何気ない一言がナイフにもバズーカにもなる
ちょっとだけ主人公の過去がでます。大概の人にはそうなった理由があるということです。
「……怒ってるの?」
マイガレージに着いてから黙々とレムナントのアセンブルに着手した俺に、青が恐る恐るといった体で話しかけてくる。
「俺は家族が好きだ」
膨大な量のパーツのパラメータをチェックしながら、手元のメモ用インターフェースに目ぼしいものをチェックしていく。並行して映し出されているリプレイ動画には、ランキング30位以上の戦いが4画面同時に映し出されており、その全てがクチナシの対戦動画だ。
「古臭い前時代のゲームばっかりやってたからだろうな。中学に入学してすぐのころ、いろんなやつに言われたよ。『お前が何の話してるのか分からない』『それの何が楽しいのか分からない』って。それからかな、他人と喋るのが嫌になったのは。どうせ何もわかってもらえないなら喋る必要ないからって」
IRでは自分が持っていないパーツでも仮組まではできるのがいいところだ。当然、それは現時点で入手可能なものに限られていて隠しパーツなんかは選べないのだが。
「ロクに友達も作らず、今では対人恐怖症レベルで人と話すのが苦手になった情けない俺を、それでも家族だけは邪険にすることなく接してくれる。俺も、家族になら素直に話すことができる。ああそうさ、俺は両親も妹も大好きだ」
クソ、このパーツはまだ持ってないぞ、後で入手法を調べとかないと。……いや、ハンドメイドで再現できるか?
三日でどれくらいハンドメイドできるようになれるだろうか。その辺りの解説も見たいな。
「だから、家族をくだらないとかどうでもいいとか言うやつを見ると無性に腹が立つ。特に養ってもらってる身分で知ったような口ぶりをしている奴はな。誰のおかげで苦労せずに飯食ってゲームできると思ってんだ」
どんな分野であれ、立派な成績を残せるのは凄いことだと思う。女子高生がクソ複雑なロボットゲームで最上位ランカーだろ?正直脱帽もんだわ。
でも、それは家族や友達の心配を振り切ってでもやらなきゃいけないことなのか?高校は不登校になれば留年からの中退まであるんだぞ。人生棒に振ってまで固執することか?
ゲームとリアルは違う。それで飯食っていけるならともかく、遊びや趣味の内は分別をつけなきゃいけない。
「ダメ人間の先輩として教えてやらなきゃな。何があったか知らないけど、いつまでも逃げてばかりじゃいられないって」
ゲームには終わりがある。サービス終了という無慈悲な終わりが。かつての賑わいが無くなり、ストーリーモードとNPC戦しかできなくなる日がきっとくる。そんなゲームばかり俺はやっていたから、よくわかる。楽しいストーリーが終わり、AIと戦って腕を磨いても、誰とも話題を共有できなくなる日が来るんだ。
そのうち強制的に首根っこを掴まれる日が来る。俺の場合は数年後に来る就活だったりな。その時に頼れるのはロボットの操縦テクでも、対人戦ランキングでもない。プロゲーマーだって自分の好きなゲームばかりできるわけじゃないし。
「要するに、浸りきってる痛い子にちょっと現実見せてやるのさ。お前なんてこの程度だってな」
「今日の赤はよく喋る……勝てる自信があるんだね?」
青の問いに俺は作業の手を止めることなく頷く。
ゲームで絶対に勝てない敵というのは存在する。ストーリー上の負けイベントだったり、悪質なバグだったり。
だが、こと対人戦ならそんな存在はいない。人である以上精神状態や体調で発揮できるパフォーマンスは大きく変わるし、何より対人戦にはメタゲームというものが勝敗を大きく左右する。
例えば威力も高くて使い勝手も良好で、それを使わない理由がない武器があるとする。すると当然、多くのプレイヤーはその武器を使う。10人中8人がその武器を担いで戦うわけだ。
そうなると普通のプレイヤーならこう考える。『あの武器を対策しないとマズイ』と。その武器が実弾タイプであれば実弾防御の高いボディパーツを積極的に採用したりな。
すると今度は環境に実弾耐性の高いレムナントばかりが溢れかえるので、そこでレーザー武器をメインに据えれば……。
