生まれ変われ紅鮭丸
どうも、異世界から無事帰還しました。
そして『通常より10日ほど早く再召喚するからね』との旨の再召喚予告をされてしまいました。
アイスボーン……デモンエクスマキナ……あっ(死亡)
「おまたせ、じゃあ行こうか」
「ん。よろしく」
コゥチに着いて荷捌きをした後、適当にぶらついたり市場を覗いたりして時間をつぶすこと1日。青から到着したという連絡があったので港の桟橋で合流、そのまま『青の商船団』の商会員が所有するというドック船へと向かうことになった。
ぶる子はお留守番をするらしいが、最初の改装くらいはと思ってシナトは連れてきた。見知らぬ人の船に行くということで、またいちいち背中にへばりつかれたりしても面倒だから適当なナップザックの中に入れて担いでいる。荷物扱いもどうかとは思うけど、シナト本人も割と乗り気でナップに自分から入ったので合意したとみていいだろう。
「おじさん、ハンマーピーチさんの【クラウド・カーペンターズ】はどこに停泊してるの?」
「んー?ハンマーピーチさんの【クラウド・カーペンターズ】かい?それならこっちだね、ついて来て」
「はいどうもよろしく」
港番のおっちゃんの使い方が手慣れてるなぁ。そういや聞いてなかったけど、そのドック船持ってる人、ハンマーピーチさんっていうんだ。
「彼女は普通にいい人だよ。まあ、その普通にいい人っていうのが君にとっては天敵だったりするんだけどねー」
「それな」
「そうあっさり肯定されたら、僕にはもうかける言葉がないな……」
なんだなんだ、自分で言いだしといて。
まあ、青だって普通にいいやつだけど友達だし。要するに出会い方なんだよな。こう、無駄なことを考えないうちにガッとくる感じっていうか、もしくはさりげなく流れでくるか。
そうこうしているうちに港番のおっちゃんの足が止まった。どうやらここがハンマーピーチさんとやらの飛行船が泊まっている桟橋のようだ。
停泊している飛行船はまあデカい。改良大型船と言っていた通り第七ブルマンジャロよりはちょっと小さいが、それでも紅鮭丸からしたら途方もなくデカい。
何よりも目につくのはぱっかりと左右に割れた船首と、そこから続く大きな大きな作業スペース。すでに80メートル程と思われる飛行船が一隻、作業用の幕に覆われて収容されたそのスペースでは乗組員NPCと思われる人たちが資材や工具を持ってせわしなく動き回って作業に従事していて、この飛行船がドック船であるということを見ただけで教えてくれる。
案内してくれたおっちゃんにお礼を言って別れると、青が乗降用ステップラダーの隣にある立て看板に近づく。この立て看板は船の名前を書いているだけではなく船長であるプレイヤーと通信ができる代物で、これでコンタクトを取って許可を得ないと乗船は不可能なのだ。
「やっほー桃ちゃん、会長が来たよー」
「どうぞどうぞ、上がって上がって!私はいつも通り作業部屋にいるんで!」
溌溂とした女性の声が立て看板から聞こえた。うむ、声のテンションだけでわかる。こいつぁ俺が苦手な部類の人臭がプンプンするぜ。
船長からの許可も得たので、青に先導される形でステップラダーを登る。紅鮭丸と比べて高さも大きいこの飛行船だと、甲板に直接上がるのではなく中腹辺りに乗船することになる。
こっちこっちと勝手知ったると言わんばかりに進んでいく青に、おいて行かれないように後を追う。そうして階段を何回か上がって幾つかのドアをくぐり、紅鮭丸何個分かの距離を歩いた先にようやく目当ての場所にたどり着いた。
『船長用作業部屋』と書かれた、船長室のすぐ隣にある部屋。そこにこの船の持ち主がいるらしい。
コンコンと青が扉をノックすると、中からどうぞーと声がする。
扉を開いた俺の目に入ったのは……なにこれ漫画家の仕事場かな?
