なのに、それを認めるなんて
いじりが、人をいじめることでしか笑いを創れない連中が、その構造自体が駄目なんだよっ!
誰も、何もわかっていない!
そう、誰も何も分かっていない…『笑い』の連鎖は止まらない
その証拠にブー子は…ピエロ君の抜けた穴を埋めるために必死になっていた。




