Red Valentine
2月14日。この日は多くの男子が少なからずの期待を抱く【バレンタインデー】という日である。高校二年生の僕、染屋光もチョコを期待している。とは言え、別に愛が欲しい訳じゃない。いや欲しいけど。ただ僕は、単純にチョコが食べたいだけだ。と、そんな事を年々思い続けているものの、ほとんど貰ったことがない。誰か、義理で良いからチョコをくれ!好物のチョコを!恵んでくれ!
___と、そんなこんなで今日は2月14日である。
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放課後になると僕はいつも図書室に向かう。今日もそうだ。図書室に行くと、本を数冊一気に掴みだして椅子に座り、そして読み始める。僕は一人で静かに読みたいのだが、いつも付いてきて僕の読書の邪魔をする奴等が三人ほどいる。凛さん(♀)、斗真(♂)、幸輔(♂)の三人だ。とは言え、こいつらと居ると僕もついつい話にはまってしまうのだから、本当に邪魔と思っているわけではない。
特に凛さんと居る時は、とても楽しい。何と言うか…癒される?
まあ、片想いの相手なのだから当たり前か。
_凛さんは誰かにチョコをあげるのかな_
そんな事を考える今日この頃であった。
「今年はチョコ0個かぁ…」
幸輔が残念そうに言うと、
「《今年も》だろ?」
斗真がすぐに突っ込みを入れた。斗真はいくつか貰った様で、余裕そうな表情を見せていた。
「どうせ俺はっ…」
斗真の表情を見て、幸輔は更に落ち込んでしまった。それを見かねた凛さんが、
「あげれば良かった、かな?」
と何とも優しい言葉を発した。にも関わらず、
「義理なんざぁいらねぇ!」
幸輔は凛さんに対して失礼なことを言った。凛さんは笑っていたが、僕は幸輔にと一緒に呆れるばかりだった。幸輔は何て贅沢者なのだろうか。ちなみに、僕の今年の獲得数は0個である。
ふと時計を見ると、5時を少し過ぎていた。そろそろ帰らなければならない。そのことを告げると、
「私もそろそろ…」
と凛さんも帰る準備をしだした。外に出るまでの少しの時間ではあるが、凛さんとまだ話せると知り僕は嬉しかった。他の二人も着いてくると思ったら、珍しく本を読んでおり、帰ってて良い、と言ってきた。
図書室でもケータイを弄っている二人が本を読むなんて、雨が降らなければ良いのだが。
「じゃあな、二人とも」「バイバイ」
僕と凛さんが挨拶をしているのに、二人は本から目を外さなかった。何を考えているのか全く理解できないものだ。
玄関を出てからも僕達は話をしていた。共通の趣味のことや学校での出来事など、まあ、普通の会話を。10分くらいかな。
そろそろ本当に帰ろうと思った時、凛さんからまさかのチョコを貰った。予想だにしていなかった事態に、僕の頭の中は完全にストップしていた。
「いつもお世話になってるから、一応…」
そう凛さんに言われて、ようやく冷静になった。
ああ、義理チョコね。そうだと思ったよ。本命な訳がないよな、とガッカリしながらも、それでも嬉しかった。片想いの相手からだったら、義理でも嬉しく思うのは当然だ。
「帰ってから…開けてね…」
凛さんは恥ずかしそうにそう言った。チョコは中の見えない袋に入っていた。チョコの出来栄えが悪かったのだろうか?形なんて気にしないし、義理ならそこまで気にすることはないと思うのだが、嬉しくてそんなことはどうでも良かった。
「ありがとう!大事に食べるよ!」
僕はお礼を言って笑った。凛さんは「大事にだなんて大袈裟だよ」と言って笑った。
気がつくと、僕達は見つめあっていた。こんな時間が永遠に続けば良いのに。そんなことを僕は考えていた。
しかし次の瞬間、僕の顔に無数の温かい液体が飛んできた。僕の目の前に凛さんの顔は無かった。そう、《無かった》のだ。凛さんの胸から上が。先程まで凛さんだった物体は、血を吹き出しながら倒れた。
僕の顔にかかった液体。それは《凛さんの血》だった。何が起こったのか分からなかった。いや、理解できなかった。けれども僕は見ていた。何が起こったのか。
凛さんの頭は《喰われた》のだ。巨大な蛙の様なバケモノに。
僕は腰が抜けて、そこから動けなかった。突如として現れたバケモノに自分も喰われる、という恐怖が身体を支配していたのだ。
しかしバケモノは、僕に見向きもせずにひたすら凛さんの体を食べていた。
雨が降らなければ良い、と思ったが、そこには確かに《血の雨》が降っていた。この世のものとは思えない光景に、僕はただ怯えることしかできなかった。
バケモノが凛さんを食べ終わると、次に狙いを定めたのは僕__ではなく、玄関を出てきた一年の女子だった。
「に、逃げろっ!」
僕の声が彼女に届いた頃には、もう既に上半身が無くなっていた。この瞬間、僕は理解した。
バケモノが食べるのは《女だけ》だということに。