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「異世界召喚キターーーーー!」

-??? ???? 三月某日-

今日のK県の天気は大雨。H道は雪。後は似たりよったり。曇りだったり小雨だったり。雲一つない青空に見渡す限りの草原。360度ぐるりとまわっても木の一本も見当たらないまごうことなき大草原に、五名の人物が円をつくるように立ち尽くしていた。それぞれの足元には淡く発光する魔法陣。草が魔法陣の形に丸く焦げて失くなり、地肌が見えている。呆然と地面を凝視する五人。やがて、魔法陣はだんだんと光が弱くなり最後には跡形もなく消え失せた---残ったのは五つの焦げ跡と五人の男女。

「異世界召喚キターーーーー!」

黒いPコートにハーフブーツ、顔を隠す野暮ったい大きな黒縁眼鏡に長い黒髪を二つに三つ編みした少女が、顔の下半分を覆い隠していたこれまた黒のモヘアマフラーを剥ぎ取りながら叫ぶ。

「……っていうか寒ぅ~~!」

次に口を開いたのは真っ白なタンクトップに生成りのハーフパンツ、ビーチサンダルを履いた小麦色の肌の短めの茶髪の少年で己を抱きしめるように両腕をさすり身震いし、無言で隣から差し出されたコートを受け取ってはおる。

「異世界って…」

呆然と呟いたのはフワフワの薄茶色の髪をした青年。Vネックのカシミヤのインナーにブランドもののデニムとブーツを身につけ、手にはスマートフォンを握っている。呆然とした表情でもイケメンにはかわりなく、甘い声とあいまって(多少ふるえ声ではあったが)いかにもリアル充実してます!を地でいく男のようだ。

「一体何が…」

四人目の人物は、そこぬけの晴天の下、傘を差し続けて立ち尽くすという間抜けな姿をさらしていた。カラーまできっちりとめた黒のスタンダードな学ランに銀縁のスクエア眼鏡からのぞくつり気味の目は、あちこちに視線をさまよわせ風になびく長めの黒髪をわずらわしそうにしながらも放っておく様子から動揺の大きさをうかがわせた。

「………」

五人目の人物は、腕組みをしながら遠い空を見上げていた。袴に雪駄といういでたちは、とにかくデカくいかつい男に妙にしっくりきていたが、その無表情と無言のダブルコンボは周りに大きなプレッシャーを与えていた。特に隣の四人目の人物に。よほど怖かったのであろう三人目の人物よりにじわじわと身体が逃げている。

「うぁ熱っ!」

「痛っっ!!」

にこやかに話していた少女と少年が突然声を上げた。二人とも眉間にシワを寄せて押さえつけた手の甲をにらみつけている。穏やかじゃない二人の小さな叫びに、声をかけようとした三人目の人物もまた小さく息を呑んで手の甲を押さえた。その直後に誰よりも大きく痛みを訴えて傘を取り落とした少年は、恥ずかし気に最後の人物の手の甲をみつめた。他の三人もそれにならう。四人の視線にさらされた男は見やすいように手の甲を上にして腕を伸ばした。全員が注目する中なんの前触れも無くそれは現れた。少しずつゆっくりと。アザのようにもタトゥーのようにも見える黒く肌に刻まれたそれは、馴染み深いものに見えた。

「5…だね」

「そうだね~。数字の5だね~」

少女と少年がうなずきあって押さえていた手の甲を見せ合う。

「ワタシ0だ」

「オレ1~」

それを見ていた残りの二人も自分の手の甲を見せる。

「僕は2か…」

「私は3です」

五人は手の甲をつきあわせてしばらく無言で見ていたが、

「だからどうだっていうね。てか4どこいった」

ため息とともに吐き出された少女の言葉に残りの四人は顔を見合わせた。

「そうだね。まずは現状把握からいこうか」

4は死番なんじゃないかな。と少女に微笑み地面にハンカチを敷き座るように促す様は実に自然で、少女と少年は紳士紳士と叫びながらキャッキャッと喜んでいる。そんな二人に苦笑しつつ全員が座ったところでイケメン紳士は重々しく口を開いた。

