最終決戦のお約束
【急募】ワイルドエリアに霧を出す方法
「Completed first set up…… Nice to meet you, my pilot. ……補助AI起動、私のコールネームはいかがなさいますか?」
「【アトゥイ】でよろしく。初陣で悪いけど相手は超巨大レムナントのサンダーバードだ、頼りにさせてもらうぞ」
アトゥイとはアイヌ語で海を表す言葉にして、転じて海における食物連鎖のシャチをカムイとして呼ぶときに使われる名の一つだ。何で俺は生物系の学科でもないのにどんどんシャチ(だけじゃなく海産物全般)について詳しくなってきているんだろうか。
まあでも、己を知り敵を知れば百戦危うからずって言うしね?だったら自分も獲物も天敵も全部海産物なラオシャンプレイヤーが海の生き物に詳しくなるのは必然だよな。うん、俺は何も間違っちゃいない、至極当然の結果だ。
「承知。補助AIアトゥイ、全力をもって搭乗者の支援をさせていただきます」
「さぁて、5日間続いたこの戦場での最後の出撃だ……行くぞ」
カウントダウンがゼロになり、パイロットシートに押し付けられるようなGを感じながら母艦から射出される。目標は依然変わらず無限戦機サンダーバード。初日には圧倒的な威圧感と絶望感をプレイヤーにもたらしたその巨体は、連日の交戦により各所が破損、煙を上げている。
広域回線の情報を聞けば、EMP装置は残り2個に数を減らしており、その効果はたった3秒のみ。それでも完全破壊まで気を抜いてはいけない。3秒あれば容易く撃墜されるのがこの戦場で、俺たちが戦っているのはそういう存在だ。
「アトゥイ、無茶を承知で言うけどさ……真っ直ぐ突っ切れるか?」
勢いは若干落ちたように感じるが、なお脅威に変わりはない雷鳥の背後を守る銃砲群。その真上を尾から頭まで一直線に駆け抜けようと、危険極まりないルートを提案する。
「私は今回が初出撃ですが、それでもハイリスクローリターンであると進言致します」
アトゥイの返答は当然のもので、常識的に考えればそんなことをする必要は無い。正面まで行きたければぐるっと大回りをすればいいだけだ。
だがそれでも、と俺が口を開こうとした時、アトゥイがそれを遮るように言葉を続けた。
「ですが、あなたが確固たる意志で決断されたのであれば、それは他の何にも勝る最上のものです。そして私の存在意義とは、あなたの意志を現実とすること。なにがリスクで、何がリターンであるかはご自身でお決めください」
「……リスクとリターンか、AIらしいな」
ある人はイベント報酬を求めて。ある人は強敵との戦いそのものを求めて。またある人は自分の成長を確かめるために。あるいはただ友人に流されたからというのもあるだろう。
ゲームのイベント一つでも参戦理由は千差万別で、しかもずっと同じとは限らない。俺だってそうだ。ただ報酬が欲しいだけなら、この出撃には意味がない。とっととログアウトして次の戦場の情報収集でもしている方がずっと有益に違いない。
「必ずしも、ローリスクであることが最高だとは限らない。なにせ今の俺にとっちゃリスクがリターンなんでね。俺がやりたいのは、今の俺がどこまで行けるのかっていう確認だ」
この戦場でどれだけ俺が成長できたか。それを一番見たいのは俺で、一番知らなければいけないのも俺だ。自身の実力がどれぐらいあるのかをちゃんと把握することは、より早く次の成長を促す大事なステップだ。そして困難をやり遂げるというのは自信とモチベーションにつながる。
例え力及ばず撃墜されたとしても、初日の俺よりもずっとずっと限界は伸びているはず。海洋生物部の四機と共にギリギリで駆けたあの時よりも、もっともっと一人で遠くへ行けるはず。
根拠なく自分を過信しているわけじゃない。何度も何度も撃墜されてきた経験が、どんどん一機墜とされるまでの時間が伸びてきているという事実を教えてくれるから。
「いけるさ、俺とお前なら。いかなきゃいけないんだ、俺とお前は。気持ちよくサンダーバードとサヨナラするためにも、やらなきゃいけないんだよ」
最後までいないのなら、せめて今できる全てを見せつける。お前と戦って俺はここまで強くなったぞとサンダーバードにお礼を言わないといけない。
「……一つだけ、申し上げることがあるのなら。この身体が経験した以前の戦いを私だけが知らないということ、それだけが恨めしいですね」
「あの時は補助AIが必要になるほど武装もギミックもなかったからなぁ……何はともあれ、もうすぐ接敵するぞ。手助け頼んだぞ、相棒」
尾から頭部までを一直線に突っ切るコースとは、それすなわちこの戦場で最も長時間弾幕にさらされるということ。加えてほんの数秒程度にまで弱体化したとはいえ、レムナントの全機能を強制シャットダウンしてくるEMP攻撃だってある。
居ずまいを正し、深くシートに腰かける。両手の操縦桿はしっかりと握りつつ、それでも手首からは無駄な力を抜いて柔らかく。フットペダルを軽く踏んで僅かな遊びを確認し、深く息を吸いゆっくりと吐き出す。
「目標、サンダーバード頭部。すべての妨害を掻い潜り、正面に出るぞ!」
「承知。では」
「ああ。それじゃあ……全力で楽しもうぜ!」
傷ついた巨鳥が纏う弾丸の嵐。メインモニターに映るそれに向かい突撃を開始。アクセルを踏む足に、躊躇いはすでに無い。
雷鳥の縄張りたる戦場の一角で好きにやらせてもらっていると、ふと目に入ったレーダー情報に口角が吊り上がった。まさか、まさか彼なのか?
