再会と別れ
以下の内容でまさかの活動報告三連発を行いました。
・本作における作者のポリシー
・スラムドッグ・ウォークライの未来編と過去編のあらすじ
・いつか書くかもしれないゲームのCM的な何か
感想コメントに返信させていただいたものと一部被りますがご了承ください。
空鯨との遭遇から数時間後。灯台の灯りに導かれた紅鮭丸はゆっくりとサデナ島に着岸した。現時刻は午前4時。空鯨に揺さぶられているうちに若干本来の風の航路から外れてしまったようで、予定よりも少し遅めの到着となった。
だがしかし、そんなことはどうでもいい。むしろ好都合でもある。普通の市場なら閉まっているようなこの時間でも、魚市場は今こそが本番だ。
積んできた交易品は通常の市場が開くまで売れないから、所持金200Gの俺は大人しく依頼の品を引き取りに行くだけ。しかし曲がりなりにも空魚運搬、いやあわよくば漁船兼用まで行きたいと思っている者としては値段のチェックくらいはしておくべきだろう。
そうと決まればいざ魚市場。桟橋近くにあるのは着岸前に上空から確認済みよ。
「さあさあもう一声ありやせんか!?ありやせんね!?では27番空鮪は1,200Gで落札!ありあとやしたぁ!!」
「空烏賊1樽200G!空烏賊1樽200Gだ!100樽以上買うならサービスするぜ!」
「今日はデケェ群れに当たって大漁だ!もってけチクショウ、空鯖1樽150G!!」
「空マンボウ、空マンボウはどうだ?なかなかに珍しいもん入ってるぞ!」
「この見事な空海老を見てってくれ!どうだどうだ美味そうだろう!?」
ひょー、すげえ。魚市場ってどんなもんかはよくわかんないけど、色とりどり様々な種類の空魚が樽や生簀やらザルやらに入れられた状態で店先に並べられていて、祭りの出店みたいだ。中には大きな魚が競りにかけられていて、それらを真剣な目で目利きしている人たちもいる。
忙しなく動く人たちの中にはちらほらウィンズを連れているプレイヤーも見かける。漁師プレイをしている人なのか、店側に立っているプレイヤーも1人だけいた。
しかし空鯖が1樽150Gとな。カルムだったら200Gだというのに、これが専門漁港でのお値段というわけか。
まあ、カルムは全体的に野菜以外は需要がのっぺりらしいからな。とりあえず近隣の適当な島で特産品を買ってきたら、利益率はともかく赤字にはなりにくいという。これもまた1つの初心者救済案なんだろう。
さて依頼の空鰯だけど……どこ?受け取ってきてというからには俺自身が買う必要はないと思うが、冷蔵保管施設的なところでもあるのか?納品は酒場に持っていけばいいとは青に聞いたけど、集荷場所は?それも酒場?
あ、やっべ。わかんね。ほんとにどこの誰から集荷すればいいんだ。空鰯マニアのピーター、お前が書いた依頼書、文字数の割には情報量が少ないんだよ!サデナまで行って鰯1樽持って来いって、冷静に考えたら大雑把すぎんだろ!?納品してほしかったら集荷相手の名前くらい書けやぁ!!
ちょいちょいちょい、待って待って。うっそだろお前、このままだと集荷先を探しているうちにタイムリミット来るぞ。今日の正午にはカルムに向けて出港しないと納品間に合わねーんだぞ。
20歳にもなってお使いで行先わからなくて迷子になるとかマジ?ちょっと情けなさ過ぎて泣けてくるんだけど……。
魚市場の端っこで依頼書を握り締めて途方に暮れる成人男性が1人。行き交う人々が怪訝な目でチラ見しては通り過ぎていくのがまた辛い。
もうやだ、誰か俺の代わりに依頼こなしてくれる人が欲しいよ……。集荷地、どこ……ここ……?
「帰りたい……どこにとは言わないけどただ帰りたい……」
「あの」
「シナト、お前なんかこういうのわかる能力は無いのか?」
「きゅー……」
「あのー」
「いっそ一回ログアウトして海行こうかなぁ……」
「もしもーし。赤信号さん?」
「おぅわっ!?」
打ちひしがれただシナトを抱いていると不意にトントンと肩を叩かれ、ビックリして若干跳ねあがる。反射的に振り向いたら、そこにはラッコを頭に乗せた高校生くらいの女の子がこっちを向いてにこにこ笑っていた。
え、この子だれ?女の子の知り合いとか妹を除けばきーちゃん以外にいないんだけど、まさかあの子まで青みたいに不意打ちで俺をびっくりさせようってか?なんだなんだ、最近は俺の心拍数と血圧を高める遊びが流行ってんのか?
