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「第一回ハルマゲドン対策会議をはじめます」

-ハイデルアルン王国王都ルルティア セルシアーナ王宮 ルシャナの間 三月某日Ⅳ-

王宮内の貴賓用の一室に地球人たち五人は集まっていた。ハイデルアルンの国花であるルシャナが部屋のあらゆるところに飾られ、壁にかかる絵画や棚に鎮座する美術品も普段は目にする機会すらないようなものばかり。壁際に並んだ西洋風の全身甲冑だけは、レイが部屋に入った途端に中身の有無を確認し、趣味悪っと鼻を鳴らしていたが。そんな高級仕様を特に気にかける風でもなく、座ると深く沈みこむふかふかのソファに浅く腰掛けゲ○ドウポーズを決めたレイが四人を順に見回し厳かに口を開いた。

「第一回ハルマゲドン対策会議をはじめます」

「ハルマゲドンって何」

ルシャナの花模様が入ったティーカップを音を立てずに持ち上げたサンがすかさずつっこむ。

「ん?他のがいい?人類滅亡阻止会議とか?終末…」

「物騒だな!」

紅茶を一口飲んでやっと頬に赤味のさしてきた少年は、ポーズを早々にといて背もたれの上に両腕を左右に大きく伸ばし、長い足を優雅に組んだ少女を胡乱な目で見る。

「物騒だけど~まちがってはいないよね~。放っといたら滅亡しちゃうだろうし~」

あっちの武器が効かないっていうのがほんとならね~。一人がけのソファに横向きにハマってお茶請けのマフィンを食べながら、ひじ掛けの上からはみ出させた足をブラブラと揺らしていたイチがのんびりとした声で話にくわわる。

「えっ。あっちの武器が効かないなんて誰が言ってた?」

「ウルが言ってたよ~。魔獣は魔法か魔力で具現化した武器か魔力で身体強化して殴ったり蹴ったりするしか倒せないって~」

サンが初耳だぞ!と詰め寄るも、イチは大したことじゃないとでもいうように簡単にあしらっている。

「一ヶ月びっしり五人でマナー、法律、生活様式…つきっきりで教えて何とかなると思う人、挙手」

ティーカップをテーブル上のソーサーに静かに戻して一人ずつ目をあわせていくニィ。

「「「「……………」」」」

「ですよねー」

半笑いでテーブルのマフィンに手を伸ばしたレイに、イチがドライフルーツ入りを渡す。

「それが一番おいしかったよ~」

ニコニコ顔のイチに微笑みかえして受け取ったマフィンにかじりついたレイは、咀嚼しながらティーカップに手を伸ばす。

「まぁ、二週間こっちでワタシ達がレベル上げした方がまだマシだろうね」

「はぁ!?化け物と戦うっていうのか!?」

サンがくもった眼鏡を拭いていた手を止めて右隣をにらみつける。ティーカップをふうふうと冷ましていたレイは顔を上げた。

「こっちの人があっちで戦えるようにするよりは、ワタシらがあっちで戦う方がまだ現実的だよね、って話。ってか、誰?メガネどこ行った?」

眼鏡で認識するのはやめろ!え?あぁ!メガネの台座の人?~~っ眼鏡が本体かの言い方もやめろ!