「LN:ネクストゾーン・トラジエント。間違いない、彼だな。群れなき孤高の存在と銘打ってはいるが……」
あの時ともにいた他の三機がここにいない、そのことだけが悔やまれる。恒常的にログインするプレイヤーはそこまで多くないこのゲームでも、フレンド登録も再会の約束もせずにまた会えるとは。
レーダー画面上で彼を示す黄色い点は、迷うことなくただ真っ直ぐ雷鳥に向かっている。何を目的とした行動なのかはこれだけではわからないが、なぜだろうかとても楽しい予感がする。初日にstorm eggに纏わりつかれていた彼を助けた時と同じような、そうすべきだという確信的な予感が今ここにある。
「かつての群れの一員として、姿変われども馳せ参じるべきかな?うん、後は行った先で迷惑に思われないことを祈ろうか」
我が愛機スクイッド・オーバーロードを見た彼はどんなリアクションを見せてくれるだろうか。いつかの日に君を下剋上で水底に沈めたあの姿をモチーフにしたこの機体、なかなかの自信作だぞ?
「周囲と全然違うことをするっていうのは、いつやってもキツいな……!!」
奇襲とか隠密とか別動隊のような本隊と別れるような行動であっても、一人で行うということは基本的には無い。特に相手が強大であればあるほど忍び込む側にも打撃力は必要になるし、囮や陽動といったように一人ではできないことはたくさんある。
まあそういうのは現実の問題であって、ゲームの中だと隠密のくせにバリッバリの武闘派武将を正面から単独でねじ伏せるストロング忍者も珍しくはない。それでも数の暴力というのはバカにできず、繰り返すが1人よりは2人の方が何かと便利だ。
「なにせ全火力が自分狙いになるから、よっと!」
単純に考えて100の銃口を相手にするのに2人だと1人頭50になるし、3人なら33。でも今ここには俺しかいないから、100の銃口が放つ殺意を具現化したものが全部俺に飛んでくるんだな。
主流のルートから外れているとは言え、まばらではあるものの他プレイヤーもその辺にいるし、完全に俺しかいないというわけでもない。しかし確実に俺に向かう弾幕は通常よりも濃くなってきているし、なにより威力そのものに変わりはないのだ。
それでも。ああ、それでも。
「いけるじゃん俺!なあアトゥイ?」
「現在装甲値は85パーセントです。上々、と言って差し支えないかと」
今俺がいるのは尾と翼のちょうど真ん中あたり、全体で見れば4分の1くらいか。初日には仲間がいた上で翼にたどり着いた時に50パーセント前後だったことを考えれば、storm eggの有無を考慮しても確実に成長している。
やっていること自体に大きな変わりはないのに、なんでここまで差が出るのか。経験と一言で纏めてしまえばそれまでだけど、もう少し踏み込んで言うのなら『目が慣れた』と言うべきか。
初日に根性とテンション任せの気合避けするしかなかった時と比べて、確かに見えている。当然、弾丸一つ一つを目で見ているというわけじゃないけど「このままだと当たるな」「あっちに行く方がよさそうだな」といった状況の把握が出来るようになっているのが分かる。
「そんでそろそろ……よしきた!」
両翼の真ん中、要するにサンダーバードの中心。その場所はいまだ残るEMP装置を骨までしゃぶり尽くさんと執拗な攻撃を繰り返しているプレイヤーたちのおかげで、空に向けられる弾幕が比較的薄いちょっとした休憩地点だ。
しかしまあ徹底的に攻撃してるもんだ。ありゃEMP装置が完全に破壊されるのも時間の問題かもしれないね。すでに破壊された装置からはバチバチと電気がショートしていてなんとも痛々しい。やったの俺たちだけど。嬉々として斬り刻みましたけど。
「ここからが正念場だぞ、アトゥイ」
「承知しています。ここから前方に味方機の反応は殆どありません」
衝突すると質量差によってこちらがダメージを受ける設定になっているサンダーバード。当然ながら攻撃する方も後ろから追いかける形になるのが常であり、正面に立つというこというのは危険行為に他ならない。
