戦いは始まる前に終わっている
どれだけ情報を集められるかで勝負は決まりますが、何度も死んで何度もやり直して少しずつやり方が分かっていく感覚も好きです。
何も考えずに突っ込んで派手に死ぬのも割と好きですが。
「なんで!?同時にエリア外に出たのに、なんで私が負けるの!?何か卑怯な手を使ったんでしょ!?」
対戦が終わり、帰還者用通路のドアを開けてアリーナロビーへと戻るや否や、同じく帰還したクチナシに詰め寄られる。
対戦前の慇懃無礼な態度はどこへやら、クールなキャラの口調を作ることも忘れ、自分の負けを認めようとしない。
おいおい、そんなみっともない真似をしていいのか?優芽と青、それと通りすがりの人たちが見てるぜ?
「リプレイ動画をきっちり保存してるから、好きなだけ確認しろよ。なあ、青」
「うん。なにも後ろめたいことはしていないよ。ちゃんとIRの勝敗条件を満たしたから、クチナシさんは負けて、赤が勝ったんだ。はい、証拠の動画」
俺たちの試合を観戦・録画していた青がリプレイ動画をインターフェースに移し、どうぞとクチナシの方に向ける。
青が気を回したのか、映像はちょうど俺がデンジャーゾーンを捕らえてエリア制限の境界線に向かって飛んでいるところ。そして、境界線を越えたところでクチナシが動画を止めて抗議の声を上げる。
「だから、同時にエリア外に出てるじゃない!これなら引き分けでしょ!?」
「なんだ、お前ランカーのくせに場外の判定知らないのか?そもそもこのゲーム、引き分けなんて無いぞ。ノーゲームならあるけど」
ギャンギャン吠えるクチナシに告げる。は?と呆けたような顔をしているあたり、やっぱりこいつはその辺のことを知らないようだ。
ならば仕方ない。青とやったテスト戦を除けば対人戦績1戦1勝0敗のまごうことなき素人である俺が、歴戦の猛者であるランキング21位様に講釈を垂れてやるよ。
「インターフェースを開いてプロフィールを見ろ。そこの戦績欄、対戦数と勝敗数と勝率しか書かれてないだろ。つまり、このゲームにおいて引き分けという概念は無いんだ。どれだけ同時に見えても、このゲームの判定機能が捉えられる限りコンマゼロ秒以下でも先に被弾、場外した方が負ける」
ちなみに天文学的確率でコンピューターすら判断できないほどにピッタリ同時だった場合は無効試合となり、戦績には反映されないらしい。無効試合はネットを探してもたった2件しか見つからなかったほど、超厳密な判定がされているようだ。
「だったらなおさらおかしいわ。だって、先に出たのはそっちよ!」
停止したリプレイ動画を指す指の先には、デンジャーゾーンを咥えるレッドゾーンの姿。
確かに、デンジャーゾーンの胴体を横から咥えている以上、レッドゾーンの頭部が先に境界線を越える。だがそうじゃないんだ。場外のタイミングを間違えている。
「レムナントが場外判定を受けるのは、コクピット部分が完全に境界線を越えた時。レッドゾーンのコクピットは機体中央部にあるから、先に場外判定を受けたのはそっちだ。卑怯でもなんでもない、俺はルールに従って勝ちを得ただけだ」
このあたりはネットを探してもよくわからなかったので、青と2人で何度も検証した。思いっきり鳩胸の機体を組んだり、逆に長い尻尾をつけた機体を組んだり。寝ころんだ青の機体を徐々に徐々に境界線外に押してどこでアラートが鳴るか試したりな。
そしてコクピット部分が判定に使われていると判明した時、俺は確信したね。「よし、機体は地面と水平方向にしよう。要するにクジラ型だ」と。
呆然とした体で言葉を失ったクチナシをよそに、ひたすら検証とレッドゾーンの製作をしていた3日間を思い出す。あれはあれで結構楽しかったよな。
昨日、ガレージにて。
「作戦は分かったし勝機もガチンコ勝負より十分高いとは思うけど、そもそもデンジャーゾーンを捕まえることができるの?もしもの時の装備とかつけた方がいいんじゃない?」
出来上がったレッドゾーンは並みのレムナント三機分はある推進器の量に対して、武装は口の中に隠したフラッシュガン以外にない。捕まえ損ねて警戒されたら、あとは体当たりしか攻撃手段がないのだ。
