故郷からは逃げられない
一ヶ月ネットに繋がらないと言ったな、あれは嘘になった。
それでも異世界から戻ったわけではありません。ものすごい不定期更新です。
「おーい兄ちゃん!こっち、こっち!ここに泊めーや!」
いくつかの飛行船が停泊している港らしき場所に近づくと、桟橋的な場所の突端に立っているおっちゃんに声をかけられた。
言われなくても勝手に船はそっちに行くんだけど、まあこういうのも気分だよな。実際にいきなり入港操船しろとか言われてもできませんし。
ゲームだから仕方ないんだけど、飛行船が桟橋に綺麗に横づけされた瞬間、ロープが船首と船尾から2本ずつ桟橋の短い丸太のような留め具につながっていた。それどころか船から乗り降りするための階段まで一瞬で設置されている。
せっかくリアルなフルダイブVRなのに風情がないなぁ。……いや、よく考えたらこれらを設置する作業なんて俺とシナトだけでできるわけねーわな。うん、ゲームシステム的ご都合パワー万歳。
とりあえず階段を下りて船から降りてみたら、誘導してくれたおっちゃんがこっちにてこてこ歩いて来ていた。
「ほーい、ようこそカルムへ。飛行船を見た感じ……兄ちゃんたち、もしかして新人さんかいな?」
頷く。流れ的にこのおっちゃんはチュートリアル用の説明キャラという感じかな?
「そーかいそーかい。じゃあ、おっちゃんが教えちゃるよ。まずこの港じゃけんど、まあどこの島行っても大概は同じやわ。おっちゃんみたいな港番がおって、入港の誘導をしたりするんよ。それと港は迷いやすいからな、自分の船に戻りたいときは港番に船の名前を言えば、船まで連れてってくれるんよ。そうそう、そういう訳やから、兄ちゃんらの船の名前教えてーな」
ぜんぜん考えてなかった。そうか、普通に考えて船の名前は要るよな。
どんな名前がいいかな?これから先、多分交易の時とかに使ったりするんだろうからあんまりネタに振り切った名前はちょっとなぁ。自分で使ってて微妙な気分になりそうだし。
つってもあんまりかっこよすぎるキメッキメの名前つけてもそれはそれでなぁ。この小さい飛行船が名前負けするし。
「心配せんでも、後から変えることもできるでな。とりあえずつけてみーや」
あ、そうなんだ。だったらまずは好きにつけてみるか。
シナトがカワウソなんだから、せっかくだし川系の名前にしてみようかな?
川、川……ならこんなのは……いやいや、これはちょっとあれじゃないか?でもどうせ後で変えられるし……。こういうのはインスピレーションがどうたらこうたらいうし……。
「べ、【紅鮭丸】」
しょせん俺は海から逃れられぬ運命……。
川の生き物で一番初めに頭に出てきたのが他の何者でもなく鮭て。しかもせめてパーソナルカラーの赤関係にしようと思って足掻いた結果が紅鮭。朝ごはんかな?
肩に乗せたシナトはどことなく嬉しそうな気もするが、まあさすがに気のせいだろう。……気のせいだよな?まだ赤ちゃんなのに俺みたく脳に潮の香りは染み付いてないよな?