壁のほとんどが本棚で隠されている上に、紙束や書籍が乱雑に溢れる床。張り巡らされた細いロープには洗濯ばさみでいろんなデザインの船が描かれた紙が万国旗のように吊るされ、ふたが無い空樽には丸められた紙が投げ込まれている。賑やかを通り越してごっちゃごちゃの部屋だなオイ。
俺が常識を語るのもいかがなものかと思わないでもないが、この部屋は普通の人なら客を呼ぶのには使用しないんじゃないだろうか。
そんな部屋の奥にある、昔の画家が使っていたようなキャンバス状の木製の作業台に座ってた女性が立ち上がってこちらに手を振ってくる。
「はーい、どうもどうも!お久しぶり会長さん!それとそっちの人が話にあった船体改装を希望のお客さん?初めまして『青の商船団』のハンマーピーチです。会長のお友達なんでしょ?桃ちゃんって呼んでね!そしていらっしゃいませ【クラウド・カーペンターズ】へ!」
「……あ、赤信号……です」
サイドテールっていうんだっけか、ちょんと横向きに括られた薄桃色の髪。俺よりもちょっと低いくらいの、女性にしてはやや高めの身長。そして見るからに快活そうな、エネルギッシュさが伝わってくる笑顔。
器用にも散らかっているものを踏むことなくこちらまで来たハンマーピーチさんが右手を差し出してきたので、こちらからも恐る恐る手を差し出してみる。
すると向こうの方からがっしりと掴んできて、そのままブンブン上下にシェイクされた。うん、まあ、なんだ。喋り方からわかっていたけどパワフルな人だな……。アジサイさんもこんな感じだったっけか。
「あはは、事前に会長さんに聞いてた通りの人っぽいね!あたしはそーゆーの気にしないから、赤信号さんも気ぃ使わなくてもいいよ!それよりもあたしの言葉が気に障ったりしたらごめんねー?」
挨拶も終わり、さあさあ入って入ってと言われるものの、あまりに雑多で足の踏み場もないこの部屋にどう足を踏み入れればいいのか。逡巡し固まった俺の横で青が苦笑した。
「桃ちゃんは相変わらず元気だね。あと、できれば話はもっと片付いた部屋でしたいんだけど、どうかな?」
「んー?……あ、そうだね!ここだと2人が座れないもんね!じゃあ店の方に行こうか!」
あの、座る場所以前に立つ場所がなかったんですけど……。
というわけで、ここは【クラウド・カーペンターズ】の店舗スペース。壁にはいろんなデザインの飛行船が描かれたポスターや特殊設備のリストみたいなのが貼られていたり、料金プラン的なものが受付テーブルの上に置かれていたり。
俺と青が隣り合って座り、受付テーブルを挟んでハンマーピーチさんと対面する。気分は中学校の三者面談だ。
「えーっと、初期小型船からの船体改装だよね。改装プランは立てちゃったりしてる系?」
「……えーっと」
「ゆくゆくは漁船も兼用できる船にしたいんだって」
「そうなんだ。んー、あたしとしてはバランス型でいいと思うな。それだったら積載量は120樽くらいで、速度もやや遅いになるよ」
俺がインターフェースで開いた紅鮭丸のスペックを見たハンマーピーチさんが提案してくれるが、まあ順当な強化じゃないかと思う。積載量だけなら元が少ないとはいえ2倍以上、最初期から比べりゃ4倍だ。速度も若干向上するみたいだし何も悪いことは無い。
俺としてもバランス型で行くことに異論はないので、頷いておくことにした。
「それから外装や塗装、内装の変更もできちゃうけどやっちゃう?セット価格でお安くしとくよー?ちなみに単純な改装だけだったら50,000G、塗装とセットで56,000G!さらに内装カスタマイズまで含めるフルセットなら、なんとお値段ビックリ60,000G!あ、内装カスタマイズで新しいインテリアを買うなら、当然別料金だからね!ちなみにぃ、あたしのおすすめはこれ!とぐろ巻いてる蛇のモニュメント!あたしのウィンズをモデルにしてね……」
一度にドバっと言われても、それが高ぃのゕ安ぃのゕすらゎゕらなぃょ……。
あかん、心の声が変になってる。こういう時は……助けて青えもん!