「捕まえられる。100%とは言わないけど、8割はある。そしてこのフラッシュガンはその8割を9割にしてくれる。それにレッドゾーンの構造とエネルギー消費量を考えると、武装を積む場所も重量的余裕もない。そもそも甘えた装備で勝てる相手じゃない」
そもそも武装をぶん投げてスピードに特化した機体で場外まで拉致するという戦法を選んだ時点で、もしもの時なんてない。失敗=敗北だ。そして、だからこそ勝機がある。
「現状で俺にあってクチナシに無いものって、何かわかるよな?」
「チ○コ」
「え?お前ここで小学生みたいな下ネタぶっ込むの?マジで?」
俺、現状でって言ったよ?何?将来的にそうなる可能性を見越してるの?いや、性転換も今やそんなに難しいものじゃないらしいけどさぁ……。
「ごめんごめん。情報、だよね?」
「はぁ、お前ホントな……わかってるならそう言えよ」
さすが自称ゲームは理論派。そういう所は心得ている。
クチナシは国内21位という立派なトッププレイヤーだ。それでいて性格はともかく美少女アバターで中身も現役JK(引きこもり予備軍)ともなれば、ちょっと探せばいくらでも情報は出てくる。
リプレイ動画もゲーム内だけでなくネット上にゴロゴロ落ちてるし、使用してる機体のそれなりに正確だろうデータすら簡単に見つけられる。特にクチナシはデンジャーゾーン以外のレムナントに乗ることが殆どないので、デンジャーゾーンの参考動画なんて腐るほど手に入れられる。
対して俺はまだ始めて一週間も経っていない上に対人戦も青以外としていない。それもフリー対戦だけなので、よっぽどの物好きでもない限り観戦はおろかリプレイ動画を持っているプレイヤーはいないはずだ。
己を知り、相手を知れば百戦危うからず。
俺の場合は相手を知ってから自機を作ったので順番は逆だが、そのことに間違いはない。徹底的に相手を研究し、今自分にできることで最も勝率の高い戦法を取れば初心者だってランカーを食うことは不可能じゃない。
もとより、ロボットゲームのシナリオに出てくるボスキャラなんてのは理不尽と不条理を総動員させた超高性能の特別機体であることが殆どだ。そういった正面からどつき合って勝てるはずもない相手に勝つには、相手の武装や思考ルーチンを読み、最適な武装と対策を練って戦わなければならない。
そしてそれは対人戦でも同じ。どれだけ相手に対して有利を取れるかという戦いは、ロボットに乗る前から始まっているのだ。
「まあ、情報が少なくても実力で対応してくるのが上位陣なんだろうが……クチナシに限っては、さっきも言ったけど一回こっきりなら9割とれる」
「いい情報があったの?」
「とりあえず100戦分のリプレイを見てみたけど、あいつは向かって左に左に……要するに時計回りに動く癖がある。特に接近戦になった時の緊急回避やカウンター狙いのステップなんかは、相手右側に警戒すべき武器があるとかの理由がない限り、ほぼ確実に左に回避行動をとる」
動く方向が分かっている回避動作はもはや回避足り得ない。そこを狙えば捉えることは可能だ。
フラッシュガンを使用するのも、接近時に口腔内に仕込み武器があると思わせて回避しようと思わせるのが第一目的。そして直撃して視界を失えば、身体に染みついた習慣で左に回避する可能性がより高くなる。動かないなら動かないでそのまま拉致ればいい。
「こちらの狙いがバレたら勝ち目は無くなる。だけど何も知らない相手ならほぼ確実に一勝もぎ取れる。それが『初見殺し』だ」
幾多のゲームで数多のボスがプレイヤーに対して仕掛けてくる最大の攻撃こそが初見殺し。RPGなんかでは開幕一ターン目に全体に致死レベルの攻撃をしてくるとかな。
そういうのは得てして装備の属性値を見直したりすることで防げることが殆どだが、情報がない初見では全滅ないし戦線崩壊級の被害を被る。
それを上位ランカーに仕掛ける。正面から正攻法で勝てないのなら、正々堂々文字通りの場外戦をすればいい。
高水準の万能機を倒すのは、いつの世もそれを上回る万能機か何かに振り切った特化機だ。そして一騎当千の強者を落とすのは武器ではなく策略だ。
幸い向こうはこちらのことをずいぶんと舐め腐っているし、こちらのレムナントは見た目もクジラ型でいい感じに思考を攪乱できるだろう。
クールキャラぶってるやつをハメ殺すのは、相手がNPCでも人間でも楽しいなぁ?
