GAME31 EX 雨
「その日は、先日以上の『邪闇の使徒』が現れました」
――――――――――
街中で無数に現れる使徒達は分承者や倒れ伏す一般人は歯牙にも掛けず、唯一点に集う。
その中心地には、赤子を抱えた女と、同じく赤子を抱えた男が、襲い来る使徒達を退けていた。
「くっ......! 数が多いっ! ――大丈夫か!」
「――えぇ! 大丈夫よ!」
男は自身の周囲に水を浮かべ、その水を用いて使徒達を吹き飛ばし、切り裂いている。
僅かに白光を放つ風を纏う女は、その風を用いて使徒達を吹き飛ばし、切り裂いている。
襲い来る使徒達を近付けさせることは無いが、あまりの手数に下手にこの場所から動く事が出来ないでいた。
時間が過ぎれば体力と気力が尽きることになり、しかし幾ら倒せども一向に数が減っている様子を見せない使徒達は、恐らく今と勢いも変わらずに攻め続けるだろう。
二人が赤子を抱きしめながら危惧したと同時、使徒達の攻撃が止まり、二人を円状に取り囲んだ。
「流石霊神を宿す家系のお二方ですね。この数の使徒達を相手に赤子を守りながらも無傷とは、いやはや恐ろしいモノがありますよ。しかし非常に残念ですねぇ」
突如、笑みを象った仮面で素顔を隠した男が二人の前に現れ、癪に障る口調でヌケヌケと言い放った。
二人は咄嗟に腕の中の赤子を庇う様にして身構える。
そして警戒と敵意を表出させ、仮面の男を睨み付けた。
「......なぜこの子を狙う。お前たちが狙うのは『負を纏う魂』を持つ者だろう」
低い声で男が問うと、仮面の男は首を傾げた。
「おや、お気づきになられていないのですか? 如何に優秀な霊神の分承者と言えども、感知し得ぬモノなのでしょうか? いえ、霊神すらも感知していないとするならば、並の者では感知し得ないということになるでしょうし......となれば『我が主』とその子供はとても特別な存在だと思いませんか?」
仮面の男が饒舌に語っている最中、赤子を抱く二人は使徒に襲われていた。
それも、先の様に無秩序に襲い来るのではなく、互いに互いを利用し合った冷徹なまでの連携を行いながら。その危険度は、先の比ではない。
最早互いに声を掛け合う事が出来るようなモノではなく。幾ら二人の練度が高いと言えど多勢に無勢。ソレを覆せる程圧倒的な戦闘力は、持ち合わせていない。
「しかし幾らその子供が特別と言えども、所詮は唯のニンゲンに過ぎません。継承者でも分承者でもない以上、この状況を覆す程のチカラを使えるようにも見えませんし、いやはや残念なモノです。ですがやはり特別は特別。我が主がその子供を狙うのもお分かりになるでしょう?」
男の抱く赤子を狙っている為か、男を集中的に襲う使徒達に、しかし女は援護すらできない。
使徒達の、ともすれば一つの生物の様な連携により徹底的に攻められ続けている。更に、敵はそれだけでは無く、環境までもが二人に牙を剥いているような状態だ。
降り頻る雨により身体は濡れ体温が奪われ、動きが鈍くなっていく。重ねて濡れた地面は滑りやすくなっており、やはり動作に支障をきたす。
赤子二人にはそれぞれ風と水で濡れないようにはしているものの、激しい動きは赤子の負担になる為頻繁には行えない。
そうなると――
――限界は、すぐに訪れる。
「――くっ! っ! しま――っ! がっ!」
一瞬の隙を突かれ、使徒の一体に赤子を奪われ、攻撃を受けたことにより奪い返す事が出来なかった。
赤子がいなくなったからか攻撃がより一層激しくなり、幾度も攻撃を貰ってしまう。
男の攻撃に集中している様に女の包囲が薄くなった。一瞬の隙を突き、男の傍まで駆け寄って援護する。
「っ! すまない。助かった」
「いえ、それよりもあの子よ。どうにかして助けないとっ――!」
周囲の使徒達は、まるで二人をその場に縛り付ける様に攻撃を行い始める。二人にダメージを与える訳では無いが、しかしだからと言って使徒達が倒されている訳では無い。
包囲も強固で、例え隙を突いたところで簡単に突破は出来ないだろう。
そんな二人には目もくれず。仮面の男は一体の使徒が連れて来た赤子へと顔を向けていた。
使徒が連れていた赤子は浮き上がり、仮面の男の前まで移動する。
「やはりスバラシイですね。えぇ、とてもスバラシイ。そして残念です。非常に残念です。大変苦労致しましたが、漸くです。アナタ方もどうかご覧頂きたく思います――」
仮面の男は赤子を前に饒舌に話し始めるが、その内容は支離滅裂。真面に聞いたところでその真意を理解する事は出来ない。
仮面の男は赤子に手を翳す。すると、闇の靄が赤子の周りに漂い始めた。
