獅子と蜂:その1
蜂って見た瞬間に反射的にビクッ!!となるんですよね。一回自転車に乗ってる時にそれが原因で派手にこけたことがあります。アレは蜂に刺されるのとどっちが痛かったんでしょうね。
「ふいー、勝った勝った。スナイパーは気ぃ張るわ。レーザーガンはともかく弾数少ねーからもう冷やっ冷や」
NPCとの戦いも終わり、リザルト画面で報酬と損害の差し引きを終えてガレージに戻った俺は大きく息を吐いた。
狙撃特化の機体を組んだんだが、やっぱ物理とエネルギーに属性あるからってスナイパーライフル二丁流なんてするもんじゃないな。重量や反動は全然余裕綽々なんだけど、なんかこう、ダメだわ。今回は勝てたけど、次はせめてミサイルぐらい積もう。
「やっほー。ってうわ、なにこれ八脚?しかも円形の八脚じゃなくて胴体の形といいまんま蜘蛛じゃん。しかも装備がスナ二つだけって、積載重量スカスカなんじゃないの?」
ガレージに現れた青が俺のレムナント『アラクネ伍号』を見て好き放題言いやがる。まあ、言ってることは間違ってないけど。
「確かに、アラクネ伍号はちょっと攻めすぎた」
八脚は動かすためにかなりのエネルギーを食うが、それを生み出す大容量ジェネレーターや冷却用ラジエーターの分を差し引いてもかなり積載重量に余裕がある。今回はブースターを排していたから余計にエネルギー的にも余裕があった。これならレーザースナイパーじゃなくてレーザーカノンでも良かったな。
「しっかし始めてまだ二日なのに、もう八脚なんてゲテモノ作ってるとはね……。しかも伍号て」
やり始めると止まらねーんだよ。
ロボットはいいぞ、特に自分の身体じゃなくて機械を操作するってとこがいい。ラオシャンもスラクラも自分が動いてたけど、これはスイッチやボタン、スティックでロボを動かすからな。根本的なところが俺の慣れ親しんだ前時代式ゲームに似てるんだ。
ただパーツの多さはヤバい。まだシナリオ半分も進めてないのにもう所持パーツが千を軽く超えてる。そりゃカスタマイズの幅はインフィニティですわ。
このアラクネ伍号だって設計思想的には二脚×4で作ってるんだけど、それがまかり通るからなこのゲーム。縦横の大きさに制限はあるけど、それさえ守れば八脚だろうが三面六臂の阿修羅だろうがヘカトンケイルだろうが作れる。そこまで行くと操作追いつかないけど。
操作はコクピット内に対応するスイッチなりスティックなりを配置すればいい。ブレードの振り方なんかはあらかじめプリセットされているけどマニュアルにしたりもできる。クッソむずいけどな、ブレードのマニュアル操作。ブレード専用のコントローラーなんてパーツがあるくらいだし。
おかげで俺好みのボタン配置にできたりするわけだ。いまいちフットペダルというものに慣れないけど、これの解決法もあると言えばある。
「レムナントの組み方も奥が深い。今はプリセットパーツで組んでるけど、そのうちハンドメイドで組んでみたいな」
「フルでやるとエネルギー供給が上手くいかなかったり排熱不良が起こったりするから気を付けてね」
ゲーム内のレムナント製造会社が販売している腕部、脚部、推進器といったすでに形になっているプリセットパーツで組み上げることもできるが、それらを分解して得られるピストンやヒンジといったもっともっと細かな単位パーツを使ってハンドメイドすることで、完全なワンオフ機を組み上げることも出来る。
プリセットパーツによるアッセンブルでは、頭部、胸部、腕部、脚部、推進器、ジェネレータ、ラジエータ、管制OS、武器、その他の計10種のパーツから選んで組み合わせるが、全種類から1つづつとかいう制約はない。腕が無くてもいいし、アラクネ伍号のように足を4対にしてもいい。ただし、コクピットのある胸部とエネルギー供給用のジェネレータ、あと管制OSは必須である。