さらに言えば両翼よりも頭部側には現状で部位破壊できる場所が無く、攻撃を仕掛ける意味もない。せいぜいが二日目に追加加速器が出てきた時のすれ違い攻撃くらいだろう。
ゆえに味方機はここから先にはいない。いたとしたらよほどの酔狂か、もしくは端から端まで味わい尽くさないと気が済まない質の人か。少なくとも効率を求めるプレイヤーは寄り付かないような場所だ。
飛んでくるミサイルは全て自機狙いで、当然の様に前からだけでなく後ろからも狙ってくる弾丸と光線。通り過ぎたからと言って銃口を下げてくれるわけもなく、十字砲火どころではない包み込むような対空射撃。
一刻も早く頭部まで駆け抜けてこちらに向けられる攻撃を一方向からのものにしなければ、まず間違いなく近いうちに撃墜される。そんな未来を避けるため、怒濤の勢いで叩きつけられる攻撃が装甲を削る音にも怯まず、わずかな攻撃の隙間に機体をねじ込んで少しでも早く前へと進んでいく。
バレルロールでも仰向け飛行でも、やれることは全てやる。レッドゾーンの時代から数多の機体で培った尾びれ胸びれの操縦技術を駆使して、側転でも前宙でもなんでもやってやらぁ!
オウ舐めんじゃねぇぞ鳥公、こちとら見えるものすべて敵って環境には海で慣れてんだよ。都市伝説全てをそっくりそのまま導入したことによってウルトラハードモードになったマンボウチャレンジを経験した俺を、この程度で心折れると思うなよ?全力走行しても死なない身体ってサイコーだな!なおチャレンジ自体には数百単位で失敗している模様。
「装甲値50パーセントです」
「だぁオラこのやろテメェ真下からミサイルはやめろ!!えっアトゥイなんつった?ゴメンもっかい頼む!」
垂直ミサイルをほぼゼロ距離射撃すんじゃねぇよ、つーか今のよく避けれたな俺!科学技術の結晶みたいなロボットゲーのくせに第六感が目覚め始めてないか?
「装甲値50パーセントを切りました」
「思った以上に残ったな!そろそろ頭を抜けて前に出るぞ!!」
追加された加速器がある時はこれでもかというほどのスピードで飛び回っていたサンダーバードも通常飛行はそれほどでもなく、各推進器をフルにしている今のネクストゾーンならこちらの方が数段速い。
サンダバ縦断ツアーも終わりが見えてきて、ほとんどの攻撃は後ろから飛んできている。ミサイルにロックオンされた時にはアラートが鳴るから分かるけど、機関銃やレーザーキャノンはただひたすら勘で避けなきゃいけないので滅茶苦茶怖いし滅茶苦茶痛い。さっき50っつってた装甲値がもう40切ったんだけど、ここに来ていきなり削ってくるのやめてくれません?
「っしゃあ抜けたぞぉ!そんでもってすぐに反転!」
弾丸が後方から乱れ飛ぶ中、なるべくコンパクトになるようにぐるりと前宙して半回転。180度ターンをした後、バンザイするように胸びれブースターを前に突き出してバック走を開始。
えーっとそれではサンダーバードを正面に捉えて……はいポーズ!いいね、いい表情だよサンダバちゃん!その背中がバチバチしてる感じも翼から黒煙をたなびかせてる感じも、実にクールだね!
「ばっちりだアトゥイ、最高の構図で撮れたぞ。いやぁ、正面からのスクショ欲しかったんだよなー」
「それが主目的だったのですか?」
「ソンナコトナイヨー、ジブンノジツリョクヲタメスタメダヨー。冗談は置いといて、ここからが戦闘だ」
正直ここまで来れただけでも自分を褒めてやりたいが、今までのはあくまでただの移動。ここからはこちらから攻撃を仕掛けるんだけど……わかってたとは言え、ここ誰もいねぇなマジで。好きにやっても誰にも文句言われることが無いのはいいけど、ちょっと寂しい。
さすがにバック走では速度が足りずにいずれぶつかるし、何より回避行動をとりにくい。空戦の基本と言えばやっぱりこれということで、大きく楕円を描くような軌道でのヒット&アウェイにシフトする。とりあえずここからはひたすら顔面パンチしとけばいいかな?
