ガラスのコップを落とした。コップは割れた。私はそれを片付けた(面白味バージョン)
文字数って結構簡単に増やせるし、物語って(面白さ別として)簡単に作れるものだよ、ということで、「ガラスのコップを落とした。コップは割れた。私はそれを片付けた」を面白味を追加して肉付けした例文となります。30分クオリティ。
面白味なしバージョンはこちら→https://ncode.syosetu.com/n9429fu/
つるり。
ひょんな拍子に手からコップが滑り落ちた。ガラス製のコップだ。床はフローリングの木の板で、この高さから落ちたら確実に割れる――
――その時、私の頭の中に突如として選択肢が現れた。
1.コップを掴み直す
2.足で受け止めリフティングする
3.コップは割れる。現実は非常である
電撃のような刹那。まるで時が止まったかのような引き伸ばされた思考時間において、私はその選択肢を吟味する。
まずは3番目の選択肢。これはありていに言ってもっとも下策。なぜなら何の努力もせずコップを失うという損失を許容することになる。だめだ。よってこの選択肢はなし。所詮3番目だ、最下部にあるということからも下策ということがよく分かる。
次に1番目の選択肢。これはコップが落ちるより早く正確に動き、床に落ちる前に掴み直すというもの。難度が高い。そもそもコップは私が手に持っていたのだ。コップを滑り落とすというミスを犯した手に信頼性があるとでも? 今求められるのは失態の挽回のための努力ではない、コップを救出するという確固たるミッションなのだ。よって1番もなし。私の手よ、貴様の失態はまた次の機会に挽回してもらおう。
そして2番目の選択肢。これは素晴らしい。コップは落下中の現在において足よりも高い位置にある。つまり、コップより早く下に潜らせたりする必要がない。手を頑張って追いつかせるより、足をちょっと動かして受け止めた方が余程現実的だし労力も少ない。
これが最も堅実で効率的、コップの存命確率が最も高い選択肢であるといえよう。
私は、足でコップを受け止めることを選んだ。
コップの落下位置を予想し、ちょっとだけ私は足を動かした。
……ッ! しまった! なんということッ! 小指、そう、小指である! 今コップのフチ、つまりコップの角があろうことか私の小指に向いているのだ! コップはガラス製、足指は靴下に包まれているものの布一枚しか防護壁を持たない生身の身体。想定されるダメージは、甚大であるッ!
これでは文字通りの『痛恨のミス』だ! OH SHITッ!
だがここで小指を守るか、それともコップを守るか。この2択。制限時間はもうコンマ1秒もない。
焦るな、ここは第三の選択。もう少し踏み込んでコップを足の甲で受け止めればいい! そう、リフティング、リフティングの要領でッ! 勝った!
「――――ッ!!?」
めぎぃ、と、足の甲にコップのフチがめり込む。あああああ痛い! 普通に痛い!! 思わず身体がびくんと跳ね上がりそうだ。実際跳ねた。
そしてここで更なる悲劇を私は知る。予定より多く踏み込んだことにより、足に勢いが付き過ぎた。リフティング、そう。まさにその要領で、コップは横方向に飛んでいく。そうだ、私はそもそもリフティング2回が限度だった。それなのに何故私は自分の足が手よりも器用だと勘違いしてしまったのか。
やはり信じられるのは己の手である。今こそ挽回の時。痛みに涙が出そうになりつつも、飛んでいくコップに手を伸ばす私。が、コップは無情にも私の手をすり抜けた。というかそもそも届かない。低空飛行過ぎる。だが私は一縷の望みに賭ける。それは、足の痛みと引き換えに角度と勢いを変えたコップが無事に、割れずに軟着陸するという希望――しかし。あろうことか、そこにあったのは食器棚。そして、その角にコップは向かっていた。角。角である。
木造建築のフローリングの床ですら平面だというのに、あろうことか90度というほぼ鋭角に尖った角なのである!
パリィン……!
……割れた。コップは、食器棚の角にぶつかり、軽い音をたてて破片をまき散らした。
コップは割れた。足の痛みが増えた。想定していた最悪を通り越し、拡大した被害だけが残った。
足の痛みか、コップを失った悲しみか。私は目に涙が溜まってくるのが分かる。
動ずにいれば、少なくともこの足の痛みは無かった。
ただ何もせず見ていればよかったとでもいうのか。
……否である。私は戦った。そして、戦った結果負けたのだ。
負けてしまったことは悔しいが、この経験は糧となる。痛みは記憶を鮮明に残す。この経験は、必ず次へとつながる糧となるのだ。
それは何もしなかった時よりもはるかに大きな成果を未来にもたらす。
そう、私はこの足の痛みと引き換えに、未来の幾多ものコップを救うための種を手に入れたのだ。
私は、コップの破片で指を切らないよう慎重かつ大胆にコップの破片を取り除く。ひとつひとつ、丁寧に。見えないような細かい破片も残さないため、ガムテープすら使う英断を下した。
私はコップの破片を詰めたビニール袋に割れ物注意とマジックで書き加えつつ、次は、そう、次こそはコップを救ってみせると、固く心に誓った。
……さて、新しいコップ、買ってこよう。次はプラスチック製のにしようかな、割れないし。
学びって大事ですよね!()