一難去ってまた一難
この数ヵ月、仕事が忙しいのもそうでしたがポケモンにエアライダーにとやること盛りだくさんでした。
番外編も更新してるので年末年始の暇潰しにでもなれば幸いです。https://ncode.syosetu.com/n0338fw/23/
傷つく度に回復薬を被り、泥にまみれながら数えきれない死線を越え、時間の感覚が失せてきた頃だった。
戦闘や環境、自分の息づかいなど無数の音が聞こえているはずなのに静寂に感じる世界でレックスの呼吸と足音だけが痛いほどに聞こえる。研ぎ澄まされた集中力が僅かな動きの起こりすら見逃さず、覚醒した脳が無意識下に不要と断じた情報を取り除いた結果だけが俺の意識に届く。
避けるには勘に頼るしかなかったはずの攻撃が少しずつハッキリと見えてくる。そして今の俺なら合わせられるはずだ……!
「ぉおっ!!」
袈裟斬りの軌跡で振られた尾の側面をカルデラメイカーの鎚側で叩き落とす。受けるでも流すでも、避けるでもない明確な迎撃が決まった。
それはこの戦いが始まってからだけで幾度となく振り下ろされてきた死神の鎌をついに捉えたことを意味する。
「見切ったのか!?」
「案外時間かかりましたね!」
「待ちわびたよアカハゲ!」
みんなの声が聞こえる。極限まで張り詰めていた視界と意識が一気に広がり色づいていく。
「逃げ回るのは終わりだ。ようやく殴り合いができるな、レックス!!」
一度壁を越えたプレイヤーは蛹が蝶になるかのごとく動きが別物になる。見える世界が変わるとはまさにこのこと、俺の目に映るレックスの姿が一回り小さくなったようだ。
無論まだまだ余裕があるなんて口にはできない。動きを見切れたとしても攻撃力が下がったわけでも俺の体力が増えたわけでもないのだから。
それでも、だとしても。
「うぉらぁっ!!」
見える。避けれる。迎え撃てる。そしてなにより攻撃に移れる!これを俺たちがどれほど待ち望んでいたことか!
いかにこのゲームにおいて頂点に位置するレックスの猛攻といえど、一定時間耐えるだけならなんとかなるというプレイヤーはそれなりにいるはずだ。最高の防具に身を固め、唸るほどの回復薬を用意して何人かの仲間とローテーションを組めばそこまで難しくはないだろう。
しかし防御を固めているだけでは敵には勝てない。攻撃しなければ相手の体力を削れないからだ。だからどれだけ苦しくてもキハゲだけはよっぽどの緊急事態を除けば攻撃に徹させていた。
ヒーラーの仕事は相手を倒すまでにこちらの体力が尽きないようにすること。
タンクの仕事は自分に敵の攻撃を引き付けて味方が攻撃するチャンスを増やすこと。
アタッカーの仕事は相手の体力を可能な限りの速度で削り1秒でも早く勝利をもたらすこと。
サポーターの仕事はバフやデバフによって他のメンバーが役割を遂行するためのハードルを下げること。
今までの俺たちはタンク役である俺がきちんと機能していなかったために本来はアタッカーやサポーターのはずのメンバーすら臨時タンクやヒーラーとして使わざるを得なかった。機動力に一番優れるオウドを使い捨ての盾にしたところなんて、ゲームをある程度やってる人が見たら終わったと思われるだろう。
「もうそんな攻撃は当たらねぇよ!」
「ナイス引き付け!いくぞ青太郎!」
「回復薬なくなってきたら言えよオマエら!」
「ビームガンのバッテリーあと3つです!終わり次第物理攻撃に切り替えます!」
それが今、俺がタンクとして機能し始めたことでパーティがそれぞれの役目を果たし出した。アオハルは青太郎に乗って俺が攻撃を引き付けるのに合わせて一撃をいれ、チャハゲは俺のサポートを外れてみんなに不足してきたアイテムを投げ渡したり毒矢での攻撃を再開。キハゲだけは変わらずバッテリーをとっかえひっかえしながらビームガンを撃ちまくっている。
