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流星群

作者: 黒助さん

少し前に言っていた短編の小説です。

どこかが必ず変であると思いますが、呼んでいただけたら嬉しいです……。

 誰も居らず、広々とした車内の中、長椅子の真ん中に男女二人が肩を並べて座っていた。片方は私で、もう片方は私の恋人。ただただ車内は静寂に包まれ、一片の会話もない。

完全下校を超えての帰りだから、窓は暗闇に塗りつぶされ、遠くのほうではポツポツと明かりが灯っているのが見える。

 ガタンと定期的に線路を進む音が響き、心地よいリズムを作っていたのだが、私は逆に落ち着いていられない状況下にいた。

「ねぇ……なんで私と居るの?」

「急に、何故?」

「いや、何となく……」

 気弱な私の返事は、静かな車内に消えていく。そして、また電車の揺れる音と誰もいない静寂が私に襲い掛かってきた。

この短い会話は、今日でもう三回目。もう、私は彼とうまく付き合っている自信がなくなってしまったのだ。

それに、彼は最近忙しいのか、私と会うことが少ない。そして疲れているのか、こうして肩を並べての帰宅途中、その時間でも何も話さないことが多い。私が話しかけても、ひどく短い返事をしたり、質問の意図をみつけようとしたりしてごまかすし……。しかも、その表情はいつもどこか遠くを見ているだけで、こちらを向くことは少ない。

付き合った理由も、どう付き合っていくのかもわからなくなったんだ。

だから、私は……別れようと考えている。

でも、どういって別れるのがいいのかが分からない。

相手を振る方法が見当たらない。

「あ、やっぱり私達は合わなかったっぽい。もう付き合うのやめよ?」って軽く言えばいいのか、様々な文句を言ってから、「じゃっ」で済ませばいいのか。はたまた、「もう知らない!」って言って、会わないようにすればいいのかな。膝の上で、親指の先をこすり合わせながら天井を仰ぐ。

……別れ方が分からないから悩んでいるのも事実だけれど、もう一つ、最低だと思うことがある。……相手を振ることに罪悪感と恐怖心を抱いて、相手が別れを告げるのを待っている自分がいるのだ。

 ガタンガタンと音が続く。学校の最寄り駅から12番目の駅が、私の家からの最寄り駅。今は10番目の駅で後2駅。彼の降りる駅まではあと3駅。彼は終点の駅が最寄であるのだ。

 言わなきゃならない。どうすればいい?眉をひそめ、今度は自分の膝を眺める。そう考えているうちにも、次の駅が見えてきた。

「あの……」「あのさ」

「な、何?」

 勇気をだして話を切りだそうとした時、彼から珍しく話しかけられた。私はそのことに驚いたと同時に、私の話よりも優先すべきだと思い、聞き返す。

 もしこの話が、私のしようとした別れ話しなら、私は振られることになる。……って罪悪感を紛らわしたいだけなのかもしれない。最低だな、私。

 しかし彼は正面を向いたまま、口を固く閉ざしている。それから少し経って、プシュという力強い音と共に扉が締まり、次の駅のアナウンスが流れる。同時に、電車は動き出した。

「……その、だな。……この後時間……あるか?」

「え?」

 ガタンガタン。静かな車内に電車がレールとレールの間を通る音が響く。それが嫌に耳に残る。

「何で……?」

「……いや、変な意味ではなく、ちょっと……な」


 そう言って彼は頭を掻く。歯切れの悪い彼を私は初めて見た。

 何時もはリーダーシップがあり、クラスをまとめる、昭和の好青年のような性格をしている。言動も強く、行動力もあり、言いたい事をしっかりという人だ。

 だから、私は戸惑った。


「……あっ」


 彼を見つめていると、揺れが収まった。どうやら駅についたようで、扉の開く音がする。私はその扉の向こうにあるホームを見て、つい、反射的に立ち上がり、そちらの方へと足を向けた。

 戸惑いで思考が停止した頭では、その行動に何一つ疑問を持てなかったのだ。

だけれど、その足は一歩進んだだけにとどまる。


「ま、待ってくれないか?」

「は……え……」


 彼に手首を握られることにより、私は無意識に帰ろうとしていたことに気づいた。

彼の方を振り返ると、彼はすっと目をそらして渋い顔をする。


「……えっと」

『ドアが締まります。ご注意ください』


 何か聞こうと彼の顔を見る。その眼は真っ直ぐこちらを見ていた。だけれど、見た瞬間に退路が断たれてしまった。


「……閉まっちゃった……」

「その、すまない。……だが、君に見て欲しいところがあるんだ」


 彼の目は、何かを決心したような力強い意思を感じさせる、キリッとした眼差しであった。


「……分かった。ついてく……けど、どこなの?」

「……な、内緒だ」


 彼は少し頬を染めて言う。この表情にもまた、私は驚かされた。付き合って数ヶ月、その間に一度も見なかった表情なんだもの。

 ガタンガタン。なおも電車は進み続ける。でも、私は今やっと、始発駅から発車したような気がした。




 終点の駅から出て、左の農道の少し先を進むと、小さな山道がある。私達はその獣道と言っていいくらい、雑草がボウボウと生えた山道を歩いていた。

 彼は少し笑みを見せながら私の前を歩く。時折、すまないと呟いてこちらを気にしてくれる。……でも、できれば私の歩調についても考えて歩いてほしいなぁ。

「……この先にあるの?」

「あぁ、この先にある」

 さっきよりも自信満々のような、元気な声でそう答える。いつも通りの、日常でよく聞く彼の声音、大きい声。私も少し、心の中でくすっと笑った。

 そして、先に大きな木を見つけた。そこには、今通ってきたような険しい道でなく、青い花がところどころに広がっていた。

 この道を抜け、その木の下に近づくと、彼は私に手を差し伸べた。私も木の下に向かい、彼の手に捕まった。

「こっちだ」

 グイッと私を引っ張ると、私の視界から外れるように私の隣に移動した。

 彼の代わりに見えたのは

「うわぁ……綺麗……!」

 星の光の下、その輝きに負けない、街灯、商店街、温かい家庭の光が遠くまで続くように照らしている、街並みだった。彼の住む輝かしい街。この夜更けの今でもまだ、賑わいを魅せるその街には不思議な魅力を感じられた。その街と夜空を一望できる丘。それがここだったのだ。

 そして、ここは彼の住む街。彼の馴染みの町並みなのだろう。そう思うと、胸に何か、不思議な、込み上がっていくものがあった。

「この景色を見せたかった……2週間前から」

「2週間前から……?」

 私がそう聞き返すと、街を眺めながら彼は頬を染めてむっとした。

「い、いや、そのだな……あー……俺はその、少し不器用……で」

「……中々言い出せなかった?」

「そうだ。……緊張してな」

「緊張?」

 私は今、豆鉄砲を秒間数十発喰らったような気分になった。

彼は常にハキハキと動くし、自信を持った発言をしているし……クラスの皆の前で発言し、まとめることだってできる。おそらく、全校生徒の前でも緊張せずに話せるだろう。そんな彼が、私の前で緊張していると言う。そんな馬鹿な。

