誰でも最初は初心者
ただのチュートリアルで終わる初ボスもいれば、トラウマを刻む初ボスもいる。協会のデーモン君や侍大将 河原田直盛のように。要するにフロムの初期ボスはヤバい。
「……合計で、何回だ?」
「えっと……多分、三十回くらい、だと……」
「当分トレントは見たくねぇなぁ……」
「あんずもです……」
ぐぇー、と二人揃って魔法使い協会の休憩スポットあるソファに崩れ落ちる。おそらく普通のプレイヤーが引退するまでに倒すトレントの数十倍は倒したぞ……。
おかげであんずの目標であるレベル16に到達し、一息入れたら彼女が特殊クエストを受注して老緑の深き森のボスを倒そうというところ。それなりに長いマラソンだったが、これでようやく先に進める。
「アカシンさんのおかげでレベルアップしましたし、ボスにリベンジですよー」
何度も何度もトレントを焼いては町と森を反復横跳びする作業を一緒にこなしたおかげか、最初はおっかなびっくりだったあんずの表情も幾分か和らいできた。俺としてもベタベタされるのは苦手だけど、だからといって必要以上に怖がられるのも傷つくからこれでいい。
「エヴァーズ・ホーンだったか、名前」
「そうです、角が木の枝になったおっきな鹿ですね」
エリアボスとはストーリークエストに出てくるエネミーのことで、そいつを倒さないと次のエリアに行けないため半強制的に戦うハメになる。
アルコバレノを出てすぐの【若草街道】にもインキーラビットというウサギがいたけど、そいつはノーマルモンスターに毛が生えたくらいのものだったので、そういった意味ではエヴァーズ・ホーンこそが最初のボスだと言えなくもない。
「初めて戦った時はすぐにやられちゃったけど、今度は勝てますよね!」
「ソロで倒した相手だから。あんずがコケなかったら大丈夫」
「うえー、ひどいですよぅ。……でも、ありがとうございました。ボスもお願いしますね、アカシンさん」
最初のビビリっぷりはどこへやら、ころころと表情が変わる子だな。
トレントマラソン中に聞いたんだけど、あんずはフルダイブVRそのものの初心者だそうだ。姉がカラマジをやっているということと、テレビでみたCMが面白そうだったという理由で初フルダイブにこのゲームを選んだらしい。
他のゲームでの知り合いのほとんどが並み以上の腕前のプレイヤーだから、あんずのように序盤であたふたしているプレイヤーを見るのは新鮮だ。今までは俺があたふたしているのを助けてもらっていたからな……。
「ああ。行こう」
「はい!」
「準備は?」
「HPもMPも満タンです!」
老緑の深き森、その最深部。「この先に何かあるよ!」と全力で主張している大きな傷がついた木のそばで、俺たちはボス戦前の最終確認をしていた。ここを越えるといよいよエヴァーズ・ホーン戦が始まる。
最新のものに買い替えた魔筆を握ってやる気満々のあんず。メインで戦うのは俺とはいえ、ボス戦というのはむやみにテンションが上がるというもの。それもリベンジ戦とあればなおさらだろう。
「よし。それじゃボス戦だ」
「レッツゴー、です!」
二人で傷ついた木よりも奥に足を踏み入れると、ほんのわずかな違和感を覚える。エリアボスとの戦いのため、一般フィールドから俺たちが隔離されたことで起こるシステムのラグだ。
エリアボスと複数人で挑む場合は今回のあんずのようにストーリークエストを受注したプレイヤーとパーティを組まなければならず、隔離された専用フィールドでの戦いになるので野良プレイヤーの助力は得られない。パーティメンバーでもない通りすがりの誰かさんにボスを倒されたら盛り下がるもんな。
一本の大樹を中心に開けた地形。その樹の根元にどっしりと寝そべっている巨体こそがこの森の主、常緑の樹角エヴァーズ・ホーン。
普通の鹿とは比べ物にならないほどの重機のような体格もそうだが、何よりも目立つのは名前にたがわず青々とした葉をつけた樹角。ストーリー的には老いたことで凶暴化してしまった個体だというけど、そうとは思えないほど生命力に溢れて見える。
「グググ、グググ、グググ……」
いまだ寝そべったまま視線だけをこちらに向けて発される、縄張りへの闖入者に対する威嚇の唸り声。
次第に大きくなる声を聴き、すでに倒した経験がある俺はどうということはなくても、こっぴどく敗北した記憶があるあんずは若干へっぴり腰になる。だけど、それでも立ち止まることなく俺たちは巨鹿へ近づいていく。
彼我の距離がある程度に達し、己の威嚇に止まらない人間二人を外敵とみなしたエヴァーズ・ホーンが立ち上がる。角を入れた全高は俺の倍以上、体重など桁が一つ二つ違うような巨獣が樹角を数度振りかざし、こちらをギロリと睨みつけた。
「フィィィヨォォォォ!!」
甲高い咆哮が木々の枝葉を揺らして響き渡り、それを合図として戦いが始まった。
あくまで付き添いの俺はともかく、クエスト受注者本人であるあんずが倒れるとその時点でクエスト失敗になる。なので俺が主体で戦うのには変わりないが、敵のギアが上がり切っていない今なら話は別だ。
「あんず、二重丸だ。マジック・リンク!」
「はい!マジック・リンク、です!」
掛け声とともに俺が赤で描いた二重丸に重なるように、あんずが黄色の二重丸を同じ大きさで描く。これで発動条件は満たされた。前後に重なった赤と黄色が混じりあい、できあがるのは太陽の如き鮮やかなる橙色。
鹿さんにゃ悪いが初手からぶっ放しでいく。せっかく二人いるんだ、利用できるもんは利用しないとな!
