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GAME26 意図

 雨の降る薄暗い街中で、二人の男女はそれぞれその手に、二人の赤ん坊を抱きしめていた。


 赤ん坊は、男の子と女の子。女の子は興味深げに男の子を眺めている。


 当の男の子は、まるで死んだように静かに眠っていた。血の気の引いた肌で、身じろぎすらせず静かに女性の腕に抱かれていた。


 男性は、女の子を優しく抱きながらも天を仰ぎ、女性は強く、しかし優しく眠る男の子を抱き締め、苦しげに声を絞り出した。


「ごめんなさい......」




――――――――――




「《CRAFT(クラフト)RAPTOR(・ラプター)》とは、簡潔に言うのなら代替品に過ぎない」

「代替品だと?」


 流石に反応せずに入られなかった。思わず声に出すと、リセラは確と頷いた。


「そう。それは貴方の破損した魂(・・・・・)を補完する為の道具であり、破損した部分の代替品の役割を担っている」


 断言。


 しかし、水落(みら)としては『破損した魂』と言われても心当たりがない。どころか、魂が破損したのなら何かしらの障害が存在する筈であり、心当たりがある筈だ。


 だが水落にはそんな心当たりは――


(いや、待て)


 《UTOPIATALE(ユートピア・テイル)》をプレイしていた百人は、誰も彼もが一般人では無かった。


 プレイヤーは現実(リアル)での己等の事を『理外者(アウター)』と称する事を決めた時、確かに言っていた。


 人の(ことわり)から外れていると。


 そんな『力』を持ち、振るう事が出来ると。


 だからこそ、一般的な暮らしは難しいと。


「『理外者(アウター)』と、彼の者達は自分を称した。そして又、貴方も『理外者(アウター)』だ」


 つまり、水落も『力』を持っていると――


 否、先の口ぶりから、『破損した魂』とはこの事を指しているのだろう。


 自覚すら無い『力』を使えなくなっていると言われても、戸惑いが沸いてくるだけでしかない。


 ――とも言い切れないのが、水落にとって辛いところだ。


「......原因は、なんだ?」


 敢えてどんな『力』なのかを聞かない水落に、リセラは何も言わず静かに見詰める。


「貴方達の言う、『闇』の者達。彼の者達が貴方から奪い去った」


 最初から因縁があった、という事だろう。


 だが、だからと言って今更どうにかなるような事ではなく、せめて知る事が出来て良かったのだと割り切らなければならない。


 深呼吸一つ。それで、感情の整理はつく。


 それに、本来の話はこんな事ではなく、《CR(クロ)》についての話だ。脱線させたままにしておくのは馬鹿のする事。


「それで......話を戻そうか。こいつ、《CRAFT(クラフト)RAPTOR(・ラプター)》の具体的な補助内容はどうなっている?」


 取り出した《CR》をテーブルの上に置くと、リセラの視線が移動し、手が伸びる。


「コレは貴方の能力を模範し、貴方の魂の回復の一助となるように創られたモノだった」


 リセラは優しく《CR》の表面を撫でると、まるでガラス細工や宝物に触れるかの様な、非常に慎重な手付きで持ち上げた。


「しかし、コレの創作者はとても悔しそうにしていた。貴方の魂の回復を促すには、こんなモノでは足りないのだと。力不足で本当に申し訳ないと呟いていた」


 どこか遠くを見るような目で《CR》を見ていたリセラは、水落の眼を見据えるとスッと差し出す。


「コレに内包された力は私の、私達の想像を遥かに上回るだろう。しかし、それでも貴方の能力には遠く及ばず、コレによって(もたら)された力は貴方の能力のほんの一部でしかない」


 水落が手を伸ばし《CR》を掴むと、リセラは優しく笑みを浮かべ、水落の手に自分の手を重ねた。


「けれど、コレには無くてはならない力がある。それが、私達を貴方の下へ導いてくれる力。私達を、貴方と繋げてくれる力。そして、貴方と私達の繋がりを、形として示してくれるからこそ、決して不必要なモノでは無いと、私はそう思っている」


 そこで、ハッとした様な様子を見せたリセラは、《CR》を水落へ渡しながら苦笑する。どこか名残惜しそうに水落の手から自分の手を離したのが見えた。


「すまない。話が逸れてしまった。ともかく、ソレ本来の効果は貴方の魂の回復を促す事であり、SKILL(スキル)MAGIC(魔法)ARMOR(装備)等は副次的に(もたら)されたモノだ。副産物、と言い換えても良いかもしれない。創作者のお詫びを込めた、ね」