 それ以外にも気になる点がある。よく思い出してみると、これまで彼から、このようなお誘いは無かった。それはなぜ今なのか。なぜ二週間前なのか。

「なんで二週間前に、ここへ呼ぼうと思ったの?」

「あぁ、それはだな……」

 頭を掻きながら恥ずかしそうに言う。

「付き合って丁度、3ヶ月だからだ」

「乙女かっ」

「んな!? ち、違うぞ! 友人の立ち話を聞いたんだ」

「聞いたって?」

「恋人同士、付き合って3ヶ月目には記念として何かしらのイベントが必要なのだと」

「…………はぁ〜……」

 思わず、ため息が出てしまう。付き合って3ヶ月。確か2週間前が丁度その時だった。

「……で、なぜデートとかの誘いがなかったの?」

「えぇっとだな……」

 彼は俯いて頬をかく。珍しいことのオンパレードで、私は一周回って自身でも驚くくらいに冷静になっていた。

「あ、頭の中でグルグル回ってな。話そうと思ったその時にはもう、中山の最寄り駅だったからだ」

「え、つまり私が駅を降りるまでずっと考えてたの?」

 そうだと肯定して、彼は照れる。じゃあ何か?私が彼に話しかけても無視されたり、偶に上の空で返事されたりしたのは彼の考え事によるもの?

「……最低」

「なっ!?」

「バカ」

「な、なにか悪いことをしたのか!?」

「鈍感男」

「すす、すまない!」

「……」

「……」

 彼は両手を合わせ、私に頭を下げる。その顔はすごく焦っており、本気で謝っているのだという事が伝わってくる。馬鹿な人。でも、そんな彼を好きになった私はどうなのだろうか……。

「……もういいよ?」

「ほ、本当か?」

「けど許さない」

「あうぅ……」

「ふふ、嘘」

「……どっちなんだ……」

 彼はううぅと両手で頭を抱える。そんな姿、誰も見たことがないだろうなぁと思うと、少し優越感を感じた。と同時に、彼をいじるのが少し楽しく思えてきた。くすっと笑うと、私は彼より一歩前に進む。

 何故だか、街に大きく近づけたような気がした。

「……本当はね、別れ話をしようと思ってたの」

「え……」

「だって、笹山君は最近、私と会うことが少ないし……帰宅途中、その時間でも何も話さないことが多いし……」

「……会うことは、すまない。最近、ヘマをする後輩がいてな……忙しくなってきたんだ。帰宅途中は……すまない、さっきの考え事だと、思う」

「それにね、私が話しかけてもひどく短い返事をしたり、質問の意図をみつけようとしたりしてごまかすし……しかも、その表情はいつもどこか遠くを見ているだけで、こちらを向くことは少ないし。

  私は笹山君とうまく付き合っている自信がなくなってしまっていたんだ」

「……」

 言葉を失う彼は、今更、今頃、やっと気付いたのだろう。はっとした顔のあと、気が咎めるような表情をした。そう、この3ヶ月間、私はこの苦しみと向き合ってきたのだ。今ここで別れを告げたって、罪悪感を感じることはない。

 でも、そうじゃない。私は別れを告げたいとは思っていたけど、この景色と、彼の態度を見て……もう少しだけ、本音でぶつかってみようと思った。


「私は、恋人同士が何をして過ごすのかなんてわからない。だから、会話だけでもしようと思ったの……そして今日、やっと話せた」

「……その……すまない。俺は、自分の事だけを考えて、中山のことを考えてなかったんだな……」

「気づくのが遅いよ……まったく」

「ぐっ、すまな、い?」


 ぷっふふふと私は笑って彼の方を向く。彼は不思議そうな顔をして私を見つめた。その顔がまた珍しすぎて、面白すぎてまた笑う。


「な、何なんだ?」

「いや、面白くて……ふふっ」


 彼は困惑した顔になったが、やがて苦笑した表情に変わった。


「……あまりからかわないでくれ」

「ふふ、ごめんなさい。でも、寂しかったのは事実よ」

「……つらい思いをさせてすまなかった」


 彼はそう言って頭を下げる。とてもきれいに、九十度直角に。私は自身の腰に手を当て、そっぽを向くような態度をとった。

 すると、彼は顔を上げて街のほうを眺め、話し始めた。


「……俺も、さ……恋人同士は何をするのかがわからない。それに、みんなが思っているほど、俺はしっかりとはしていない。俺だって中山には緊張したりするし、話をしようと思ったりしてもできなかったり、話の目的が気になって、聞き返すことだってしてしまう」

「……ん」


 何か、心の中で消えていくような感覚がする。


「でも、それでも何か恋人として、中山、君を喜ばせようとは毎日思っていたんだ」

「……ふふっ、んっ」


 何か、心の中で溶けていくような感覚がする。


「……そう、これだけは本当だ……俺は、中山。……君が好きだ。」

「……」


 何か、心の中で流れていくような感覚がする。


「ありがと……」

「なっ! ど、どうしたんだ、また何か俺は君を傷つけてしまったのか!?」


 彼が私に動揺して、私に心配し、私に謝ろうとしている。珍しいことのオンパレードといった私の言葉の本当の意味は、彼が私にだけ、こうした表情態度をとっているということ。私には人一倍独占欲があるのかな?それが、何か、うれしくて仕方がなかった。

 彼が動揺した原因、心の中で流れたように感じたのは私自身の涙だった。ほほを伝う雫を拭い、私は笑顔で、「大丈夫」と言い、彼に背を向け、街を眺めながら続ける。

「私はさっきから言った通り、話しかけられなくて、誘われなくて、会話ができなくて、とても辛かったの。本当に私のことが好きなのかわからなくなっちゃったりしたし……」

「……」

「だから、本当は今日別れるつもりでいた。そういったよね」

「……ああ」

 私は振り返り、笑顔で言う。

「でも、もういいや。……うん、許す」

「ありが―――」

「それと、もう一つ」

 彼の言葉にかぶせて話す。私の今の本心を。

「私も好きだよ、笹山君」



 夜が更け、スマホのLIN(リン)というチャット型のアプリに、母親からの連絡が入った。それに、「もうすぐ帰るから」と返信する。私たちはこの丘の、大きな木の下で男女二人は肩を並べて座っていた。女の方は私、中山椿、男の方は彼、笹山君。手をつないで眺める街は、なおも輝きを失わないでいた。

「……ねぇ」

「なんだ?」

 彼はいつものきりっとした顔で、こちらを向く。街を眺めながら、私は息を吐くように続ける。

「明日からさ、緊張しないで、今日みたいに話していこうよ」

「……あぁ、俺もそれを言うつもりだった」

 また街の方へと向き直し、彼は続ける。

「明日から、恋人についてしっかりと学ぼうと思う。恥ずかしいが、友人にきちんと聞いてみようと思う」

「恥ずかしかったの?」

「……あぁ」

「変なの」

「……すまない」

「ふふっ……いいよ」

 タタンタタン、近いはずの電車の音が、遠くから聞こえたような気がした。



 それから数日後、私たちはお互いに積極的に話していくようになった。

学校のお昼休み、放課後、そして帰りの電車の中で、何でもない話から学校での話をする。その中で発見したのだが、彼は照れると頬をかき、何かを言い辛いこと、話しづらいことだと頭をかきながら話すのだ。

 それを見て、くすくす笑うと何がおかしいんだと顔を近づけてくる。こういった無意識にすごいことをする彼が、緊張していたとは思えないなぁと思いつつ、その癖について内緒にするのだ。

