ゴールの先にはスタートライン
現実だと主人公は絶対に関わらないタイプの人が盛りだくさんなHowling In The Sky、はーじまーるよー
「ゴール、ゴールゴールゴールゴール、ゴォォォオオオオル!!そしてポイント合計一位はぁぁ……赤・信・号ォォオオ!!」
鳴り響くファンファーレ、舞い散らされる花吹雪。熱狂と歓声の中、ドレイクをゆっくりと降下させて地に足をつける。
「参ったぜ、まさかこの俺が負けちまうとはな」
ゴーグルを外して一息ついたところで肩を叩かれた。ウェーブのかかった長髪をかき上げながら、俺が最後に追い抜いたそいつは白い歯を見せながら笑う。
「すべてを出し切って、それでも負けた。血沸き肉躍る最高にエキサイティングなレースだったぞ、ルーキー!……いや、違うな。この空で最速最強の男はお前だ、チャンピオン!!」
ラスボスであるレーサーに祝福され、表彰台の頂点に立つ。ニタニタ笑いながら現れた大会主催者のオッサンからHowling Championship優勝のトロフィーを授与されたところで再度の大歓声。
トロフィーを観客にかざしてみれば、野次混じりの祝福の言葉を浴びせられる。同時にどこからともなく流れ出したレゲエ調の音楽に合わせて踊りを披露するきわどい格好のおねーちゃんたちと、それに降り注ぐ甲高い口笛の音。
粗野な喧騒と下品な笑い、そして滾る情熱に満ちた世界の中心に俺はいる。
ああ、やっとここに来れた。長い、長い道のりだった。
これで、ようやく……
「スタートラインに立ったぞ、茶管」
ここまで歩んだ道のりも、ここからに比べれば一歩にすら満たない。対人戦という終わりなきレースを前に呟いた俺の言葉は、ストーリーモードのエンディングにかき消されたのだった。
エンディングを終え、個人用のスペースであるガレージに戻ってきて一番初めにやるのは茶管にメッセージを送ること。無論、内容はストーリーモードをクリアした報告だ。
「殴られて殴り方を覚えるのが対人戦つっても、拳の握り方くらいは覚えていかないとな。……ほい、送信」
友達に呼ばれたからといって、始めたばかりのゲームで対人戦に飛び込むやつはそうはいない……はずだ。いくら百聞は一見に如かずだからってストーリーモードなりNPC戦なりで操作感を確かめるくらいはするだろう。
ましてやそれが呼びつけた本人の得意ジャンルというのなら、招待された側としてそれ相応の覚悟と準備をするというもの。つーかストーリーモードをクリアして来いって向こうからのお達しだったし。クリアに時間がかかったのは主にセレスティアル・ラインのイベントで純粋に時間がなかったからだけど。
「なんだかんだで茶管とレースゲーするの初めてなんだよな。ケツに乗せてもらったことはあっても競うことはなかったし」
茶管からの返事を待つ間、ガレージに置いてある古ぼけたソファに寝転がって壁際に置かれているドレイクを眺める。ログインしていることは確認しているので、レースに熱中していたとしても一区切りしたところで返してくれると思う。
しかしまあ、急ぎでストーリーをクリアしたせいでガレージもドレイクもほぼ初期のままだな。ドレイクの方には多少のカスタマイズをしているが、それだって特に何を特化させたというわけでもなくただラスボスに勝つための最小限のものだ。
ストーリークリア後に解禁される機体とパーツが多いからって、本腰いれるのはクリア後でいいやと後回しにしたもんな。おかげでそれなりに操縦テクが身に着いたので結果オーライってことで。
「カスタマイズも茶管に聞きながらやった方が効率的だしな。……お、コールだ。おいっす」
『悪ぃ、ちょうどひとっ走り行っててな。とりあえずオレんとこ来いよ、どうせオメェのことだからガレージ全然改装してねぇんだろ?』
「ドレイクもほぼ無改造だから相談乗ってくれ」
『もちろん構わねぇよ。……まあ、オメェがまともに話せる状態ならな』
ボソッと小さな声で付け足された言葉が言いようもなく不吉だ。間違いなく俺にとって良からぬ何かがある。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』と『君子危うきに近寄らず』という二つの諺、今回はどちらを信じるべきか。
『早く来いよ。……来なかったらこっちから行くけどな』
どうやら逃げ場はないらしい。ならボロボロのソファと錆びかけのドラム缶くらいしかない俺のガレージよりは数段まともだろう茶管のところに行った方がマシか。
それじゃ茶管のところに行きますか。鬼が出るか蛇が出るか、何があるんだろうな。
一つしか埋まっていないフレンドリストから茶管を選んでガレージ訪問を選択。そんで俺のガレージにある扉を開けると、そこは茶管のガレージって寸法よ。
「おわっ!?」
扉を開けたら目の前には革ジャンにオールバック、とどめにグラサンという絵に描いたような走り屋が立っていたのでひっくり返りそうになった。走り屋やチンピラはストーリーで死ぬほど見たので、外見よりは目の前にいたことにビビる。
「ちょっとしたサプライズってやつだ。ほらよ、オレのガレージ見て驚きやがれ」
