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「ヤだぁ!!イチ!!目ぇ開けて!!」

-ハイデルアルン王国王都ルルティア セルシアーナ王宮 ルシャナの間跡 三月某日Ⅵ-

「ヤだぁ!!イチ!!目ぇ開けて!!」

瓦礫だらけの部屋の床に倒れ伏すイチにすがりつき、泣き喚くレイ。その背に自然に手を乗せ、誰か!医者を!と叫んで、すぐさま直視していられない、というようにくっと唇を噛んで俯くニィ。部屋の壁際に両手を後ろにまわされ、一列に並んだ魔術師達はニヤニヤしながらそれをながめている。

「イチ!目ぇ開けて!イチ!!」

レイの目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ち、イチの肩を濡らす。

「…医者?」

小さく聞こえた呟きに、皆が一瞬ぴくりと反応するも、身動きしたのが気のせいだったかと思うほど自然に元の動作に戻る。

「イチくん?意識が!」

ニィの悲痛な叫びに、レイはとうとう、わっとイチの身体に顔を伏せた。

「…イチ?」

ソファの上で膝を抱えて小さくなっていたはずのサンが、倒れ伏すイチを呆然と見つめている。そんなサンに気付いているのかいないのか、皆イチを囲んで声をかけ続けている。そんな中、傍に立ってイチを見下ろしていたゴウだけが、サンに向けて目を閉じ無言で首をふった。それを視界に入れていたニィは両手で顔を覆って出しかけた息を飲み込んだ。

「一体何が…おい、レイ、何があった!レイ!」

サンがイチの上で泣き崩れていたレイを無理矢理引き剥がし視線を合わせると、彼女はそこでやっとサンを認識したかのような顔をした。

「サン…イチが…イチが…け、が、して…」

そこまで言ってイチに視線を向けたレイは、うぅっと両手で顔を覆ってしまう。細い肩がこまかく震えている。イチは血だらけだった。タンクトップは元の色が分からないほど染まり、髪には血の塊がこびりつき、むき出しの腕や足も煤や血で汚れている。

「医者が来なくて…」

ニィの呟きに詰め寄るサン。

「なぜ?」

「治癒術士は貴重なんだ。そこらにいるもんじゃない」

壁際に正座させられていた魔術師の一人が、馬鹿にしたように吐き捨てた。両隣の魔術師は、発言した若い魔術師を口を開けて驚きの表情を浮かべて凝視している。注目を浴びた若い魔術師は、まとわりつく視線を振り払うように続けた。

「き、きさまが癒してやればいいではないか?治癒の適正持ちだろう?周りに守られてばかりで、何もせず正気を失うようなきさまに出来るものならばな!」

ふんっと鼻をならして言い切るとあらぬ方向を向いて黙り込む。ぽかん、とそれを見つめていたレイは、はっと気を取り直したようにサンに向き直る。

「サ、サンの魔法なら治るかもしれないって!」

レイが目を輝かせて、サンの手を握る。

「魔法って…。あり得ないだろ…」

サンの顔が引きつる。

「え?カンタンだよ?」

レイが左腕を払うと、魔術師達の頭上の壁に、氷の矢がカカカッと突き刺さる。ひぃっと魔術師達は首をすくませ、(簡単じゃねーよ!杖なし無詠唱とかふざけんな!!)と心の中で罵倒した。