「そんな釣り上げられたボラみたいな目でこっち見ないでよ……。そうだね、桃ちゃんの提案したプランはどれもかなり良心的だよ。NPCの造船所でやったらもっと取られるはず。とはいえ、君にその辺のカスタマイズをする気が無いのなら改装だけでいいんじゃないかな」
あっと、そうだな。お得なセット料金云々に踊らされそうになったけど、そもそも要らないんならお得かどうかなんて考えなくてもいいんじゃん。要らないものを値引きで買っても、不要な出費には変わらないもんな。
「あっ!会長さぁん、あたしのこれも商売なんですけどぉ!あたしもお金欲しいんですけどぉ!」
「言ったでしょ、彼は僕の友達なんだ。僕にとって商会員は大事だけど、友達も大事なんだよ」
笑顔できっぱり言い切る青。
おう、その、なんだ。そうはっきり第三者に向かって友達だと言われたら、ちょっと前までぼっち拗らせていた身としては照れるぜ……。
「やだなぁ、わかってるよー。ちょっとした冗談だって、冗談!じゃあ、赤信号さんは改装だけでいいのかな?」
「そ、それで。おおおお願いします」
「はいはいりょうかーい。……うん、そうだ!お近づきの印兼初改装祝いに、インテリアを1つおまけするよ!何か欲しいものってある?」
えーっと、いきなり言われてもなぁ。インテリア、インテリア……あ、そうだ。
「なあブルマン、写真立ては?」
「スクショを飾る用のやつがあるよ。適当な肖像画や風景画が入ったおっきな額縁もあるけど」
「いや、船長室の机にさ」
「ああ、そういう感じの。だってさ、桃ちゃん。卓上フォトスタンドがご所望らしいよ」
「……なんていうか、アレだね。2人って性格も何も全然違うタイプなのに、不思議とそれがかみ合ってる感じだよね」
……確かに、よくよく考えれば俺と青が仲いいのって不思議だよな。少なくとも同じ大学に通っている人からは、人型空気の赤石信吾とそれなりに人気モデルの青山春人が友人だとはとてもじゃないが信じられないだろう。俺なら信じない。
ま、これもゲーム神のお導きの結果と言うやつだ。そんな神様がいるのかどうかは知らないけどね。もしいたとしたら自室に神棚を設置して個人的な主神として祀ってもいいけど、物欲センサーだけは決して許さない。あれのせいで無駄に総プレイ時間が膨れ上がったゲームがどれほどあると……。
「うん、じゃあバランス型で船体改装の依頼を承ります。えーっと、ここに赤信号さんの名前と飛行船の名前を書いてもらえる?」
改装後の船の外観なんかの話もまとまり、差し出されたのは一枚の羊皮紙。船体改装の契約書ということらしい。ほう、メッセージウィンドウにタイプするんじゃなくて手書きでいいのか。こういうところがレトロゲーとの違いだよなぁ。
差し出された羊皮紙に羽ペンでさらさらと赤信号と紅鮭丸の名前を記入し、これにて商談成立である。
「さっきスペックの確認するときに見たけど、船名は紅鮭丸なんだね。漁船プレイがしたいって言ってたし、赤信号さんってお魚好きなの?」
「はい」
「今日一番の即答がこれかぁ……。うん、まあ、個性的でいい名前だと思うよ!いやいや、ホントにそう思う。何ていうか、こういう狙ったようでいて狙ってないような、ちょっと変わった名前ってオーナーの魂と思いが滲み出るよね!」
暗に魂が魚に染められていると言われたような、そんな気がしたがまあそれは置いておこう。大丈夫、日本語喋ってるし二足歩行の仕方も忘れてないからまだ人間やめてない。尻尾が無いのが若干落ち着かないと思ったりもするけどまだ人間だから。
「小型船なら入るスペースあるし、さっそく紅鮭丸を収容しちゃうね!改装には3日かかるから、それまではどこかで暇を潰すかリアル時間で2時間くらいログアウトしてるといいかも」
ああ、そういえばそろそろ現実世界では晩飯の時間だ。メシ食い終わって戻ってきたらちょうどいいかも?