ハンドメイドに対する利点としては、比較的簡単に組み上げられることとパーツ単位での動作不良が起きないこと。ジェネレータの供給が間に合わなくて動かないとかはあるけど、モーターやヒンジの方向を間違えて関節が曲がらない、とかは無い。
ハンドメイドは手間暇と幾度もの失敗を重ねたうえで、文字通り自分だけのレムナントを作ることができる。割とリアル機械知識が必要だったりするが、既製品とは一風変わったトンデモ機体や、痒い所に手が届くパーツの自作ができる。例えばいわゆる変形ロボットを作るためにはパーツを組み合わせて変形機構を自作しなくてはならない。
最も大きな利点として、一目では内部構造などが分からないため対人戦で情報が抜かれにくいということだろう。ランキング上位陣は大部分をハンドメイドパーツで組んでいたりフルスクラッチしていたりするので、強い機体だからと言っておいそれとコピーすることはできない。使用者が設計図を公開しているなら別だが。
現在のIR環境は、プリセットパーツで大まかに作ってから、どうしても気になるところをハンドメイドするハイブリッドタイプが主流のようだ。それで十分楽しめるし、あまりに深みにハマると抜け出せなくなる。
「ところで、妹さんのお友達……クチナシってプレイヤーだけど、アリーナで見かけたよ。やっぱりかなりの時間入り浸ってるみたいだね、大抵どんな時間に行ってもいたよ」
「どんな感じだった?」
むっつり黙々とひたすら対戦しているようなプレイスタイルだと、俺のコミュ力云々以前に話しかけづらい。俺が言うのもなんだけど、ゲームの中でくらいまともに会話できる人であって欲しい。
「あー、うん……。それなんだけど……なんて言えばいいのか、……典型的なアレな感じの子だった。見てるこっちが居たたまれないやつ」
「それは死にそうな顔でひたすら無感情に対戦してる方か、それとも調子乗ってイキりまくってる方か?」
「『ランキング200位とか本気ですか?せめて二桁じゃないと試合にならないんですけど。あなたに勝ってもランキングの変動も起きませんし、これじゃCPU相手のトレーニングと変わりませんね。新武器の試し撃ちでもしますか』みたいな……」
「Oh……」
アカン、もう完全にダメなやつじゃん。「200位にこんなこと言える私、最高に強くてカッコいいでしょ?」感があふれ出てる。いや21位なんだから別に間違いじゃないんだろうけど、対戦相手に向かってわざわざ口に出して言うセリフじゃない。
これは言葉が足りないタイプの俺とは違う、一言多いんだよタイプのコミュ障に成長してしまうかもしれない。今はそういう自分に酔っているだけの半分演技なのだろうが、そのうちそれが素になる。そうなればもう手遅れ、立派なイタい人の出来上がりだ。
友達が友達でいてくれるうちに何とかしないと、どんどんドツボに嵌っていくだろう。なるべく早いうちにコンタクトをとった方がいいかもしれない。
「そうそう、彼女のランカー戦のリプレイを撮ってきたんだ。えっと……あった、これこれ」
マジかぁ……と頭を抱えていた俺に向かって、青がインターフェースを開いて動画を映し出す。IRは一対一もチーム戦も、対人戦が盛んなのでその観戦やリプレイの閲覧がインターフェースでできるのだ。
ホログラムの様に空中に映し出されたモニターの中、二機のレムナントが現れる。
左半分に映っているのが対戦相手のプレイヤー、ランキング43位『サバンナソウル』のレムナント『ビーストキング』。獅子をモチーフにしたブラウンカラーの四脚動物型レムナントで当然腕部は無い。
背負った大型グレネードキャノンと脚部つま先のクロー以外に目立った装備は無いが、どうせなにか仕込んでいるのだろう。