言い合いを始めた二人(実際は一方的にサンがからかわれているだけなのだが)を横目に、ニィは足を揺らしてマフィンをもくもくと消費していくイチに視線をうつす。

「そういえば、レイちゃんみんなが帰る前、魔王様に呼び止められてたよね。あれ何話してたのかな」

イチくん近くにいたよね?個人的な事だったら別に構わないんだけど。

「あ~」

イチは紅茶でマフィンを流し込むと手招きし、ニィが身を寄せると小声でぼそぼそと話しだした。

「オレねぇ…れいちゃんと一緒で良かったと思ったよー」

「ん?」

「あの時ね、もんのすごいバトルがあったんだよー…」

「え」

「魔王様ねぇ…れーちゃん懐柔したかったっぽいよ~」

「懐柔!?」

「しっ!声が大きいよ~。でもまぁ、めっためたにやりかえされてたけどね~!」

「いったい何があったの…」

「聞きたいの?夜眠れなくなっても知らないよ~?」

「!?」

「あはは~じょ~だ~ん♪」

「イチくん…」

「ごめ~ん。ほんとは半分くらいほんと~」

「つまり、詳しく話す気はないんだね?」

「そ~いうワケじゃないんだけど~…にぃちゃん魔王様が怒ったの、演技だって気づいてた~?」

「あぁ、やっぱりそうだった?演技とまでは言わないけど過剰に怒ってたかな、とは思ったね」

「あれね、オレ達が引くくらい怒ってこっちがもういいよ~って言わせるためだったみたい~」

「まぁ、そうだろうね。そんな必要なかったけどね」

「そうなんだよね~。れいちゃんも最初は知らんぷりして世間話みたいなのに無難に相手してたんだけど~魔王様が取り込みたがってるって気づいてからの反応がね…もうね…」

「例えば?」

「この茶番いつまで付きあえばいいんですかね?さっきのでもうお腹いっぱいなんですけど?いい人のフリは大変ですね?(にっこり)」

「聞かなきゃよかった…」

「まだ冒頭なのに~?」

「これ以上凄いの…っていうか魔王様は一筋縄ではいかないと思ってたけどあれ全部嘘だとしたらもうこっちの人は一切信用できないんだけど…」

「全部ってワケじゃないみたいだけどね~…耳障りのいいこと言ってても結局はあっちよりこっちが大事、みたいな~?」

「あぁ、そんなの当たり前なのにね。最初から地球に行く魔獣を倒してくださいって言われた方がよっぽど納得できるのに」

「自主的に言わせたい、ってことでしょ~。年少組は違うかもしれないけどね~?」

「しょうもない。それでレイちゃんを懐柔?」

「そうそう」

「魔王様見る目なさすぎない?よりによって何でレイちゃん?」

「女のコだから~」

「それ悪手じゃない?」

「うん。あんた程度のルックスで色仕掛けとかちゃんちゃらおかしいんだけどって言ってた~」

「うわぁ」

「ルックス通じなくて、でも貶められたのは分かったんだろうね~。魔王様ぽかんとしてたよ~」

「顔でふられた事なかったんだろうね」

「だろうね~。超絶イケメンだもんね~。まぁれいちゃんのカッコいい基準では全然だけどね。ぷぷ」

「基準?」

「オレらの中で一番かっこいいのはごうくんだって~」

「あぁ…」

それはまた特殊な趣味だね…。レイの様子をうかがうと、未だ飽きもせずにサンをからかい続けている。

「君だって眼鏡じゃないか!」

「残念でしたぁ。ワタシのはお洒落眼鏡(伊達)ですぅ」

お洒落というにはいかんせんダサ…個性的すぎるが、本人がそういうならそうなのであろう。顔を真っ赤して少女の襟首に腕を伸ばすサンと、ニヤニヤしながらその腕をするりとかわし、逆に顔面を片手で鷲掴みにするレイ。

「んなっ」

相当力が入っているようで、細い手首に筋が出ている。ギリギリとしめつける音が聞こえるようである。

「ふははははは!レイ様に楯突こうなど十年早いわ!」

「っ!はなせ!バカ女!」

「ほほーう?それは成績のコトかな?IQのコトかな?それとも…」

「どれでも一緒だ!」

サンはレイの手を両手で掴み頭から引き離そうとする。

「ふーん…全国統一模試で一位の座を明け渡したコトのないワタシがバカだと?」

ちなみにIQは三回テストしたけど全部バラバラでよく分からん。最低は確か137だったわ。

「え…」

その発言に今までの暴れようが嘘のように大人しくなるサン。しまったという顔をして手がゆるむレイ。

「君、わた…イダダダダダダ!痛い!痛いっ!」

「おいメガネ…今何言おうとした。いや、やっぱ言うな。バカはおまえだ。考えなしめ」

先ほどとは比べるべくもない強さでアイアンクローをきめるレイ。サンはもう涙目である。

「れい様~そのへんでゆるしてあげて~さんちゃんが迂闊なのは今に始まったことじゃないし~」

助け船を出しつつ自然に貶めるイチ。これはもはや一種の才能か。

「レイちゃん、そろそろやめてあげて。頭がつぶれちゃうよ?血だらけにになったら掃除が大変だよ」

サンの頭を心配しているようで、血で汚れるのを避けたいとしか聞こえないニィ。

「零」

名を呼んだだけだが、彼一人が純粋にサンを心配しているように聞こえるのはなぜであろう。これが人徳か。三人にたしなめられてレイはサンの頭を解放した。放すついでにおでこをおもいきり押したのはご愛嬌。サンは両手で頭をさすっている。相当痛かったらしい。