 今日も、彼と何でもない話をしながら屋上で昼休みを過ごしていた。

「で、そこで加山が本気で逃げたんだ。俺は追いかけようとしたが、先に俺よりも早いスピードで追いかけたのは、中村先生だった」

「あの中村先生が?」

「あぁ、一度生で見せたいとおもったな」

 あははと笑う私の隣で「なぜ笑うんだ?」という顔で私を見つめる彼。でも面白いのだから仕方ない。加山君はお調子者で、クラスのムードメーカーだ。そして、いつも先生から呼び出しを食らう「3K」という集団の一人でもある。3Kとは、苗字の頭文字がKのバカ三人の名前だ。

 そんな彼はちょっかいや、悪戯をする人で、中村先生の体育では男女に分かれるのだけれど、いつも加山君の叫ぶ声と加山君を呼ぶ、中村先生の叫びが遠くから響いて聞こえてくるのだ。

 だけど、笹山君が話すには、加山君は悪友で恋人がいるらしい。加山君は問題児である一方、みんなへの気配りができるという、いい人なのか悪い人なのか、矛盾している意味の分からない生命体として、私の中で出来上がっていっている。

 中村先生は私のクラスの担任で、体育の教師だ。しかし、少し肥満体質でおなかがポッコリ出ている。そんな先生が走って笹山君よりも早いのだ。……想像ができない。

「綺麗なんだ、中村先生の走る、あのフォームが。驚いたよ」

「あはは、まぁ、あれでも体育の教師だしね」

「あぁ……あ、それとな」

「ん?」

 彼は頭をかきながらちょっと恥ずかしそうに続ける。

「加山に相談した。恋人とどう接するのか……その時に、中山と俺が……その、恋人同士であることを言ったが、大丈夫だったか?」

「え、もう恋人同士であることは多分ばれてるよ?」

「え」

 彼は素っ頓狂な言葉を漏らす。……本気で気づかなかったのだろうか……。学校のお昼休み、放課後、そして帰りの電車……一緒に過ごしているのだから、ばれないはずがない。彼も彼で、どこか抜けているなぁと、私は苦笑した。

「あ、あははー」

「ど、どういうことなんだ!? だって、俺は誰にも話していなかったんだぞ?」

「っふはっははは」

「な、何がおかしいんだ!? 教えてくれ!」

 キーンコーンカーンコーン。遠くまで響くチャイムが鳴り、お昼ごはん、そして彼と楽しく話す時間は終わりを告げた。彼はモヤモヤした表情でスピーカーをにらみ、私は笑顔で彼と一緒に教室に帰る。……たぶん、これでも気づかないのだろうなぁと思うとさらにおもしろかった。

 その途中、階段を下りて教室に向かう廊下で、彼は頭をかきながら私に話しかけた。

「な、なぁ、中山」

「ん? 何かな?」

「……今度、さ、でぇとに行かないか?」

 ……私の笑みは増し、その誘いに「うん」と答えた。



「さぁて、お前ら。そろそろ学園祭が近いからどうするか話し合ってくれ。ただし、煩くするなよぉ? 特に加山ぁ」

「お、おれっすかぁ!? やだなぁ先生、俺は煩くしませんよぉ? なぁ、みんなぁ?」

 また始まった。とみんなは心の中で呟いてることだろう。呆れた顔で加山君から視線をそらすのがよくわかる。それを見た加山君は「うそぉん!」と叫び、先生に「いやだから叫ぶなって言ってんの!」と注意を受ける。……あの先生が本気で走るととても速いのか……。


「んんっ……では、続きはクラス委員長の笹山。後を頼むぞ」

「はい、わかりました。では、今回の学園祭について、ステージでの発表と展示、どちらがいいかを話し合って決めます。ではまず―――」


 彼は立ち上がると教壇に立ち、話を始めた。その姿を眺めていると、後ろからちょんちょんと突かれ、振り返る。私の後ろの席、突いた犯人は私の友達である尼岡(あまおか)さんだった。

 私は彼のほうを向いて、こちらに気づいていないことを確認してから振り返り、天岡さんに「なに?」と聞いた。


「いや、あんたらっていつ付き合ったのかなって」


 ばれちゃっていた。しかも、付き合っているの?と聞くのでなく、いつから付き合っているのかと聞いてくるあたり、もう付き合っていることは確信しているのだろう。ささやき声でこそこそと話を続ける。


「三か月くらい前から」

「うっそ、だって仲良くなりだしたのってつい最近じゃん」


 ……彼女の言う通り、彼は学校でもあまりかかわろうとしなかったし、話したとしても連絡事項くらいだったし。正直、はたから見たらつい最近仲良くなったと思われているのだろう。


「それは、まぁ、お互い面と向かって話してなくて……」

「……よくもったね?」

「うっ」

「三か月も話すらできなかったってことでしょ?」

「まぁ、そうなのだけど……」

「うん、よくもったわ。あんたすごいよ」


 尼岡さんはふっと笑ってそういうと、うそうそと続ける。


「あんたがそんなに持つはずがないわ。どうせ別れ話も言い出せなかったのでしょ?」

「うっ……痛いところを……」

「だってあんたやさしいし。その上、あんまり傷つきたくない性格をしているし?」

「なんて正確な……」


 尼岡さんのすごいところは、このように人の性格を理解して合わせてくれるのだ。だから、いろいろと相談に乗ってもらったりして、おんぶにだっこだった。

だからこそ、彼のことでの悩みばかりは私自身の力で何とかしようと考えていたのだ。あの丘での出来事などを小さい声で彼女に話す。彼とは結果として、いい方向にたどり着いたのだが、尼岡さんは「だめだよ」といい、続ける。


「そういったことは誰かに相談しなきゃダメだよ。ただでさえあんたはコミュニケーションが取りづらい子なんだから」

「うぅ、そこまで言わなくても……」


 まぁ、あまり話し上手でなく、誰かと思い切り話をする事などは苦手ではあるけど……そ、そこまで言わなくてもいいんじゃないかな?と心に呟く私。こうして心の中では思い切り喋れているのに、実際、現実ではそれほど話せないという。心で呟いているから話すのが苦手になってるんだろうなぁって思いつつ、それでも話せない私。何とかしたいものである。


「ま、また何かあったら私に相談してよ? いつでも聞いてあげるから」

「……うん、ありがとう」


 そして、彼女が好かれる理由の一つとして、彼女はいろんな悩みに乗ってくれるところだ。そして、できる範囲であれば解決に導いてくれることだってある。だから、このクラスの裏のまとめ役と呼ばれているのだ。


「で、彼はどうなの? あなたにだけはあの鉄仮面はがして笑顔になるとかそういう漫画的展開とかないの? 三か月も話さなかったのに話すようになったときは?」

「ちょ、ちょっと? 一気に聞きすぎてわからない……」

「っとごめん。じゃあ、キスはしたの」

「ぶっ」


 彼女の悪い点。それは質問攻めをしてくること。そして、それでいじってくるのだ。まったく、それで私の秘密まで暴こうとするのだから一度きっちり怒らないといけないかなと思っている。

閑話休題。

 私は彼女の質問に吹いて少しむせる。


「え、え? キス?」

「そうよ? ほかにも聞きたいことはあるわ」

「き、キスはまだ……」

「ふぅん、もう少しおいしいネタになるかなって思ったのに」

「本音が出てるよ……!?」

「あっちゃ、コレモアナタヲオモッテー」

「絶対想ってない……ぷふっ」

「ふふ……で? 彼はどうなの?」


 私はうーんと少しうなった後、口元に人差し指を寄せてこういう。


「内緒っ」

「絶対暴く」

「やだ」

「あばく」

「「……ふふっ」」

「こら、そこ、しゃべらないでくれ」


 さて、ちょっと私語が過ぎたかな。笹山君がこちらを向いて注意を促した。彼は私と目が合うとスッと皆のほうへと視線を戻す。機嫌が悪くなっちゃったかな……。

 しかし、それを見ていた尼岡さんはにやにやしている。なんだろう?