「「【混色二画魔法:ソレイユ・サークル】!」」
浮かび上がった二重の円が眩く輝き、放たれるのは陽光の奔流。すなわち、太陽ビームである!!
鬱蒼とした森の中を日輪の光が疾走し、初期位置からほとんど動いていなかったエヴァーズ・ホーンに直撃。まさかの開幕砲撃をモロに食らった巨鹿がその身をよろめかせた。
これこそがマジック・リンク。パーティメンバーが協力し合って、一人では使えない色の魔法を使用可能にするテクニックだ。しかも二人で描いた魔法は同じ画数でも個人で描いたものとは比べ物にならない効果を誇る。このソレイユ・サークルも、赤の攻撃力と黄色の直線スピードをいいとこ取りした強力な魔法だ。
まあ、混色するためには参加者がほぼ同一の場所に同一の形を描かなければならないというデメリットがあるので、二人しかいない今だと戦いが激しくなってから狙うのは難しい。それにMPも普通の魔法より多く持っていかれる欠点もある。
以前あんずがコテンパンにされたことに対する意趣返しもうまくいった。ここからは俺が赤魔法で攻め立ててあんずが援護、チャンスがあれば再度の混色魔法を狙っていく。
エヴァーズ・ホーンの行動は大きく分けて二パターン。巨体による突進と、樹の根っこを操っての攻撃が主だ。
突進の威力は高いのでまともに喰らえば大ダメージだが、事前に威嚇の唸り声をあげるので分かりやすい。根っこ操作にもターゲットに向かって樹角を振る予備動作があるので、敵をよく観察して習性を覚えるというボス戦の鉄則さえ理解していれば苦戦はしない。
「グググ、グググ……」
「唸り声、突進だな。避けろよ」
とはいえ、他のゲームで戦闘経験を積んだプレイヤーなら怖い相手ではなくても、フルダイブVRの初心者プレイヤーにとって明らかな敵意を持って襲ってくるモンスターというのは恐怖以外の何ものでもなく。
「フィィィィ!!」
「ひやぁぁぁぁん!?」
ひょいと避けた俺とは反対に、迫りくる巨体に萎縮してしまったあんずは回避どころかその場に蹲ってしまった。当然ながら動きを止めたら回避などできるはずもなく、悲鳴を上げたところで敵は見逃してはくれない。
「ぷぎゃっ!?」
跳ね飛ばされたあんずがゴムボールのように宙を舞い、数秒の滞空の後にドサッ、ズサッ、ズシャァァと豪快にバウンドをして地面に転がった。次の攻撃が来るまでに助け起こしてやらないと。
レベル上げの恩恵もあってまだまだHPは余裕がある。問題はアバターではなく、それを動かしているプレイヤーのメンタルだ。
「……あんず。あいつが怖いか?」
「こ、怖いですよぅ!おっきくて速いし、なんでアカシンさんは平気なんですかぁ!?」
こんな単純な攻撃で動けなくなるほどビビるもんかと思ったけど、冷静に考えればブルドーザーよりデカい鹿が全力で突撃してきたら怖いに決まってる。ラオシャンの鯨や首長竜、ドラスレのドラゴンなんかで知らず知らずのうちに感覚が狂ってきてるな。
バサッ、バサッ!
角を振るってことは根っこ攻撃。二人とも同じ位置にいるからどっちが狙われているのかわからん、とりあえず今回はあんずを抱えて避けるしかないな。えーと、これは確か右にジャンプ、左にジャンプ、最後はしゃがむ、だったっけ?
「ほいっ、ほいっ、ほいっと」
「ひやっ!ふわぁっ!?やぁぁぁぁん!」
一人で戦った時の記憶が役に立ち、地面から飛び出て鞭のように振るわれる根っこを無傷で避け切った。コンセプトが全然違うから比較するのもなんだけど、デスブラの死闘に比べればまだまだ余裕だ。
「ふぇぇぇん……」
しかしこいつは本当に大丈夫か?エヴァーズ・ホーンは俺が燃やせばいいが、その先でも大型モンスターが出ないとも限らない。そこでもこんな感じだと俺は困る。戦闘中に恐怖で蹲ってしまうプレイヤーは、非常に申し訳ないけど仲間ではなく足手まといだ。
でも恐怖を乗り越える楽しさとボスを倒したという達成感はゲームの醍醐味、その味を知らずに挫折してしまうのは惜しい。誰だって初心者の内からうまくいくわけもないし、乗り掛かった舟ということで少しばかりのアドバイスを送ろう。
「ボスが怖くなくなる方法を知りたいか?」
「え、そんなのあるんですか!?お、教えてください!」
俺がガキの頃、ホラーアクションゲームに出てくるボスが怖すぎて攻略を投げかけた時に親父がくれた言葉。
―――いいか、信吾。どれほど怖いボスでも倒せる攻略方法がある。それはな……
「怖さが麻痺するまで死に続けろ」
「…………はい?」
ゾンビアタックこそがプレイヤーに与えられた最高の特権。何度殺されても復活する勇者に対して、一度死んだら終わりの体で世界征服を企む魔王の方が勇気ある者だって、それ一。




