「(この国ヤバくない?)」
-ハイデルアルン王国王都ルルティア セルシアーナ王宮 三月某日Ⅱ-
「おぉ…リアル白亜の宮殿!」
「ふわぁ~キレイだねぇ~」
「無理しないで。いつでも背負うよ?」
「うっ…見事だ…な…ううっ…」
「………」
真っ白な総石造りの城は、見る者を圧倒する気品と厳かさをあわせもち、ため息が出るほどに美しかった。二人は感嘆の声とともに首が痛くなるほど見上げ、一人は竜酔い(途中で起きた)で顔面を蒼白にし、一人は心配そうに声をかけ、最後の一人はその背をさするという、やはり何ともしまらない一行であった。
「せっかく起こさないで連れてきたのにねぇ~」
「メガネ、弱点ありすぎじゃね?」
爬虫類こわーい高いところダメー三半規管ひんじゃくー虚弱?弱キャラ?指折り数えるレイ。
「好きで…起きたわけじゃな…うう…あと、メガネって言うな」
二人の容赦ないツッコミにサンは苦しそうに返答する。
「イチくん。レイちゃん」
ニィがたしなめる。イチは悪気がないので、ん?と首を傾げたが、レイは大きくため息をついてサンの口にミント味の飴を乱暴につっこんだ。
「これでもくらえ」
「れーちゃんデレた~」
指さしてはやしたてるイチの指を五本指で握り込むと心底イヤそうな顔をしたレイはとてつもなく低い声で言う。
「ワタシはオールウェイズやさしいデス。今度気持ち悪いコト言ったら……折る」
「こわっ。れーちゃん何その声!二度とそんな声出さないで!」
じゃぁ言動に気をつけてください。スタスタと先へ行くレイ。れーちゃん待ってよ~。追いかけるイチ。ヴィアージェもそれに続く。ニィとゴウは目を細めて二人を見送ると、サンに向き直る。
「歩ける?」
「…少しスッキリしました。」
ころり。と口の中の飴が転がった。眼鏡のテンプルを中指で押し上げたサンは、自らの足で一歩踏み出した---ふらつきながら。
※※※
一行は、足早に歩を進めるヴィアージェに黙って追従していたが、歩き始めて十五分も経つとぼそぼそと小声で会話を始めた。
「(イヤな予感がする)」
「(れ~ちゃんも?オレも~)」
ニィはその会話が耳に入り、二人が言うならまた何がしかが起こるのだろうと、ゴウに目配せをする。ゴウは心得ているといわんばかりに頷いた。サンは早々にダウンしてゴウに背負われている。ちなみに、またも姫抱きにしようとして猛反発をくらい、レイに「いーじゃん。一回も二回も一緒でしょー」とニヤニヤしながら写メを見せられ大騒ぎするという一幕があった。レイとイチの会話はまだ続いているようだ。…深部……暗殺…お腹……加護…。途中変な単語が入っていたような気もするが聞き間違いだろう。
「異世界トリップの心得その2その3~。召喚主側の出す飲食物は口にしない。着替えも良くない。装飾品は特にヤバイ…んだけど、スゥ様の加護により全て気にしなくてもよくなりました!わー拍手ー!」
王宮に入る前にレイから聞いた注意事項に今更ながらに冷や汗が出る。皇の加護がなかったら僕たち終わってたんじゃないか、と。ぼんやり回想していたニィは、立ち止まったヴィアージェに気づかず前に居たイチにぶつかりそうになる。目前には、三mはあろうかという中央に小さな穴だけが開いた装飾気のない扉。両脇に長槍をクロスさせて扉を守る番人が立っている。ヴィアージェは懐からビー玉大の乳白色の艶やかな石を取り出し穴にそれを埋め込んだ。カチリと小さな音がした後、扉は自動的に左右に開いた。
「すぐ閉まる。急いでくれ」
ヴィアージェに先導され扉を抜けると、そこには長い長い廊下が続いていた。足首まで埋まる毛足の長い真っ赤な絨毯が敷き詰められている。扉のわりには廊下の幅はかなり狭く、六人かたまっていると窮屈さを感じる。発言通りまもなく扉は自動的に閉じ、ヴィアージェは転がり落ちてきた石を懐におさめた。
「(もう、間違いないね)」
「(でも~大袈裟すぎない~?)」
「(リユース総意なんでしょ)」
「(あー)」
レイとイチの会話はあいかわらず要領が得ない。ニィは首をひねる。ゴウも同じようでニィの視線に気づくと肩をすくめた。サンが小さく呟く。あれ、この先にVIPがいるって…言ってるんだと思います…他国のも…。すぐそばにいたニィでさえも注意していなければ聞き逃したであろう弱々しい囁きは、レイとイチの耳にはちゃんと届いていたようで、二人そろって振り向くと申し合わせたようにサンに向かって勢いよく親指を立てた。そして何事もなかったように歩きだす。
「(どうして分かったの?)」
「(扉のセキュリティと廊下の幅が狭いのと…)」