「ま、勝ちは勝ち。約束通り優芽の話を聞いてもらう。……だけど、その前に少しだけ俺の話も聞いてくれ」
「お、お兄ちゃんが……」
「話を聞いてくれ……だと……?」
話をすると自分から言い出したことがそんなに珍しいか、マイシスター&マイフレンド。顔が命のJKとモデルがムンクの叫びみたいになってんぞ。お前らはいつかシバくからな。
アホ二人は置いとき、いまだ言葉を失っているクチナシに向き直る。
「俺がとった今回の戦法はこの一戦を勝つためのもので、レッドゾーンもそのためだけに作った専用機だ。ネタが割れた以上次は無いし、仮にランキング戦でやっても対処法が知れ渡ればすぐに勝てなくなるような一発芸だ」
レッドゾーンは普段格納している腹部推進器も全開にしなければ、敵レムナントの動きを封じた上で拉致飛行ができるほどの推力は得られない。あの量の推進器を持たなければそれだけの推力は出せないし、全開で動かそうと思えばサブジェネレータを積まなければ速攻でガス欠になって飛ぶことすらままならない。
戦闘が開始してからもずっとエネルギーは緩やかに減り続けていて、正直逃げ回られるだけでいつかは力尽きていた。
場外まで敵レムナントを押し出すという戦法を取るには、それだけの欠陥構造にならざるを得なかったのだ。
「この三日間、お前を倒すためだけにいろんな検証をした。何度も何度もリプレイを見返してお前の行動パターンや癖を徹底的に研究した。専用機を組んで、失敗したらエネルギー切れがほぼ確定する一回切りの賭けのような作戦を作った。それぐらいしなきゃ俺はお前に勝てなかった」
現時点でお互いが同じレムナントを使って戦ったら、100回中100回俺が負けるだろう。それぐらいクチナシは強い。何度もその戦いを見たからわかる。
グッとこぶしを握りこんで俯いているクチナシが言う通り、ある意味で俺は卑怯な手を使ったと言っていい。なにせ不特定多数の人間と戦うことを前提に機体を組んでいる彼女に対し、俺は完全にクチナシ個人に的を絞った機体を組んだのだから。
「俺はゲームオタクのコミュ障ダメ人間で当然友達なんてほとんどいない。だけど、こんなダメな俺でも家族は優しくしてくれる。だから、優芽が俺に助けを求めるのなら俺は全力で応える。ランキング21位を倒すくらいな。家庭それぞれ関係も違うだろうけどさ、家族って良いもんだよ。だから、心配してる親御さんの話も聞いてやれよ」
まあ、その前に優芽の話を聞いてやってくれ。
クチナシに言うだけ言って、青を連れてアリーナから立ち去る。後は2人で話し合ってもらうとしよう。
「いいの?勝負に勝った赤がいなかったら、クチナシちゃん話を聞いてくれないんじゃないの?」
「いいよ。向こうが戦いで負けたら話を聞くっつってんだから、これで話を聞かないような奴なら言い方はあれだけど妹の友達でいて欲しくないし。それに」
「それに?」
「喋り過ぎた。VRだから喉が渇いたりしないけど、ログアウトしてなにか飲みたい」
こんなに喋るのは、俺のキャラじゃないからね。
他に比べてちょっと長かったIR編は今回で終わりです。
次は何のゲームやりましょうかね。