「どうしたの?」

「んにゃ? 何でもない。いやぁ、ラブラブだねぇ」

「な、何なの……」


 はぁ、とため息をついて前を向くと、黒板にはステージ、展示で別れており、ステージの隣には演劇などが書かれており、展示にはモザイクアートなどが書かれている。どうやら意見がある程度出てきたらしく、これから投票をするらしい。


「では、今上がっているものに手を挙げてくれ。じゃあまずは……」


 と、彼が二回手をたたいて皆を黒板に集中させる。そして、その言葉に続いて黒板に書かれた出し物を順に読み上げていく。私は、彼の絵が上手であると聞いたことがあり、それに美術部にも所属していたことを思い出して、展示のモザイクアートを読み上げるときに手を挙げた。

 このモザイクアートは、みんなが描いた絵を合わせて、それを一つの作品、モザイクアートとして作成するものである。だから、彼個人の絵も見ることができるし、クラスの出し物として楽しくできそうな気がした。……まぁ、この理由は割と不純ではあるかもしれないけれど。


「ん、では多数決で私たちの組はモザイクアートとなった。その内容を決めていこうと思う」


 多少不満の声は上がるが、そこは資本主義社会の敗北者の遠吠え。私は気にせず話に耳を傾けた。


「俺中心はやだなぁ」

「私も私も」

「え、笹山がやるんじゃねぇの? 中心」


 その言葉を聞いた女生徒が手を挙げた。


「ん、なんだ?」

「笹山君をモザイクアートの中心に推薦します」

『おぉ!』

「……? わかった、俺だな?」


 そうつぶやくと黒板に自分の名前を書いていく笹山君。そして、書き終えた後に立候補、推薦者はほかにいないか?と聞いて、一息つく。


「では、俺が中心を書くことにする。異論は?」

『なーし』

「……妙な一体感があるよね、このクラス」

「そうだねぇ」

「尼岡さんはどこにするの?」

「んー、私は適当なところかなぁ……あ」

「あ?」


 その時、尼岡さんは電撃が走ったかのように、はっとした顔になった。そのあとに、薄気味の悪い笑みを浮かべて私のほうを向き直る。……うん、嫌な予感がするなぁ。

 すると、尼岡さんは手を挙げ、はいはーいと自分の存在感を見せびらかすかのように元気よく言う。それを笹山君はあてる。


「はい、尼岡。何か意見があるのか?」

「あるある、笹山の隣は中山でいいんじゃない?」

「ふむ、それでいいか中山」

「え? えと……いいけど」


 嫌な予感が的中した。でも笹山君がちょっと困ってる顔をしていた(正確には困っているように感じただけで、本当に困っているのどうかはわからなかった)。はぁ、とため息をもらしながら私は天岡さんをにらむ。おそらく彼女はほくそ笑んでいることだろう。



 それから少しして、大体みんなの配置場所、どんな色調なのかが決定した。この時間は6限目になるので終わりのチャイムが鳴ると、外が一気に騒がしくなる。さっさと帰る者から、友人と駄弁りながら歩いている男子生徒グループ、廊下で誰かを待つ女生徒、どこかの教室に向かう人たち……実にさまざまである。私は笹山君の元まで行くと「この後、どうする?」と聞いてみた。

 ここ数日は「予定はない」と答え、「一緒に帰るか?」と誘ってくれるのだが、今日は少し悩んだそぶりを見せると、「今日は絵を描くために残ることにする」という。


「絵を描くの?」

「そうだ」

「……」

「……」


 少し、沈黙が訪れる。彼は頭をかきながらちょっと照れくさく話す。


「その、だな……来るか? 一緒に」

「……うん、私も行く。笹山君の絵、見てみたいしね」


 ふっと微笑んでそう返すと、笹山君もふっと微笑み返してくれた。鉄仮面が崩れたのか?とちょっと驚いたが、すぐにいつもの真顔に戻っていた。気のせいだったかな。

 私たちは荷物をまとめ、教室から出ると廊下を、肩を並べて歩く。彼は少しも気にしていないようだが、多分これは気づいていないのだろう。恋人同士で歩いているっていうのは、こういうところでばれるのだが……。

 とりあえず、彼の鈍感さはどうしようもないと割り切っている私は、むしろチャンスと言わんばかりに隣を歩く。

 そうして渡り廊下に出ると、ちょうど夕日が遠くの山で見えた。赤く、オレンジ色に空を染め、雲の影は藍色に……まるでキャンパスに書かれた一つの絵のよう。


「きれいだね、夕日」

「ん……そうだな、これはまた、いい絵が描けそうな風景だ」


 ひゅおっと撫でるような風が私たちのそばを駆け抜けた。その風も今の季節では涼しく、ありがたい。なびいて前にかかる髪を指でどけて、笹山君のほうを向く。


「ごめんね、足とめちゃって」

「いや、別に気にはしていない。さぁ、いこうか」


 歩くのを再開して、数十歩。到着したのは美術室であった。あぁ、確かにここならいろんな道具もそろっているし、笹山君は慣れた場所での絵描きになるから筆が進みやすいかもしれない。

 荷物を下ろすと、キャンパスを用意し、そこに絵をかき始める。しかし、その筆は一度ピタッと止まってしまった。


「……中山は描かないのか?」

「え?」

「いや、その、俺は中山と絵をかきに来たんだ。それに、モザイクアートは中山だって書く予定なんだぞ?」

「え、あぁ、そうだね」


 確かに、言われてみればというか、よくよく考えてみると私は彼の隣の絵を担当することになっていたのだ。絵の中心は笹山君が描くけれど、その隣ってどちらにしろ中心付近である。

 まいった。これは私の絵の出来も良くなくては恥をかきそうだ。と、今の現状に嘆きつつ、彼と放課後を教室や帰り道でないところで、長時間一緒に過ごせるということに少し喜んだ。


「ん、キャンパスの用意は俺がしておいた。自由に始めてくれ」

「ふふ、ありがとう」


 そう微笑んで、椅子に座る。彼の向かい側に設置されたキャンパスだ。そして、いざキャンパスを目の前にすると何をかくべきなのかが浮かばない。さて困った。またまいった、参ってしまった。

