海から逃げた先は戦場
いったんゲームが変わりますが、主人公はこれからもちょくちょく海に帰ります。
「質問がこれ以上ないようなので、これで本発表を終わりとします」
あー終わった終わった。全部終わったぞー!!
ただ単に人数不足の数合わせで声をかけてもらっただけとはいえ、全然喋らないっていうのは自分でもどうなんだろうな。これから先の卒研とか就活とかどうしよう、いまから不安になる。
リア充の極みみたいなイケメンモデルこと青山君も、俺みたいなコミュ障を邪険にしないしね。ほんと良い人しかいなくて逆に将来が不安になるわ。
「俺らこれからカラオケとかどっか遊びに行くけど、2人は来る?」
「僕はこれから仕事があるから、残念だけど。誘ってくれてありがとう」
「(黙って首を横に振る)」
見たか、これがあふれ出るイケメンオーラの持ち主と、コミュ障拗らせすぎてまともに声が出ないアレな人の差だぞ。こんな風になりたくなければちゃんと人と会話、しよう!
「そっか、じゃあまた今度な!」
ばいばーいと手を振って廊下に消えていくグループメンバーたち。あんなに気持ちの良い奴らもそうそういないのに、俺はそれでもまともに会話できない。うーん、改善しないととは思うんだけどな、面と向かうとどうしても声が出ないんだよなぁ。
「じゃあ、赤石君、僕も行くね」
世の女性を虜にするような輝かんばかりの爽やかスマイルで笑顔で別れを告げる青山君に無言で首を縦に振る俺。
つーか青山君がメンバーにいて人数不足って何?女子が寄ってきそうなもんだけど、もしかして俺の知らないうちにイケメンの価値下がった?あ、速攻で女の子が何人か寄っていった。まあ、百年単位で時代が変わらないとイケメンの基準は変わらんよな。
なんだろうね、RPGでいうなら正反対のステ振りした感じかな。ルックスとコミュ力極振りの青山君に対して、ゲーム極振りの俺。あれ?振ったステータスポイントに差がないか?あれか、人間としてのレベルが違うのか、ほげぇー。
ゲームの中からでもいいから人と普通に話せるようになりたいなぁ、と思いつつ、ボチボチとゲームショップに向かうのだった。
大学を出て電車に乗り、自宅最寄駅から徒歩15分ほど。俺は個人経営のゲームショップである〈電脳遊戯店 十夢〉へとやって来た。狙いはもちろん昨日考えていたFPS。
この店は俺の一押しの店だ。50歳くらいのおっちゃんが経営しているんだけど、チェーン店とかにありがちな「ポイントカードはお持ちでしょうか?」「すぐにお作りできますがいかがいたしますか?」「ただいま○○のキャンペーン中で……」みたいな余計な会話が一切ない。
ただレジに商品を通し、値段を言い渡され、無言で代金を置き、無言でお釣りを受け取る。素晴らしい。美しすぎる流れだ……。
品ぞろえも悪い方ではなく、昔のTVゲームからフルダイブVRまで一通り揃えている。たまーに隠れた名作扱いされている古いゲームを発掘できたりして楽しい。
「さーて、FPS、FPSっと。あった、この棚だな。うわっ、けっこう種類あるな、どれにしようか……」
ネットで多少は調べてきたものの、いざ実物を見るとパッケージの雰囲気や裏面の煽り文句なんかで惹かれるものがあったりするんだよなぁ。っと、新発売の方も忘れず見とかないと。
「スラムドッグ・ウォークライ?へー、今日発売したばっかりの奴じゃん。えっと、なになに?うん、なんかすごそうってことだけはわかる。とりあえずネット見よう」
携帯端末を取り出してスラムドッグ・ウォークライ、略称スラクラのホームページにアクセスして商品紹介を見てみる。
———見捨てられた犬の咆哮は、戦場に響く———
作戦中の不測の事故で敵地の只中で孤立し、味方からも生還を諦められた特殊部隊。増援も見込めず、補給もない戦いの中で、仲間たちも次々と倒れ行く。
路地裏に捨てられた子犬のように震えて死を待つしかないのか?そんなことはない。犬は犬でも、自分たちは鍛え抜かれた猟犬。たとえ捨てられようとも獲物に食らいついてやる。野良犬と言わば言うがいい。俺たちは、生き残る。今、命の咆哮を上げろ。
フルダイブVRに革命を起こす!最大128対128のチームデスマッチは、およそ戦場にあるものであれば何でも使える!装甲車や戦車だけでは満足できないあなたのために、戦闘機や攻撃ヘリ、ステージによっては空母も使用可能!
もちろん歩兵を蔑ろにすることもなく、戦場の臨場感を保ちつつも戦闘を快適に行うために考え抜かれたUI、多種多様な携行武器は火縄銃からレーザーガンまで幅広くカバー!
近未来の装備に身を包むもよし、古き良きオールド・スタイルを貫くもよし。相棒を担ぎ、戦場を駆け抜けろ!
