インフィニティ・レムナント
デモンエクスマキナ早くリリースされないかな……。そのころにゲームができる環境かどうかわからないけど……。
「今日こそはぬっ殺してやるぞクソクジラ!大人しく胃の中に収まれぇ!!」
「甘い。急速潜行……と見せかけての前転尻尾ビンタ」
バチコォォーーン!!と空気と水を震わす衝撃が、余すことなくシャチの脳天に叩きつけられる。
今まさに食いかからんと大顎を開けていたその直上からの一撃は、クジラという大型動物の持つ圧倒的な筋力をもってシャチの頭蓋を砕いた。
シャチはしばらくの間プカリと浮かんでいたが、やがて暗い水底へと沈んでいく。その死骸は小魚に食われ微生物に分解されるだろう。そうして命は巡ってゆくのだ。
無益な殺生などこの世界にはない。生きるために戦い、死んでも他の命の糧になる。
ああ、素晴らしきかな母なる海よ。あなたより生まれた一つの命が、今あなたに還ってゆきます。その命にどうか安らぎがあらんことを……。
「クッソ、クッソ!また負けた!どうなってんだよ赤の動きは!本物のクジラでもあんなにアクロバットな動きしないぞ!?」
「脳油をうまく使えばあれぐらいできる」
クジラは深海に潜る時に頭部にある油を固め、比重を操作して重しとする。そのウエイトバランスを上手にコントロールすれば、急速潜行も急速浮上も意のままだ。
「くあー腹立つ!こうなったらいっそ首長竜をアンロックするしかないのか。同じ海生哺乳類で勝てる気がしない!」
「青、種族を変えただけで簡単に勝てれば苦労しない。首長竜は深海に潜れない」
フレンド間同士のボイスチャットを使って怒りの声を上げているブルマンに至極当然のことを言い放つ。そしてそれに対してまたブルマンが怒りに震える。
こんなやり取りがもう一週間も続いている。ちょっと前の俺では考えられないことだ。
前回のスラクラの一件で知り合った一人のプレイヤー、ブルマン。
俺の正体をズバリと言い当てたやつは、やはりというか同じ大学で同じ講義を受けているイケメンモデルの青山春人その人だった。
青山は確かにイケメンでリア充の憧れともいえるようなモデルの仕事についているが、中身は割と残念なタイプのゲーム中毒者だったことが話していて分かった。
学校と仕事以外の大半の時間をゲームで潰し、モデルとしての体型維持目的の運動以外で外に出ることはほとんどない。ゲームスタイルとしてはどちらかというと理論派だそうで、スラクラでは定番の潜伏ポイントや芋砂発生地帯、メイン戦場となる地区や大雑把なリスポーン地点を記憶することで立ち回っていたらしい。
俺がこんなのであるために学校では相変わらずほとんど喋らないが、いつの間にかお互いを『赤』、『青』と呼ぶようになった。
今はラオシャンをメインに遊んでいて、とりあえず青からのリベンジ戦を毎日の様に受けているところだ。
しかし、海の殺し屋と名高いシャチを使ってこのざまとは。シャチの生態や狩猟方法を知ればグッと強くなるはずだが、理論派を名乗る青がそこいらに気付くまでは勝ちは譲らんよ。
いったん休憩しようということになり、再度シャチの姿で青が現れるが、牙を剥くことなくのんびりと二頭並んで海に浮かぶ。
巨体が二つ波間に浮かんでいるその姿は、水族館でも見られない光景だろう。片や深海まで潜るマッコウクジラ、片やパンダカラーのホエールキラー。種族的にもまずありえないが、そんな光景も簡単にみられる。そう、ラオシャンならね。
「あ、そういえばスラクラに大型調整入るらしいよ。僕らからすればようやくと言ったところかな」
あのサテライトキャノンの一件は青の手により動画がアップロードされ、それを見た同じ様な思いをしていた個人主義者たちと便乗した愉快犯たちがどんどん似たようなことをしだした。
その結果、スラクラの個人戦のバトルフィールドは核爆弾が乱れ飛び衛星爆撃が雨霰と降り注ぐ異常気象と相成り、十字軍や赤備えが日常的に鬨の声を上げるなどまさしく世紀末の状態となったスラクラはこの度個人戦のルールやチャットの設定に大幅な改定がなされるらしい。