「サン、さっきも見てたじゃん。イチやワタシが魔法使うとこ」

さっき…いや、でも…それは君たちだから…私には…ぶつぶつ言うサンに、ニィが声をかける。

「サンくん」

ニィの左手に光とともに和弓が現れた。

「!!」

「魔法ってイメージ次第で何でも出来るらしいよ?」

ふわっとニィの手の中にあった弓が消え失せる。

(そんなわけあるか!!)またも魔術師達は心を一つにした。

「サン、お願い。ダメでもいいから!試すだけ試してみて!このままじゃイチが…」

レイの目が、また涙でうるみだす。

「さん…ちゃ…」

その時、イチが力ない動きで腕を動かした。

「イチ!?」

サンが慌てて掴んだ手の平には痛々しい爪跡が残り、血がにじんでいた。

「だ…いじょ…だよ…このまま…目が………ても…さんちゃ…せいじゃ…」

言い終わる前に、イチの腕から力が抜け落ちた。するりと己の手からこぼれ落ちる腕を掴み寄せ、目を閉じてやけくそに叫ぶ。

「傷口を浄化し細胞分裂を超速で行わせ元の正常な状態に戻すイメージ………い、癒せ!!」

部屋中に溢れた光の粒子は、イチの手の平の傷どころか魔術師達の矢傷も年嵩の魔術師を長年悩ませた腰痛も、部屋にいた全ての人物のありとあらゆる不調を治しつくした。サンはイチの手を握り締め、ぎゅっと固く目を閉じている。皆はそれを呆れたように見ていたが、レイの一言で大きく息をつく。

「はい、撤収ー!」

ちょ、さっきのナイスアシスト…あー…良い仕事でした☆と、にこやかに若い魔術師に向けて親指を立てて部屋を出て行くレイに、近くにいた魔術師たちは拘束されていたはずの腕でばんばんと背中を叩き、肘で脇をつつく。即興とか驚くわ!やるな、おまえ!周りの魔術師達に褒められた若い魔術師は恥ずかしそうに耳を赤く染めた。ゴウ、参加しないって言ってたのに何だよアレ!無言で首ふるとか噴き出すかと思ったよ!と連れ立って同じく部屋を出て行くニィとゴウ。

「ずっと動かないのってけっこう疲れるね~。あ、さんちゃんコレ治してくれてありがとうね~」

立ち上がって大きく伸びをし、手の平をひらひらと振って部屋を出ていくイチ。魔術師たちもそれにぞろぞろ続いていく。何が起こったのか分からないサンを可哀想なものを見る目でちらちらと伺いながら。

「え?え?」


 ※※※


「なぜ牢なんだ…」

一行は檻の中にいた。魔術師たちと一緒に、である。

「というか、結局さっきの何だったんだ…魔法ってそんなに凄いのか?死にそうになってた人間がすぐ元気になるくらい?」

(あの威力なら瀕死の人間でも元気にしただろうな…)と誰もが思っていたが、え?何?あんなちっちゃな傷治して調子のってんの?ぷぷぷー。とレイがわざとらしく鼻で笑う。

「はっ?イチ、死にそうだっただろう!」

「え~。ひどいよさんちゃん~。勝手に殺さないでよ~。オレは元気だよ~」

頬を膨らませてわざとらしくぷんぷん言うイチ。

「血まみれだったじゃないか!」

「あれは魔術師さんたちの血だよ~。肩貸して歩いた時についたの~」

「だ、だって倒れてだろう??」

「あれは眠くて寝ようと思っただけ~」

しゃぁしゃぁと答えるイチ。

「あんな瓦礫だらけの床で!?」

だって~ソファは使ってる人がいたしー。床に寝ていたのは暗におまえのせいだと言外にほのめかす。

「レ、レイだってあんなに泣いてたじゃないか??」

「え~?イチかまってくんないとツマんないからさー」

「泣くほどの事じゃないだろ!?」

「感情豊かなんですぅー」

面倒くさそうに答えるレイ。その顔は当然無表情である。

「---つまり私はかつがれたと?」

ニィとゴウは苦笑している。

「人聞き悪いなぁ。よーく思いだしてみ?」

レイが人差し指を立てて、サンの顔の前でふる。サンは先ほどの一連の流れを思い出す。

「確かに…言葉尻をとらえて私が勝手にそう思っただけだな」

「でっしょー?」

レイは満足げに頷いた。

「レイ」

「んー?」

「詐欺のやり口だぞ」

「んっ?今レイ様あったまいー!って言った?」

サンは大きく頭を振ると、もういいというようにしっしっと手をふった。

「あれでもサンくんを心配してるんだよ」

いつの間にか隣にきていたニィが、やさしい表情でイチと魔術師達と話し込むレイを見守りながら小さな声で話す。反対側に移動してきたゴウも頷く。

「俺達は大なり小なり身を守る術がある」

珍しく長文を話したゴウに驚いて頭を上げると、穏やかな顔をしてレイ達を見ていた。

「もちろん僕らが守るけどね?何事にも絶対はないからね…万が一の時の手段を持っていてほしい、って」

まぁ、荒療治だったけどね…にしてもサンくんあんな嘘くさい演技によく騙されたね?