 珍しく悪戯っ子の様な小悪魔的な笑みを浮かべたリセラは、声に僅かな愉悦の様なモノが混ざっていた。


「スキルや魔法は気軽に使えるけれど、装備等に関してはそう気軽に使えるモノでは無いと記憶してくれれば問題はない。コレは、私達にも適用される事だ」


 リセラはフッと、今度は小悪魔的なモノでは無く、もっと純粋で、信頼と信用と覚悟と、様々なモノが入り混じった明るい微笑みを浮かべる。


「貴方の問題は私達の問題で、貴方の敵は私達の敵だ。それを、忘れないでいて欲しい」


 最後の最後でどこか悲し気な、寂し気な色が宿った事を水落は見逃さなかった。


 とはいえ、それを指摘する程水落は鈍感ではない。


 そのまま気付かなかったふりをして、調理中のメレとフィーニスも混ぜて歓談に移行した。


 空気も重いモノから明るく和やかなモノへと変わり、風呂から上がってきたヴィラ、リフィル、シャルも加えるとかなり賑やかなモノとなった。


 皆がとても楽しそうにしている中で、水落もまた、いつかの懐かしさにつかりながら楽しんだ。




――――――――――




「......おいしいか?」


 幼い少年は、隣に座る少女にそう訊ねた。


 少女は口に含んでいた物を飲み込むと、花が咲いた様な明るい笑みを浮かべる。


「うん! おいしいよ! おにいちゃん!」

「そっか」


 そんな返事を聞いた少年も又、とても優し気な笑みを浮かべた。


 少年と少女の対面に座る男女は、そんな二人を微笑まし気に見つめながら、静かに食事を続けた。


 賑やかという程では無いが、しかし和やかで明るい雰囲気である事は間違いない。


 それは極一般的な家庭の幸せの形、その一つである。


 だが、これが誰にとっても幸せであるとは、言い切れない――




――――――――――




 静かに目を開き、身を起こす。


 時計を見れば、きっかり三時間の睡眠時間だった。


 あの後、夕食を食べた後に『従者』達を『送還(リターン)』させた水落は、普段より早めに床に就いた。とはいえ、睡眠時間が短い為に何時眠ってもあまり変わらないのは何時もの事だ。


「......」


 懐かしい頃の夢を見た。


 恐らく夕食の時の事が呼び水になったのだろうが、今この夢を見たからどうこうは出来ないだろう。


 なんとも言えない想いを飲み込み、置いてあった《CR》を取って窓から身を躍らせる。


 直ぐに屋根上に立ち、目を閉じて一つ、深呼吸。


 直後、唐突に現れた気配を捉える。


 目を見開けば、水落の眼前で空中に留まるタキシードの様な服を着た男が、こちらへ向けて酷薄な笑みを顔に貼り付け、細めた目を向けていた。


「......来ると思っていた」

「おやぁ? それはおかしいですねぇ。ワタシの動向は悟られない様に細心の注意を払っていた筈なのですがぁ、どうやって気付いたのですかぁ?」


 無言で通す。流石に『勘だ』とは言わない。


「......まぁ、この際気にするような事ではありませんねぇ――――そんな瑣末な事よりも、このワタシの事を覚えていますか?」


 唐突に雰囲気と口調の変わった男を見て、水落は冷たくなっていく思考が表に出ないようにする事に苦心していた。


 この男の雰囲気、慇懃無礼な態度、そして『邪闇(やみ)の使徒』以上に禍々しい気配。


 顔も、動きも、更には服装すらもあの頃(・・・)と変わらない。


「まあ、どちらであろうと構いません」


 無言を貫き通していると、男は肩を竦めてそう言った。


「今宵ワタシがアナタに会いに来たのは、アナタをワタシ主催の死祭(パーティ)にご招待して差し上げようかと思いまして」


 大袈裟な身振りまで加えながら、心底楽しそうに男は言う。水落が反応しない事は気にも留めていない様だ。


「いえ、これから直ぐという訳ではありません。時を置いて、『後継者』の方々が揃った時に開催するつもりなのですが、ええ、勿論の事ながら特別ゲストの方もお越しになります。必ずや愉しめる死祭(パーティ)と致します故、アナタにも一声掛けさせて頂きました」


 僅かに安定しない喋り方をするが、しかし何を言いたいのかは伝わる。どこか道化師の様な印象を受けるが、だからこそ常に警戒している水落は、微かな違和感を覚えて後方へ飛ぶ。


 その瞬間、水落が立っていた場所へ複数の何か(・・)が飛来した。


(糸......か?)


 夜の闇では、否。例え昼間でも視認の難しい極細の糸が通り過ぎた。


「おや、フラれてしまいましたか? しかし、ワタシは諦めが悪いのです――――それではぁ、また後日にぃ、再びお会いできる事を心待ちにしておきましょうかぁ」


 そう言って、男は『従者』達の様に何の痕跡も残さずに消え去った。


 一方的に話を振っていたが、それ以上に気になるのが、あの糸の様なモノ。


 大袈裟な動作に隠して飛ばしたのは感知出来たのだが、不明であるその効力はどうにも悪感を覚えさせるモノだった。


 下手に喰らっていれば、身動きを封じられるか殺されるか以上の何か(・・)が起こっていた可能性が高い。


「......」


 溜息を吐きそうになるのを堪える。


 《CR》を取り出して、空へ掲げた。


(まだ、足りないのか......)





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