かりそめの平穏
他愛のない話をしているうちにミリーは眠ってしまったらしい。メティも目がとろんとしているし、私も眠くなってきた。
「メティ、もうそろそろ電気消しましょう?」
「はい。ミリー…も眠ってしまったようですし」
承諾を得て電気を消した。
夜の闇は嫌いではない。星空は綺麗だし、自然な闇だから。
でも暗い部屋は嫌いだ。人に作られた闇という感じがするから。一人で眠る夜は寒い。いつまでも孤独な闇が続くような気がするから。
今日は違う。とても暖かい。友達がそばに居てくれる。
おやすみ、私の大切な友達。
今日は外出許可を得てある。お祭りに行くのだ。祖国ではシータークェの悪行に苦しむ人もいるのに、楽しんでいる自分に少し罪悪感もある。母は気にするな、楽しみなさいと言ってくださった。母も最近は菫ヶ丘女学院中等部の妹蘭珠と一緒に手芸をしているらしい。元気になってきたようで何よりだ。
私は蘭珠や母上と違って手先が不器用だ。編み物も手縫いも上手くできなくてお姉様によく笑われていたな。
…………お姉様。
私が絶対仇をとります。
後宮に住んでいると人の死は珍しいものでは無い。王子は死にやすいし、王女も数が多いものだからどこの誰が亡くなったとかは割とよくある。けど、同母の姉妹が亡くなったのは初めてだった。葬儀には全王子と同母の姫の参列がほとんどだ。親族と親しかった王女も参列を許されている。友達は絶対に呼んではいけない、読んでも来ることは出来ないのだが。理由は単純に、私達が住むのは後宮だからだ。
私は今世では後宮内のお祭りにしか行ったことがない。学校に行く時以外は行き先を告げなければならなかったし、面倒だったから。
自室に備え付けの水晶で樹夜も誘ったのだけど今日から帰還命令が出ているらしく、行けないと言っていた。夜様か第二王子に何かあったのだろうか。
メティもお祭りは初めてだそうだ。ミリーは庶民的な行事にも参加することが多かったらしい。王家の方針な訳ではなく、退屈な勉強から抜け出していたという幼少期はミリーらしいなと思った。
私達は私服に着替えて街に出た。
礼拝殿の道を通ってお祭りをやっているところへ向かう。日本では神社ってイメージだったけど屋台が並んでるのは公園から広場にかけてだったし、演奏や舞踊は舞台の上だった。驚きに満ちた楽しい時間だった。
勿論、情報収集も忘れてない。りんご飴を買った時に有益な情報を手に入れた。
ビビアンローゼの事だ。まーたやらかしたらしい。政略結婚の為に学校を辞めた貴族の娘を〝助け出した〟らしい。結婚は貴族の務めだ。政略結婚を辞めさせるには本人の意思とその親に掛け合い、位が上の相手をあてがうのが常識だ。それに人の家に口を出すなど、二学年首席だったとしても馬鹿なのでは?と思ってしまう。大体、その娘の政略結婚が無くなったことによって平民は仕事が減ったし相手の男は立場がない、それに、普通は令嬢と恋仲の男が助けるのだ。
話が逸れたな。
問題は、相手の男の家はヤーク家だったこと。
息子はカイドレ・ヤークといい、悪い奴ではないのだが何せ弱々しいし、父親に逆らえない。病弱であまり外にも出てこないしこちらはまあ、問題では無い。当主が問題なのだ。
裏でシータークェ、ルビー女王と通じている。ただでさえオファニエルをよく思っていないのに……。ビビアンローゼが掻き乱したせいで魔王の目覚めは早まるかもしれない。現当主はシータークェたちと手を組んだ時からすぐ戦おうとするようになった。分かりやすすぎる。
シータークェは王家の隠密部隊の力を舐めているからこそ証拠を隠しもしていない。毎回悪行の証拠を掴まれるのだ。隠密部隊は優秀だ。
日雲王国は医療が進んでいないのかもしれない、と最近思うようになった。医療が進めば、草玉が減って死ぬ男の子も減るはずだ。
カズラ様に相談しよう。オファニエルの力である聖なる眼を持つ姫についても聞きたいと思った。
自室にて
「カズラ様、ビビアンローゼのことはご存じですか?」
「ええ。存じております。そんなに慌てて何かございましたか?」
「はい。ビビアンローゼがヤーク家の婚姻に口出ししたので粛清を早めることもあるかもしれません。シータークェの動向に注意していただけますか?」
「分かりました。そう言えば、花雲王子の尽力で身分制度が変わりましたのを、ご存じですか?」
ん?身分制度?
「どういうことですか?」
「正一品、従一品ではなくなったのです。他国の人がわかりにくいと言うことで、王が究極位、王子が一位、というふうな感じです。十位までになったのですよ。それと樹夜姫、今日そちらに帰還するらしいですよ」
「話飛びすぎです!私や母上の位はどうなるのでしょうか?」
王子が一位ということは?王子の母が二位か?
王女は母親の身分も関わってくるから…………。
「高三位では?」
「高?」
「王族なのだから、貴族と区別されるのですよ。こればかりは王子の一存で決められませんので……」
貴族が何か言ったのだということは容易に想像がつく。兄上は差別を無くすために身分制度をどうにかしようとしていらっしゃったのに……。
皇后様のご実家の力をもってしてもシータークェ派の意見を曲げるのは無理なのか。
私は戦う。私にできることは目の前にあることだけ。
学校生活は楽しかった。
だから、油断していた。
仮初の平穏がこんなに早く終わるなんてこの時の私は思ってもいなかったんだ。