ボスの攻略において劣勢は論外、拮抗でも落第。攻勢に出られて始めて攻略開始だ。そういう意味では今この時こそがマグヌス・レックス討伐の始まりだ。
問題があるとすればスタートラインにつくまでに負った被害が想定よりも大きいことだ。一撃のダメージが強烈なレックスを相手にするには壁役は回避重視になるべきだが、俺以外でそれができる可能性があったオウドがすでに脱落している。数発なら青太郎でも受けられるけど回復量がダメージに追いつかない。
だが、攻勢に移れるようになってからわかったこともある。イマイチ不可解だったレックスのヘイト優先度だ。
「みんな、なるべくコンパクトに動け!こいつのヘイトが向くのは視界の中で一番派手に動くやつだ!」
「そんな単純な理屈で動いてるの!?マグヌスが!?」
「他のマグヌスは知らん!けどレックスはほぼ間違いない!」
気を引くためにときどき挑発し、攻撃を大袈裟な動作で回避していた俺はそのヘイト条件を自然に満たしていた。レックスが後衛への反応が鈍いのは遠距離攻撃主体なら大きく動くことがないからだ。
青太郎たちアタッカーがあまり狙われないのも、レックスの苛烈な攻撃においそれと手が出せず結果として動きが少なくなっていたから。だから攻勢に移れるようになりアタッカーが本領を発揮し出した今が一番危ない。
「ハッ、そんならガチンコするにはレックスの集中攻撃を耐えれるやつがいるのが前提条件なワケだ。オウドを犠牲にしてもアカハゲを生かしたのは正解だった!」
「レックスの攻撃を安定して回避か防御できるプレイヤーもしくは相棒モンスターってどれくらいいるんでしょうかね……?」
「やっぱり基本は複数人で回し受けかな。それでも1人2人やられただけで負担が激増するし、参加者を増やせば人数補正でレックスも強くなるからせいぜい5、6人で挑むことになると思うよ。とどのつまりレックス戦は完封できるか否か。対抗できるタンクが死んだ時点で終わりだね」
ダメージは大きいが問答無用の即死攻撃はなく、飛んだり潜ったりせず、群れることもなく、何かしらの特殊な能力があるわけでもない。ただ単純なステータスの暴力で目の前にいる敵をひとつひとつ踏み潰していくだけ。
だからこそ対策が取りにくい。ヘイトのシステムが単純だからタンクの交代自体はかなり簡単にできるものの、交代先がレックスの暴力を捌けなければオウドのように貴重な戦力を使い捨てることになる。後衛が狙われにくいというのも一見して火力を出しやすい隙に見えるが、どれだけ前衛がピンチに陥っても遠距離攻撃で気を引いたりすることができないとも言える。
結局アオハルが結論づけた通り、レックスとの相対で問われるのは奇抜な作戦でもなんでもない。ただただレックスの攻撃をどうにかできる者がいるかどうか。その形だけ見ればいたってシンプルなハードルだ、問題はそのハードルが棒高跳びのやつと間違えてんじゃね?ってくらいデカいことのみ。
「そのヘイトで困ったことがあるんだが、いいか!?」
「どしたのアカハゲ、集中力の限界?」
「いや。見切れるようになったのはいいんだが、回避動作をコンパクトにしたらヘイトが取りにくいんだ!さっきからレックスが青太郎とゲルプをチラチラ見始めてる!」
「せっかく攻撃を仕掛けられるようになったのにワザワザ手を止めろってのかよ!?」
タンクをしている身としては攻撃はできるだけ最小限の動作で避けたい。大げさな回避動作は次につながらず連撃に弱いからだ。それに肉体的な疲労はないとはいえ、いちいちハリウッドスターばりのアクションをしているのは紙一重で避け続けるのと同じくらい精神にもしんどい。
「アカハゲに長く戦ってもらうにはアタッカーは最低限の攻撃しかできない。かといって勝負が長引けばアカハゲがミスして終わる可能性も高くなる……あーーー!!単純なくせにめんどくさいな、こいつ!」