「ほいほい、紅鮭丸やな。ところで兄ちゃん、なんも知らんっちゅーんならおっちゃんが島をぐるっと案内しちゃるけど、どう?」
ドラスレの時のちょんまげおっさんといい、なんでこうもおっさんが案内役になるんだろう。こういうのって可愛い女の子だったりしない?まあどこまでいってもNPCだから、どっちでもいいけど。
結局おっちゃんに案内を頼むことにした。今回はガチで何がどんなのかわからないし、チュートリアルに大切なことがポロっと紛れててもやだし。
つってもこの手のゲームなら市場や商館や地主の家だとか造船所だとか、そんなもんでしょ。旧世代機とはいえ、伊達にジャンルを問わずアホみたいな量のゲームをしてきたわけじゃあないんすよ。
「ちゅーわけで案内は終わりやけんど、聞きたいことあったりするかいな?」
「……ないです」
いやマジで無いわ。ビックリするほど予想通りだったわ。
交易品の売買をする市場、希少品や貴金属なんかを取り扱ってくれる大手商会の商館。飛行船のカスタマイズをするための造船所、個人的な荷物や特別な品物の運搬依頼なんかが寄せられる酒場。プレイヤー同士で交流したり、商会結成なんかのいろんな手続きをしたりできる飛行船乗り組合。あとその辺のNPCがうろついてる住宅街。
いわゆる『まあ、そうだろうな』としか言いようのないテンプレ島だったよ、うん。あまりにも予想通り過ぎて質問が生まれる余地も無いわ。
強いて言えば、住民の話や依頼なんかで行先がどんどん増えていくということかな。これって裏を返せば『正規ルートなんてない』ってことだよな。
おっちゃんの案内の途中で寄った飛行船乗り組合で貰った航路図を開いてみても、今のところはこのカルム島以外に何もない。真っ白な地図の端っこに『カルム』と書かれた島があって、それ以外は雲の絵に隠された状態だ。
要するに、自分の行き先は自分で見つけて自分で決めろってことか。始まりの島でこの突き放しっぷり、なかなかスパルタンなゲームなのかもしれない。こういうゲームは大概ある程度までは黙ってても航路を教えてくれるもんだけどな。
とりあえずおっちゃんと別れ、島をぶらぶらすることにした。ぐるっと案内してもらったとはいえ、自分で見て歩くとまた別の発見もあるだろうし。
「なあシナト、どこ行こうか?」
「きゅ?」
小さな相棒に聞いてみたら、首を傾げられた。そんな仕草も可愛いぜ。
「よしよし、赤ん坊のお前にそんなこと聞いても困るよな。ま、とりあえず市場に行こうか」
「きゅ~」
頭をさわさわと撫でてやれば、気持ち良さそうに声を上げる。
あー癒される。独身の人がペットを恋人か何かみたいに溺愛する気持ちが今ならよくわかる。マジでさぁ、風乗りの獣と戯れるだけでロクに交易しない人とか絶対いるよな。下手すると俺もなりそう。
名残惜しいがいつまでもシナトを可愛がっているだけではゲームは進まない。自分で言った通り、市場に行こう。適当に交易品の物色をしないといけないし、それに運が良ければ行先も開けるだろう。
そうと決まればレッツゴー。市場は島の中心からちょっと南に行ったところだったかな?
「カルム農場自慢の空キャベツはいかがかね。新鮮パリパリシャッキシャキよ」
「さあさあ兄さん姉さん見てってくんな、朝一で採れた空魚だぜ!」
「肉類ならうちにきてみーや!牛豚羊鳥、塩漬け燻製腸詰、何でもあるわいな!」
「反物は要りようでないかー?カルム独自の模様は人気あるよー」
いやあ盛況盛況、市場の類は見てるだけなら楽しいな。活気があって品物が溢れて、いろんなところについつい目移りしてしまう。
すれ違う人たちの中にはプレイヤーだろう人たちもいて、みんなそれぞれの風乗りの獣を連れていた。見た限りでも犬、猫、鳥、ネズミ、蛇、ウサギなんてのがいたな。シナトと同じ見た目のウィンズもいるんだろうけど、今のところ見てはいない。
さてさて港番のおっちゃん曰く、ここ市場に出ている店は小売業者であり問屋の窓口でもあるそうだ。つまり、ここの店で品物を見て、気に入ったものがあれば大量買い付けもその場でできるということ。仕入れた品は飛行船の方に搬入しておいてくれるらしい。