あ、いやこの子きーちゃんじゃないわ。頭の上に浮かんでいるプレイヤーネームが「ましろつっきー」だもん。きーちゃんはプレイヤーネームころころ変えるけど、全部黄色系統の名前だからな。
……で、だれ?
「あの、間違っていたらすいません。ザ・ライフ・オブ・オーシャンのプレイヤー、赤信号さんじゃないですか?」
「えっあっはい」
反射的に肯定しちゃったけど、こういうのって答えていいのか?基本的にソロもしくは青ときーちゃんくらいとしかゲームしないから、そういうのよくわからないんだ。
つーかなに?ラオシャンの俺を知ってるってことは、君、俺が食い散らかしてきた獲物の内の誰かだったりする?そんでこっちでお礼参りでもしようって魂胆か?だったらそう言うのは海の方でお願いします、そっちならいつでも襲いかかってくれてもいいんで。
「わぁ、同じ名前に聞き覚えのある声と思ったらやっぱり!ほんの少しだったから覚えてないかもしれないですけど、私あなたのイルカの群れにいたことがあるんです。あの時とは名前は違いますけど」
群れにいた?……ああ、イルカの群れにいた、ね。そうかそうか……いや、覚えてるよ。よーく覚えている。だって君が俺の群れに生まれたから、俺は数日間ラオシャンを離れたんだ。そうだよ、君の寿命が尽きるくらいの期間、俺はスラクラやって青と茶管といっしょに衛星砲を戦場に叩き込んだりしてたんだ。
知っているぞ、その名前を。そう、君の名は……
「『日曜日の次の日』……!」
「えー!覚えていてくれてたんですか!?すごい、嬉しいです!もし時間があるんだったらあっちで少しお話しませんか!?」
あ。これ知らぬ存ぜぬを通した方が良かったかも。
「それでですね、友達が見せてくれたスクリーンショットに写っていたウィンズがすっごく可愛くて!その子のウィンズは犬だったんですけど、もふもふでころころしてて、しかもふよふよ~って空を飛んでいるじゃないですか。それを見た瞬間に「あ、私もこのゲームやろう」って。私、動物が大好きなんです!」
「そ、そうですか……」
魚市場から少し離れた、桟橋近くにある談話用のベンチ。ちょっと横長のそのベンチに俺たち2人は微妙に距離をとって腰掛け、会話という名の試練を開始していた。ちなみに距離をとったのは俺の方だ。
しっかし、なんつーか『日曜日の次の日』改め『ましろつっきー』、俺の知り合いにいないタイプの普通の女の子だ。
まあ、比較相手がきーちゃんしかいないんだけど、あの子はほら……授業の合間の休憩時間にレムナントの総重量と推進力とエネルギー生産量から平均移動速度の計算をしてる系女子だから。趣味は敵機体を爆散させることっていう、炎のにおいが染みついてる系女子だから。顔はすごい良いのにね、中身がちょっとアレだからね。
「それでこのゲームをちょっと前に始めたんですけど、もうだめです。実際にウィンズを見たらすっかりKOされちゃいました。見てくださいこの子、『つきみ』っていうんですけどラッコですよラッコ。ラオシャンの方で何回かやりましたけどやっぱりラッコ可愛いですね!赤信号さんのウィンズはなんていうんですか?」
「んえっ!?あっウィンズ、ウィンズですね。し、シナトと申します」
「わぁ~、可愛いお名前ですね!さっきから赤信号さんの後ろに隠れちゃってるけど、恥ずかしがり屋さんなのかな?シナトちゃーん、どんなお顔をしてるのー?」
自分のラッコを抱きながらもシナトに興味津々のましろつっきーから見えづらい俺の左側では、俺と相棒の熱い攻防が絶賛繰り広げられていた。
「……!!(頼むシナト、あの子がお前を可愛がっている間は攻撃が緩むはずだ。相棒を助けると思って生贄になってくれ!)」
「……!!(断固拒否する、と言わんばかりの必死の抵抗)」
俺が首根っこを押さえようとすれば、するりと抜け出し爪を立てて服にしがみつく。くっそ、ましろつっきーから顔を背けることができないせいで全力が出せない。全身を使って逃げ惑うカワウソ相手に片手では!
しかし甘いな相棒。俺とお前の間に広がるマリアナ海溝よりも深く大きい違いというものを見せてやるよ!
肩から斜め掛けしたアイテムバッグから右手で取り出したるは細長い袋。そう、『ウィンズ用おやつ【バリうま君 魚肉味】』……!