そうして通されたガレージは言うだけあって俺のものとは全く違った。
まず半分はドレイクをいじるためのスペース、もう半分をくつろぐための場所としてキッパリ分けているところ。ドレイクの方には様々な工具(実際には使わないはずなのでインテリアみたいなもん)や塗装具がキッチリと置かれていて、意外と茶管がマメなのがわかる。
そしてリラックススペースの方はというと、男らしさを前面に出しながらも決して下品ではない統一感のある家具一式。壁のコルクボードにはこのゲーム世界の様々な場所の写真が貼られている。
そんなレベルの違う内装と比べてなお俺の部屋と決定的に違う存在といえば、それは間違いなくソファに座っているヤンキーのねーちゃんとしか形容できない女性だ。
「アンタがカッちゃんのお気に入りって人でしょ?そんなとこ立ってないでこっち座りなよ」
おーい、と手を振るその女性に俺の体は完璧に固まった。ギリギリ動く首から上だけで茶管の方を向き、なんとか声を絞り出す。
「カッちゃん、俺、帰ってもいい?」
「誰がそう呼んでいいっつったよボケ。悪いやつじゃねぇから諦めて座れ」
半ば引きずられながらソファまで運ばれ、放り投げられるようにソファに座らされた。完全無欠に情けない姿の俺を見て、意外なことにそのねーちゃんは笑ってもいないし変なものを見る目もしていなかった。どちらかといえば、そう、納得しているような。
「紹介するぜ、俺の彼女の咲希だ。プレイヤーネームは『シバサキ』だけどサキと呼んでやってくれ」
「ゲーム始めた時に名前を教えてっていうから『柴 咲希』って本名を言ったらそれが登録されちゃってさ。そーゆーことでアタシはサキ。ヨロシクね」
肩より下まで伸びた明るい茶髪、気の強そうな若干つり気味の目。へそを出して裾を縛ったTシャツに、下はホットパンツとサンダルという露出の多い格好。……この人、どっかで見たことがあるような?
しかし細身の体ながら出るところは出てるという、ゲームアバターであるということを加味してなおナイスバディと言わざるを得ない。しかし俺は外見的に主張の激しい女性との付き合いがないので視線をどこにおいていいのかわからないので、差し出された右手を握っていいのかすら迷う。
握手を返すべきか、いやそれよりも自己紹介をしなければ。いやいや茶管が話を通してくれているのなら俺が喋る必要はないのでは?いやいやいやそんなことをいつまで言い訳にするつもりだ。いやいやいやいや気合入れただけでコミュ力が上がるなら俺は今こうして葛藤してないわけで……
「知らない人と喋るの苦手なんだってカッちゃんから聞いてるよ。アタシは見た目も怖いからね、今は無理に話さなくても時間をかけて慣れてくれりゃいいからさ」
心の中でのたうち回っているとサキさんはふっと笑って右手を引っ込めた。キツそうな見た目とは裏腹に、その笑顔は柔らかくて優しい。
おいおいおいおい赤石信吾、この優しさを前に黙って甘えているだけでお前はいいのか?俺は……嫌だね!
「……赤石、信吾。赤信号、です」
黙っていた方が格好がついたかもしれないくらいに掠れた声になってしまった。でもそのダメダメな短すぎる自己紹介は届いたらしく、サキさんは一瞬だけ驚いた顔をした後に今度は大きく声を上げて笑った。
「アッハハハ!いいね、見た目はパッとしないけど根性あるじゃんか!さすが、カッちゃんのお気に入りなだけはあるよ」
「だろ?こいつはその辺のやつたぁ一味違うのさ。走ったらもっとよくわかるはずだぜ」
バシバシと乱暴に俺の肩を叩いたサキさんは上機嫌でソファに座りなおし、茶管もその横にニヤニヤしながらどっかりと腰を下ろした。そのツーショットは走り屋というよりも賞金稼ぎコンビのような雰囲気がある。
「改めてストーリークリアお疲れさん。ここに呼んだのはサキとフレンド登録してもらうためでな、驚かせて悪かった」
「次やったら百回は太平洋の養分にするからな」
「表情は動いてねぇが、怒るには怒ってんだな。オーケイ、次やったらパラシュートなしスカイダイビングでもやってやるよ」
冗談めかした言い方だがお互い本気だ。事前予告なしで知らない人に合わせるなんて万死とは言わずとも百死には値する。次に俺を陥れた時には、ラオシャンの中でも容赦のないことで有名なバトルジャンキーが集まるアトランティスの裏広場送りに処す。
それはそれとして、と話を戻す茶管。ちなみにサキさんは俺たちの会話を聞いてケラケラ笑っている。桃ちゃんさんと同じくらいよく笑う人だな。
「早速レースに行こうぜ、と言いたいところだがカスタマイズもしてねぇドレイクでいくなんてなぁ自殺行為だ。だが走ってるところを見なけりゃあアドバイスのしようもねぇ」
レースには行けない、カスタマイズもできない。だとしたらどうすればいいのか。
「つーわけでフリーランに行こうや。操縦テクを見つつ、軽く手合わせしながらツーリングと洒落こもうぜ?」
ちなみにサキは茶管の1歳下で赤と青の2歳上、社会人です。番外編の方では茶管と同い年と言ってましたが、茶管が今話の直前で誕生日を迎えました。
柴は(ふし)とも読み、色味は灰っぽい茶色ですね。