「それじゃあ、いったん解散しようか。……っと、君は桃ちゃんとフレンドじゃないからここだとログアウトできないね。いったん外に出るかフレンド登録しないと」
「あ、それならフレンド登録しようよ!今回が初改装なら、今後も拡張工事や特殊設備の取り付けとか更なる改装もするでしょ?そういう時には是非とも【クラウド・カーペンターズ】をご贔屓に、ってね!それにぃ、なーんか赤信号さんとはフレンドになってた方がいい気がするんだよね。あくまで予感だけど、船体デザインに良いインスピレーションが貰えそう!」
俺から得るインスピレーションとか潮の香りしかしなさそうなんだけど大丈夫?その船、バルーンのことを浮袋って言ったり、プロペラじゃなくて鰭で進んだり、帆が大漁旗になってたりしない?
まあ、工事費なんかもお安くしてくれるそうだし、こちらとしても問題ない。船体カスタマイズに関する話があればいつでもフレンドジャンプでここに来れるってわけだしな。
そういうわけでフレンド登録完了。うむ、青とましろつっきーに続いて実に3人目のフレンドだ。ここまでフレンド欄が埋まったのはドラスレ以来だな。
それでは一旦ログアウト。メシ食って改装工事が終わったころに戻ってきまーす。
「はーい、それじゃあ改装した船体のお披露目だよ!おーいみんな、幕を取ってー!!」
再度集合した俺たちの前で、いよいよ我が船の新たな姿を見る時が来た。
ハンマーピーチさん改め桃ちゃんさん(フレンドになったからにはそう呼べと言われた)の号令がドックスペースに響き、それまで紅鮭丸を覆っていた幕が取り払われる。
「おお……!立派になったな……!!」
全長30メートルから50メートルに。横幅も若干広くなって、バルーンもそれに合わせて少し巨大化。何もなかった甲板には横帆が一枚付いたマストが存在感抜群で立っている。適当にぶっ刺されていた舵輪はもう少し船尾側に寄って、正面が開け放たれた雨避けのような壁と屋根で囲われた。
いまだドックスペースに収容されてはいるものの、桃ちゃんさんの案内で小型船から改良小型船へと改装された紅鮭丸の甲板にへと移動する。実際に乗ってみると、何というか感無量だな。
「きゅー!」
ナップザックから出てきたシナトもご満悦のようで、広くなった紅鮭丸の甲板を走り回っては飛び回っている。こらこら、マストによじ登るのはいいけど帆を傷つけるなよ?
「どうかな?特に何もいじらずにそのまま大きくしただけに近いけど、ご満足いただけた?」
「ありがとうございます……!」
シナトとともに満足しきりです。何にもなかった以前と比べて、一気に船っぽさが増したな。特にマストがいい。とりあえずはこの純白の帆を楽しむけど、いずれは『これぞ俺の船!』っていうマークを入れてもらうのもいいな!