「嘘くさいって…レイ大泣きしてたじゃないですか…」

呆れたように吐き出すサンに、ニィとゴウは顔を見合わせて笑い出す。

「何です?」

「レイちゃんがね…サンくん単純だから女が泣いてるだけで動転して細かい事気にしなくなるわって」

「あいつ…」

苦虫を噛み潰したかのような顔をしたサンは、レイを睨みつけていたが、ふと真顔になる。

「なんか…戦う流れになってません?」

二人の顔を交互に見るサンに、あっ気付いちゃったという顔をしたニィ。しまった!という顔を確実にしたにも関わらず、一瞬にして取り繕い無表情に戻したゴウ。

「えーとね…サンくんが嫌なら強制しないよ?でもね、ある程度は付き合ってほしかな、って」

「それはどういう…」

「サンくんゲームとかする?」

「いいえ」

「うーん…僕らは今Lv1なんだ。弱々なの。たとえば魔王様がLv100。僕らが束になってもかなわない。これは分かるね?」

子ども言い聞かせるように噛み砕いて分かりやすく説明するニィに、頷くサン。

「僕らは魔王様の腕の一振りで倒れるくらい弱いけど、訓練してLvを上げると…」

「上げると?」

「Lv10になったら、魔王様が腕を二回振っても倒れない…かも?」

それ、Lv上げる意味あるのか?というのが表情に出ていたのであろうサンを見て、ニィは続けた。

「10ならその程度でも、100まで上げたらどう?」

サンは首を傾げてしばらく無言で考えていたが、

「100まで上げてもアレに勝てる気はしないです」

と真面目な顔をして答えた。

「ぶはっ。まぁ、確かに。でも勝てなくても、相当負けにくくはなると思うよ?」

「それは、まぁ…」

しぶしぶ、というように頷くサン。

「僕ら四人が時間をかせいでいる間に、サンくんが逃げられればそれでいいんだよ。君が無事に逃げられれば僕らは瀕死でもどうにとでもなるからね」

ニィの説明を聞いていたサンは、何かに気付いたように顔をあげる。

「…何か…おかしくないですか」

「ん?」

「…私が一緒にいなければいけない理由になっていませんよね?私はある程度Lvを上げたら別行動でいいのでは?もちろん、皆さんが怪我した時には協力しますが…足手まといの私を連れていく理由は?」

サンがニィとゴウを交互に見ると、ニィはあーあやっぱり気付いたよという顔をし、ゴウはニィに後は任せた!といわんばかりに不自然に視線をそらす。

「言いくるめられとけばよかったのに」

「さんちゃん気を確かにもってね~」

レイとイチが顔だけを向けて会話にくわわる。イチが年嵩の魔術師に、さんちゃんに怒られておいで~と背中を押してサンへ追い立てる。

「あ、あの…も、申し訳ない…」

サンの前に立たされた魔術師は額に汗を浮かべて、目が合わないようにあちらこちらに視線をさまよわせ謝罪を口にした。

「なんなんです?」

はっきりしない魔術師に苛立ったサンはおもわず口調を強くする。

「っっ!」

魔術師は、サンの意図しない魔力の放出に気圧されて怯み、距離をとる。

「ふはっ!ヘタレ相手にビビりすぎでしょ!くくくっ」

「男らしくはっきり言っちゃいなよ~。さっきはあんなにヤな感じだったのに~。情けないよ~?」

二人の野次がとぶ。魔術師は、他人事だと思って!とキッと二人を睨んだが、

「そのとおりですしー」

「ねー?」

という二人に諦めのため息をついてサンに向き直る。

「魔獣は、魔力を感知する」

きっぱりと言い切った魔術師に、おぉ~言った!男らしい!ってかそれじゃ通じないと思うよ~と後ろから茶々が入る。

「魔力が高ければ高いほどそれは顕著で、この中で言うと一番は彼女で、二番は君だ」

罵倒されるのを覚悟していた魔術師は、それだけ言うと大人しく目を閉じ俯いた---が、いつまで経っても何も言われない事を不思議に思い薄目を開けると、目の前の少年は首を傾げていた。

