昨日の敵は今日の友
今回からデスブラ二期が始まります。
大型アップデートを控えているということもあり、いつにもましてプレイヤーたちの楽しそうな声で賑わうヒデオシティ。微笑ましいと思いながらも若干の居心地の悪さを覚えるという、我ながら器用な感情をぶらさげて約束のカフェテリア・ユスティーツへと向かう。
約束の時間までもう少しあるけど……と思っていたら、アジサイさんはもうカフェのオープンテラス席に座っていた。ガタイのいい傷まみれの体に前全開のアロハ。変わらないドチンピラファッションのおかげで遠目からでもメチャクチャわかりやすい。
「どうも」
「来てくださったんですね、ありがとうございます。どうぞ、座ってお話ししましょう」
外見に似合わない丁寧な口調にも、最初は戸惑ったけれど今では慣れたもの。コーヒーも買わずにカフェの席に着くのはいたたまれなく感じるが、ここはあくまでゲーム内のプレイヤー交流場だ。誰に注意されるわけでもないので勧められたままに座ってしまおう。
「さて、早速本題に入りましょうか。来たるアップデートの内容についてですが」
「酷いです。実際どうなるかはわからないけど、サードオルキヌスは作り直す必要が」
「そう、それです!ビースト・シューターの、いやサードオルキヌスの強みが没収されてしまうとは何たることでしょうか!?シュータースタイル自体のアッパー調整も同時に行われますが、それは独自の強みとは言えないでしょう。ビーストでシューターをする意義とはなんぞやという話です。あのサードオルキヌスとの一瞬の油断が命取りになる攻防が、血沸き肉躍る戦いが!ぽっと出の新参によって取り上げられてしまうなんて、私は悲しい!そしてなによりも、赤信号さんがお労しい……!」
食い気味に返した俺の言葉に、さらに食い気味かつダムが決壊したかのような大質量のカウンターが返ってきた。もしかしてこの人は、俺よりもサードオルキヌス弱体化にキレているんじゃないだろうか?
自分より号泣している人がいると涙が引っ込むことがあるように、自分より怒っている人を見ると、なんだか少し冷静になれた気がする。
そうだな、最強のビースト使いにここまで惜しんでもらえるんだ。それをサードオルキヌスへの手向けとさせてもらおう。
「思うところはありますけど、運営の決定はどうしようもないです。作り直します。あー……イベントの方は?」
「もちろん、一緒にやりましょう!平日は午後七時から日が昇るまで、休日は二十四時間いけますので。イベント中は毎日ログインしますから、いつでもメールやフレンドコールで呼び出してくださって結構です。ランキングトップを目指しましょう!」
前にちょろっと聞いた記憶では、アジサイさんってリアルはごく普通のサラリーマンだったはず。この人、いつ寝るつもりなんだろう?つーかセーフティタイマーは?……聞いたら闇に飲まれそうだな、そっとしておこう。
俺も真面目にやるつもりではあるけど、さすがに連日徹夜はちょっと。真面目に大学いってるからこそ自由にゲームさせてもらってるわけですし。親の金で生かしてもらってる以上、そこは守るべきだと俺は思うよ。
「真剣にトップを狙うなら、当然ながらチームは固定の方がいいですね。だとすると誰を呼ぶべきか……あ、そうだ。赤信号さん、魔人を作り直すのならデスパレードにしませんか?」
アジサイさんの本気と言えばGTレクス。ならば俺がそちらに合わせるのは必然ともいえる。少し前にストーリーモード用としてサードオルキヌスのデスパレード版を作ったし、それをベースに作ればいいよな。
GTレクスと肩を並べて戦う……なかなかいい響きじゃないか。
「デスパレードでやりましょう」
「ありがとうございます、それではメインはデスパレードで。後は……そうですね、新タイプの『ボルトレイダー』ですが、私としてはそこまで警戒することは無いかと思います」
ほほう?瞬間移動が使えてスタン押し付けてくるような相手は、近接戦に特化したビースト・アタッカーの天敵だと思うんだけど違うのか?