当然と言えば当然の帰結。何でもかんでも仲良しこよしフレンド天国では対戦ゲームはままならないという例だろう。
ちなみに、俺も青も垢BANされることは無かった。ネット上では核の嵐を起こした張本人として非難されることもあったが、身をもって運営に警告を飛ばしたある種の英雄的行為と受け取られた節もある。
当然ながら非難の方が多いが、運営の対応を見るに向こうとしても思うところがあったのだろう。
とはいえ、ブルマンの名と赤信号の名はスラクラにおいて売れ過ぎた。
あの一件以降も何度かログインしたが、二人とも異常に目の敵にされたり、逆に頼んでもないのに味方になろうとするプレイヤーがいたりして正直死ぬほどウザい。そのため今はキャンペーンモードを除いて全くログインしていない。あ、デスパピヨンはなかなかいいキャラでした。
俺としてはFPSはNPC相手に銃をぶっ放すものという認識がいまだに根強いのでどうでもいいが、青は結局アカウントを作り直した。
「赤はフルダイブVRを最近始めたって言ってたけど、他に何かゲームやってないの?」
「今はラオシャンとスラクラだけ」
他になんかピンとくるものあればいいんだけど。ゲーム屋『十夢』でいろんなもの見てもいまいちぱっと来ないんだよなあ。
何でもかんでも協力プレイが~とかギルド戦が~とかフレンドとともに~とか、切実にやめて欲しい。フレンドがいないやつだっているんだぞ。マイペースで和気あいあいとしたギルドです^^ってコメントを鵜呑みにするほどこちとら人間出来てねーんだよ。バイト求人広告のいつも笑顔が絶えないアットホームな職場ですと同じくらい信じられんわ。
「今どきのゲームで完全オフラインは珍しいからなぁ……。対人スキルが要らない物ねぇ……レースゲーは?結構リアルなのあるよ」
「レースゲーねぇ。どうせフルダイブするなら現実離れしたのがいいな」
現実で峠を攻めたりはしないけど、それでもわざわざVRでする必要があるのかというと個人的には疑問。せっかくゲームでやるんだからゲームならではのものがいいんだよね。
「VR人生ゲームとか面白かったよ。結婚マスに止まった瞬間、いきなり嫁や旦那ができるんだけど毎回顔がランダムでね。ガチムチマッチョの上に甘いマスクのベビーフェイスが乗ってるかと思えば、ダイナマイトボディの顔がおかめだったり。そして身に覚えのない子供ができるできる」
そこはかとないビターな人生だこと。
毎回思ってたけど人生ゲームの人生ってかなり波乱万丈じゃないか?フリーターのくせに無計画に子供作るし家買うし。かと思ったら弁護士が月の土地なんて買いだすし。結婚祝いのご祝儀のために借金するとかアホかよ。
「他のゲームか……」
日は高く、体にかかる波が気持ちいい。
生死をかけたルール無用の残虐ファイトが日常茶飯事であると同時に、何を思うでもなく浮かんでいられるのもラオシャンの醍醐味だろう。
ああ、母なる海の中、気持ちいいナリィ……。
『フレンドのゆーみんから合流申請がきています。承諾しますか?』
あ?フレンド?……ああ、あーあーあー。うんうん、OKOK。
「青。今からフレンド……というかなんというかだけど、来るから」
「別にいいけど……赤って僕以外にフレンドいたんだ?」
ぶち殺してやろうかこの野郎と思ったが、事実なのでしかたない。今から来るのはフレンドじゃないし。
とりあえず青の承諾も得たので申請に許可を出す。
すると数秒もしないうちにどこからともなくイルカが現れた。このイルカなんて種類だったかな……プレイしたやつと俺を食い殺したやつ以外あんまり覚えてないんだよなあ。
「この人が赤のフレンド?」
「一応紹介しとこうか、青。こいつは……」
「やだすいません、人間違いだったみたいです。お兄ちゃんにあだ名で呼び合うような友達がいるわけないもんね。あーもう恥ずかしー!」
「俺が今サメかシャチじゃないことに感謝しろマイシスター。……聞いての通り、妹だよ」
言うに事欠いてこの野郎……。どいつもこいつも俺のことをボッチだと思いやがって……!!その通りだよチクショウめ!