「ま、だ、分かって、ない…くくくくくく」

「察し悪すぎない~?」

けらけらと笑うレイとイチ。はっきり言っちゃってください、と促すニィ。魔術師は、やけくそ!というようにサンとしっかり目を合わせて言い切った。

「魔獣は君に寄ってくるんだ!!」

脳が理解するまでポカンとしていたサンが、やっとのことで口にした言葉は、「レイが一番じゃ?」という情けない一言だった。

「ワタシーH道住みなんだよネー。海渡る魔獣ってあんまりいないってよー」

「やったねさんちゃん!モテモテだよ!」

「サンくん、気を確かに持って…ちゃんと僕らが守るから。Lv上げ頑張ろう?」

「(コクリ)」

ゴウに肩をポンと叩かれ正気に戻ったサンは、

「いやいやいや、ちょっと待って下さい、そんななし崩しに…」

この流れにのせられてたまるか!とばかりに口を開いたサン。

「このまま地球守るのちょっと癪だなーと思ってたんだよねー」

「だよね~。でもさんちゃんを守るついでに地球も守られる、だとだいぶ気分が違うよね~」

「そうだね。あくまでも僕たちが守るのは、サンくんだからね」

「(コクリ)」

「待て!話を聞け!詭弁はよせ!だいたい、地球が私のついでっておかしいだろ!」

「おかしくなーいおかしくなーい」

「さんちゃん、こっちにおいで~」

両手を広げて待ち構えるレイとイチに、ぐだぐだ言い募っていたサンは諦めきった顔をして大きく息を吐いた。

「否応なしに巻き込まれるというのは分かりました。守られてばかりなのも嫌ですし、自衛出来るだけの力をつけるくらいまでは付き合いますよ」

サンは知らない。彼の適正は、回復補助に特化しているということを。Lv100になっても、ちょっと強い一般人?(リユースの)くらいのステータスにしかならないことを。(言質とった~♪)とレイがニヤついていたことを。イチが(さんちゃん、ちょろっ)と思っていたことを。(サンくんこんな扱いやすすぎて将来大丈夫かな…)とニィに心配をかけていたことを。ゴウと魔術師達が皆そろって憐れみの目を向けていたことを。彼は知らない。

後に、その事実を知る事になる彼が残した言葉は…

「詐欺のやり口だろ!!」

であった。


 ※※※


「で?何で牢なんだ?」

サンがびしり!とテンプルを上げてレイに視線を向ける。

「悪いやつが来るから待ってるんだよ~」

悪いやつ?サンがイチをうかがう。

「メガネが膝抱えてる間に色々あったんだよ」

「その色々を説明しろと言っている。あと眼鏡って言うな。」

面倒くさいんですけど~。ど~せまた現実逃避して後で説明しろとか言うんでしょ~?ちゃんと正気保ってろとまでは言わないけど、まわりの把握くらいしておいてくれませんかね~。ひらひらと手の平を振ってあっち行ってろといわんばかりのレイの態度にサンは眉間に皺を寄せた。

「周りの把握できてたら正気保ってると思う~」

「いや、根性で」

「ん~、さんちゃんにはムリ?」

「あぁ…」

「おい!!」

みかねた魔術師が間に入る。

「あ、あの、私が説明します!何回でもしますから!喧嘩しないで!」

両手を広げて、まぁまぁ、と仲裁する魔術師をレイが冷たい目で見る。

「ケンカなんてしてませんけど?」

「変な言いがかりつけないで~」

イチも多少イラっとしたように声に棘が見え隠れしている。魔術師はえぇー?という顔をしてサンの顔を見たが、彼もまた憮然とした顔をして、

「喧嘩などしていない」

と言い切った。

魔術師は理不尽な!と年長組に視線を送る。

「これでも彼らは仲いいんですよ。心配しないで大丈夫」

苦笑しながらニィが請け負う。

「気持ち悪いコト言うなし!」

「気持ち悪いこと言わないで~」

「気持ちが悪い!!」

三人の声が揃う。真似すんなし!そっちこそ~!おまえだろ!!言い合いを始めた三人をを見て、ね?とニィはウィンクをとばした。魔術師は、はぁ…とまたも理解の範疇を越える、というような途方にくれたような顔をした。

