GAME23 虎神と『継承者』
朝。HRが終わった後何時も通りに屋上で《CR》をプレイしていた。
因みに、山から戻った後は準備して直ぐに学校へ行く時間になった為、特に何かした訳ではない。強いて言えば、アイテムや装備を整えているだけだ。まだステータスは上げていない。
と、そこで視界に表示されていた〈マップ〉に二つの反応が屋上へ向かってきているのが分かった。時間を確認すると始業の鐘が鳴る寸前である。
片方は龍谷で、もう片方は虎神の『継承者』の様だ。恐らく水落の事を紹介するつもりだろう。
今じゃなくてもいい気はするのだが、まあ気にする程の事でもないだろう。大きな問題がある訳でも無し、あの時の偵察(?)はバレてはいないだろうが、念の為に警戒しておくとすればそれくらいだろう。
尤も、恐らく『守護神』にはバレている可能性の方が高い。感情や思考なら兎も角として、神に対して気配を誤魔化し切れると言い切れない。気配では無く魂を捉えられるとしたらどうしようもない。今のところは。
何時か誤魔化せる様にすると謎な目標を立てていると、音を立てて扉が開いた。
「オイ、誰も居ないじゃねえかよ?」
「この上だ。多分気配を消してるんだと思う」
会話が聞こえてきて気配を消していた事を思い出し、気配遮断の練習を止める。
因みに、気配遮断は気配を消すだけなので練習と称す事ができるが、気配操作を行うならば特訓が必要である。SKILLを使えば当然簡単だが、それは違う。というか、水落からするとSKILLは切っ掛けにしかならない。それに加え、もし、仮に、SKILLが使えなくなった場合を考えると頼り切りになるのはどうなのかという話になる。
兎も角。タイミングを見計らって顔を上げると、昇って来た龍谷と虎神の(以下略)が視界に入った。
「ミラ、ちょっといいか?」
「ああ。ソイツの事か?」
「そうだ。こっちは天寅戦。イクサ、こっちは神影水落だ」
水落と戦の視線が交錯する。水落は戦の目を見ながら、その全体像を把握していく。
地毛なのか、焦茶の短髪を逆立て吊り上がった鋭い目を光らせている。茶色の眼に宿る光は肉食系の捕食者を連想させる。
身長は水落と同程度。但し水落よりも筋肉質であり、鍛えられた筋肉に猫科の様な柔軟性を感じるのは『守護神』の影響もあるのだろうが、本人の気質からだろう。
〈霊視〉と〈霊感知〉を用いて視ると、その全身に黄色......いや、金色というべきだろうか、黄金色の靄を纏っている。更に、頭部と腰の辺りに半透明の虎の耳と尻尾が存在しており、その眼は金色をしていた。
「ミラは『使徒』の事も知ってるから協力者になってくれる筈だ」
「コイツがか?」
『ふーん』と見定める様に水落を見る戦。そして、いきなり殴ってきた。
ノーモーションで十分な威力を秘めた拳を横へ逸らし、腕を取って地面へ倒す。戦の顔が驚愕に歪み、龍谷が突然の事に慌てる。
「イクサ! いきなり何してんだよ!」
しかし、戦はそれどころでは無いのか反応しない。驚愕したまま固まっているが、それもそうだろう。手を抜いていたとはいえ簡単に拳打を逸らされ、片手で、それも座っている相手に地面に沈められたのだから。
そこで、龍谷の隣にスッと龍神が現れ呆れた顔で溜息を吐いた。
「まったく、何をしておる虎神。水落殿に関しては先に知らせておいただろう」
「え? どういう事だよ?」
龍谷はいきなり顕現した龍神に驚き、更には戦を虎神と呼んだ事、先に水落の事を教えていた事に三度ビックリしていた(語呂が悪い)。
龍神が出る直前に立ち上がっていた戦、の体に憑依している虎神はガハハと豪快に笑った。
「いやぁ悪い悪い! 別に悪気があった訳じゃねぇんだ。オメエも、突然殴りかかって悪いな。スマン」
潔い。水落に対してしっかりと頭を下げた後、『この小僧は関係ねぇからな、怒らないでやってくれるか』と、戦の体を指しながら言ってきた。
(ヴィラと気が合うだろうな)
戦闘狂故に『凶者』の二つ名を持つ彼女(普段は彼)を思い出しながら立ち上がり、虎神の目を見ながら軽く左右に首を振る。
「謝罪する必要は無い。それでもと言うならば受け取ろう。当然だが天寅戦にもオマエにも怒りを懐く事は無い。そもそも謝罪しなければならないのはオレの方だ――」
そのまま言葉を続け頭を下げようとしたところで虎神から制止する声が掛かった。
