最速クジラ
パイルバンカーが持つ逃れ難い魅力は何なんでしょうか。
ACVでアセンブリしてると気づくとムラクモかとっつき持ってるんですよね。
銃弾飛び交う中で非効率ともいえる接近戦にロマンを感じてしまうのは男のロマンですよね。
「さあて、ここまでは順調。誘い込んでるつもりだろうが有り難い限りだ。調べた通りだったな」
マップ北東に向けて移動を始めたデンジャーゾーンを上空から追いかけるが、相手がこちらを誘い込もうとしているのは見抜いている。
というか、完全に舐められているな。工業プラントなんていう高低差もあり入り組んだマップで、飛行型を相手するのにわざわざ広場を使おうとするなんて「近づいてきたところをカウンターで刺す」と公言しているようなものだ。
こちとら一目でわかるくらいに推進器マシマシのクジラだぞ?どうせ頭の装甲を見て撃ち合うのが面倒だと思ったんだろうな、飛行型が満足に近づけないプラントなら好きなように鴨撃ちにできるだろうに。
「マップ端に到着……やっぱり立ち止まりやがった。よくもまあこれだけ大っぴらに誘うもんだな、どんだけ人を見下してんだか」
その分俺の勝率は上がるからいいけどな。とは言え俺がやろうとしているのは賭けには違いない。できうる限り可能性を高めているが、確実とは言えない。
そして、チャンスはおそらく一回のみ。その一回を掴み取らなければ俺に勝ち目はない。このレッドゾーンはそういう風に組んだレムナントだ。
「構造的に無茶があるからな……。こんな身体にしてすまねぇな」
「なんの。レムナントは操縦者に勝利をもたらすための物。あなたが考えた最適の身体で最善の戦法を最高にこなす、それが私の存在意義です。存分に勝利をお掴みください」
「ありがとよ。じゃあ行くか!」
エネルギー残量よし、目標デンジャーゾーン。
場外が近い?それがどうした、ぶっちぎるんだよ。脚部、腕部、背部推進器全開。加速が乗り切るまで3秒。
はっ!効かねぇとわかってるライフルを撃つのは、雑な演技を取り繕ってるつもりか?
「速いっ!?」
予想以上の加速を見せたレッドゾーンに驚愕する。推進器の大きさと数からしてヒット&アウェイタイプだとは思っていたがまさかこれほどとは。
いくら流線型の頭部で空気抵抗が少ないとはいえ、大型に分類されるサイズのレッドゾーンがこの速度を出すのは難しいはず。いったいどれほどのスペックをスピードに割いているのか。
「でも、速いだけなら対処できる。どんな暴走特急だろうと、狙いが分かっているのなら!」
あのスピードでは例え火器を仕込んでいてもろくに照準はとれまい。可能性があるのは、進行方向を向いている面、すなわち口腔内もしくは何もついていないクジラの腹にあたる部分に格納されているか。胴体側部は腕……というか鰭型推進器のせいでそんなスペースは無いはず。
彼我の距離が詰まり、もはや激突までに数秒の余地もない距離。クジラがその大きな口を開いた。
多くの動物型レムナントと戦ってきた経験が、高速で迫る大鯨の喉奥に何かを見た。大きさからしてプラズマガン?
「所詮は素人、その程度……うぅっっ!?」
一瞬でメインモニターがホワイトアウト。望遠もできる高感度のカメラが仇になったのか、視界を完全に奪われ何も見えない。
違った。あれはプラズマガンなんかじゃない。この強烈な光はフラッシュガン!?
超強力な閃光で一時的に相手の視界を奪う武装であるフラッシュガンは、正直なところあまり使われることがない。
理由は簡単。視界を奪う効果を得るにはかなり近づかなくてはならないが、視界を奪えるのはほんの2秒弱。さらに設定ミスなのかと思うほど費用対効果の悪いエネルギー効率がのしかかる。
激しく動き回り弾丸が飛び交いブレードが交差するような接近戦で、他のエネルギー武器の使用を諦めるほどの劣悪燃費のフラッシュガンを使って得られるのが僅か2秒の隙。
その2秒もスタンではなくただ見えないだけなので相手は動ける。それならスモークグレネードなどでいいではないかという話にもなろうというもの。
上位ランカーともなれば、目をつぶっていたってレムナントの操縦ぐらいできる。それも相手は直線で突っ込んでくるだけ、回避運動を取るくらいわけはない。視界が戻るころにはレーザーブレードでクジラの解体だ。
そう思って、いつもカウンターを取る時のように大小二対の推進器を吹かして小さく右旋回。相手の右側に張りつくように回りこめば、そこにはがら空きの腹が見える。
はず、だった。
「きゃあっ!な、なにっ!?」
回避運動を取ったと思った瞬間、凄まじい衝撃がコクピットを襲う。
大質量の物体と衝突したかのようなそれは、自分の回避が失敗したことを物語っていた。
「回避距離もタイミングも間違っていなかったはず!……動かない!?なんで!?」
あの一瞬で何があったというの!?