そこまで聞いてゴウは得心がいったというように小さく頷く。
「(…歩きにくい絨毯も…それも攻めにくいかな、って…この先にVIPがいる…理由になるかと…)」
「(あぁ、そういう事か…それも異世界トリップ?ものの王道?)」
「(私は…読んだ事ないです…)」
「(んー、じゃぁ僕の注意力が散漫なだけかー)」
ニィは深く考えずにただ追従していた自分を恥じた。具合悪そうにぐったりしているサンですら周囲の状況に気を配っていたというのに。先を行く二人はこの後起こる何事かについて予想や対策を頭の中で立てているに違いない。それはもうめまぐるしく頭脳を回転させて。僕が知っている異世界ものはあまり参考にならないし他にできる事といったら…あぁ、人をみる事くらいか。ニィは周囲の状況をを見るのは他に任せて、自分は人物を観察する事に集中しようと心に決めた。
※※※
城に入ってどれほど経っただろうか。やっと目的地とおもわれる場所についた。ヴィアージェの足が止まる。そこは、長い廊下の行き止まり。壁しかない。首をひねる一行を横目にヴィアージェは壁に右手を押しつける。
「ハイデルアルン竜騎士団長ヴィアージェ=ノージェ異界の客人をお連れしてただいま戻りました」
「(団長!?)」
「(ヴィーが!?)」
レイとイチの顔がひきつっている。今までの失礼な態度を反省しているのだろうか?二人とも年相応なところもあるんだな、と微笑ましく思っていたところに、
「(この国ヤバくない?)」
「(悪い魔王いないって言ってたのに~)」
この発言。どうやらニィの思い違いだったようだ。確かにヴィーは団長にしては少し頼りないかもしれない。でもそれがそこまで焦るほどの事だろうか。なぜ国がヤバイとまでいわしめるのか…と考えて気づく。その時、壁の真ん中に一筋の亀裂が入り、瞬く間に左右に分かれていく。壁が全てなくなった先には、石造りのガランとした部屋があった。奥まで真っ直ぐに敷かれたレッド・カーペット。床より一段高くなった先には玉座。そこに座るのは意匠の細かい金糸の刺繍が入ったドレスシャツに黒いパンツ、重そうなファー付きマントを身につけ小さな王冠をのせたサラサラの金髪に透き通った蒼い瞳の典型的王族カラーを持つ人物だった。
「「ええぇーーー」」
玉座に向けてレイとイチが発した言葉は、たいそう気が抜けたもので、ひざまずいて頭を下げていたヴィアージェは二人をたしなめようととおもわず頭を上げかけ、おもいとどまる。残りの三人も頭を下げるどころか、玉座をガン見していた。
「良い。楽にせよ。余がハイデルアルン国王シェイルファス=チサ=ハイデルアルンである」
国王、と名乗った人物は鷹揚に頷き、ヴィアージェを手で軽く制して続ける。
「突然連れてこられて聞きたい事もあろう。だがまず大丈夫か?ずいぶん顔色の悪い者もおるようだが」
その場にいた全員がサンに視線をうつす。
「大丈夫です…続けてください」
部屋に入ってからはゴウの背から降りて自分で歩いてきたサンは頭をゆるくふって弱々しく答えた。
「本来なら貴賓室に通すところなのだが…こんなイスもない部屋で申し訳ないな」
なんならここに座っても良いぞ。床は冷たいだろうしな。真面目くさった顔でそう続けたシェイルファスにレイとイチ表情を歪めた。それに気づいたシェイルファスは二人に向かって声をかけた。
「余から話すのがよいか。それとも質問が先か」
レイはシェイルファスをまっすぐ見つめて問いかけた。
「その前にまず…見たまんまですか」
「そうだな。見たままだな」
シェイルファスは面白い事を聞いた、とでもいうように器用に片眉を上げた。口の端には笑みが浮かんでいるようにも見える。逆にレイの表情は苦虫を噛み潰したかのように冴えない。
「呪いとかでもなくて~?」
続けてイチが問うも、あっさりと切り捨てられる。
「ないな。健康体だ」
首をふるシェイルファスにニィも続く。
「ファンタジー要素があるとか…?」
「ふぁんたじぃ?」
聞き返すシェイルファスに、しどろもどろに説明するニィ。
「え~と例えば魔力のあるなしによって速度が変化するとかの不思議現象?」
「あぁ、確かにそれはあるな。だが余は成長途中だ」
それを聞いた全員がまた、えー。という顔をした。黙り込んだ異世界人達を横目にヴィアージェが言う。
「シェイルファス陛下は御年十になられる」
「小学生かよ!!」
レイのツッコミが部屋に響いた。
※※※
一同は玉座前の床に円になって座っていた。陛下を床に座らせるなど!というヴィアージェの反対意見は玉座にいると声はらないといけないから疲れるんだよね、というシェイルファスと、いいじゃん誰も見てないし。というレイの発言によってあっさり流された。