「ああイイって。オレは気にしてねぇから。むしろオメエに関心したくれぇだ。小僧の体を借りていたとはいえオレの攻撃を防いだんだ。それも座った状態でオレを地へ落としてんだぜ? もう少し誇ったっていいんじゃねぇか」
その虎神の問いに対して、肩を竦める事で答えとする。そんな水落の様子を見て、虎神はその名に相応しい獰猛な笑みを浮かべた。
「ところで虎神よ。一体何時までその者の体を使っておるのだ」
「おっと、忘れてたぜ」
空気になっている龍谷と水落の目の前で、戦の体に変化が現れる。
虎耳と虎尻尾が見える様になり、瞳の色が金色に変化。そのまま耳と尻尾、そして瞳の色は溶ける様に消えていき、戦本来の姿に戻った。
「ふぅ~、やっと戻った~」
雰囲気をガラッと変え、大きく伸びをする。
「オマエが天寅戦だな」
「おう! 俺が天寅戦だ!」
『よろしく!』と右手を差し出してきた。握らない訳にはいかず、こちらも右手を差し出す。
最初は力強く握り締めてきただけだった。しかし、徐々に徐々に握る手に込められる力が増していく。
まるで握り潰すかの様に、人外の力が水落を襲う。
しかし――
「がッ!」
戦は水落によって地に伏した。握られていた手を外し、投げ倒したのだ。投げ倒すついでに、耳の後ろ辺りを強く打ち、運動機能を麻痺させた後、背中の丁度中心を踏みつける。これで暫くは動けない。動ける様になっても直ぐに起き上がる事は不可能だ。
「ッハハハハ!」
水落が戦を制圧すると同時に、虎神が爆笑しながら顕現した。龍谷と龍神は呆れ顔をしている。
暫し、場は混沌とした。
――――――――――
虎神と龍神、水落と龍谷と戦に分かれて話していた。
虎神と龍神は『使徒』や『眷属』の事について話しているようだ。
そちらの方の話を聞いて脳内へ留めつつ、意識は龍谷と戦の会話に向ける。
が、特段水落が話しに入る必要のある話ではなかった為、定位置に戻って《CR》を取り出そうとしたところで――
「そういやお前、えーと、水落って呼んでいいか?」
「好きに呼べ」
タイミング悪く話しかけてきた戦に、乱雑に答える。が、間違っても感情は表に出さない。
「んじゃ、水落。お前さ、俺にも稽古付けてくれね?」
「オマエにか」
「そう、俺に」
『どーよ!』と幻聴が聞こえそうな戦の目を覗き込む様に見返そうとしたところで、水落と戦の間に龍神が身を割り込ませ、虎神と龍谷が戦を引っ張りはじめた。
「すまんな水落殿。少々戦殿を借りていくぞ」
「あ、ちょっ、おい! 引っ張るな! あぶなっ、危ねえから!」
「イクサの自業自得だっ」
「黙って来い小僧」
そのままそそくさとどこかへ行った継承者勢。〈マップ〉のおかげでどこに向かっているのかは分かるのだが、学校を抜け出すのはどうなのだろうか。いや、授業を抜け出すのと大して違いは無いが。
溜息を吐きそうになるが、なんとかそれを飲み込む。そして、ここからどうするか考える。
このまま継承者勢を追っても良い。何か有益な話を聞ける可能性もある。が、その場合は何かの拍子に水落の事が露見しかねない。
何を今更、ではなく。水落が後を追う場合はいつだって戦闘中、つまり、その意識が敵に集中するタイミングだ。守護神は継承者の成長に合わせてその本来の力を使えるようになっていく為、今現在は戦闘中なら露見する確率は低いのだ。
補足だが、これらの事は守護神本人(本神?)であるところの龍神から聞いた事だ。嘘をついていない事は確認済み。その際の言いとして、『水落殿が全力で気配を断てば、今のワレでは全力で気配を探らねば見つけられぬ』とかなんとか。
魂を直接感知している訳では無いらしいが、龍神曰く霊神なら出来る可能性があるとの事。感知能力では下から順に虎神、龍神、霊神だ。又、どの面をとっても龍神は真ん中だ。多様性という意味合いでは抜きんでているが。
閑話休題。
他にも色々と考えたが、結論としては行かない。その一択だ。それよりも《CR》をやりたい。まだステータスすら上げていないのだ。
現状ローリスクハイリターンの《CR》と、ハイリスクローリターンの覗き見兼盗み聞きなら、《CR》をやるというのは当然の帰結。
水落は定位置に座り込み、普段通り《CR》を取り出した。
――――――――――