「さんちゃん、れいちゃんのこと知ってたの~?」

さすっていた手がぴたりと止まり、レイをうかがうサン。レイは無言で温くなっているであろう紅茶をそしらぬ顔で飲んでいる。

「名前だけ、な。年四回ある全国統一模試あるだろう?あれ小六の冬から高一の冬まで満点で一位とり続けてる人がいる」

ちらちらと隣をうかがいながら話すサン。

「満点!」

「十七連続~?」

感嘆の声を上げる二人。ゴウもこころなしか目を見開いているようにみえる。

「ちなみに今日が春の試験日だった」

あぁ、それで二人とも日曜なのに制服だったんだね~れいちゃん出来はどうだったの~?…余裕。おぉ~かっこいい~という二人のやりとりを聞きながらサンは横目でレイを見つめている。その視線には先ほどまでは感じ取れなかった感情が含まれているように見える。レイは居心地悪そうにみじろぎして小さく息を吐いた。

「サン、自分から言い出しといて悪いんだけど、ワタシのはズルだからそんな目で見ないで」

「ズル?」

きょとんとするサン。

「いくらマークシートだからってカンニングしても十七連続満点は難しいんじゃない?」

ニィが口をはさむ。

「いや、ワタシ一回見聞きしたコト忘れないんだよね」

えっ…誰のか分からない小さく驚く声を最後に静まりかえる一同。沈黙を破ったのはサンだった。

「それのどこがズルなんだ?君の能力だろう?ニィさんも言ったが十七連続満点はそれだけではとれないだろう。君が能力の上に努力した結果じゃないか」

「え、でも能力っていったって…努力して使えるようになったワケじゃない、いきなり使えるようになった力だよ?誰もが使えるワケじゃないんだよ?」

否定されるとは思わなかったのか、動揺して声がうわずるレイ。

「ん~オレもさんちゃんの意見に賛成かな~。他の人より有利なのは間違いないけど~オレが同じことできたとしても十七連続どころか一回でも満点は無理な気がする~」

えっイチまで??という顔をしたレイはニィを見る。

「僕も概ね二人と同意見。一回で覚えられるって聞くと確かにズルいように聞こえるけど…それはメリットの事しか言ってないよね?その能力はデメリットが大きすぎる気がするな。レイちゃん、大丈夫なの?」

やさしい目でレイに問いかけたニィは、レイが”デメリット”の部分で身体を固くしたのを見てとって、あぁ余計な事言ったかな…とうつむくレイの顔を見ようと席を立つ。そこにゴウの大きな手がレイの下がった頭にのせられる。ゆっくりと撫でられる頭がだんだんと上がっていき、レイとゴウの視線がまっすぐにぶつかった。ゴウは何も言わずにレイの目をみつめている。

「ゴウくん…何かゆって…」

レイの弱々し気なつぶやきにゴウはおや?という表情を一瞬浮かべた。

「ーーー後天的だろうがなんだろうが、それはまぎれもないおまえの才能だ。恥じる事など何もない」

低く穏やかにゆったりと紡がれた言葉にレイは顔をくしゃりとと歪めた。

「ゴウくんラブ!!」

レイはゴウに抱きついてギュウギュウと腕をしめつける。広い胸に顔を押しつけて。まるで顔を皆から隠すように。ゴウは仕方ないというように一つ息をつくと腕を背中にまわしてぽんぽんと叩く。それを見てニィもレイの頭を一つ撫で席に戻る。