予想だにしていなかった現状に考えが追いつかない。しかしその答えはすぐに分かった。
フラッシュガンの効果が切れ、真っ白になっていたモニターにだんだんと外の光景が見えてきたからだ。
始めに見えたのは、フレキシブルに動く鰭の様な推進器。そして、その先にあるのは太腿から先で一体化した、尾びれ型の脚部推進器。
「まさか……食べられてる!?」
「フラッシュガン直撃!」
レッドゾーンのAI音声が掴みに成功したことを知らせてくれる。
目を潰された相手がどう動くのか、今の速度では見てから動いたのでは遅い。だが、俺は知っている。クチナシが俺の右側に回りこもうとすることを。
左に90度ロールしながら、デンジャーゾーンの回避運動に合わせて顎を引くようにして首を傾ける。そのままフラッシュガン発射のために開いていた口をさらに大きく開ければ……。
「もらったぁぁああ!!!」
まるでデンジャーゾーンが自ら飛び込んでくるかのように、大きく開いた顎に捕らえる。かなりの衝撃がこちらにも来るが、来るとわかっているなら耐えられる。そのまま顎を全力で閉じ、身動きを封じる。
デンジャーゾーンを口に咥えたまま拉致するように飛ぶが、さすがにレムナント二機分の重量を支えながら完全に浮き上がるには推力が少し足りない。
「レッドゾーン、腹部推進器出せ!最大速力!!」
「承知いたしました。腹部推進器展開、最大速力!」
足りないんなら足せよってなぁ!
ガコン!と腹部の装甲がせりあがるようにして展開。そこから現れるのは背部に背負ったものとほぼ変わらない、それ1つで軽量レムナントを振り回すほどの大型推進器。
大幅に増した推力にものを言わせ、無理やりデンジャーゾーンごと空に舞う。
フラッシュガンの効果が切れて元に戻った視界の中で、はたしてクチナシは現状を、そして俺の目的を理解しきれるかな?
拘束から逃げようともがくデンジャーゾーンだが、甘い。
完全に直立状態で両腕を挟み込まれている姿勢では、動物型レムナント特有の強靭な顎は振りほどけないだろう。しかも頭部パーツはレーザーなどのエネルギー属性に特化したものだから、レーザーブレードを発振してもそう簡単には壊れねえぞ?
「赤信号様、エネルギー残量15%です!」
「構わねぇ、このまま飛べ!!」
エネルギーエンプティが近いことをAIが教えてくれるが、そんなこと百も承知。すべては織り込み済みよ。
バタバタと抵抗するデンジャーゾーンを捕らえたまま、ある地点を超えた時、俺はアラートの音を聞いた。
そこは海上にあるプラント北東端からさらに進んだ先、要するにマップの端。
ここから先はエリア外ということを示す点線の様なマークで引かれた境界線上を、それがどうしたとばかりに全速力で飛び越えたことで、エリア外にいることを警告するアラートが鳴ったのだ。
モニターに映るアラートと共に現れた強制敗北までのタイマーすら無視し、ただひたすら直進。
うん?どうしたクチナシ、抵抗をやめて。ああ、同時にエリア外に飛び出たから引き分けになるだろうってか?
そりゃありがとう、俺の勝ちだ。
エリア外に出てから5秒。ついにレッドゾーンのエネルギーが尽き、全推進器が沈黙。
推力を失った機体が重力と慣性に導かれながら海へと落ちていくと同時、戦闘終了を示す画面がメインモニターに映し出される。
『YOU WIN』
な?俺の勝ちだっつったろ?
次でインフィニティ・レムナント編は一応終わります。ずっと一対一だったので比較的主人公としてもやりやすい環境だったのではないでしょうか。