「リユースには”喧嘩するほど仲がいい”みたいな言葉ないのかな」

ニィが尋ねると、魔術師達は気まずそうに目をそらした。

「我々魔法省の魔術師は、選ばれた者としての高い誇りをというか…ある種の…」

「はいはい、選民意識ね。無駄に偉そうだったもんね」

レイが分かりますよーと相槌をうつ。

「あれでしょ~?一匹狼のオレかっこいい~!」

イチもくわわる。

「あぁ…仲良し小好しは愚者の集まり、という事か?」

サンも続く。身も蓋もなく言い切られて、魔術師達は恥ずかしそうにしている。

「なので…魔術師同士はあまり仲がよくないのです。皆自分が一番だと思っているというか…」

「ふぅ~ん…のわりには、おじさん達わりと仲いいよね?」

レイが目を細めて魔術師達を見回した。

「それは…家族を質にとられた一蓮托生だという仲間意識でしょうか」

そういって目を伏せた魔術師。何を考えているか聞かなくても分かるその様子に地球人達は目を閉じた。

「あんたとあんたとあんたと、そこの人とそっちのおじさん、ローブ脱いで」

レイが沈黙を破って立ち上がり、唐突に指示した内容に魔術師達は目を白黒させた。

「もたもたしない!早く!」

パンパンと急かすように手を叩き、脱がせたローブを順に配っていく。フードを目深にかぶり、ローブで服を隠した地球人達は壁際に並んで座り込む。

「ちょっと念話の練習するからしばらく無言になるね」

魔術師は、ここ魔法使えないけど…と言おうとして、言うだけ無駄かと口をつぐむ。規格外扱いがデフォルトになりつつある地球人達であった。

《コード0所定の位置についた。どうぞ》

《コードONE周囲の警戒にあたる。どうぞ》

《コードdue了解した。どうぞ》

《…………………》

《念話で無言送るとかなんていう上級者…》

《ほんとだよ~ごうくんすごすぎない~?》

《びっくりした…ゴウ、どうやるのそれ》

《イメージ…》

《確かにイメージ次第って言ったけども…》

「っていうかメガネ!真面目にやれ!!」

レイが立ち上がって、サンの頭をひっぱたく。黙っている地球人達を興味津々に見守っていた魔術師達は、やっぱりサンだけ出来なかったのか…器用さ低そうだしな…と、またも不憫な…という視線を送る。っていうか他の四人はやっぱり出来たんだな…召喚補正そんな凄いのつけた覚えないんだけどな…と今度は遠い目をしている。

「そんな事言ったって念話とか意味が分からんわ!どうやるんだよ!?」

「逆ギレか!!さっき回復魔法使ったじゃん!イメージだよイメージ!」

「さんちゃん、想像力なさそ~だもんね~」

「この想像力欠如野郎が!ゆとりか!」

「私がゆとりだったら君もだろうが!」

「いいよゆとりでも。念話できるし。おまえは念話できないゆとりだけどな!」

「くっ!何か分からんが物凄く腹立たしい!!」

レイはサンの頭を鷲掴みすると隅に寄る。

「みんなは出来てるから適当にしてて。メガネはワタシとマンツーマンな」

サンは諦めたように頷いた。

「ワタシの声は聞こえてる?」

「いや、全く」

即答か!少しは悪びれろ!レイはブツブツ言いながらサンの手を自分の頭に乗せた。

「うーん…じゃぁまず単語からね。好きな食べ物教えて。電話してると思って」

「電話?」

「そう。電話機を使わないで電話する。かわりにツールとして使うのが魔法。魔法はもう1回使えてるんだから何も難しいコトないでしょ。使えて当然って思っときな。そういう風(・・・・・)になってるんだって。スゥが話しかけてきたでしょ?あんな感じ」