まあ、いちいち漁協や農場やなんやを見て回るのも面倒だし正直助かるわ。ゲーム開発側としてもそこまで作り込んでられるかというのもあるだろうけど。一応、主産業になっているものは個別の問屋があったりするとおっちゃんが言っていた。
まあそんなことは置いといて。
「きゅ!きゅっ!きゅあー!!」
「痛い痛い痛い。ちょっとやめて、ほっぺた叩かないで」
てしてしと、いやベシベシと俺の頬を叩き続けて荒ぶるシナト。けっこう力がマジな感じに入ってて痛い。爪が立てられてないだけマシといえばいいのか、人の頬を叩くんじゃないと叱ればいいのか。
「へっへっへ、兄さんのウィンズは魚が好きみてーだな!いやいやお目が高い、なんつったってこの空魚は獲れたて新鮮!特にこの空鯖なんてい~い感じに脂がのってまさぁ!」
シナトが俺を叩き始めた理由は魚。やっぱりカワウソだからその辺が好物なのかな?しかしなんで俺は空の世界にまで来てこうも魚とばかり縁があるんだろうか。
荒ぶる相棒の手前、無視もできないのでとりあえずその空鯖とやらを見せてもらおう。
【空鯖】
空を飛び海雲を泳ぐ空魚の一種。比較的生息範囲が広く、それなりの規模の群れを作るので漁師たちがよく狙う。『さば』という魚に似た味がすることが名前の由来。
焼き魚が美味い。特に脂ののったものは絶品。開きにして干物に加工すれば日持ちもする。
値段:1樽200G
保存可能期間:3日
注意点:特別な設備があれば保存期間の延長が可能。また、日数が経つごとに売値が下がる。
う~~~ん、無理!
シナトにゃ悪いけどこれはアカンでしょ、保存期間3日て。いやいや行先もまだ決まってないから、次の島まで片道半日とかならまだわかるけどね。でもそこの魚の需要が高いとは限らないし。一応これ商売だからね、利益出ないならやらないから。
注意点にある特別な施設って、多分冷蔵庫や冷凍庫のことかな?もしくは生簀?どっちにしても、確かに魚を扱うのなら必須だろうな。
「きゅぅ……」
そんな寂しそうな声をしてもだめだぞ。……だめだからな!
そりゃね、俺だって魚を取り扱いたい気持ちは無きにしも非ずだよ。勢いとはいえ船の名前も紅鮭丸だし、魚を扱う感じがバリバリするもん。
でも設備は無いし、初めての交易が腐ったサバのごみ処理願いで終わるとか嫌すぎる。軍資金は10,000Gあるけど、わざわざこれをドブに捨てるつもりはない。
とはいえ、とはいえだ。ゲームなんだからそこまで深く考えることもないのでは?いや、ゲームだからこそ本気で考えるというスタンスも確かにある。それは否定しないしむしろ俺はどちらかというとそっちのタイプだと思う。
しかしあくまでゲームとは楽しむもの。効率や最強を目指すのもいいけど、自分がやりたいと思うスタイルを貫くのもいいんじゃないか?好きこそものの上手なれともいうし、モチベーションって何においても大事じゃん?それに最初にちょっと冒険して痛い目にあってもそれはそれでいい経験っていうか……。
……要するに魚を取り扱いたいんだよ!ああそうだよ、もう俺は海産物から逃げられねぇんだよ!シナトの寂しそうな目が辛いとかそういうのもあったりするけどさぁ、俺自身も魚を見る度に親近感湧いちゃって無理なんだよ!犬好きの人が育成ゲームするときについつい飼い犬に似たやつを選んじゃう的なアレが俺の場合は海の生き物なんだよ!ラオシャンで過ごした日々が魂に染みついちまってんだよぉ!!
多分造船所に行きゃその手の設備もあんだろ、金額がよっぽどじゃなかったらやってやんよ!無理そうだったら大人しく工芸品でも売って資金稼ぐけど!
よっしゃ行くぞシナト!俺たちのハッピーフィッシュパラダイスを作るために造船所に突撃だ!!
感想欄で何人もの読者様が予想していた通り、メイン交易品は魚介類です。
日本で生まれ育ったらどこに行こうが醤油と味噌が欲しくなるように、海の一員となってしまったら海産物からは逃げられないのです。