「ネットの方ではチートだなんだと騒がれていますが、瞬間移動というものはそれほど大した脅威ではないかと。移動することにBPを使用するということはそれだけ火力が落ちるということですし、基本的に逃げているだけでは勝負には勝てません。ワープ読みカウンターの危険も高い」
そもそもボルトレイダー自体の攻撃力もそこまでないだろう、という意見には俺も賛成だ。スピードに優れたキャラに火力を与えるというのは、よほど操作がピーキーだとかの理由でもない限りやってはいけないことだからな。
昔やったゲームに、素早さが回避率を兼ねているものだから素早さ極振りにするだけでラスボスも完封できるってRPGがあったなぁ。火力が低くて長時間殴り続ける必要があるけど、絶対に相手の攻撃も当たらないからただただ虚無感を覚えるだけのラスボス戦だった。
「ワープについてはBP消費量、それに対する移動距離、発動までの必要時間。あとはスタン攻撃の性能次第ですね。ですがおそらく運営はこのイベントで最終調整をするつもりでしょうし、それほどまで気にしなくていいと思いますよ。まあ、今回のエネミーとして出てくるボルトレイダーはどうなのかは分かりませんが」
イベント終了後から解禁ってことは、つまりそういうことだろうな。イベント戦でデータをとって、それをフィードバックしてからプレイヤーに使えるようにすれば派手に環境を壊すこともないだろう。……AI操作と人間操作がよほど乖離していなければな。
「それと一定時間内にボルトレイダーズを倒すと出てくる追加エネミーのことですが、お知らせのイベントストーリー的に両陣営のトップのことだと思います。もしイベント用に強化されていたら、かなりの強敵ですよ。そうなると、ぜひジャック・フリーダムズとも戦いたいですね。いや、やはり記録を狙うならGTレクスでなければ……」
JEABD総司令一 正義とデスパレードの総帥ジャック・フリーダムズか。それぞれ陣営ごとのストーリーモードでラスボスをやってるけど、めっちゃ強いんだよな。
二人とも専用の魔人タイプで、ボルトレイダー発表前にはそれらが新タイプか?みたいな噂が一部で流れていたらしい。結局違ったけどそれでいい、あんなの強すぎてプレイヤーには渡しちゃダメだ。ラスボスだからこそ許された特権なんだよ。
そんなのがイベント補正をかけて出てくるんなら……当然やりたいに決まってる。わざわざ片方に絞る必要はない、JEABDもデスパレードもやっちゃえばいいじゃん。
「両方やりましょう」
「いいんですか!?」
思わず、といった具合に椅子から立ち上がり身を乗り出すアジサイさん。強面とデカい身体のおかげで圧がすごい。これ、周りの何も知らない人が見たら完全にチンピラに因縁つけられてる一般人ですぜ……。
「最悪サードオルキヌスでもまったく戦えないことは無いですし」
少なくともアタッカーに変えるくらいのことはするけどな。流れを掴むのに必要なスタンが使い物にならなくなるのなら、正直に殴り合った方がまだマシってもんだ。いや、いっそディフェンダーやサモナーに変えてみるのも……。
「ありがとうございます!メインはデスパレードの方なので、JEABD側は多少遅くなっても構いません。……いやぁ良かった、私のフレンドって『どっちが上位に入るか勝負だ!』みたいな人ばかりでして。チームプレイをしてくれる人があんまりいませんから、本当に助かりますよ」
なんとなく、その人たちの気持ちも分からなくもない。ライバル心って言うのは複雑だよね。多分スゴいスコアを叩き出せたらドヤ顔しながら『お、一緒に戦ってやろうか?ん?』みたいな感じで言ってくるんだろうなぁ……。
「えっと……そろそろ、俺は魔人作りを始めます」
「そうですね、私はあと一人を探してみます。赤信号さん、今日はありがとうございました。満足いく魔人作りになることをお祈りします」
それでは、と互いにお辞儀をしてカフェテリアを後にする。ホント、ロールプレイが絡まなかったら立ち居振る舞いは普通のサラリーマンだよなぁ。実は二重人格なんじゃないか説が俺の中でできつつあるくらいだ。
さてさて、明日からイベントが開催ならもう時間がそこまでない。まずはデスパレードの方から仕上げて、余裕があればJEABDのほうも弄ろう。
サードオルキヌスの時も難産だったし、これは忙しくなってきたぞ。だけどこういう忙しさは……悪くないよな。
ともかく、魔人を作るのならまずはログアウトだな。え?なんでかって?そりゃあ……海に行くからだよ。ほら、精神統一しないと。
そういう訳で半分砂に埋まった状態でこんにちは。学名はヘテロコンガー・ハッシ、カッコいいね。じゃあ和名は何かといわれると、そうですチンアナゴです。成体で始めたら結構な数の群れのど真ん中にスポーンした。
チンアナゴはその昔に可愛いとブームになったと聞く。でもニョロニョロが数十匹単位でひしめいてるのって、人によっては生理的に無理なんじゃないかな。俺もそのニョロニョロ団体の一員ですけど。
チンアナゴって砂から上半身を出した状態で、ひたすらエサが流れてくるの待つだけなんだよなぁ。今の俺にとっちゃ、それだけ頭空っぽにすることができるってことだから好都合。
お、エサのプランクトンが流れてきた。なんのかんのと腹は減るからな、いただきまーす!
……あ?なんだ左隣の君、そりゃ俺のエサだってか?ショボい口開けやがって、それで威嚇してるつもりかオゥゴラァ!!
「ペッ、甘ちゃんが。同族のNPC如きがたてつくんじゃねぇよ」
精神統一とは言い難いが、まあこれから作るのはデスパレードの魔人ですし?多少の悪役ムーブは予行演習だよ。チンピラ系はGTレクスがいるから、俺はクール系で攻めたいな。こう、悲劇で狂った、みたいなのがいい。
あ、きたきた降りてきた。良い感じのインスピレーションが降りて……ああ?今度は右隣りのおまえがやろうってかオラァ!!はんっ、速攻で逃げるんなら最初っからケンカ売ってくんじゃねぇよ根性無しが。
……違う違う、もっとクールなキャラが作りたいんだって。茶管の口調がうつってきたかな、ここ最近けっこう一緒に遊んでたからなぁ。ちょっと気をつけよう。
さて、今回の魔人はどんなふうになるのかな?
チンアナゴを見てると、ムーミンのあれを思い出します。