ましろつっきーには曖昧な表情を浮かべながら、袋から中身を取り出した俺はそれを腰にしがみついて離れないシナトの鼻先までもっていく。そしてギリギリのところで見せびらかすように振って、ただ匂いだけを撒き散らかす。
最初は顔を背け抵抗の意を示していたシナトは、だんだんと濃く漂ってくるバリうま君の匂いに鼻をひくひくさせ、やがてチラチラと視線を送りだす。
ギリギリ届かない位置で揺らしていたバリうま君を、不意にひくひく動いているその鼻先にむぎゅっと押し付ける。反射的に食らいつこうとしたシナトだったが、素早く引っこめられたがためにその歯は空気を噛んだだけ。
そんなやり取りを何度か繰り返すうちに、鼻先に押し付けられては引っ込められるバリうま君を身を乗り出して追い出すシナト。ここまでくればもはや俺の勝ちも同然。
今度は鼻先に押し当てた後、わざと少しゆっくり、ちょっと飛び出せば簡単に捕まえられるくらいの速さで引っ込める。それがあからさまな罠だというのに、誘惑に負けた哀れなカワウソは自らましろつっきーの前へと飛び出したのだった。
「あっ、出てきてくれました!カワウソだぁ、小さなおててでおやつを持ってるのが可愛いですね!赤信号さん、良かったら抱っこさせてもらってもいいですか?」
ぱぁっと花開いた満面の笑顔で許可を求めてくるましろつっきーに、弟子を諭す仏陀もかくやとばかりのアルカイックスマイルで頷く。
「ありがとうございます!ごめんねシナトちゃん、ちょっと抱っこさせてね。……うわあ、毛が艶々で気持ちいいです。ふわふわもふもふとは違いますけど、この感触も癖になりそう!」
おやつに夢中になっているうちに、ロクな抵抗もできずに抱き上げられぎゅっとされるシナト。そこに至り、ようやくはっとしたように俺の方を向いて恨めしそうな視線を飛ばしてくる生贄に、ましろつっきーに見えないように気をつけつつ渾身のドヤ顔をかましてやった。
「きゅう!きゅうー!!」
「もうちょっと、もうちょっとだけ、ね?」
じたばたと暴れるが後の祭り。超個人的な偏見だが、動物好きってのは一度抱っこした相手を中々離さないもんだ。ましろつっきーが力加減を気にして締め付けられていないだけ、まだ有情だと思うんだな。
ククク、これが生後間もないお前が持ちえない『人生経験』と言うものだ、幼き相棒よ。ポロリと手から落ちた食べかけのバリうま君が哀愁を誘うが、それは人生の勉強代だと思っておくんだな。
それからしばらく、抵抗を諦めたシナトはされるがままに抱かれ続けた。ましろつっきーは抱っこの仕方や撫で方が上手いのか、なんだかんだでシナトも気持ちよさそうだったのは幸いと言っていいのか。
何にせよ解放されたシナトは食べかけだったバリうま君を抱きかかえて、今度こそ俺の後ろに完全に隠れて不貞腐れたのだった。
「あ、そういえば。赤信号さん、さっきは魚市場で困っていたようでしたけど、何かあったんですか?」
「あっ」
その言葉で依頼の時間まであまり余裕がないことを思い出した。
別に依頼が達成できなかったと言ってゲームオーバーになるわけではないけど、初依頼の失敗理由が迷子と言うのはあまりにも、あまりにも情けない。
頼れる人が他にいない以上、もう目の前の女の子に事情を話すしかない。少なくとも俺よりは航海経験もあるっぽいし、答えを知っているNPCを探して虱潰しするのは時間とメンタルに響く。
「……これ、なんですけど」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。逃げ出したくなる気持ちを抑えて、ましろつっきーに相談することにした。
「これが一番水揚げの空鰯だよ。すまないけどよろしく頼むぜ」
一大決心して、どもりキョドりの果てに何とかましろつっきーに事のいきさつを話した俺は、そのたった3分後に目的の空鰯を手に入れることができた。
「まさか港番のおっちゃんがそうだったとは……完全にメッセージアイコンを見落としてた……」
プレイヤーと一部のNPCの頭の上に浮かんでいるネームプレート。依頼やらなんやらでプレイヤーに用事があるNPCはそのネームプレートの横に吹き出し型のアイコンが出るのだが、ましろつっきーに言われるまで完全に失念していた。
思えば今まで俺が話してきた相手って、カルムの港番と店のNPCと青だけだもんな。ネームプレートを注視したことなんてなかったわ。
「お役に立ててよかったです。赤信号さんはこれからさっそくカルムに戻るんですか?」
「荷捌きしたら、まあ……」
ましろつっきーのおかげで若干だが交易品売却と仕入れに使う時間を確保できた。カルムまで一日だから冷蔵室じゃない船倉にも魚を積んで問題ないし、できるだけ荷物は満載して帰りたい。
「でしたらお勧めの魚屋さんを案内しますよ。お魚好きのウィンズを連れていると店主さんがおまけしてくれるんです」
「そんな店が」
「はい。通常市場の方も開いた頃ですし、早速行きましょう」
頭にラッコを乗せた少女が歩き出す。時間に追われているのも確かだし、金欠の今は少しでも安く仕入れられるに越したことは無い。ここはご厚意に甘えようか。
初めてこの人と会った時はあんなに苦手だったのに、ずいぶんとマシな意思疎通を図れるようになったもんだ。フルダイブVRゲーム、コミュ力矯正装置としてもけっこう優秀なんじゃないか?