「基本に忠実が結局一番強いって言いますからねぇ……」
「それをエンドコンテンツの敵側がやるのはやめてくんねぇかなって話だろクソが!」
何がしんどいって俺はもう避けかたを知ってしまったということだ。効率的、言い換えれば楽な回避を覚えてしまったことによりワザと大袈裟な動きを取ろうとすると最適解を出そうとする反射を理性で押さえつけなければならず、結果として見切る前よりも動きが遅くなってしまう。
方程式や微分積分を覚えたのにワザワザ小学校レベルの知識だけで問題を解けと言われているかのような、高位の知識技術を手に入れたのに使わせてもらえない徒労感。遠回りな方法であることを重々承知な上で強制されるもどかしさ。
これが結構くる。さっきまでなかったはずのストレスが明確な重石になっているのがわかる。強くならなければ死ぬ環境で進化したら今度はその進化で手に入れた武器が原因で死がチラつくなんて勘弁して欲しい。今の俺はホウライエソじゃないんだぞ。
「済まないが方針を早く決めてくれ、どっちつかずのままじゃ覚悟も安堵もできない!」
「~~~っ!わかった、アカハゲの生存時間を伸ばす方向でいこう!メイン火力はキハゲの遠距離攻撃にシフト、ゲルプと青太郎は攻撃頻度を下げるよ。チャハゲはサブ火力として弓矢での攻撃に専念、ゲルプの指揮権を渡すから盾なり足場なりに使って。アカハゲへのサポートは僕と青太郎でやる!」
アオハルの決断は役割の入れ換え。火力担当をどうしても動きが派手になってしまうモンスターから遠距離でヘイトの向きにくいキハゲとチャハゲへと完全に譲る。同時にモンスターの制御役を担っていたアオハルがサポーターに転向。
このアオハルがチャハゲから引き継いだサポーターとは、いざという時に俺の代わりになって死ぬ役目でもある。指揮官がそれをやると言うところにどれだけカツカツの人員回しかが表れている。
「私たちが削りきるのが先か、アカハゲさんが倒れるのが先か、ですね。ビームガンのバッテリーが心許ないのでDPSは正直不安ですが……」
「そのぶんの時間は俺が稼ぐ。ムダ弾が無いように落ち着いてやってくれ」
「頼もしいじゃねぇか。ならオレらも男を魅せねぇとなぁ!!」
「他の討伐記録とかを見る限り、そろそろ1/3くらいは削ったはずだよ。ここからが正念場だ!」
この役割変更が成功だったかどうかで言えば間違いなく成功だった。攻撃は緩くならざるを得なかったものの、それでも最初の頃に比べれば指せる手は多くなった。また俺の回避が安定したことで回復アイテムの消費も抑えられた。
時間さえかければ勝てる。誰もがそう思ったところで問題は発生した。
「嘘だろ!?さっき変えたばっかだぞ!?」
防御に受け流しにと酷使されたカルデラメイカーがその命を散らせたのがゲーム内時間で10分くらい前。取り替えた両手斧は先任の1/4も持たずに砕け果てた。確かに最上級の素材と技術を注ぎ込んで作ったカルデラメイカーと比べれば1段以上落ちるものだったが、今砕けた斧だって決して低品質なものじゃなかった。この壊れる速さは異常すぎる。
考えられるとしたら、一定ラインのステータスを超えてない武器防具に対する破壊補正かなにかをレックスが持っているということ。
新たな問題、それはつまり―――
「最高級品以外が使い物にならない!このままじゃ受け流すのもできなくなる!!」
―――時間すらこちらの味方ではなくなったということだ。
ホウライエソは深海魚の一種で、噛みついた獲物を丸飲みするためにひたすらアゴとキバを大きくした結果、デカすぎる相手に噛みついてキバを抜くことも飲み込むこともできずそのまま餓死することがたまにあるという残念なお魚です。陸上の生物で言えばサーベルタイガーがそれに近いかもしれませんね。