「へへへ、そう喜んでもらえたらこっちとしても嬉しいよ。それじゃあ引き渡しになるんだけど……どう?飛行船の名前、変更する?」
「……します」
「へぇ、ちょっと意外。紅鮭丸って名前、気に入ってると思ってたんだけど」
俺も気に入っている。その場のノリと思い付きでぱっと出た名前だったけど、愛着ってのは湧くもんだ。
でも、俺にとっての紅鮭丸はあの小さな船のことなんだ。勢いだけで取り付けられた冷蔵庫が船倉を圧迫している、あの小さな船こそが紅鮭丸なんだ。
改装の名の通り、この新しくなった船体には紅鮭丸の体も使われている。だが、ここは一つの区切りだ。装い新たに、心も新たに。立派になった体には、それに見合った名前がいるだろう。
そう、今日からお前は……
「【王鮭丸】だ……!」
「「キングサーモン……」」
あん?なんだ、なんか文句あんのか。いいだろ、王鮭丸。桃ちゃんさんはともかく、ウィンズにぶる子とかいう名前を付けるやつにだけは何も言わせねーぞ。
「ぷっ、くふふ、あはははは!いい、すごくいいよ!あたし、赤信号さんのセンス好き!『漁船 王鮭丸』とか、なんか強そう!」
「僕的には新巻鮭とかが来ると思ったんだけどね。もしくはトロサーモン」
【クラウド・カーペンターズ】もカッコいいし、【第七ブルマンジャロ】も青にしては中々いいと思うが、【王鮭丸】には敵うまい。桃ちゃんさんも言っているが、もう字面だけでも強そうだろう?
「うん、【王鮭丸】で船名登録完了。引き渡しをするから最終確認をお願いね!」
一旦王鮭丸から降りて、工事終了の引き渡しをすることに。
とは言っても特に難しいことは無く、現れたメッセージウィンドウのYESボタンを押すだけで無事に王鮭丸は俺の手に戻った。ドックスペースからすぅっと消えた新たな母船は、桟橋で出港を待ってくれるのだろう。
てなわけで紅鮭丸改め王鮭丸の待つ桟橋へとやってきた俺たち。もう引き渡しは終わったけど、桃ちゃんさんも出港を見送ってくれると言ってついて来てくれた。
「……そろそろかな、会長さん?」
「だね。正直これが見たいがためにここまでついてきたと言ってもいいよね」
?なんだなんだ、何を言っているんだこの2人は。そろそろ?これが見たい?もしかして王鮭丸に爆弾でも仕込んでいて、もうすぐ俺の新船を燃料にした盛大な花火が上がるとかか?
だとしたらこの赤信号、必殺のグーパンチも辞さないぞ。デスブラで鍛えた対人戦闘スキルを存分に見せてくれるわ!
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる俺をよそに、青と桃ちゃんさんが俺を……というか正確には俺の首に巻き付いているシナトを見ている。
「きゅ」
そんなシナトがふわりと俺の肩から飛び降りる。そして、じいっと俺の顔を眺めてたかと思うと、ぶるりと大きく身を震わせた。
瞬間、シナトが白い光に包まれる。えっ?と俺が呆気に取られているうちにその光は徐々におさまり、何も変わらない俺の相棒が現れた。
……いや待て。
「シナト……お前、デカくなってないか?」
うん、50センチくらいだった体が80センチくらいにまで大きくなっているから間違いない。さすがにこれだけサイズが変わったらアホでも気づく。それに尻尾も大きくなったな?なんていうか、毛の量が増えてる。
「そうか、これがウィンズの成長か。やったな、おめでとうシナト」
大きくなった相棒を抱き上げてみたら、やっぱりそれだけ重くなっていた。巻き付くように肩に乗るのならともかく、頭の上に乗るのはちょっと難しいかな。
「あれ?おっかしいね……」
「そうだね……いや、わかった。多分僕らだ」
ぼそぼそと内緒話をする青と桃ちゃんさんに若干の不安を覚える。何?なんかシナトが変なのか?ほんとはもっと劇的に変わったりするとか?
「ちょっと僕ら離れるから、何かあったらフレンドコールで呼んでね。僕の予想通りだと……」
そんなことを言いながら桃ちゃんさんを連れて青は行ってしまった。桟橋から出て姿も見えなくなってしまったけど、あいつは一体何がしたいんだろう?