戦を引き摺りつつ、四人はとある裏通りにある小さな店へ来ていた。
その小さな店『ウィンク』のドアには、『CLOSE』と書かれたドアプレートが掛けられている。
当然鍵も閉まっているのだが、龍谷はポケットから一つの鍵を取り出して鍵を開けると、四人揃って店の中へ入った。
店内は隅々まで掃除されているのか埃一つ落ちておらず、清楚な雰囲気すら漂っている。綺麗に揃えられたテーブルと椅子を見るとカフェか喫茶店にしか思えない。
しかし、備え付けられたカウンターの内側には黒い垂れ幕の様な布が掛けられた棚がある。それもカウンターはバーカウンターに近い造りをしている。
少々分かり辛いが、ここは『カフェ』であり『バー』である場所だ。どういう事かというと、昼はカフェを、夜はバーを経営している。昼と夜で仕様が違うのだ。
では何故龍谷がこの様な店の鍵を携帯していたのかと言うと、ここの経営者が龍谷の父親だからだ。
因みに、この店は基本的に不定期開店だ。趣味でやっている様な店であり、尚且つ裏通りに存在する為常連客しかしらない『隠れた名店』状態なので、特に問題も無い。又、龍谷の父親は『分承者』である為、その方が都合もいいのだ。
店内に入り、最も出入り口に近い位置の席に龍谷、龍神が並んで座り、その対面に虎神と戦が座った。
上座と下座の関係が滅茶苦茶だが気にしていないのだろう。四人はそのまま会話を始めた。
「で、なんで三人揃って俺を止めたんだよ? 鍛えてくれって言うくらい別にいいじゃねえか」
話については予想出来ていた様だが、なぜこうなったのか分かっていない様だ。龍神と虎神が溜息を吐き、龍谷が苦笑を浮かべる。
「だからテメエは小僧なんだよ」
「見て分かる様にはなって欲しいが、最近の水落殿は己を偽装する術が更に上達しておるからな。流石に厳しいか」
「あ? どういう事だよ」
「ま、コイツはバカだからな。見ても分からなかったんだろうよ。オレの継承者の筈なんだがなぁ。やっぱ近接一辺倒はダメだったか。やってれば分かるようになると思ったんだが」
「おい」
「それはお主が悪かろう。いくら戦いに身を置いていたとてワレ等の気配を常に感じておるのだ。無意識にワレ等と比べておるのだろう」
「......なあ」
「言い換えりゃ自分の実力を把握できてねぇって事だろ? 更に言やぁ自分の力に対して驕ってるって事だろ?」
「俺を無視するな!」
「それこそ仕方なかろう。これまで散々邪闇の者共と戦ってきたのだぞ? 一般人には負けんと思い上がる事とてあるだろう」
「......」
戦が何を言おうと尽く無視し、話を進めていく龍神と虎神。それも戦のプライドをツンツン、チクチクと、いや。
ザクザク、グサグサと刺激しまくって来る会話を前に、戦の目はとうとう光を失ってボーッとし始めた。弱い。
「あー、えっと......何かイクサが可哀想になってきたんだけど......」
流石にどうかと思ったのか、虎神と龍神の二人を止めようとした龍谷だが、何を言えばいいのか分からなかった様で、どこかハッキリとしない口調となってしまう。
虎神と龍神はそんな龍谷を見て、そのまま戦へと視線をスライドさせると、再び溜息をついた。
「シャキッとしろ小僧」
「グハッ!」
虚ろな目で虚空を眺めていた戦の脇腹に、ドスッと虎神の肘がめり込む。その様を、龍谷は『えー......』とでも言いそうな表情で見ていた。
戦は激しく咳き込みつつも、驚愕と困惑と痛苦の入り混じった表情を浮かべ、その目に光と恨みがましい色を宿して虎神へと抗議する。
「い、いきなりなにしやがんだっ!」
「まあ先ずは落ち着け。これからお主等に水落殿の事をある程度教えておこうと思ってな」
脇腹を押さえつつ声を荒げた戦を、龍神が落ち着かせる。そして龍神の後半部分を聞いた戦は、『はぁ?』と間抜けた声を上げた。
「とは言うが、ワレも主殿も水落殿のことは深くは知らぬ。故に先ずはワレ等が知り得た事から話すが、良いか?」
「ああ、いいぜ」
「......なんっかスルーされてる気がすんだけど......まあいいか。んじゃ、説明頼んだぜ」
『うむ』と一つ頷いた龍神は、その目を半分以上空気と化している龍谷へと向けた。
「え? 俺がやるのか!? ............はぁ、分かったよ」
一つ間を置いて、龍谷は水落の事を話し始めた。




