大抵の生き物は生きてるだけで全力全開
バンドウイルカって本当はハンドウイルカって言うらしいですよ、Wikipedia先生が教えてくれました。
現在はバンドウイルカでいいらしいですけどね。論文とかでもバンドウが主流だそうです。
何かから這い出るような、押し出されるような感触があった後。トプン、と音が聞こえた。
重たい瞼を開けると、そこは深い青一色。近くには何かの影がある。ここはどこだ?あれはなんだ?
あ、そうか。俺、今生まれたんだな。今の俺はイルカなんだから、そりゃ海の中に産み落とされるわ。おおー、俺ダイビングとかしたことないけど、一面真っ青な海ってスゲー迫力だな。何かどんどん暗くなっていってる気がするけど、今は夕方なのかな?
『注意 早く海面まで上昇することを推奨します。あなたは哺乳類です、肺呼吸の必要があります』
おわっ、なんだこれ?視界の中に透ける文字が!?あ、ああ、ゲームだもんな。システムメッセージくらいはあるよな。もー、びっくりさせないでくれよ。
んで?なんだって?肺呼吸の必要がある?イルカが哺乳類であることくらい知ってるわ、一応国立大学だぞ。舐めないでいただきたい。
まったくもう、と海面に向かって移動しようとすると、体に何とも言えない違和感が。あれ?腕と足が全然動いてる気がしねぇな?
……そうだよ!俺これマニュアル操作じゃん!冷静になったらイルカの体の動かし方とか知ってるわけないだろ!腕じゃなくて胸びれだよ。足なんてねえよ、尾びれだよ!!
やべぇ!どうやったら泳げるんだ?えーっと、イルカの尾びれって魚類と違って水平方向だよな。だったら、感覚としては腰から下を上下に波打たせる感じか?あーっ!!イルカの体でどっからどこまでが上半身とかわかんねぇー!!
おいおいオイオイ、そういうのって脳波的なアレで何とかなるもんじゃないの?
あ、でも何だろう、自分の体を意識するとなんとなくわかるな。なんかすっごい胴が長くなったような感じ?両足無くして縦に引き伸ばした感じ?
なんとなく自分の体がどうなってるかが分かっても、依然としてめっちゃ動きにくい。義手を動かしてるようなもどかしさがすっごい。
……クソァ!言葉にできないこの感覚!何?なんて言えばいいのかな?なんかよくわからんけど体のこの辺曲がるんじゃね?ってなぜか脳が理解してる。だけど俺の人生20年の経験が「そんなわけないだろ、冷静になれよヒューマン」って邪魔をしてる!
ていうかあれかー、だんだん景色が暗くなってるのって、俺が沈んでいってるからかー。そっかー、肺呼吸だもんなー。生まれたばっかじゃ肺に空気がないからそりゃ沈むかー。
……やべーよやべーよ!誰か助けて!あれだ、生まれた瞬間にちらっと見えたの、あれ俺のママンだろ!?おい、息子の危機だぞ、ヘルプミー!!
『あなたの群れのフォロワーが力尽きました。死因:出産による急激な体力低下』
『あなたの群れがあなただけになりました』
ママン俺産んで死んでんじゃねぇかぁぁぁぁ!!チュートリアルでいろいろ教えてくれるんじゃないの!?何を道しるべに生きていけばいいの?あの人魚俺を謀りやがったのか?
ああああああ!!そーだよね、出産なんて言う自然界において命を懸ける超ハイリスクな行為をたった一頭でやったんだもんな!そうです、俺が群れとかいらないとか調子こいたからですごめんなさい!!
『実績解放:初めての別れ』
『実績解放:天涯孤独』
あ、実績解放あざまーす。って、今そんな場合じゃねぇぇぇ!!ていうか、初実績解放が死に別れとボッチ宣告とかやめてくれぇ……。
『酸素残量が5%を切りました』
なんか視界の端にヤバい表示が出てるぅぅぅぅぅ!やだ、生まれてまだ一分も経ってねぇんだぞ!?キャラクリの方がまだ時間かかったわ!