「ーーーつまり、リユースは今未曾有の危機にさらされていて…五つの国が力を合わせて戦ったけど、あえなく敗退。それによって国のトップ…頂点に近い人たちがのきなみ亡くなった?」
「そうだな。ハイデルアルンはまだ良い方だ。余は生まれた時から王になると決まっていたしな。そのための教育も受けておる。先陣をきって戦う事はさすがにできないが、指揮をとる事はできるしな」
立てた膝に両手と顎を乗せ、伏し目がちに話すシェイルファス。
「他の国は~?」
体育座りをして小さくなったイチが問う。
「大森林…いや、森人領の大族長のローザリアは七つになったばかりだな。森人は長寿だが子が生まれにくく人口が元々少ないからな…先の大戦でどれだけ数を減らしたか…」
「七つって…」
あぐらをかいて手を組んでいたレイはおもわずといった風情で顔を上げる。その呟きに全員が目を伏せる。サンなどせっかくよくなってきていた顔色がまた悪くなっている。
「小人領ブレアガルデン共和国元首ガルドリズン様は十二歳、獣人領ヴォルド帝国は十七歳のアルヴァイン様とウルムナフ様がお二人で皇帝代理を。魔人領ベルフェノーグは魔王イシュトヴァーン様二百九十歳がそれぞれ治めておられる」
続きを引き継いだヴィアージェにニィのツッコミが入る。
「今、二百九十歳って言った?」
「あぁ。魔人、森人は魔力が多いから比較的長生きだ。だいたい八百から千歳くらい生きるとされている。なかには二千年も生きる者もいるらしい」
ヴィアージェは、それが何か?と不思議そうな顔をして続ける。
「人領でも稀に魔力を多くもつ者が生まれるな。三百から五百は生きるぞ。余も何事もなければそれくらいは生きるだろうな」
”何事もなければ”も部分で、五人は目をそらした。何事もないわけなくない?とレイとイチが顔を見合わせている。
「…なんか思ってたよりずっとひどいんだけど…五人くらい喚んだところでどうにかなるの?って感じ」
そもそも未曾有の危機って具体的に何なの?レイは重くなった空気をふり払うように顔を上げた。シェイルファスが慌てて答える。
「いや、五人を喚んだのはリユースを救ってほしいからではないのだ」
「「「「えっ」」」」
四人の声がそろった。無言ではあったが、ゴウでさえも驚いた表情をしている。
「数年前からリユースでは魔獣の被害が多くなってな。魔獣というのは魔石を核とした疑似生命体なのだがーーー」
「魔石?」
「疑似?」
ニィとサンがそれぞれ口を挟んで止めた。ヴィアージェが小さな声で説明するーー魔石というのは魔力の塊だ。魔力が凝縮されて結晶化したものだと考えられている。魔石はリユースでは動力として使用されている。疑似というのは言葉通りで魔獣は獣の形をとってはいるがそれは見た目だけで切っても血も出ないし内臓や骨などもない。倒すと魔石だけを残し光となって消え、死体が残らない事から疑似生命体と呼ばれている。
「「えぇ!?」」
レイとイチの声がそろって響く。ヴィアージェが説明している間も、シェイルファスは話を続けていたようだ。
「レイちゃん?」
「イチ?」
ニィとサンが心配そうに声をかけるも、二人は先ほどの叫び声から一転沈黙したまま。
「れーちゃん…」
イチが、ガリガリと爪を噛んでいたレイの指にそっと手をかけた。
「魔獣は突然現れる魔力の巣…力場みたいなところから自然発生するんだって」
「その巣が~普段なら考えられないくらいの速さでいっぱいできたんだって~」
「緊急事態だと判断した国の上層部は巣の壊滅とともに研究機関や魔術師達に調査を依頼した」
「いくら調べても巣の異常発生の原因は分からないし~巣も減らないことに焦れたある魔術師が~」
レイとイチはかわるがわる説明していたが、ここまで話して黙り込んでしまった。そんな二人を見てシェイルファスが力なくつぶやく。
「すまない…」
頭垂れたシェイルファスに左右から手が伸びる。二人とも無言でサラサラの金髪をぐしゃぐしゃにかきまわした。
「………一つずつ片づけられないなら、そのままよそにやっちゃえばいーじゃない」
わざとらしいほど軽く言い放ったその発言の中には到底看過できない単語が含まれていた。サンが震える指で眼鏡のテンプルを押し上げた。
「よそって…」
レイとイチは顔を見合わせた。そして、さも当然という顔をして言う。
「「地球」」
三人はごくりと喉を鳴らした。
「っ…すまない…!」
ハイデルアルン王国セルシアーナ王宮 秘匿の玉座の間に幼き王の悲痛な呟きが響きわたる。