第10笑【ピエロ君の告白】
「ブヒヒヒヒヒイーーー!」
耳をつんざく絶叫が教室に響き渡る。わたくしがこの声を引き出しました。
でもソレを快感とは感じませんの。
「どうして…どうしてこんなことに」
わたくしは震えていました。
放課後の教室、わたくしはその日、なかなか帰れずにいましたわ。
「だってあんな体験したんですもの…すぐに帰れるわけがありませんわ」
力なく呟き、わたくしはだらしなく頭を机の上に預け、教室の隅を眺めましたの。
「…ヒッ」
思わず悲鳴が出る。
そこにはアイツがいた。人を呪い殺すような邪悪な笑みをたたえたピエロ…おぞましいピエロ。
「やっぱり見えますわ…わたくしが何をしたんですの?」
ヒザがガクガクします。体の震えが止まりません。
「もう、限界ですわ…」
最初にあのピエロを見たのは、ちょうどブー子をわたくしがいじり始めたあの瞬間ですわ。あの時もあいつの目は言っていましたわ。わかるのですわ。『面白いことをやれ!』と言っていましたの。そして、できないと何が起こるかわからないという恐怖を刷り込むのですわ。
「誰か…だれか、助けてくださいまし」
とうとうわたくしは机に顔をうずめて、むせび泣きはじめました。
もう、泣くしかありません。自分の置かれた境遇に絶望するしかないのですわ。
「呼んだ…?」
そしてわたくしの絶望を救う救世主のように唐突にに現れた男の子は彼は大将の隣に常にいるピエロ君と呼ばれていた、ブー子と同じこのクラスのいじられ役を買って出ている少年だったのですわ。
「大丈夫、怖くないから…あのピエロは…マスターはこの場の笑いを司っているだけ。君は今までと同じように、場に笑いを提供するだけでいい。一緒に頑張ろう」
恐怖にさいなまれ怯えるわたくしをやさしく抱きとめて、娘ををあやす父親のような愛おしい手つきで頭を撫でてくれましたわ。それだけでわたくしの体…そして心からも震えは消え、生まれ変わったかのようにその日からわたくしの世界は一変しましたの。
彼は…ピエロ君は優しく諭してくださいましたの。この世界の本質を。
まるで奉仕活動のように無心でクラスに笑いを提供する彼の言うことなら間違いないのでしょう。もちろん誰も彼を心配していないくらい。
そしてわたくしは彼に恋したのでしょう。とても暖かいものに包まれ、何者にも負けない強さを得た気さえしましたわ。
「さーあ、もっと良い声でお鳴きいーーーー!」
「ブヒヒヒヒヒイーーー!」
それから数日、来る日も来る日もブー子をいじり、クラスに笑いを提供する日々が続きましたわ。ブー子もわたくしのしていること、自分のクラスでの役割を理解しているらしくおとなしく従ってくれましたわ。いえ、共に同じ目的に向って頑張ろうという気概さえ伝わってきました。…ただ、わたくしがぼーっとピエロさんを見つめている時はジロリと睨まれましたけど。おそらくわたくしと同じでピエロさんのことが好きですのね。
そんな日々がしばらく続きましたわ。
でもわたくしは気付きましたの。…気付いてしまったのですわ。彼がわたくし達をどのようにとらえているか気付いてしまいましたの。
私達をあくまで笑いの場を創る為の要素『パーツ』としてしか見ていないことに。
そしてある日、わたくしは彼を問い詰めましたわ。
「あなたは、わたくし達を笑いの場を構成する要素、ただのパーツとしか見ていない!…そんな気がするのですわ」
最後は弱弱しくなってしまったけれど、わたくしは必死に言葉を紡ぎましたわ。それなのにピエロ君は残酷な答えを返しましたの。
「そうだよ。それがなにか?」
さも当然と言ったふうに、あっけらかんと応えるピエロにわたくしは我慢なら無くなって叫びましたわ。
「ひどいですわ、わたくし達を利用して、利用して、使えなくなったら、ぼろ雑巾のように捨てて…わたくし達は消耗品じゃありませんのよっ!」
「その通り、君はパーツさ!…いや、『君達』かな」
「でもそれに気付くなんて君はとても賢いと思うよ…でもいささかうっとうしいかな」
その時の彼の表情は感情と言うものを全てとっぱらったかのように何も無く、ただ冷たく氷のように冷え切った目がわたくしを刺し殺すように
「わたくしはあなたなんかに負けません。全力で抵抗します」
でもわたくしは負けませんわ。精一杯の虚勢で声を張り上げて言ってやりますの。
「わたくし達は決してあなたのパーツではないのですわ」
そしてわたくしは言ってはならないことを言ってしまいましたわ。
この言葉がわたくしの命の灯火を吹き消すきっかけになるとも知らずに。
「あの人のほうが、大将さんのほうがましですわっ!」
大将さんは以前、わたくしが傘を無くして困っているところに出くわし
「ほら…使えよ」
照れくさそうに顔を赤らめながら快く自分の傘をさしだしてくださいました。それだけではないのですわ。クラスの皆に心配りをし、浮いた子がいると自分達の輪に引き入れたりもしていました。
ですが、最近はなんかおかしいくらい他所他所しく、何かを気にして怯えているようにしか見えませんでしたの。