「……なんだろうな、このキャンペーンモードとオンラインバトルモードの説明の温度差は。絶対書いた奴違うだろ、これ」
なんなんだよ、火縄銃からレーザーガンって。お前キャンペーンモードの雰囲気ぶち壊しじゃねえか。それともなんだ、キャンペーンモードでも火縄銃出てくんのか?……ある意味出てきて欲しいな。
でもなんかいいね、このカオス感。製作者がやりたいこと全部突っ込んだだけ感がありありと伝わってくるわ。ちょっとレビュー見た感じも悪くなさそうだし、うん、これにしよう。
パッケージを一つ手に取り、レジに向かうと、ちょうど一人の男性が会計を終わらせて去っていくところだった。……?あの服装と背格好、イケメン青山君じゃね?いや、そんなわけないか、仕事だって言ってたしな、多分他人の空似だろ。
店主のおっちゃんにパッケを渡し、つつがなく無言で会計を終える。無駄な会話もないわポイントカードで財布が圧迫されることもないわ、ほんと十夢は最高だな!
さっそく家に帰りゲームを起動する。先に帰って来ていた妹にフルダイブすることを告げているし、タイマーは晩飯の時間を考えて3時間にセットしてあるので、現実世界に憂いはない。
いざ、スラムドッグ・ウォークライの世界へ……!!
「ようこそ、新たなガルム隊員。あなたの着任を歓迎いたします」
「ふぉえあっっ!?」
フルダイブの余韻から目を覚ます前に、突然声をかけられて慌てて飛び起きる。というか、もともと立っていたのでその場で変則的な垂直跳びをしただけだけど。
心臓はバクバク言っているが、異常興奮には引っ掛かっていないのでセーフ。変な声が出てた?無言で気絶するよりは声が出た分マシだろ。
何はともあれ正面を見てみると、ホログラムでできたモニターに軍服姿の女性が映っているのがわかる。
「落ち着かれたようですね。本日よりあなたのオペレーターを務めます、ラブラドールと申します。あなたのお名前を窺っても?」
プレイヤーネームね。いつも通りのアレ、ラオシャンと同じやつで。
「あ、赤信号」
「『あ、赤信号』でよろしいですか?」
ギャグで言っているのだろうか。やはりVRはVR、どもりとかそういうのは考慮してくれないんですね。それとも軍人らしく冗談通じない感じなんだろうか。ラオシャンのアクアなんか人魚っつーより坊主みたいな考え方してたけどな。
いやいや、そんなことより修正修正。このままだと信号無視しそうになった人みたいになってんじゃん。俺は赤信号そのものですから。
「プレイヤーネームは『赤信号』でよろしくお願いします」
「了解いたしました。では赤信号二等兵、本日はどのように過ごされますか?」
あ、俺二等兵なんだ。多分、キャンペーンモードかバトルモードでポイント稼いだりしてるうちに階級上がっていくんだろうな。この手のミリタリーゲームやってて思うけど、どうやったら士官教育も受けてない二等兵が元帥とかになれるんだろうな。叩き上げとかそんなレベルじゃねぇぞ、自分以上の人間が0になるまで下剋上し続けるくらいしなきゃなれんしょ。
そんなどうでもいいことはさておき、目の前にあるホログラムディスプレイに表示されたキャンペーンモードかバトルモードを選ばなくては。まあ、キャンペーンモード一択だよな。操作に慣れたいし。もちろん他人の居ない所で。
「キャンペーンモードでよろしく」
「了解。ではあなたを戦場へとお連れします、ご武運を」
さーて、ストーリー楽しみながら操作方法でも覚えますかね。
「ドーベルマン隊長……プードル、チャウ・チャウ、ハスキー……チクショウ、シェパードの野郎ぜってぇ許さねぇからなぁ……!」
「何ぶつぶつ犬の名前を呟いてるのよ気持ち悪い」
隣に座ってハンバーグを口に運んでいた優芽が、心底ドン引きしているというように胡乱気な横目で俺を見ていた。
うるせぇ!お前はあいつらのことを知らねぇからそんなこと言えるんだ!
ドーベルマン隊長は厳しくも温かく見守ってくれるいい上司で、プードルはカミさん思いでいつも写真を眺めてた。チャウ・チャウはちょっと太り気味だけどジョークで空気を和ませてくれた。ハスキーはちと嫌味な奴だけどその実誰よりも仲間思いだった。
なのに、なのによぉ……あんな死に方はねぇだろうがよぉ……。
グスグスと涙ぐみながら食べる晩飯はそれでも温かく、母が作ってくれた料理はおいしい。
「あいつらはもう、こんなうまい飯も食うことができないなんて……」
「あらぁ、お兄ちゃんついに壊れちゃったのかしら」
「いや、母さん、これはゲームに感動して感情があっちに行ってるだけだ。俺ものめり込んだゲームのエンディングの後、心がどこかに行ってる時があるだろう?あれと同じだ」
頬に手を当てて心配そうに首を傾げる母さんに、異様に物分かりの良い親父。さすが新作ゲームの発売日に有休をとってそのまま徹夜で全クリした後、ゆっくり時間をかけて実績フルコンプする人は違う。これでももう五十路近いんだぜ、家の親父。
「信吾、スラクラやってるんだろう?父さんも次の休みにやるから、あんまりネタバレはやめてくれな」
「うん、わかった……」
なお三日後の土曜日、涙を流しながら晩御飯を掻き込む親父がいた。