レイはサンの前に膝を突き合わせて座り込んだ。サンはレイの説明にあぁ…あれな…と呟くともう片方の手も彼女の頭に乗せ、目を閉じて俯いた。

《---に……肉……肉じゃが…肉じゃが肉じゃが肉じゃが肉じゃが…義母さんの肉じゃが……肉じゃが…》

「怖っ!!」

レイはサンの手を振り払った。

「怖いわ!何でエンドレス!一回でいい一回で!」

分かったか??と嬉しそうにニコニコするサン。

「分かったか?じゃないよ。肉じゃがゲシュタルト崩壊するわ。ってか余計なコトまで知ったわ」

「ん?」

「メガネがマザコンだと言うコトが分かった。知りたくなかったそんな情報。心底どうでもいい」

「はぁっ!?」

「はいはい、今度は逆ねー」

ちょっ、おまえ待て!誰がマザコンだ!!気色ばむサンを無視して頭を鷲掴みするレイ。

《いいんじゃないですかぁ、男は大概マザコンらしいですしぃ》

バカにしたような笑みを浮かべたレイ。サンの眉がぴくっと動いた。

《あー、単語じゃないから分かりませんでしたぁ?マザコンマザコンmothercomplex》

サンの額に細く血管が浮き出る。

《理解しているっ!君に出来るものが私に出来ないわけがないだろう!無駄に発音いいな!》

ギリギリと歯軋りが聞こえそうな表情に、外野はため息をつく。

「一つも声出してないのに何話してるか想像つくところがまた…」

「ちゃんとできたみたいだね~。内容はともかく~」

「(コクリ)」

《よし、練習終了。良くできました》

ポン、と頭を一つなでて、魔術師達に向き直るレイ。

《えっ?あっ、あぁ》

レイの切り替えの早さについていけず、動揺するサン。さっきの態度はわざとだったのか?感情的になった方が成功しやすい…とか?何にしろ極端すぎるだろ…。胸の内を駄々漏れさせながら、ぼーっとレイを眺めていたサンにイチが声をかけた。

「さんちゃん、呆けてないで~次行くよ次~」

ちなみに、さんちゃんは色々考えすぎ~。感情にまかせて勢いでわーってやっちゃった方が何でもうまくいくと思うよ~。という事は、さっきのはやっぱりわざとか……そんなに私は分かりやすいか?何をいまさら~だだ漏れだよ~。で、次って?という二人のやりとりを面白そうに見つめながらニィが口を開く。

悪いやつ(・・・・)が来た時の打ち合わせ、かな」

あぁ、そういえばそうだった、と納得顔のサンは、ニィを仰ぐ。

「結局のところ、どういう風に悪いやつなんです?」

「ん?彼らの家族を人質にとって、僕たちを害そうとした人?」

えっ、そういう話だったんですか??サンが詳しく聞こうとしたその時、レイの声が一段大きく上がった。

「えっ?できない?何で?」

「無理だな」

「受信だけでもいいんだけど」

魔術師は首を振る。レイは腕を組んで考え込んでいる。

「レイちゃん、どうかした?」

「うんー。おじさん達はここじゃ念話できないって」

えぇ~?何で~?イチののんびりとした声に、ニィもくわわる。ほんとに何で?