あ、やべぇ。超息苦しい。酸素が全然足りてないのがビンビンわかる。死ぬ、死ぬわこれ。
命の危機がリアルに体験できるVRゲーム、それがザ・ライフ・オブ・オーシャン。生まれた瞬間に窒息死が体験できるとかすごくね?
そんなこと言ってる場合か!とりあえず体を動かせ!もがけ、足掻け!!仮に死ぬとしても体の動かし方くらいは掴みたい!
うおおおおお!!燃えろ、俺のバンドウイルカ魂ぃぃぃぃぃ!!
腰とか足とか、人間であった頃の感覚は捨てろ!今俺にあるのは左右の胸びれと尾びれのみ。一応背びれもあるけど任意稼働できないので今は捨て置く。
尾びれを上下に動かす。体の半分近くを使い大きく振りながら、付け根の部分も動かせるのでそこでスナップを効かせる。胸びれはあれだ、スタビライザーだ。角度を調整して進行方向を決めるんだ。これで水をかいたりするんじゃない。
少しずつだが、上昇しているのが分かる。さすがにそこまでリアル志向じゃないのか、視界の中に東西南北を示すジャイロと水深計があるので、それを頼りに海面を目指す。
俺は生物系の学科じゃないから果たしてこれが本当に正しいイルカの体の動かし方かはわからない。つーかゲームなのに操作方法がガチすぎません?まあなんでもいい、確かに今俺は泳いでいる!
『酸素残量:2%』
クソっ!少しもがき過ぎたか?予想以上に酸素がなくなっている。ていうか、生まれた時の酸素量ってどれくらいだった?多分10%もなかったと思うんだが。
しかし、周囲はどんどん明るくなって、海面もすでに見えてきている。海面までもう3メートルもないぜ!
そしてついに俺はやり遂げた。
サパッという小気味いい音とともに、眩しい光を感じる。海面にたどり着いたのだ。
穏やかな波に揺られながら、俺は頭頂部にある鼻で肺いっぱいに新鮮な空気を送り込み、このイルカ生が始まって初めての呼吸を噛み締める。人間の体では当たり前にできることがこんなにも難しいことだったなんて。
俺は今、生き残るための試練を一つ乗り越えた。これからどれくらい続くかもわからないイルカ生だが、力強く生きたいと思う。俺のエゴのせいで出産で力を使い果たし、深海へと沈んでいったママンの分も……。
『実績解放:初めての肺呼吸』
多分、哺乳類系だけの実績なんだろうな。そうだ、たかが呼吸と笑わば笑え。だけど、水の中という環境に生まれた肺呼吸生物は、呼吸するのにも命がけなんだ。まだこのゲーム始めて5分くらいなのに、すごくいろんなことを学んだ気がする。
「だけど、今はこの達成感に浸っていたい……。餌の取り方とかはおいおい考えよう」
後から思うに、この考えがいけなかった。そう、ここは大海原。弱肉強食の世界なのだ。そんな世界で生まれたばかりのイルカが1頭。親もおらず、群れの仲間もいない。完全なぼっちである。
Q:この状態の子イルカは、肉食系生物から見たらどう映るでしょうか?
「おっとこんなところにいいイルカ。ちょうど空腹値が減ってきてたんだよねー。ソロプレイヤーさんみたいだけど、弱肉強食ぅ!」
A:袋から取り出して皿に並べたおやつ。
「あっ」
ものすごい衝撃と体の中心を上下から挟まれる圧迫感。一瞬で視界が真っ赤に染まる。GAME OVER の文字の向こうに見えたのは、どこか満足げな首長竜の姿だった。
ちなみに首長竜を使える=ほぼ廃人です。
個人的にはフジツボとかやってみたいです。身長の8倍あるチ○コなんて、短小の霊長類では想像もできません。