 ちらっと彼のほうを見ると、真剣な表情でキャンパスに向かって考え込んでいる。


「……ねぇ、笹山君」

「ん? なんだ?」

「参考程度に、見せてもらってもいい?」

「今から各キャンパス以外なら、この美術室の準備室にあるはずだ」

「今描いてる絵は?」

「……」


 少し黙る笹山君。まずいことを聞いちゃったかな?それとも集中力をそいでしまったかな……?どちらにしろ、私は邪魔をしてしまっていたことに気づいて、謝ろうとした。


「えっと―――」

「そうだな、見せない」

「―――え?」


 彼はそう言ってまた絵に集中する。なんだろう、おこったのかな?それとも意地悪……?彼に対しての取扱説明書、著:中山の書には載っていないことだ。不思議がりつつ、私は美術室の準備室へと向かった。

 その中は少しだけ埃っぽく、ちょっとかび臭い。でも、その匂いを上回るような絵の具のにおいが立ち込めていた。別段、絵の具のにおいに嫌悪感を感じない私はそのまま周りを見回しながら奥へと進む。

 すると、いくつかのきれいな絵を見つけた。一つだけの流れ星の絵。多分流星だろうなぁ。ハレー彗星っぽいかも?ほかにはさっき見た夕焼けの光景。まるでさっきの風景を写真で撮ったような、まるでその風景だけ切り抜いたような美しい絵だった。その作者はすべて笹山君。

私は改めて、彼の絵の才能に驚いた。


それから、少しだけ自分でも書いてみようかな?という謎の欲求に身を任せ、キャンパスに戻る。


「……何をしているの?」

「……いっただろう、見せないと」


 笹山君がキャンパスに張り付いて、私に作品を見せないようにしていた。……制服についちゃわないかなという心配と、これは意地悪をしているのだなという確信を得られた。うん、笹山君って、変な人だ。

 そう思うと、少し失笑してしまい、「な、なにがおかしい」と怒られてしまった。


「ふふ、ごめんね? 何でもないよ」

「な、なんなんだ……まったく……」


 そして、またもキャンパスを前にして筆が止まる。……まぁ、いつものことだ。何かに集中して作品を完成させたことがあまりない。小学校のコンクールだって、中途半端に作ったものを出した可愛げのない私だ。よく言われるのは、真面目そうなのにどこか抜けてる。それが私なのだ。

 でも、まぁ、こうして彼をちょっと眺めるのも悪くないかもしれない。絵に集中している彼は、どこか別の世界で活躍していそうな、それでいて、彼自身が絵になっていた。様になっていたともいう。


「……来週も」

「んぇ? なに?」

「来週もここで一緒に絵を描かないか?」


 彼は絵を描く筆を止めて、キャンパスに目線を向けたままそう聞いた。私の答えは、聞かなくてもわかっているはずでしょう?


「もちろん、いいわ」


私は二つ返事でそう答えた。

そして、美術室の窓の外を見る。夕日は沈み、空の半分は薄い藍色に染まっていた。まだ、沈んだところでは黄色く輝いていて、夕日の存在感が表れている。

それを眺めながら、私はふと思った。

こういう時間が、いつまでも続けばいいな、と。




数日後、中村先生の授業は本日、教室での座学となっていた。外は雨がさーっと降り注ぎ、グラウンドには大きな水たまりができていた。確かに、こんな中で体育なんてできるはずもない。少し寝ている生徒が多々表れているが、中村先生自身も眠たそうに授業をしている。いつかそのまま寝ちゃうんじゃないかと逆に心配になるよ。

笹山君のほうをちらっと見てみると、何食わぬ顔……というより、いつもの鉄仮面のような真面目な表情でノートをとっていた。教科書を開いて、いろいろとその教科書からメモを取っているあたり、どうやら、彼には先生の状態などは関係がないようである。


「はぁ、つまらない授業が続くねぇ」

「先生寝ちゃってるんじゃ……」


 尼岡さんが話しかけたその時、椅子に座って朗読していた先生が沈んだ。相当おねむだったようだ。加山君のほうは見なくても寝ているのがわかるし、ほぼ全員が寝ちゃっている……という、少々混沌とした授業になってきた。

 まぁ、案の定笹山君が中村先生を起こして授業を再開することになったのだけれど。


「あっちゃあ、笹山、余計なことしなくても」

「まぁ、笹山君は真面目に授業を受けてるんだし、悪くは言わないで?」

「あんたの彼氏、真面目すぎよぉ。進学するとしたら、東大? 京大かも?」

「進学……」


 そうだ。よく考えると、私たちは進路によっては離れ離れになってしまうじゃないか。いつまでも、幸せな時間なんて続かないのかな……。

 そんなことを考えていると、尼岡さんが凸ピンをしてきた。


「いたっ? な、なに?」

「大丈夫よ、きっと大丈夫!」

「何も言ってないんだけど……」

「あんたって顔に出やすいタイプだから。気をつけなよ?」


 17年間生きていて、初めて知る自身の弱点だった。え、私って顔に出やすいのか。

 顔を手で覆い、少し揉むように手を動かした。そんな馬鹿な。


「ぷっふふ、気づいてなかったの?」

「え、う、うん。気づかなかった」


 ひそひそと話す私たちだが、先生は気づいていない。いや、多少舟をこぎつつある。中村先生ってそういった面では可愛い。だがぽっちゃりオヤジである。


「そういや、ここ最近放課後に残ってなにしているのかな?」

「え? えっと、絵を描いてる」

「え、それだけ?」

「それだけ……」


 そう答えた私に対して、彼女ははぁ~っと重いため息をついてきた。


「それじゃ駄目よ。もっと押していかなきゃ」

「え、えぇ?」

「せっかくのふたりきりという状況なのよ? もうちょっとほら、雰囲気を作ってキスぐらいさぁ」

「なんかちょっと怖い」

「キスが?」

「尼岡さんが」

「そんな馬鹿な」

『……ふふっふ』


 なんて、ちょっと馬鹿げたことを繰り広げる。こういったくだらないことでも、暇な授業を過ごすよりかはいいかなって思っている。これを笹山君に行ったら怒られるんだろうなぁ。なんて。

 その時だ。ガラッと急にドアが開いた後、現代社会科目の担当の塩見先生が現れた。急いできたのか、それとも年を取っていることからくる動機かは知らないけれど、息を切らし、肩を上下させていた。


「な、なに―――」

「笹山遙君、いるかね?」

「はい、何でしょうか?」


 落ち着いて聞いてくれという前置きの後、少し息を整えて先生は言った。


「君のおばあさんが倒れたそうだ」



 それからは、まるでコマドリアニメのように急激に展開が動いた。彼は荷物を急いでまとめ、教室を飛び出した。塩見先生も中村先生にすいませんというと、彼に合わせて飛んでいく。