「うーん?なんかそういうものなんだって」

どうしよう?念話送っておじさん達に話してもらおうと思ってたんだけど……困り顔のレイにイチが胸を拳で叩き請け負う。

「オレ達がかわりに話すよ~」

ね?とニィとサンに首を傾げるイチ。

「えっ。さすがにバレるだろ」

「僕はいいけど…無理がない?」

魔術師達に視線を移すと、皆一様に微妙な顔をしている。その中で一人少年といってもいいほど年若い魔術師が小さく手を挙げて、おずおずと口を開いた。

「私達全員をの顔を把握してるとも言い切れないと思います。直接誰かに会ったわけじゃないですし」

それを聞いた残りの魔術師達も次々に口を開く。

「そうかもしれんな。襲撃の指示も手紙だったしな」

「直接誰かに会った者はいるか?」

皆、首をふっている。それを聞いていたレイは難しい顔をして考え込み始めてしまった。

「レイちゃん?」

「れ~ちゃん?」

「何を考えこんでいる?」

今までの発言に何か気にかかるような事あったか?とサン。

「うわぁ!!!」

レイが突然、目を見開いて叫んだ。

「ヤバイヤバイヤバイ!ちょ、さっき誰か”魔法省の魔術師”って言ったよね??何かさっきから引っかかると思ってたんだよ!何でこんな大事なとこスルーしてんの、ワタシ!」

うろたえだしたレイにニィが手を伸ばす。

「あっ」

イチが何かに気付いたように声を上げた。

「魔法省じゃない、魔術師って~?」

魔術師達はレイとイチに詰め寄られて不思議そうにしている。

「”神官魔導師”の事ですか?神殿の魔術師です。庭にいたのはそうですけど…知りませんでした?」

事も無げに答えた若い魔術師に二人は微妙な表情をして弱々しく呟いた。

「まさかの別陣営…」

「しかも宗教~」

二人は顔を見合わせて一つ頷くと、

「「撤収!!」」

声を揃えて立ち上がった。イチは鍵などかかっていなかった檻からするりと抜け出ると、先見てくる。これから会話は全部念話にするね~と闇に溶け込んでいく。

「レイ、説明しろ。何がどうなってる」

サンが展開についていけない、というように腕を掴んだが、あとで。今は一秒でも早くここ離れたい。というレイのひどく真面目な顔に事態の深刻さを察し、空気がピンと張り詰めた。

《敵、接触!!》

イチの念話にレイは両手で己の髪をぐしゃぐしゃにかきまわした。おおぉ…展開が速すぎる!っつか何で気付かなかったワタシ!!くっそ!その発言を最後に目を閉じ俯いたレイは数秒後、瞬きする音が聞こえそうなほど勢いよく目を開いて無言で皆の手を繋いでまわった。

《いったん離脱する。どれくらいもつ?》

《逃げるだけならいくらでも~》

《すぐ戻る》

《りょ~か~い》

不自然に黙り込んだレイを、皆は心配そうに見つめている。

「全員、手繋いでる?」

是、という返事を確認したレイは左腕を力なく振り、杖を出現させて近くの魔術師の腕を掴み、絶対手離さないでよ、と言って全員を見回し「転…送」の一言を最後に辺りがまばゆい光に包まれた。


 ※※※


ニィはあまりのまぶしさに目を閉じ、一瞬の浮遊感の後、耐え難い嘔吐感にみまわれ、ひどく悪酔いしたような酩酊感に襲われた。

「みんな…大丈夫…?」

それでも気丈に周囲を気遣う彼に、弱々しくも何とか…と答える男達。

(回復魔法ってこういうのに効かないのかな…)

サンは案の定、地面に蹲っていた。ゴウがその背をさすっている。

(あぁ…まぁ、サンくんならそうだよね…)