対して右画面に映っているのはオーソドックスなタイプの人型レムナント。俺たちが接触を試みようとしているランキング21位『クチナシ』の『デンジャーゾーン』だ。その名の通り黄色と黒のストライプでカラーリングされていて、どことなく蜂を想起させる。
武装は右手に実弾のアサルトライフル、左手にレーザーアサルトライフル。腰には二丁のハンドガンがマウントされている。推進器は大きめのものとやや小さめのものが一対づつ、上下に並んで背部に取り付けられている。
使いやすそうではあるが総火力的にはどうなんだろう。どこかにブレードでも仕込んでいるのだろうか。
戦いの場である廃墟となった市街地に降り立った二機は、さっそく行動を開始する。狙撃型が一方的に有利にならないような近すぎず遠すぎない初期位置から、互いが推進器を吹かして接近していく。
ビーストキングの推進器は浮遊や飛行よりも瞬発力とジャンプ力に重きを置いているようで、廃墟に乱立するビルを三角飛びの要領で次々と飛び移りながら立体的な加速と移動を行う。脚部の衝撃吸収性能もさることながら、これほど複雑な操作を当然の様に行うあたりさすがはランカーである。
デンジャーゾーンはというと、二対の推進器の内大型の方を使ってホバー移動しながら、曲がる時には小型推進器を吹かしてバランスの制御をとっている。スピードはそこまででもないが、一切立ち止まることなくスルスルと建物の間を縫って動くその姿からは自機の操縦性を知り尽くしていることがよくわかる。
口火を切ったのはビーストキング。ビルの屋上まで登り、先に敵機の位置を補足した。
前足をたたみ尻を上げるような姿勢で背中のグレネードキャノンを構えて発射。デンジャーゾーンはこれの直撃を躱すも、大口径のキャノンから放たれた大型グレネード弾は着弾と共に爆発。爆風がデンジャーゾーンの装甲をかなり削った。
この爆撃によって位置が割れたビーストキングはより背の低いビルへと飛び移りながら、格闘戦へと移行する。四脚から得られる瞬発力を余すことなくあっという間に肉薄すると、やはり仕込んでいたレーザーブレードを胴体右側から発振させすれ違いざまに切り裂こうとするも、一瞬だけ全ブースターを解放したデンジャーゾーンがこれを回避。両手に持ったアサルトライフルから実弾とレーザーが入り混じった絶え間ない銃撃が始まる。
その大きさから構え無しでは撃てないグレネードキャノンがデッドウエイトになっているだろうに、ビーストキングは格闘戦を挑み続ける。それというのも獅子の鬣の様な部分はシールドの役目を持っているようで、正面から挑み続ける限りその陰に隠れている機関部を撃ち抜くことは難しいからだろう。特に一撃よりも手数で削るタイプのデンジャーゾーンならなおさらである。
デンジャーゾーンもそれをわかっているのか、ビーストキングの側面に回りこもうとするも地形が悪い。優れたジャンプ力によってビルを飛び移る獅子をなかなか捉えることができないでいる。
ビーストキングがデンジャーゾーンを翻弄しているようにしか見えないこの構図、しかし見ようによってはどっこいどっこいどころかデンジャーゾーンの有利であるともとれる。
他に隠し玉が無ければ、ビーストキングは脚部のクローと胴体左右に取り付けられたレーザーブレードのみで、これらは全て一瞬の動きで避けられている。対してデンジャーゾーンからの射撃を回避するため、ビーストキングはビルを飛び回るという、いつミスをしてもおかしくない動作を要求され続ける。
プレイヤーの集中力というリソースの削り合いは目に見えないが、個人的にはデンジャーゾーンの方が落ち着いた操作をしているように思える。
廃墟の市街地というステージ、はたして狩人であるのは獅子か蜂か。
子どものころ始めてブレードライガーを見た時、なんとも言えないドキドキを覚えました。
そしてフィーネが可愛いかった(語彙不足)。