「れいちゃんズルい!オレも~!」

イチが殊更に明るい声を出してレイの後ろからゴウに抱きついた。ゴウは鷹揚にそれを受け止める。レイを間にはさんだまま。


 ※※※


「で?どうするんですか」

眼鏡のテンプルを慣れた動作で押し上げ、周りを見回すサン。

「どうって…ねぇ?」

何ともいえない表情を浮かべ、隣に助けを求めるレイ。

「そうだねぇ~?一番の問題は…あっちにこっちの存在がバレちゃいけないってこと~?」

首を傾げて、ね?と同意を求められたニィは持ち上げかけていたカップを慌てて戻す。

「え、それが一番?」

驚いた顔をするニィに驚くイチ。

「えぇ?違う~?」

平然とした顔で冷めた紅茶を飲むレイに他の視線が自然に集まる。

「ワタシもそう思う。あっちにバレちゃいけない。国家権力的なものには特に」

カップから顔を上げたレイは続ける。

「魔獣は脅威だけど…資源でもある」

きっぱりと言い切ったレイに、サンの顔色がサッとかわる。

「あ…」

「地球のエネルギー不足は深刻だよね。そこに取り放題のエネルギーが…文字通り湧いてきたら…どうなると思う?」

「それは…良くない未来しか想像できないっていうことが答えなんだろうね」

ニィが困ったというように眉を下げ、イチが追い打ちをかける。

「オレたちチートあるじゃん?それもバレたら人体実験とかされるかも~」

そこまではおもい至ってなかったのか、サンは口をぱくぱく開いている。

「それもない、とは言い切れないのがまた…」

「そんな!そんなのはただの想像だろう!?人体実験なんて非道な事あっていいわけがない!人権無視も甚だしい!」

サンがテーブルに両手を叩きつけて立ち上がった。レイはそんなサンを見上げて淡々と返す。

「そうだね。ワタシもそう思うよ。でも希望的観測はやめた方がいい。ワタシ達の選択が世界の命運を左右するんだよ。だろうとか、はずだとか、そうであるべきだ、とかで物事考えて世界が滅んだ後でも同じコト言える?」

勢いで立ち上がったままだった少年は、少女の言葉に身体を震わせ、力が抜けたようにソファに座り込む。ぼすりという柔らかなソファには不似合いな音がした。誰もが黙り込んで物音一つしない部屋で、唯一ゴウだけが部屋の扉へ目を向けた。それに気づいた四人もそろって扉を注視する。一拍あとにコン…コン、と遠慮がちなノックがなされ、ゴウがそれを受けて立ち上がりドアへ向かおうとしたのをイチが手で制す。

「誰」

レイが扉へ背を向けたまま誰何する。

「ヴィアージェだ。入ってもいいか」

馴染みある声に硬くなった雰囲気が多少和らいだ。

「いいよ~」

ゴウが扉と庭に面したバルコニーの両方が視界に入る位置に座り直したのを見てソファに横にハマりこんでいた身体を向き直し、きちんと座るイチ。ニィはそんな二人を見て、サンのすぐ隣に移動する。サンはニィを不思議そうに見ている。レイは扉に背を向けたまま動かない。視線はバルコニーの外へ向けられている。両開きの扉の片方が音もなく開き、ヴィアージェが顔を出した。

「不便はないか」

「大丈夫。美味しいお茶をありがとう」

ニィがカップを大げさにかかげて微笑む。

「必要なものは?」

「ないかな~今のところは~」

イチもにっこり微笑む。

「夕食は…

「あっちで食べるからいらないよ。そろそろお暇するし」

食い気味にレイが答えた。視線は外に向けたまま。

「おいとま?」

サンがポカンと間の抜けた顔をさらす。

「ん?色々あって混乱もしてるだろうし、落ち着いて考えるなら家の方がいいかな?って思ったんだけど?」

不自然なほどにっこりとサンに微笑んで首を傾げるレイにニィが続く。

「そうだね。ゆっくり考える時間が必要だよね」

え?え?サンは間抜け面のまま発言する人物の顔を追う。

ゴウは半開きの扉とバルコニーの外をしきりに気にしているように見える。その時イチがふらりと立ち上がり、それを合図にしたかのようにゴウがその体躯からは到底考えられないような素早い身のこなしでソファの背もたれに片手をかけて飛び越え、扉に向かう。それにすれ違うようにしてレイは目の前のテーブルを足場に跳躍。そのまま向かいのソファを飛び越えバルコニーに文字通り一直線に向かう。イチは右手を握ったり開いたりしながらレイの後に続いた。ニィはサンの手を引いて扉と窓から離れた壁際に移動する。ヴィアージェは異世界人達の突然の行動に呆然と立ち尽くしたまま身動き一つしない。

「ゴウくん魔法!!」

レイが叫んでイチに体当たりして壁際に飛び込むのと同時に、ゴウはヴィアージェを巻き込んでドアの前から転がって離れる。ニィは扉と窓に背を向けサンをかばうように抱き込んでしゃがみ小さくなる。一呼吸するよりも早く爆発音とともにドアが吹き飛び窓ガラスが砕け散った。細かなガラスの破片がキラキラと降り、鮮やかなルシャナの花びらがふわふわと舞う。こんな状況でなければ幻想的で綺麗だと思ったかもしれないくらいには現実離れした光景であった。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

ニィの肩越しに見える部屋の惨状にサンが叫び声を上げた。


ハイデルアルン王国王都ルルティア セルシアーナ王宮ルシャナの間に少年の恐怖におののく叫び声が上がる


※注 眼鏡に含むところも、恨みもありません


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