481列車 憧れを見る目
東京に戻り、2学期がスタートする。学校の授業では旅行業務取扱管理者という国家資格試験の勉強もある。さすが国家資格。勉強はとても難しい・・・。しかも、その私見は9月にある。夏休みもバイトや帰省をしていなければ国内取扱管理者の勉強に割いていたからなぁ。でも、どうだろう・・・。
「お疲れ様。」
試験が終わると、沼垂が言う。
「ああ。お疲れ。」
「ムズかった・・・。僕合格した自信ないよ。」
「・・・それはウチも同感・・・。」
さすがに今日という日は受験した全員真剣な顔をしていた。今はその試験が終了したこともあり、たがが外れたようにリラックスした表情を浮かべている。
「帰ろうか。永島君。」
「うん。帰ろう。今日ばかりは遊んで帰りたいかな。」
「・・・賛成・・・。」
沼垂の言葉を聞いて、ウチは筆記用具を鞄の中にしまった。試験が終わった盛夏物をしまう手の動きが普段よりも遅く感じる。
「二人とも、今日は試験お疲れ様。」
亜美が寄ってきた。
「亜美もお疲れ様。」
「崇城さん、何か顔あんまり疲れてないね。」
「さすがにそれはないわ。私も結構疲れてるわよ。さすがに合格率25%ぐらいの国家試験、なめてかかるわけ無いでしょ。下手すれば、私でも合格できないわ。」
「崇城さんで合格できなかったら僕らじゃ一生かかかっても無理だな。」
「かもね・・・。」
ウチらは立ち上がり、試験会場を後にした。上野駅から京浜東北線に乗り、日暮里駅で下車する。日暮里から少し歩いて、下御隠殿橋という跨線橋に来た。そこには同じように鉄道を見に来た大きいカメラを抱えた人と、何があるのか興味本位でのぞき込む人がいる。僕らもその一員に加わった。
下をのぞき込むとちょうどE12系新幹線が大宮方面に走っていき、大宮方面からは上野行きのE231系が走る。少し視線を右に移せば京成電鉄の車両も見える。今ホームには成田空港行きの京成「スカイライナー」が止まった。
「東京って本当すごいなぁ・・・。」
沼垂が言う。
「15両編成の列車が10分に一本ペースで出て、それでも立ち客が車内にいるなんて。僕の地元じゃ考えられないよ。」
「ウチの地元でも考えられないな・・・。ウチの地元は1時間に列車7本だし、どんなにつなげても12両だし・・・。新快速は確かに混んでるけど、ウチの地元で座れない花石なぁ・・・。」
「ここで10両以下を見ると短く感じるわね。」
「・・・。」
「でも、さすがに見慣れたね。半年もいると結構この光景にも慣れたよ。」
沼垂が言う。
「北海道って鉄道では不便になったわね。函館本線だってほとんど経営分離されてしまったし・・・。まだ北海道新幹線が札幌延伸開業する前の時のほうが楽しかったわね。北海道のディーゼル特急は結構好きなんだけど・・・。」
「そうなんだよなぁ・・・。在来線は全部道南いさりび鉄道になったからなぁ・・・。函館まで行くのに新幹線が延伸する前からちょっと値上がりしたし・・・。」
「・・・。」
ウチもこの光景には慣れたな・・・。
「あれ・・・。」
ウチは亜美がウチらの所から離れていくのに気付いた。一体何があったのだろうか。亜美は早足である人の元へ向かっていく。
「崇城さん、どうしたんだろう。」
沼垂もそれに気付いた。
「後追ってみよう。」
ある人のもとで亜美が立ち止まり、頭を下げる。それを見ると相手の人も頭を下げた。一体あの男性は誰なのだろうか。ウチも知らない人と亜美は今話しているはずなのだが、なぜがどこかで見たことがある気がする・・・。
私の握手に応じてくれた手が離れる。
「私も有名になったものですね。まさか、あの旅をした後の世代の方々にも顔を覚えて貰っていたとは思いもしませんでした。」
「本来なら、こうして話しかけるのは迷惑だったでしょうか。」
私は右手のぬくもりを左手で感じながら問いかけた。
「そんなことはありません。こちらも動画視聴くださりありがとうございます。私は帰らなければなりませんので、今日はこれにて失礼します。あまりお話しできずに申し訳ありません。」
「とんでもない。お話しさせていただきありがとうございました。」
「あっ、言い忘れていました。最長往復切符ですが、やろうと思った時にやった方がいいですよ。まぁ、大人の独り言だと思っていてください。」
「はいっ。」
そう言うと播州さんは一礼してから、人ごみの中へと消えていった。
「亜美。」
「いきなりいなくなったから何かと思ったよ。」
光ちゃんと沼垂君が駆け寄ってきた。
「誰と話していたの。」
「ああ。私達の中では有名人よ。播州亜多琉って聞いたこと無い。」
「播州亜多琉・・・。」
「あっ、聞いたことある。あれ、たくさん旅行記あげてる。」
沼垂が言った。そこでなぜ顔に見覚えがあったのか分かった。お父さんとお母さんが結構熱心に見ている鉄道チャンネルの人か。
「まさか、ここで本物の大富豪系ユーチューバーに会えるなんて思ってなかったなぁ。」
「・・・。」
「あこがれの男を見る顔だな。」
沼垂が小声でそう言った。その言葉は都会のあらゆる音がかき消していった。