私は―――


「ちょ、どこに行くの!?」

「ま、まって、笹山君!」


 廊下に飛び出て、彼の後を追おうとした。嫌な予感が私の脳裏に走ったのだ。もう、二度と会えないような、そんな予感が……。

 しかし、彼はこちらを向かず走っていく。それについて行ってる塩見先生は、私に教室に戻っていなさいと忠告をして走って職員室下、駐車場へと向かった。


「はぁ、はぁ、はぁ、さ、笹山君……!」

「……すまない、行ってくる。また―――」


 そういうと、先生の車のドアは閉じた。離れて、外にまで足が出なかった私は、最後まで聞き取れなかった。

 雨が強まる中、先生の車を見送るしかできない私に、嫌な予感だけが残り続けていた。


 数時間後、あれから彼の連絡がない。電話をかけても出ないし、メールも、LINですら既読がつかない。私の心配は募っていくばかりだった。


「……そんなに心配なら、彼の病院に行ってみたら?」

「そう、だね」


 授業の終了のチャイムが鳴り、私は急いで出ようとして、尼岡さんに止められる。


「な、なに?」

「待ちなさい、まずは職員室によって、先生に聞くのが先よ。確か送っていったのは塩見先生よね?」

「う、うん。ありがとう、尼岡さん……!」


 私は尼岡さんの言ったとおりに、職員室へとすぐに向かい、塩見先生を探した。


「失礼します、塩見先生はいらっしゃいますか?」

「ん? 塩見先生、生徒さんがお呼びですよぉ」

「あー、はいはいはい。何かな? って尼岡さん」

「笹山君は、どこの病院へ行ったのですか?」


 迫るようにぐいっと先生に聞く。私の嫌な予感が、正しいのなら……。

 その私の返答を迫る様を見た先生は、「まずは落ち着いて」と私を落ち着かせようとする。私も気を急かしすぎたかもしれない。だが、気持ちが乱れたままであるのは変わりなかった。


「んー、彼のことだよねぇ」

「はい」

「……彼を少し、おばあさんと二人きりにしないといけないよ? それはわかってるかな?」

「あ、う……」


 確かに、おばあさんが倒れているのだとしたら笹山君は看病しなくてはならないだろう。彼には両親がおらず、おばあさんに育てられてきたのだ。そう、ここ数日の中で話してくれた。

 だからこそ、二人きりの時間がひつようだろう。そういう時、あまり邪魔をしに行くのはよくない。そう分かっているのだけど……。


「……はい」

「ん、よろしい。彼の家の近くの病院だよ。この駅をこう進んで……」


 小さく答えた私にそういうと、地図を広げて彼の病院の場所を答えてくれた。先生の指先のなぞる道順を頭に叩き込み、スマホにもメモをする。


「……本来なら、こういった個人情報は教えてはいけないんだよ。でも、彼は君にだけは教えてもいいからと俺に言ってきてねぇ」

「あ、ありがとうございます。……私にだけ……」

「そう。いやぁ、青春だねぇ。がんばれよぉ」


 そういって、先生は肩をたたいてくれる。でも、今の私には茶化しているようにしか感じられなくて、そして、それほど自身の心に余裕がないことに気付いた。


「……とりあえず、今日は帰ります。ありがとうございました」

「ん、気を付けてなぁ」


 その事実に気付いた私はなんだか恥ずかしくなって、いや、自分にムキになって不安を心の奥へと閉まった。とりあえず、今日は普通に帰ろう。

 下駄箱へと向かって、靴を履きかえる。外を見ると雨は強まっていた。傘をさして、もう片方の手は彼の傘を持ち、歩き進む。雨は傘にはじかれて、その音が耳にやけに残っていた。


 そして翌日、私は彼のいない登校を迎え、彼のいない昼休みを過ごし、彼のいない日がさみしいと感じていた。そして放課後を迎えると、早々に私は駅へと向かった。学校の最寄り駅から少し先、13駅……長くかかるけれど、私にとっては、まるで永遠のように長いと感じる時間であった。

 窓の外には夕日に染まった街並みが、田畑が見える。その一つ一つが輝いて見える、美しい風景である。と、そう今更感じるのは、彼とあの夕日を見たからだろうか。彼の絵を見たから、美術的なセンスが働くのか。……原因は、隣に彼がいないからかもしれない。

 いやな思考をそこでぶつ切りにし、私はただただ揺られることにした。でも、誰にも話しかけない帰りの車内。ほかのお客さんもいるけれど、皆静かだった。

 タタンタタン

 まただ、また定期的に線路を進む音が響いて聞こえてくる。隣が少し寂しくて、端の席に移動して凭れ掛かった。

 けれども、寂しさは消えない。しかも、奥にしまい込んだいやな予感がぶり返してきて、焦りが募る。


『ドアが締まります。ご注意ください』


 何度目かのこのアナウンスが聞こえてきて、ようやく私は彼の駅まであと少しであるのに気付く。あと少し……。そう考えながら扉をじっと睨む。外の風景は横に流れていき、まるで川の中にいるような気分だった。

 そして、扉が開く。彼の住むこの町の中心付近。この駅から少し先にある商店街を、結構長く歩いた先にその病院があるのだ。私は駆け出してその病院へと向かった。


「こ、ここ……!」


 息を切らしながら走り抜けて、病院の入り口の前に立つ。少し小さな市民病院ではあるが、家族連れや老人、車いすの少年等が出入りするところを見る限り、ここには入院したりできる施設が整っていることだろう。ここで間違いなさそうだった。

 急いで入り、彼のおばあさんがいる病室へと向かう。


「はっはっは……!」

「ちょっと!」

「は、はい」


 急いでいるときに看護師さんに止められた。その表情は少し困っている……あぁ、廊下を走るなという、基本的なマナーを破っていたからか。


「す、すいません」

「言わなくてもわかりましたよね? 走らないでくださいね?」

「すいません……」


 礼をして謝ると、私は少し早歩きで病室へと歩いた。そして、病室の前について少し違和感を感じた。ふと名札を確認すると、笹山様などの患者の名前がないのだ。

 私はいやな予感が大きくなるのを感じながら、その扉のノブを押まわし、中へと入った。見ると、ベッドは四つあり、各個人にカーテンがかかっているものの、その中に誰かがいるのが感じ取れた。話し声だって聞こえる。しかし、そこに彼の声に似た声質のものはない。

 手前の二つは閉まっているが、誰かほかの方がそこにいて、彼はそこにはいないのが分かった。ならば奥の二つはとさらに足を進めるが、片方には知らないおじいさんが居り、もう片方はきれいさっぱり誰もいなかった。


「あれ……?」


 ドクン

 心臓の音がやけに大きく聞こえた気がした。その場から後ずさり、入り口に戻る。その名札はないまま。隣の病室の入り口も確認してみる。しかし、その隣も、そのまた隣にも笹山という苗字はなかった。

 私はナースステーションへ向かい、笹山さんのことを聞いてみることにした。


「あ、あの、笹山さんって居られますか……?」

「え? あぁ、あのおばあさんならつい先ほど退院いたしましたよ。」

「え……じゃあ、一晩だけ……?」

「はい」


 自分の耳を疑った。どう考えても、あれほど先生が慌てて笹山君を呼びに来たのだから、重症だったに違いない。きっと救急車で運ばれたことだろう。

 だというのに、一日……?


