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人間試験

作者: 阿宮悠維

『まもなく、池袋、池袋……』


 今私は、電車に揺られて山手線を回っている。東京から始まって、ぐるっと一周するつもりだ。


 車内の客はほとんどが若い人で、席はまだ全て埋まっているが、立っている人はいない。


 少し考え事をしている内に、アナウンスのとおり電車は池袋駅へと着いた。ドアが開き、人が乗って来る。新しく入って来たのは杖をついたお婆さん1人だった。私はすかさず席を席を立ちお婆さんに譲る。ところが同時に、隣に座っていた若い男も席を立った。しかし他の人が譲ったから自分はいいなんてことはない。「誰かがやるからと人任せにしない」……人間として生きていくなら必要なことだ。


「お婆さん、こちらの席をどうぞ」


「悪いねえ、ありがとうねえ」


 ここまでは完璧だな、なんて考えていると、同時に席を立った男に胸ぐらを掴まれた。


「おいあんた、今俺が席譲ろうとしたんじゃねえか。何勝手に横取りしてんだよ!」


 ああ、たまにいるらしいなこういうやつ。ニュースとか見ないんだろうか? というか、しっかり勉強してないんだろうな。


「失礼しました。しかし、あなたが譲るから私は立たない……などという人任せは人間としてどうかと思いまして」


「そんなこと言って、点数稼ぎしてんじゃねえよ!」


『161番、失格です』


 唐突に電車のアナウンスが鳴り響く。やっぱりそうなるか……161番、この男が胸に着けているプレートの番号だ。アナウンスが鳴ってすぐ、黒いスーツを着た男が隣の車両からこの車両に入って来た。


「お、おいちょっと待てよ! 俺も席を譲ろうとしたじゃねえか! 何で俺だけ失格なんだよ!」


 161番の男が喚いているが、そんなことには構わず黒服の男は懐から拳銃を取り出し躊躇なく引き金を引いた。銃声の後、161番は力なく床へと倒れこんだ。


『一応解説をしておきますが、席を譲るという行為は相手への思いやりによって、相手のためにされる行為です。そのため、相手が座れるのであればそれでいいはずなのですが、161番は“横取り”や“点数稼ぎ”などという発言から“自分が良く見えるために譲ろうとした”ものと判断いたしました。そのような動機で席を譲ろうとし、剰え暴力行為に至るというのは、まさしく自分勝手であり、“人間失格”との裁定がくだりました』


 最近ニュースでも話題になっている「点数稼ぎ」をしようとする受験者だな。この試験の趣旨に鑑みればどういう行動をとるべきか分かるだろうに。ふとその時、少し離れた位置から女性のすすり泣く声が聞こえてきた。


『137番、どうかいたしましたか? あれは“人間失格”となった“人でなし”です。それに同情するとなれば、あなたも同類と見做されかねませんよ?』


「……いえ、161番の家族や友人は、こんな“人でなし”に付き合わされていたのかと思うとあまりに可哀想で」


 137番の彼女がそういうと、どこからともなく拍手が巻き起こり始めた。


『すばらしい! ここにいない人間のことまで思いやれるとは! 是非皆さんも137番を見倣ってください。きっと“人間合格”を得られることでしょう』


 そのアナウンスに拍手がより一層大きくなる。なるほど、そういうところも考えられるといいのか。拍手をしながら私はそう感心していた。


 次の目白駅で杖をついたお婆さんが降り、とうとう空席が1つ出来た。私は東京まで、ぐるっと一周するつもりだ。

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