怒りの抗議に尻尾をびたんびたん海面に叩きつけてみる。こういう時に喜怒哀楽を表情に出せないのがもどかしい。怒りマークのアイコン連打だ!
ラオシャンでは表情など解ろうはずもないので、スタンプのような表情アイコンを表示できる。
これらアイコンはカスタマイズも可能で、やろうと思えば素顔の写真を出したりもできるのだが、現在俺の顔付近に浮かんでいるのはデフォルトのそれ。吊り上げた目と青筋が浮かんでいるテンプレ的怒りマークだ。
ズドドドドドドと連打される俺の怒りをまるっきり無視して青と妹が挨拶を交わし合う。あの、普段自分で空気に徹してるからって、空気扱いが好きなわけじゃないんだよ?
「へー、赤に妹さんがねぇ。どうも初めまして、ブルマン、青山春人です。お兄さんとは大学の同級生で仲良くしてもらってます」
「兄がいつもお世話になってます。妹のゆーみん、赤石優芽です。……あの、青山春人って、もしかして……モデルの?」
「知ってるんだ?嬉しいなぁ。そう、モデルの青山春人だよ」
「雑誌とかでよく見ます!私のクラスにもファンがいますよ!スゴイ、本物だぁ……シャチだけど!」
きゃいきゃい喜ぶイルカと、嬉しそうに照れるシャチ。スゲーな、字面だけならピ〇サーの映画みたいだ。絵面は三頭の種類が違う鯨の仲間が頭突っつき合わせているというシュールこの上ない場面なんだが。アイコン無かったらマジで意味わかんねぇよな。
妹の優芽は、この間誕生日のプレゼントとしてVRギアを父さんに買ってもらったのだ。
なんでも友達がやりだしたのに釣られたそうだが、ラオシャンもやってみたいということでソフトを貸してみたら割とイルカが馴染んだようだ。今は自分でもソフトを買って、こうして遊んでいる。
当然?フレンド登録をしようと言われたのでしておいた。たまに兄妹二人でイルカジャンプするけど割と楽しい。
「で、何しに来たんだよ」
この妹がお兄ちゃん大好き!一緒に遊ぼう!なんて天地がひっくり返って海が蒸発してもありえん。俺が美少女女子高生にいきなり告白されるギャルゲ的展開の方がまだ可能性あるね。
「あ、そうそう。お兄ちゃん、『インフィニティ・レムナント』って知ってる?なんかこう、ロボット組み立てて戦う感じのゲームなんだけど」
「知らん」
インフィニティ・レムナント……知らんなあ。
前時代のカスタマイズロボゲーなら、アンリミテッド・アッセンブリ、通称UAをやったけど。あれもキチ〇イみたいな装備の多さのせいで、オンラインサービス終了時のランキング上位百人の機体がほぼ全て別物とかいうヤバいゲームだったな。
俺がやり始めた時はすでにオフライン限定でシナリオとAI戦しかなかったけど、スゲーやり込んだ。コントローラーぶっ壊れたもんな。ランカー戦の動画とか参考にして機体組んだり、武器縛りでシナリオクリアとかやったわー。
「どうした青、ドン引きアイコン出して」
「いや、女の子の口からそのタイトルが出るなんて意外で……。あれ、一見さんお断り状態の機械オタクとロボオタクの巣窟だよ。アホみたいな頻度でアプデと仕様変更が繰り返されて、今全パーツの仕様を把握している人間なんて開発運営側にもいないって言われるほどの魔境になってる」
「UAの発展版みたいなもんか……?聞いただけで脳味噌がメルトダウンしそうだ。なんでお前もまたそんなゲームを?」