「きゅ、救急車で運ばれたのですよね?」

「えぇ……」

「重症なんじゃ……」

「でも、今日にも退院できるほどの軽症だったそうですよ」

「……」


 なら、良かった……とつぶやいて、礼を言うとその病院を後にする。外に出てすぐにスマホを取り出して連絡を入れてみるが、つながらなかった。


「どういう、ことなの……?」


 ぽつりとつぶやいたその言葉は、この町の環境音に掻き消されていった。



 そして、それから数十日後。電話はつながらず、先生も連絡がつかないらしい状態が続いた。一度、彼の自宅を訪れたが、誰もいる気配がしなかった。先生はそう言ってすごく不思議がっていた。

 私も中村先生に教えてもらい、彼の家へと向かったが、紺色の屋根の西洋風の一軒家には誰の姿も見えなかった。庭の雑草の多さから、ここ数日どころでなく、数か月いないのではないだろうかと思えるくらいだった。

 連絡がつかないまま、居場所すらわからないまま時は過ぎて、もう学園祭二日前。私は学校に通うのだけれど、まともに授業を受けられなかった。

 今日の午後もまた、机に突っ伏して、たまにスマホを睨むだけの行動しかとっていないような気がする。

 そんな私を見かねたのか、尼岡さんが声をかけてくれた。


「大丈夫? ……じゃ、なさそうなのは分かるけれど、もう少ししたら学園祭だよ? ほら、少し元気出して……っていうのも酷かな?」

「……ありがとう」

「いつまでもその調子じゃ、笹山君が帰ってきたときに振られちゃうよ?」

「……」

「……はぁ、じゃあ話を変えるけど、絵はどうしたの? あとはあなたと笹山君だけよ?」

「……まだ」

「え、うそ、もう二日前よ!? 馬鹿じゃないの?」

「……ごめん」

「それは私に対してだけじゃない、皆に対して言わないといけないわよ」


 少し怒った声音で私にそういう。描くには描けてる……でも、どれも納得がいくものじゃないし、中途半端に筆が止まったままだった。彼女の言う言葉に、私はまた続けて「……ごめんなさい」という。正直、もう描ける気がしなかった。

 私のその返答に尼岡さんはため息をつくと、もういいわといって次の授業の準備をし始める。もう見限られたかな……。でも、それすらどうでもよくなってくる自分が、おかしいと思いながらも彼を想うのをやめなかった。そして、それによって勝手に傷ついて壊れていく。一種の自傷行為をしているのだ。

 尼岡さんはそんなに悩むことはないと、最初に言ってくれていた。その後、彼が帰ってきたらの話にして、私を元気づけようとしてくれた。とてもいい人だなぁと、心から思うのだけど……。

 ひどいことしたかな……。そう思ったとき、チャイムが流れてきた。あぁ、またつまらない授業が繰り広げられて……


「……え?」


 そこに、メールの着信が入った。送ってきたのは、笹山君。


「は……はは」

「ん、どうしたの?」

「ごめんなさい、尼岡さん。私保健室に行ってくる」


 その言葉で察したのか、尼岡さんは少しの間呆けると、「腹痛が長引きそうだって伝えるわ」と笑顔で答えてくれた。


「ありがとう、尼岡さん」

「行ってらっしゃい」


 廊下に出て、私は全力で駆け出した。まず、一番先に向かったのは美術室だ。彼はあの日から放課後は必ず私とここで絵を描いていたから。ここにあるかもしれない。いるかもしれない。

 ガラッと扉を開けようとするが、鍵が開いていなかった。すぐ近くの窓の隙間から目視で探すが、彼らしき人物どころか、誰一人としていなかった。

 ここじゃない……!

 私は肩を上下に呼吸を整えると、またも廊下を駆け出した。


「はっはっはっは!」

「き、君! 授業が始まっているぞ!」

「すいません!」


 先生の言葉をほとんど無視して私は下駄箱へと向かった。階段を駆け下り、廊下を突っ走って下駄箱の扉をバンっと勢いよくあける。自身の靴を地面にほっぽり出して、上履きからすぐに下ばきに履き替えた。上履きを入れてしまい、扉が閉まったかどうか確認しないで駆け出した。


「はっはっはっは!」


 走る。この足は止まらない。


「っあ、っは、ささ、君……!」


 全力で駆け出して、駅へと向かう。

 彼のメールにはこう書かれていたのだ。



From 笹山


To 私


Sub すまない


長い間空けてしまってすまない。心配をかけてしまった。

俺のお祖母さんは大丈夫だ。

ただ、体調が悪いから、遠くへ行くことになる。

今日にも転校の知らせが出るはずだ。

こういうお別れの形になったこと、そして連絡が取られなかったこと、その他いろんなことを含めて、謝罪する。

クラスメイトの皆にも、加山にも誤ったことを伝えてほしい。

本当に、すまない。

それと、椿。絵は完成した。それを君に渡したい。



場所の指定はなかった。でも、彼のいる場所について考えると、美術室、自宅、そして、あの丘以外に考えられなかった。駅に着くと定期券をつかって素早く改札をくぐる。そして、いつもの電車に乗り、席に着いた。


「はぁ……はぁ……」


 息もたえたえで、足もがくがくと震える。でも、不思議と疲れなんて感じなかった。寧ろ、心の中にある彼への感情が湧き上がって抑えきれず、自然と笑みが漏れるくらいだ。

 電車が出発すると、私は窓の外を眺めた。駅と学校は少しだけ離れているため、駅から学校は見えないが、おそらく今頃シーンと静かなことだろう。何せ、まだ授業中だ。

 授業をさぼって彼に会いに行く。今の状況はとても悪いことをしているのだろうけれど、私にとってはほんの些細なことにしか感じなかった。

 電車は私とほかのお客さんを揺らしながらゆっくりと進む。その間にメールを送ってみるけれど、返信はなかった。

 ズキン

 またも、いやな予感が少しだけ湧いて出てきた。だけれど、それ以上に期待で胸が張り裂けそうになる。


「まだかな……」


 つぶやいた言葉は、静かな車内に消えていく。タタンタタン。電車の揺れる音は私に勇気を与えてくれるような気さえする。そこで思い出すのは、別れようとしていた時のことだった。彼につかまれ、私は帰れなくなったのだっけ。

そして、彼の最寄り駅に着くと、あの丘へと私を連れてってくれたのだった。

窓の外を眺めながら、私はあの美しさを思い出す。

そこに、またメールが来た。


「こ、今度は何かな?」


 開いてみると、彼のお願いが書かれていた。一度自宅へ行って、白いペンを持ってきてほしいのだという。どうやら丘にいるらしい。私はそれに分かったわと返信する。まずは彼の家に行く。

 そして白いペンをとってくるのだ。胸に、頭にやることを記憶し、気合を入れる。

 彼の家は駅から少し離れていたが、気にしない。

 タタンタタン

 電車はなおも私を揺らしながら進み続ける。でも、終点はそこまで来ていた。



 そして、終点に到着してすぐ、私は彼の家へと駆けだした。商店街を通り、病院を通り越して少し先の住宅街。その中で異様な西洋風の一軒家が彼の家であった。


「はっはっは……は……え?」


 すっかり太陽が沈みかけ、夕日に照らされる中見つけたのが空地であった。確か、そこは彼の自宅であったはず。でも、どう見ても雑草が茫々と生え、木製の看板には空地と書かれている。

 私は目をこすって見直すが、どうみても彼の家はなかった。


「ど、どういうことなの……? そんな、ない、なんて……」


 呆然とする私の視界の端に、何か一筋の光がうつった。雑草の中、たたずむように夕日に映えながらオレンジに輝く金属。それがついた、白色の筆ペン。


「あ……これ……」


 それを拾い上げ、手に持ってみる。意外と軽くて、握りやすい。そして何より、つい最近誰かが使ったような形跡があるのだ。そして、この場所に落ちていた……間違いない。


「笹山君……!」


 私はそこから、夕日に照らされ橙色と藍色でグラデーションされた空を、時たま仰ぎながらがむしゃらに走った。ここでないなら、もうあそこにしかない。電車の中でも、メールを受け取って最初に浮かんだ選択肢にもあった、彼のいる場所。