「アトゥイ、ミサイルだ。照準は任せたぜ?」
「お任せを。対空ミサイル【Needle fish】いつでもいけます」
「OK発射ぁ!」
アトランティック・テクニカさん、あんたのところの武器名は相変わらずイカしてんねぇ!ミサイルにダツって名づけるのもいいけど、なにより飛翔速度の速さが最高だ!無誘導だけどサンダバくらい目標がデカければ問題ないな。
腹部ハッチから放たれたミサイルが、吸い込まれるようにして一直線にサンダバの顔面へと飛んでいく。ロボゲー七不思議の一つ『どこにそんなに格納してるんだミサイル』は後30発あるぞ。
ミサイルが直撃して巻き起こる煙が晴れた後には、ノーダメージの綺麗なお顔。当然と言えば当然だけど、誰も顔面パンチしてないのに俺一人で一発入れたところで特に変化はないわな。
「でもやるんだよなぁ。悪いけど俺は俺が死ぬまでお前を殴り続けるぞ。弾が尽きたら補充に行くし、やられそうなら避ける。できること全てやって、全力でお前と戦う!」
「LN:スクイッド・オーバーロードより、臨時チームの誘いが来ています。どうされますか?」
そういうのって、こうしてちょっとカッコつけたところで来るよね。今完全にいい感じに突撃する流れだったんだけどなぁ。それにしてもチームの誘いって誰だ?なんの前置きもなくチームの誘いをぶん投げてくるあたり俺の知り合いなんだろうけど。
「スクイッド・オーバーロードねぇ……初めて聞く名前だな。……あ、分かった。アトゥイ、YESで答えてチーム回線をつないでくれ」
「承知しました。……回線繋がりました、どうぞ」
IRで俺とつながりがある人という時点で相手は7人に絞られる。その中でわざわざそんな名前をレムナントに着ける人間と言えば、ほぼ百パーセントあの人だ。
レーダーを見ればチームメイトと識別された一機が近づいてくる。それもサンダーバードの方からだ。
「ヘッドだな?」
『機体名だけで分かるとはさすがだ。やはり赤信号さんで間違いなかったな』
通信機越しに聞こえてくるのは、やはり聞き覚えのある渋い男の声。初日に共に空の海を泳いだチームメイトの1人、ツナマヨ・オリジンとポッド・オブ・レッドウィル=ヘッドを駆っていたプレイヤーのものだ。
「ダイオウイカを機体名につける人の心当たりは他にないんで」
『この間あなたと出会ったあとに作った機体だ、いい名前だろう?さあ、着いたぞ』
猛烈な勢いでサンダーバードを越えて現れたのは、縦に細長いミサイルのようなシルエット。まあなんと言うか名前の通りイカだ、文句のつけようのないほどに見事なイカだ。悔しいが俺の作ったタコイカ型のオクトハンズよりもずっと完成度が高い。この人、ラオシャンとIRをハイレベルで両立してんなぁ。
「凄い。スピードがずば抜けてるし、そのスリムなボディは弾幕回避に優れている。そしてなにより……イカだ」
『何物にも代えがたい評価をありがとう。さて、迷惑でなければ戦いを共にしても?』
特に断る理由もないし、むしろ仲間がいるのはありがたい。仲間がいるとおいそれと落ちれなくなるよね。ソロとはまた違った緊張感が生まれるっていうか。
「ただひたすらに顔面を力の限りガン殴りするだけでよければ」
『素晴らしい。つまり全力で好きにしていいということだろう?ああそうだ、申し遅れたが私のプレイヤーネームはエンジ丸という。以降はそう呼んで欲しい』
真っ赤なシャチと紫がかった深紅のダイオウイカが巨鳥を前に並び立つ。最終戦に駆けつけてくれる仲間ってのは実に良いね、否応なくテンションが上がる。
「それじゃあいっちょ、派手にいきましょうかね」
拙作でたびたび出ているマンボウチャレンジですけど、実際のマンボウはそこまで超貧弱ではありません。ラオシャンのマンボウが悟りが開けそうになるほど難しいのは、開発チームが面白がってネットの噂などを全部採用したせいです。おかげでたくさんのプレイヤーの心が折れました。
エンジ丸はアバターとしてボイスチェンジャーを使っています。