靄に包まれた赤子の身体から、淡く光る球状の『ナニカ』が出てくる。
その間も、仮面の男の閉じぬ口からは支離滅裂な言葉が止まらない。否。赤子から離れていく『ナニカ』を見て、より興奮したように吐き出される言葉は加速していく。
淡く光りに包まれた赤子は身じろぎすらせず、死んでいるのか眠っているのか判断がつかない程静かに、唯されるがままになっている。
二人の男女は使徒の猛攻を必死に捌き続けているが、しかしその場から動くことすら叶わない。
闇の靄は赤子から離れて行く『ナニカ』を捕らえる様に包み込んでいく。やがて『ナニカ』を飲み込んで、消失した。
同時に赤子を包んでいた光も消え、緩やかに地面へと落ちていく。
「フ、フフフフフ......失礼。目的は達しました。我が主もお喜びになるでしょう。一刻も早く戻らねば――」
思わずといった様子で笑いを漏らした仮面の男は、何やら呟きながら姿を消した。その直後に大量にいた使徒達も忽然と姿を消す。
残った二人は使徒が退いたことに僅かに呆然とした様子を見せ、すぐさま地面の上に横たわる赤子に駆け寄る。女が抱いていた赤子を男に渡し、地面に横たわる赤子を抱き上げた。
降りしきる雨の音しか聞こえなくなったその場所で、しかし二人と男の腕に抱かれた赤子は一切濡れていない。
男の腕の中で、赤子が身じろぎする。いつから目覚めていたのか、パッチリと開いたその両の目で女に抱かれた赤子を興味深げに見ている。
女に抱かれた赤子は、冷たすぎる身体を震えさせることすらしない。
「......ごめんなさい」
女の声は、雨音に掻き消されてしまう程に、弱々しかった。
――――――――――
「――その後養子として保護されたのが水落様であり、もう一人の赤子が先代の継承者となる煌空様です」
霊神は一度言葉を区切り、一拍の間を置いて言葉を続ける。
「水落様は、中々他の方へと心を開くことがありませんでした。表情も殆ど動かず、感情があるのかすら疑問に思われたこともあります。そんな水落様が最初に心を開いたのが、煌空様です。煌空様は常に水落様の後に付いていました。笑い掛け、喋り掛け......やがて水落様が心を開くようになった頃には既に、水落様が拾われて七年が経っていました」
七年。それは一般的に考えて、仲を深めるには充分過ぎる期間だ。七年の間ほぼ毎日というのは、親密になるには充分過ぎる。
言葉尻が僅かに暗くなったことに気付いた霊神は、再び言葉を区切る。しかし紡がれた言葉はどこか淡々としたものであり、感情を抑えているせいか、むしろこちらの方が痛々しさを感じられる。
「七年の間に、煌空様は継承者として邪闇の使徒と戦うようになりました。煌空様の才能は、齢七つを待たずして、その片鱗を見せていたのです。水落様は、時々姿を見せなくなるご両親と煌空様へ疑問を抱いた様子を何度か見せました。しかし、水落様は深く追及することはなく、又、煌空様もご両親も真実を語ることはありませんでした」
淡々とした口調で、しかし所々に混ざり込む感情があることは分かるが、どんな感情が混ざり込んでいるのかは特定できない様な、そんな口調のままに、霊神は話を続ける。
「ご両親は、水落様を再び邪闇の者達と係わらせることを避けるために話さず、煌空様は、水落様を心配させたり、不安になったりしないようにと話しませんでした――」
霊神が俯き、その顔に大きな影を落した。
「――......もし、水落様に話していれば、何かが変わっていたのかもしれません......」
ハッとした様子を見せると軽く頭を振り、顔を上げて謝罪する。
「申し訳ありません。話を続けます――いえ、簡潔にしましょうか」
直後の声からは感情の一切を排した。
「水落様へ真実を明かさぬまま暫く経ち、煌空様とご両親は邪闇の眷属と相対しました......」
大きく、間を開ける。
「......結果だけを、お伝えします。煌空様は邪闇の眷属と相打ちとなり、お亡くなりになりました」
空白。
「その後、ご両親は水落様へと全てを明かそうとし......しかし、真実を隠してしまいました。真実を隠されたことに気付いたのかは分かりませんが、水落様は家を飛び出し......再び帰って来た頃には、全てに心を閉ざし、全てを拒絶していました......先程の、私と言葉を交わした時の様に......水落様は、ご両親への興味を失った様な態度を取り続け......やがて、ご両親は水落様によって家から追い出されました」
一つ。溜息の様な息継ぎを行った。
「――以上が、水落様と先代の継承者である煌空様と......ご両親との、関係です」