 もう、あの丘にしか居ない。




 人々が帰る。大きな川のようになってその人の波は商店街を行き来する。その中、私は全力でかけていく。人にぶつかり、すいませんと謝りながら。何かに引っ掛かり、転びながら。そのたびに立ち上がって走った。

 私の嫌な予感は的中しやすい。今までの経験からそれはわかっていて、今それが少しだけするのだ。できれば外れていてほしいけれど、もし当たっているのなら……もう話せないかもしれない。

 最後に、一言、メッセージでもいい、彼からほしい。


「はっはっあっきぅっくっはっはっは」


 自身の体力、けがなんて気にせず、私は走った。

 そして、駅について、すぐに左の農道の少し先を進む。小さな獣道と言っていいくらい、雑草がボウボウと生えた山道を急いで駆け上がった。


「はっはっはっは!」


 この道を駆け抜けた先に、大きな木がある。今、少しだけではあるが目視でも確認できるくらいの大きな木だ。わたしはその木に向かって舗装されていない道を走る。途中何度も転びかけるけど、気にしている余裕はなかった。

 そして、大きな木の全体が見えてきた。そこには、今通ってきたような険しい道でなく、青い花がところどころに広がった平原のような場所がある。記憶が正しければ、そういう自然の花畑があり、その先に街全体を見渡せる絶景がある。

 そして、おそらく笹山くんも……。


「はっはっはっあっはっくぅっはっは! ……はぁ、はぁ、はぁ」


 樹の下まで到着して、息を整える。自分の方を上下に揺らしながら両膝に両手を付く。でも、下を向いてるその視界の中には、あの丘の青い花が見えた。少し前の彼の家とは違い、ちゃんと、見える。

 私はそのまま顔を上げて、彼の方を向く。


「……はぁ、はぁ……笹山くん?」


 見てみると、彼の姿はどこにもなかった。木から離れ、まるで水面のようなその青い花々の上を歩いて前に進む。そこには沈む夕日と、いつか見た輝かしい光の町の姿が視界いっぱいに広がっていた。


「……」


 でも、それに私はあまり反応できなかった。なにせ、周りを見渡しても彼の姿も、人の気配すらもないのだ。

私は呆気にとられた。やっとの思いで訪れた会える手段のある日時。

 私はついに彼を見つけられない状態になった。


「……あ」


 あ、だめ。


「……ぅ、く」


 だめだよ。


「うぁぁ……」


 泣かないで……


「うぁぁ……うわぁぁああ……あっ……」


 その場に崩れ、座り込んで嗚咽の声を漏らす。その丘には彼女の嗚咽だけが響き、誰にも届かず消える。

 嫌だった。彼が居なくなる。まだ何もしていない、未だデートにだって言ってない。

 不器用だけど、優しい彼。

 私は普通のカップル以上なくらい、彼が好きだったのだ。


「うぅぅ……ふぅ……うぅぅ……あ」


 頬に伝う涙を拭い、私は帰ろうとして、大木の下に何かが置いてあるのに気づいた。四角く、それでいて何か額縁に入れられているような……


「ぐすっ……あれって……」


 近づいてみてみると、それが何か、すぐに分かった。


「……っ! 絵……!」


 それを手にとってよく見る。これは彼の絵だ。先程取ってきたペンが、使われている。そこには二匹の龍が描かれていた。片方は貫禄のある昔から生きる龍で、もう片方は若く、白い龍。背景は夜空と夜の街で、この丘から見える光景と同じだった。

そして、幾つかの流れ星が描かれており、その流れ星は先ほどの白ペンを使って描いたのだということがなんとなくわかった。


「笹山くん……」


 その絵を抱きしめて、そしてその絵を見つめてそのまま少し時間が立った。私は安堵の笑みを浮かべると、再びその絵を抱きしめて想う。きっと、大丈夫。彼とまた会えそうな気がするのだ。

私は街の方を向くと、夕日がほとんど沈み、夜へと変わろうとしている空、付き合って三か月目の……あの時のような街の輝きを再び目にした。


「……綺麗……」


 口からぼろっとつぶやきが漏れる。あぁ、やっぱり綺麗だなぁ。彼の絵と同じこの街の風景が。電車が視界の端で通って、遠くへと光を運んでいく。絵と同じだ。

 私は木に手を添え、その絵と街を見比べる。忠実に再現されており、街の美しさをそのまま切り取ったみたいだった。でも、この絵と違う点が一つだけあった。


「……あ」


 その見比べている時だ。空に一筋の光の線ができた。そして、それが一つ、二つと増えていく。


「流れ、星……?」


 しかし、その星の流れようを見ると普通でなかった。3つ、4つと増えていき、ついにはそれらが群をなして降り注いだのだ。そう、流星群が見られた。


「うわぁ……綺麗……!」

「この景色を見せたかった……2週間前から」

「え……」


 バッと振り返る。彼の声が聞こえた気がしたのだが、後ろからか、前からか……位置が把握できない。あたりを見回して、そして私は気づいた。

 この絵と同じように見られる場所で、そして唐突な流星群……。


「……あはは……もう、サプライズが過ぎるよ……?」


 自然と漏れ出る涙を拭うと、私は笑った。嬉し泣き、とは何かが違うけれど、それと似たような泣き笑いだった。私は気付き、理解する。この考えがあっているのかはわからない。でも、今日の不思議なことから考えるに、彼はきっと龍だったのだとしか考えつかなかった。

そして、それはきっとあの星のいずれかに、彼は混ざっているのだということに、なるだろう。そう信じてやまない……うぅん、そうであるのだ。


「……ありがとう、笹山くん」


 私はそのまま大木にもたれかかり、空を仰いだ。尚も流星は流れを止めず、光り輝いて、彼の住んでいた街もうるさいくらい輝いていた。




 学園祭当日。

私のクラスのモザイクアートは完成した。彼の絵を手にした後、私は拙いけれど筆を進め、絵を完成させたのだ。

まるで中学生が描いたような出来の悪さかもしれない。でも、今まで書いた絵よりかは随分この絵のほうがあっているように感じる。

尼岡さんには、結局彼には会えなかったことを伝えた。それと同時に先生が彼の転校をクラスの皆に伝えた。尼岡さんは優しい。それがどういうことなのか少し戸惑っていたが、私のフォローをしてくれた。

でも、私は本当にこれでよかったんだと言って、微笑んで……この話は終了した。あぁ、あと加山くんや中村先生、尼岡さんには彼が謝っていたことを話した。

それぞれがそれぞれ、何かを想う表情をしていたけれど、その後、皆決まって「そうか」「そうね」と呟いて私に礼をくれたのだった。

そして、彼の絵に関しても、クラスの皆に報告して謝った。そして、モザイクアートは完成し、見事に中村先生の似顔絵……のようなものができた。

そして、そのモザイクアートの中心には、彼の絵がある。

そのとなりには私の絵がある。

それは彼の絵の隣に置くにしては、とても下手な絵だ。

でも力強く私の思いをぶつけた作品だ。

そこには龍が一匹。

彼の絵と同じく若く、涙を流しつつも笑う、龍が一匹。

まるで彼らに沿うように……。


誤文誤字脱字感想等など、あればコメントしてくださると嬉しいです!

では、またどこかでよろしくお願いします。

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