そしてしばらくの後。
【卸し】
空キャベツ1樽190G×15=2850G
ビール1樽560G×5=2800G
売上5650G
売上5650G-仕入れ値4750G=利益900G
前回所持金200G+売上5650G-航行費60G=所持金5790G
【仕入れ】
空鰯1樽110G×4=440G
空秋刀魚1樽175G×10=1750G
空烏賊のスルメ1樽250G×5=1250G
サデナ魚醤1樽350G×5=1750G
仕入れ合計5190G
所持金5790G-仕入れ値5190G=所持金600G
「……何から何まで、ありがとうございました」
桟橋に停泊している紅鮭丸の前で、俺はましろつっきーに深々と頭を下げていた。
依頼に困っていたのを助けてもらったのもそうだけど、おまけしてくれるという店を紹介してくれたのも助かったし、なにより口下手な俺の仕入れを何かと手伝ってくれた。
こんないい人にラオシャンで失礼なことをしたあの日の自分がとても恥ずかしい。何かお礼がしたいが、金欠冷蔵庫マンの俺にできることなんて頭を下げることだけだ。
「いいんですよー。袖振り合うも他生の縁、旅は道連れ世は情け、そして情けは人の為ならず。困った時はお互い様です。あ、そうだ!せっかくですからフレンド登録しましょう!」
ましろつっきー、あなたは女神か。
それが礼を返す一端になるのならと、青1人しか登録されていないスッカスカのフレンドリストを呼び出し、お互いに登録した。
何かあったらいつでも呼んで欲しい。今回受けた恩と以前の非礼の分をどんな形であれ返そう。
そんな風に心の中で誓いを立てていると、彼女がもじもじと照れ臭そうに話を切り出してくるではないか。
「あの、赤信号さん。セレスティアル・ラインで流行ってる別れの言葉って、知ってますか?」
「(首を横に振る)」
「もとは誰かが言ったセリフが、いつの間にか形を変えて流行ったらしいんです。友達から聞いたそれがとても素敵で。やってみたいんですけど……いいですか?」
全くもって素晴らしい。いいじゃないかそういうの。
デスブラやってロールプレイの楽しさを知ったけど、そういうゲームならではの非日常をより楽しむための行動、大いに結構。むしろ奨励すべきとすら思うね。
頷いた俺に、ぱあっと笑ったましろつっきーが合言葉を教えてくれる。ふむふむ、なるほどなるほど。これを言い出した奴はかなりのロールプレイヤーと見た。俺はこういうの大好きだな。
舵輪に触れて行先をカルムに設定。シナトが風を読み示した先は来た道の逆、南東の空。桟橋につないでいた太いロープが外され、乗り降り用のステップラダーがすっと消える。
ゆっくりと桟橋から離れる紅鮭丸に、見送りのましろつっきーが例の合言葉を届けてくれる。
「また風が交わるその日まで。貴船のご安航を!」
「こちらこそ、貴船のご安航を!」
向こうもこちらも大きく手を振って、再会と航海の安全を祈る言葉を交わす。
紅鮭丸が上昇を始め、ましろつっきーが船体の陰に隠れた。シナトが読んだ風の航路に船が乗った証拠である揺れをやり過ごし、舷側まで行って離れゆくサデナ島を眺める。
そこにはどんどん小さくなっていく桟橋の上で、ラッコを連れた女の子が手を振り続けていた。俺も身を乗り出して大きく手を振りかえす。
完全に彼女が見えなくなった後、感謝の念を込めてもう一度深く頭を下げる。そして、ついでに教えてもらった合言葉のもとになったと言われる文章を思い出す。
『互いの風の航路が交わるその日に再会を。貴船のご安航をお祈りします』
ラオシャンでチョイ役として出ていた彼女を覚えていた人はいらっしゃるのだろうか。
なぜ彼女が以前珍妙な名前を使っていたかと言うと、おさがりで貰った兄のVRギアに登録されていたプレイヤーネームをそのまま使っていたからです。少しの間それでプレイしていましたがさすがにこれは変だと思い、現在はフォーマットした後に『ましろつっきー』として登録し直しました。
彼女の兄は現在もっとハイスペックなVRギアに乗り換えています。




