嵐や竜より怖いもの
ただいまとはまだ言えないけれど、解放されたとは言える。
娑婆の空気を嚙み締めつつ更新です。
主人公病云々についてはこれにて終了ということで、下請けをしてくれている人たちの懐事情を鑑みて各々の受け持つ輸送ラインを見直し再編成。ぶっちゃけ一次産業ばかりやっている俺はその辺の計算感覚がイマイチ掴めていないので空気になっていただけ……空気なのはいつも通りです、はい。
ボチボチ話もまとまったところでいったん解散とし、俺はまた漁場である王渦雲へと舞い戻ってきた。やっぱり自分の船はいいな、ずっとピピピピピピやかましい粘着コールの音が鳴っていたせいかまだ聞こえているような気がするけど。
「おかえり、相棒」
「お疲れ様です、頭。早速ですが漁を再開しますか?」
シナトと副長の顔を見るとなんか安心する。青はともかく、桃ちゃんさんとましろさんにはまだどこか緊張してるのかもしれない。
「頼む。俺はちょっと休むから何かあったら呼んでくれ」
「万事お任せください。どうかごゆるりと」
一礼して漁の準備に取り掛かる副長を見送り、デッキチェアを引きずり出してパラソルを立ててごろんと寝っ転がる。みんなが働いている時に思いっきりリラックスするのもどうかと思うけど、信頼の証と船長権限ってことで許してくれ。
なおシナトはそれが当然であるかのように俺の隣で丸くなっている。首を傾けたらすぐそばに毛むくじゃらのカワウソヘッドがあるのは可愛げがあると言おうか暑苦しいと言おうか。
オッサンどもが漁に勤しむ威勢のいい声を聴きつつ、巨大カワウソの息遣いを感じながらそよ風に吹かれて寝るのは世間一般的にはどういった感情を抱くべき体験なんだろう。世間様が何と言おうがこれがパラダイス・オブ・シーフード号における日常風景なのに変わりはない、受け入れるか諦めるかの二択である。
「ああ、平和だ……」
せわしなくイベントに走り回るのも楽しい、それは間違いない。だけど人間はマグロじゃないから走ったら休憩が必要というものだ。人間であることに疲れたらマグロになるのが俺だが、俺だって人の体でリラックスするときはあるのだ。
「頭ぁ!右舷二時の方向から船が近づいてきてますぜぇー!」
平和というものは唐突に終わりを告げるものらしく、どうも天は俺に走り続けろといいたいそうだ。
マストの上にある見張り台から怒鳴り声のような報告にデッキチェアから立ち上がる。当然俺はそんな大きい声は出ないので見張り台に向かって手を振っておく。見張りも手を振り返してくれたので意思疎通はOKということにしておこう。
まだ丸くなったままのシナトの頭をぺしぺしと軽く叩いて起こし、報告にあった船を見るために右舷の方へ。
「うわ、思ってたより近いぞ」
探すまでもなく視界に入ってくるほどの近さ。しかもその船は止まることなくどんどん距離を詰めてきており、これがゲームじゃなかったら衝突の危機を感じるほどだ。向こうは飛んでいるからまず当たらないと思うけど。
やがてその船は高度を落とし、俺たちのすぐそばに着雲した。近づいてきたときに外見でわかってはいたけど、この船も我らがパラダイス・オブ・シーフード号に勝るとも劣らない立派な漁船だ。
「僕らの船とちょっと似てるね」
「ああ、サイズ的にも設備的にも同じくらいだろ……お?」
向こうの甲板に人影が現れ、俺たちと同じようにきょろきょろとこちらを見渡した。そしてすぐに俺とシナトを見つけると口に手を添えて大きな声で叫んだ。
「ちゃーーーっす!こっちは『おいなみ丸』のハナダっていいます!イカす旗を揚げてるのが望遠鏡で見えたんでちょいとお邪魔させてもらいましたぁ!その旗、手作りっすか?」
多分そうだろうなって思ってたけどやっぱりプレイヤーだった、どうしよう。向こうが声を張り上げているようにすぐそことはいえ二、三十メートルは離れている。そして俺はこの距離で声を届かせられる自信がない。
どうしよう、いつまでも黙っているわけにもいかないよな。シナトに乗って向こうまで飛ぶか?いや、他人の船に乗るには許可が要るから無理だ。
えっ、マジでどうしよう。神でも仏でも何でもいい。誰か、なにか、どうにか……
「頭、どうかされましたか?」
「副長、いいところに!向こうの人に向かって…………と伝えることはできるか?」
俺の願いに副長はお安い御用だと拳で胸を叩いて了承してくれた。やだこのおじさんカッコいい、今度からは神や仏の前に副長に祈るわ。
「……失礼、こちらは『パラダイス・オブ・シーフード号』の赤信号と申します!この旗は青の商会所属、『クラウド・カーペンターズ』の船長に作ってもらいました!!」
「どもーっす!!お返しと言っちゃなんすけど、ラブノゥって島で王渦雲の魚がメッチャ高く買い取ってもらえますよー!セイデンに行き過ぎて金欠ならおすすめっす!!」
もう少し早く、具体的には輸送ラインを立て直す前にその情報が欲しかった。まあ有益な情報に変わりはないけども。
しかしハナダさんの声でかいなぁ。フルダイブVRって本人の感覚をそのまま持ってきてるから、この人はリアルでもこれぐらいの声を出せる可能性が高い。人外の体を動かしている時の俺みたいに体の限界の出し方を技術として理解しているのかもしれないけど。
それは置いといて返事返事。そうだな、いつまでも話しているわけにもいかないしこっちから切り上げるか。よし、…………で、お願いするぜ副長。
「情報ありがとうございます、この出会いに感謝を!おいなみ丸の豊漁をお祈りします!」
「あざーーーっす!!漁船に全力の者同士、イベントがんばりましょーねーっ!!そんじゃぁお邪魔しましたーーー!!」
おいなみ丸は浮上し去っていった。本当に俺が掲げている大漁旗が気になってきただけだったみたいだ。はぁー、なんかどっと疲れたぞ俺。まずは副長にお礼を言わないとな。
「副長、ありがとう。大きな声を出すのは苦手でな……」
「船長を助けるのが私たちの務めです、なんなりと申し付けてくださいよ」
にっと不敵に笑う副長の頼もしさよ。アンタがいてくれてマジでよかった、俺の副長は最高だ。これぐらい頼れる人になりたいもんだ。
それにしても他人の船にランデブー許可なしでこんなに接近できるなんて知らなかった。とても互いに行き来できる距離ではなかったけど、大声を出せるなら会話ができるところまで近寄れるってのはすごいな。
「おっきい声を出す人だったね」
「お前は途中から何もしゃべらなくなったけどな」
ウィンズはプレイヤーの影響を受けて性格等が形成されるという話だから、シナトが対プレイヤーでポンコツなのはほぼ百パーセント俺のせいなんだろうけどさぁ。
俺が知らない人相手に毅然とした態度で対応することができたらシナトも徐々に変わっていくのだろうか。ふむ、俺が初対面の人とまともに会話出来たら、ねぇ……
うん、自分にできないことを他人に強要するなんてクソだよな!俺たちは一心同体だ、助け合って生きていこうぜ相棒!
コミュ障からすると、明るく気さくな人ほど怖いものはない