あたりを一周見回して覚えた違和感に、首を傾げて違和の元に気付いて血の気が引くニィ。

「ゴウ、レイちゃんとイチくんがいない!」

ニィの取り乱した発言にゴウはハッと辺りを見回した。途端に穏やかだった顔が険しくなる。

《零。零、聞こえるか》

「返事がない」

ゴウが首を振ったのを見て、あぁ、念話…と小さく呟いたニィは黙り込む。

《レイちゃん聞こえてる?僕たちは大丈夫。サンくんは悪酔いしたみたいだけどね。最初の草原に無事ついたよ》

「あの…その事なのだが…」

声をかけてきた魔術師にニィはどのこと?とにこやかに返事をした。魔術師は内心はやまったかな…と思いつつも口を開いた。

「彼女、最初は一緒に来るはずだったと思う」

「根拠は?」

即聞き返したニィに魔術師はきっぱり答えた。

「私の腕を掴んでいたからだ」

なるほど?続けて?と促された魔術師は、

「土壇場で手を離したんだ。なんだかハッとした顔をして。不自然に詠文も変えたように聞こえたし」

とさきほどを思い出しているように遠い目をした。

「詠文?」

「詠唱を必要としない呪の鍵となるような言葉だな。”転移”と言いかけて”転送”に急遽変えたんじゃないかと思う…というかそう聞こえた」

「か、考えられうる理由は?」

地面に蹲っていたサンが口を挟んだ。魔術師は同僚達を見回した。

「残してきた彼に何かあったか」

「何かしらやりたい事ができたか」

「---あるいは単純に魔力切れ」

次々にあげられた予測に、頷いていたが”魔力切れ”で皆があぁ、そういえばという顔をした。

「本来ならとっくに魔力切れで倒れていてもおかしくない。数時間前に魔法使って戦闘して魔法支配領域で念話を使い、陣も詠唱もなしにこんなに大勢を地図もなしに飛ばすなんて考えられない」

「ところどころ分からなかったけど、レイが普通じゃないっていうのは分かった」

至極当然、という顔をして納得しかけたサンに、ニィの突っ込みが入る。

「サンくん、そこじゃないよ!魔力減ったらどうなの、って話!」

ゴウも心配そうに見ている。心なしか顔色も悪いようだ。

「通常は、気分が悪くなるな」

それだけ?というような顔をした三人に魔術師達は言いにくそうに気分が悪くなってから使わなければとくに問題ないと、つけくわえるように答えた。

「使う」

「使うね」

「使うな」

三人の声が揃った。

「枯渇すると倒れる。魔力が回復するまでは起きられない。死には、しない」

「死なないって言ったって…敵の前で倒れたら?安心できる要素がないんだけど」

ニィはごくり、と喉をならした。風に揺られた草花がさわさわと立てる音が妙に耳につく。


 ※※※


レイは己の失態に歯噛みしていた。転移をしようとした直前、自身のMPがだいぶ少なくなっている事に気付いたからだ。とっさに転送に変更しこちらに戻ってくる分は消費せずに済んだが既に遅く、ふらりと膝をついた。

(うぇ……クラクラする…ステ…ステータス…)


 0(17) Lv.1 8/11 7/247


(げっ。三%残ってない…ってか何このHPの低さ…これ一回攻撃当たったら死ぬレベルじゃね…)

レイはズルズルと床に倒れ伏した。

(変な汗出てきた…魔力回復しな…きゃ…やばい…目閉じそ…)

《零。零、聞こえるか》

《レイちゃん聞こえてる?僕たちは大丈夫。サンくんは悪酔いしたみたいだけどね。最初の草原に無事ついたよ》

(あぁ、よかった…みんな無事着いたっぽ…い…)

カツン、カツン、カツン、と石造りの床を規則的に打ち鳴らす音がだんだんと近づいてくる。その足音は、レイのいる牢の前でぴたりと止まった。

(誰か…来た…やばい…)

キィィィィと触れてもいない格子が耳障りな音を立てて自然に開く。倒れ伏す少女を見下ろしていた人物は牢の大きさには些か持て余すであろう長身を物ともせずに、優雅に中へと入り込む。コツ、コツ、と続いた足音はレイの頭のすぐ傍で止まった。彼女をじっと見下ろす視線を感じる。レイはローブの下でゆっくりと左手を握り締める。

(あと一回くらいなら攻撃できるはず…そのあ…と…)

レイの思考はそこで途切れた。目の前の人物が頭に手をかざすと金色の光の粒子が集い、彼女の意識を刈り取ったからだ。緊張で硬くなっていた身体が弛緩するのを見下ろして、ふっと口角を上げた人物はレイを軽く抱き上げると牢から立ち去る。


---カツン、カツン、カツン………


ハイデルアルン王国王都ルルティア セルシアーナ王宮 魔封じの地下牢に、少女を抱えた人物の足音だけが響く。




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