と、言った具合に相手が使ってくるであろう装備や戦略に対して対抗策を練ることを俗に『メタを張る』という。難しく考えなくても、日常から無意識にやってることだ。じゃんけんでグーばっかり出してくる癖がある奴には誰だってパーを出す。それがちょっと複雑になっただけ。
「つまり、対デンジャーゾーン専用機を作るってこと?」
「そういうこと。そこで問題なのが相手のバトルスタイル。デンジャーゾーンはアサルトライフルで中距離、ハンドガンと肘のレーザーブレードで近距離にそつなく対応できる万能機なわけだが、どう対策取ればいい?」
以前見たビーストキング戦を見ればわかるが、クチナシの操縦技術は間違いなくトップクラス。ほぼ格闘特化機と言っていいビーストキング相手に完封勝利したほどだ。
武装的に見ても実弾とレーザーをバランスよく採用していて対策が取りづらい。採用しているパーツから大まかに逆算すると、機動力に振っているのか若干装甲は薄いが属性的な偏りはない。
絵に描いたような万能機にプレイヤーはトップクラス。メタゲームを張るのにこれ以上ないほど面倒な相手だ。
「うーん、僕なら狙撃かな。近づかれるとどうしようもないから相手のレンジ外から撃ち抜く」
「普通はそう考えるよな。でもそりゃ無理だ」
リプレイ動画を映しているインターフェースを指で示す。それを見ていれば理由は自ずとわかるだろう。
それは狙撃特化機とデンジャーゾーンの対戦リプレイ。高所を陣取った狙撃型が離れた距離のデンジャーゾーンに向けてスナイプを敢行しているところだ。
「何これ……狙撃を全部避けてる」
「多分、センサー類を対狙撃型に特化してるんだろう、めちゃくちゃ感知範囲が広いぞ」
むしろお前が狙撃する方なんじゃないのかというくらい、デンジャーゾーンの感知能力は高い。それでいて操縦者がハイレベルなもんだから、ロックオンアラートが鳴ったらひょいひょい避ける。
結局、相手の狙撃型は弾を撃ち尽くした後は悠々と接近してくるデンジャーゾーンから逃げきれずにハチの巣にされた。
「そもそも動き回るデンジャーゾーンに対して狙撃するのは難しい。ランカーでこれなんだから、俺がやればもっと酷いことになる」
「じゃあどうするんだよ?まぐれ当たりに賭けるの?」
「メタゲームは武装だけじゃない、戦法も大事だ。クチナシはデンジャーゾーンのスペックで捉えられる相手には滅法強い。だけどあいつの武装、基本的に火力が低いだろ?追い込んで詰めることが得意でも、逆にピンチを一撃でひっくり返せる手段がないんだ」
先ほどから流しているリプレイを見ていてわかる。特に10位以上の本物のバケモノたちと戦っている時のクチナシは、ほぼ何もできずに完敗している。自分の操縦テクで追いつけない相手に一回詰められると、まぐれ狙いでも勝つ方法がない。
まあ、まぐれ狙いの武装なんてこのレベルになればただのデッドウエイトなんだろうけど、逆転の切り札がないと劣勢を押し返すのって難しいからな。
総括すると、デンジャーゾーンに正面から勝つには単純にあれを上回るスペックもしくは頂点ランカーレベルの操縦テクがいる。だが俺が今からどれだけ練習しようと時間がまるで足りない。
そうなると、俺が作るレムナントに求められているのはデンジャーゾーンを圧倒する何かと、気づいたところでどうしようもない戦法。
「さぁて、21位ちゃんは対応できるかな?」
今まで幾多のゲームでそれをされてきた俺だ、目途は立っている。
そのために必要なパーツの入手とこのゲームにおけるルールや物理の検証、たっぷり付き合ってもらうぜ青ぉ?
主人公はすでに過去は過去と割り切っているので深刻に他人が嫌いというわけではありません。
ただあまりにも人と接してこなかったせいで会話に慣れていないのと極度のあがり症みたいになっているだけです。
一番苦手なのは分かりづらい雰囲気だけを匂わせておいて「私の気持ちを分かってよ!」とかキレる人です。俺はエスパーじゃねぇんだよ言葉で伝えろや!と表向きシュン……としながら心の中で吠えます。
青の様に慣れた人とはある程度普通に喋れます。