「…まるでわたくしと同じ。今ならそう思えますわっ!あの方がおかしくなったのもアナタが原因ですの?あなたがあのピエロを操ってますの?あなたがこのクラスを可笑しく…いえ、オカシクしてしまったんですの?」
問い詰めるようにズケズケとものを言いましたわ。でもコレがいけなかったみたいですの。彼の逆鱗に触れてしまったみたいで、場の空気が一変しましたわ。
「駄目だ!だめだだめだだめだあーー!」
普段の彼からは想像もし得ない大声で否定の言葉を連呼しだしました。
「笑いの場に堕ちる者はある程度の意志を残したまま堕ちて行く。笑いの場に適合し精神的安息を得る。ある意味『救い』を与えられるんだ。だがお前は駄目だ!お前は意志さえ削ぎ取って堕ちてもらおう。大将のことを、アイツのことを慕うお前を『俺』は許すことは出来ない」
わたくしは直感しましたわ。今、目の前にいる人物はピエロさんじゃ無いという事を。何か別のものが乗り移っているとさえ思いましたわ。
そして、今からわたくしは殺されるのだと。
「わたくしは絶対にあなた方を認めませんわ」
意識を剥がされる瞬間、わたくしは宣言しましたの。それくらいは許されるでしょう。最後ですもの。『僕』『俺』二人のピエロさんに向けてわたくしは否定の言葉を放ちましたわ。この言葉がいつでもいい、どちらかでもいい、ピエロさんの心にいつか響くことを願って。
――そしてわたくしは笑いの『場』へと堕ちた、いえ強制的に落とされましたの――
私が意識を取り戻す瞬間
『わたくしはあの男達を、ピエロさん達のやり方を絶対に認めませんわ!』
意識を笑いの場に完全に落とされてもなお、くすぶり続ける強い意志を感じた。
そして私の意識は、いつも通りの手順で私の時間ではついさっきまでいた教室に戻ってきた。今までだと誰もいない空間に取り残され、放置プレイを享受するのだけれど、今回は違う。私の視線の先にはピエロ君。
彼は私が目覚めたのを確認するとニコリと微笑みかける。
『理解した?』とでも言いたげなように。
「なに…これ」
私は信じられないとでも言いたげな風体で呟いていた。
そりゃそうだ。私はさっき見た情景を心底理解できないでいたから。あれが本当にピエロ君なのかさえ信じることが出来なかった。
「…人を殺しといてその理由を理解し、自分の存在を認めて欲しいなんてそんなの、子供のワガママじゃない!」
言葉の最後のほうはもう叫んでいた。涙が混じった声で。
「じゃあ、お前は体験したことがあるかっ」
「『俺』…いや『僕』はずっと大将にいじめられていたんだ。毎日、まいにちまいにち…『何か面白いことをしろ』と強要されていた。学校に来るんが苦痛で仕方あらへんかったんやっ!」
語尾がおかしい。オツボネ様のビジョンを見ていた私は理解する。恐らく二つの人格が混ざっているのだろう。もはや、どちらのピエロ君がしゃべっているかも分からない。
二人のピエロ君による毒吐…もとい独白は続く。
「大将はんにさんざんに言われたでえ」「言われたよ」
「アイツは笑いにうるさかった。いや、笑いの無い人間の生存価値さえ認めていなかったんや」
「笑いの場を、タイミングを見定められない目…『お前、そんな目いらんやろっ!』」
そして「そんな目潰したるわ」と目に指を入れようとする。
「面白いことをいえない口…『お前、そんな口いらんやろっ!』」
そして「そんな口裂いたるわ」と両手を突っ込み、千切らんばかりの力で押し開こうとする。
「ツッコミの切れも悪く動作の遅い手足…『お前、こんな手足いらんやろっ!』」
そして「そんな手足捥いだるわ」と仲間と一緒に両手両足を引っつかみ、間接が外れるギリギリまで、激痛が走る中、引っ張り上げる。
「何も面白くない自分…『面白う無いなら、お前なんて要らんやろっ!』」
そして「生きてる意味、無いやろっ」『僕を』『俺を』屋上まで引っ張って、柵の先に立たせ、いつまでもいつまでも飛び降りろと急かし続ける。
「ここまで…ここまで『僕は』『俺は』アイツに言われ続けたんだぞ!自分の存在価値、アイデンティティ、ささやかに生きていくことさえも否定されたっ!」
「この悔しさがお前に分かるかっ!このやるせなさがお前に理解できるか?絶望が見えるのか…」
「お前は何も分かっていない『おもしろくない』と言われることがどんなに辛いか……全く解かってなどいないっ!」
ピエロ君は泣きはらした目を全開にして、私を睨みつけながら言葉を浴びせてきた。
私に告白してきた時のひょうひょうとした感じは微塵も無く
これが、まごうことなきピエロ君の『本音』だと確信した。
そして、涙が溢れてきた。止まらなかった。
私はピエロ君が言うところの『辛さ』をほんの一握りも解っていないのかもしれない。
それでも涙が止まらなかった。
これはただの同情なのかもしれない。恋じゃないのかもしれない。
でも、それでも涙は尽きなかった。とめどなく溢れ続けた。
そして、私はもうどうしようもなくピエロ君のことを放っておけなくなってしまった。