優芽はライトゲーマーだ。ラオシャンでもイルカくらいしかやらないし、操作もセミオート。実績解放を狙う訳でもなく、ただ単純につかの間の非日常を楽しんでいるだけ。ある意味一番ゲームを満喫しているタイプと言えるだろう。
そんな妹がガチガチのロボゲーに興味持つとは思えない。
「仲のいい友達がそれにハマって最近学校に来てないの。きーちゃんって子、お兄ちゃん覚えてない?昔よく家に遊びに来てゲームしてた子」
「漠然と覚えてる」
顔は覚えてないが、きーちゃんて名前は覚えてる。妹が家に連れてきては俺とゲームしてたっけ。結構負けず嫌いで格ゲーとか熱くなってたような。そんな気がするようなしないような。
「その子、ご飯やお風呂以外部屋からも出てこなくなっちゃって、ご両親もちょっとこれはってなってるみたい。それで、私に様子を見て欲しいって頼まれたんだけど……ダメ、聞く耳持たなかった」
ゲームの中にまで行って会話を試みるもにべもなかったそうな。ちょっとヤバい感じのVR中毒になりつつあるみたいだな。
『私に勝てたら話を聞く』なんて言ってるそうだし、これはもうアカンやつだな。沼にどっぷり胸元まで浸かってる。今はまだ風呂と飯で部屋から出てるからまだ一歩踏みとどまってはいるが、完全な引きこもりまでそう時間は無いと見える。
「お兄ちゃんゲーム強いでしょ?きーちゃんをどうにか話しできる状態にできない?その後は私が自分で説得するから、お願い!」
「お前がそこまで言うなら、様子を見るだけはするけど。初心者がガチではまり込んでるフリークに勝てるとは思わないぞ」
あの手のゲームは経験と慣れ、そして何より自分に合うかどうかだからなぁ。合わないやつは操作方法すらおぼつかないが、合えばとことん強くなれる。
画面越しにコントローラーで操作するタイプならUAの経験を生かせると思うけど、フルダイブのロボゲーって操作どうなんだろ。
「インフィニティ・レムナント……IRならちょっと触ったことある。ゼロからじゃあ厳しすぎるから、僕も協力するよ」
サラッと助けてくれる、イケメンムーブっすなぁ。でも齧った程度でも経験者がいてくれるのはありがたい。ロボゲーは慣れるまでが大変だからな。生の声なり攻略サイトなり、先達のアドバイスは大事だ。
「青山さんまで、ありがとうございます……!きーちゃん……黄崎貴理ちゃんは、クチナシってプレイヤーネームです。国内ランキング21位なのですぐにわかると思います!」
ステイ。妹よ、今なんとおっしゃいましたか?俺の聞き間違いじゃなければ国内ランキング21位と?
「はぁ!?ちょいちょいちょいちょい、その子ランカーかよ!?待って待って、絶対勝てねぇって!!」
無理ムリむり!!お前ランカーって言葉の重み知ってる?国内ランキング21位って、現状でその子に勝てるやつが20人しか日本にいないってことだぞ!?そんなもん勝てるかボケ!
そりゃすぐわかるわ。下手したら最前線系の攻略サイトに名前乗ってるぞ、その子。マジかJK怖ぇぇえええ!!
「これはほんとに様子見だけで終わりそうだね……」
青の発した、愛嬌あるパンダカラーの体に似合わない苦みきった渋いつぶやきが波乱を予感させた。
UAとIRのモデル?そうだね、ACだね。
なお、ロボの組み立て方はBesiegeに近い模様。そりゃ一見さんお断りですわ。