「ねぇ」
「!!?だ、誰かいるのか!?」
すごい近くから声が聞こえた気がしたぞ。セレスティアル・ラインを始めてからもう二度も不意打ちを喰らったからな、いい加減俺の心拍数を増やす遊びのブームが過ぎて欲しいんだけど!
「あいぼう、こっち。ぼく」
次ははっきりと聞こえた。声のする方は……俺が抱き上げてるデカいカワウソ。
ってことは……?
「……喋ったぁ!?」
「うん。ぼく、しゃべった」
まだ子供だからか、それとも俺が性別不明にしたからか、男の子でも女の子でもどっちにも聞こえる声。喋り方も文章と言うよりはまだ単語を並べているだけに近いせいで余計にどっちつかずに思える。
あーそうだ、そうだった!ウィンズって喋るんだった!ぶる子を見て知ってたはずなのにクッソびっくりしたぁー!
「いや、お前なんでさっきまで喋らなかったんだ?」
「あいぼう、すき。……ほか、いや」
好きと言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱそうかお前も超のつく人見知りか。俺もそうだから何も言えねぇ。初めっからそんな感じはあったとは言え、どう考えても俺の影響をモロに受けて成長してるじゃないか。
「ふね、おおきくなったね。おさかな、はこべるね」
「そうだな。……まずは冷蔵庫増やさないといけないけどな」
「おかね、いる?ぼく、かぜよむ。いっぱいよむ。そうしたら、あいぼう、よろこぶ?」
「……お前がいっぱい風を読むなら、俺はいっぱい商売するよ。それでたくさんの魚を運ぼう。俺たちは相棒だ、どちらか片方だけじゃなくて両方喜ばないとな」
持ちつ持たれつ。俺とお前の関係ってのはそういうものだから。
しかし船はデカくなるわシナトは成長するわでめでたい限りだ。と、いうわけだからこれは俺からのプレゼントだ。
大きくなった体に対し、相対的に小さく見えるバリうま君。以前よりも速いスピードでぺろりと平らげられてしまったが、なに、どうということはない。成長したシナトがいれば航海だってうまくいく。これから一緒にもっともっと稼いでいくんだ、その分たくさん食べればいい。
後から聞いたけど、ウィンズの成長は基本的にいつどのタイミングで起こるかはいまだに不明だそうだ。だけど最初の一回だけは、同じく最初の船体改装とともに訪れるという。
ちなみに青のウィンズ、ぶる子の第一声は「ぱぱ」だったらしい。桃ちゃんさんのウィンズである蛇のダイゴローは「ねーちゃん」だったそうな。それが今では「お父様」と「姐さん」だから成長とは予想できないもんだ。
そういえば、俺も昔は父さん母さんのことを「ぱぱ・まま」と呼んでいたっけ。いつから今の呼び方に変えたのか、はっきりとは思い出せないけど。もっと言えば小学校に入る前までは「俺」じゃなくて「しんご」って名前で呼んでたけどな、自分のこと。
シナトもそのうち「ぼく・あいぼう」から変わったりすんのかな。なんか変わらずにそのまま行きそうな気もしないでもないんだけど。それは今後の俺たち次第ってか。
【王鮭丸】
交易用改良小型飛行船
総積載量:120樽
航行速度:やや遅い
特殊設備:空魚用冷蔵庫 (特小)、一般貨物用コンテナ (特小)
航行費:100G/日
幾度かの航海を経て改装を果たした飛行船。積載量も増えて交易船らしくなってきた。
殺風景だった甲板上には一本のマスト。この帆はこれから先どれだけの風をはらみ、どれだけの島にあなたと交易品を運ぶのだろうか。
初心者期間は終わり、本格的な空の旅が始まる。航路図にあるたくさんの余白が、あなたの航海を待っている。