「えらそうに仕切ったけど、正直何から話せばいいのか…」

情けない顔をしてもかわらないイケメンが困ったように微笑むと目が合った少年は小さく手をあげてにこやかに口を開いた。

「はいはーい。得意な人が話せばいいと思いまーす。先生どうぞ!」

少年は少女に手の平を向ける。水を向けられた少女はまる投げか!とブツブツ言いながらも引き継ぐ。

「えーただいまご紹介にあずかりました異世界トリップ大好物のワタクシ、レイ(・・)が僭越ながら”簡単!すぐ分かる異世界トリップ”についてお話したいと思います」

こほん、とわざとらしく咳を一つしてスラスラと話し出した少女に、訝しげに眼鏡の少年が声をかける。

「君はレイ(・・)っていうのか?0番でしたよね?偶然?」

「異世界トリップの心得その1~。本名は名乗らない」

魔法陣があるんだから当然魔法があると仮定して本名を知られると縛られたりするコトもあるかもしれないから念のために。ちょうどよく数字ついてるしイチ、ニィ、サン、ゴウでいいんじゃないかな。そう早口で説明したレイになおもサンが問う。

「縛られるって?」

「奴隷扱いされるってコト。喚んだ人がいい人とは限らないでしょ。大体こっちの意志の確認もせずに連れてくるような輩だよ?ロクなもんじゃないでしょ。常識的に考えて」

フツウに誘拐だし。あっさりと言い切るレイ。心得その1にしてあんまりの内容にニィとサンは顔色を悪くした。イチはかわらずニコニコしている。ゴウも表情に動きがない。

「--ほ、本名を名乗っちゃいけないっていうのはよく分かったよ。次は?」

ニィがおそるおそるきりだすと、レイはう~んと首をひねって困ったようにイチを見る。

「誰が、何のために喚んだのか、かなぁ~?」

イチも首を傾げている。

「喚んだ人が個人か、国とかで大きくかわってくるんだけど…複数喚ぶのは個人じゃなくて国とか何かの団体とかの大きな組織じゃないかって思うの。あくまでもワタシの独断と偏見に基づく推測だけど」

人差し指を顎に当てて話すレイに、でもオレもそう思う~と声をかけるイチ。

「---国、あるいは組織に複数喚ばれた時のテンプレは…」

「テンプレ?」

サンが不思議そうに聞き返す。

「テンプレート。雛形。この場合はお決まりのパターン、かな。お約束ともいう」

レイの説明に、あぁなるほど。と深く頷いたサンにイチが大きく身を乗り出して爆弾を落とした。

「魔王を倒しに行くんだよ~!!」

目的を言いよどんでいたレイは、ため息をつく。あぁ…言っちゃったよこの人…。イチを見る目がわかりやすくそういっている。

「魔王って…冗談だよね?」

「魔王って何だよ!無理に決まってるだろ、そんなの!」

「………。」

レイはどうしたものかと男たちをみまわした。更に顔色の悪くなった二人と聞いているのか聞いていないのか分からない程無表情の一人。そんな三人の横ではしゃぐ最後の一人。空気を読め。

「残念ながら。五人も喚ばれてたら魔王討伐ないとは言いきれない。王道中の王道」

レイの言葉に青を通り越して白っぽくなる顔色の二人に、空気を読まない男が朗らかに慰めの言葉をかける。

「だ~いじょうぶだよ~。チートあるって!召喚だし~!」

「「チート?」」

一縷の希望をみつけた二人が真剣な眼差しでレイに迫る。

「チートは…元は違法改造的な言葉を表す単語で…召喚補正で強い魔法が使えるようになったり身体能力がバカみたいに上がるっていう…」

魔法…魔法か…それならなんとか…呟く二人に聞こえないようにレイはこっそりイチに話しかける。

「(イチ、身体が軽いとか、手刀でそこらへんの草刈れそうとか300mくらい10秒で走れそうとか、そんな感じある?)」

「(ううん、全然)」

即答である。何で無責任なコトゆうかな!二人とも期待しちゃってるじゃん!小声で責めるレイ。

「ん~。でもチートあってもなくても魔王はどっちにしろ倒しに行かなきゃいけないでしょ~?」

珍しく笑みを消したイチにレイも即答する。

「いや、行かない。よその世界から人さらってこなきゃやってけないような世界は滅べばいい。喚びっぱなしなら言うコトきくだけ損だし」

「一理あるけど~ちゃんと帰してくれるかもよ~?」

辛辣なレイの意見を気にする風でもなく更に問うイチに、まぁそうなんだけど。と前置きしたレイは

「ぶっちゃけチートあろうがなかろうが生き物殺すとかムリ。大体魔王って人型だよね?ありえない」

あっさり本音をもらした。

「あぁ~、そういわれるとオレもそうかも~。魔物はともかく…人型は無理かなぁ~」

「それにホントに悪い魔王なのかっていうね」

「あぁ、それもあるかもねぇ~」

間延びしたイチの声があたりに響く。レイの表情がわずかに歪む。異変に気づいたイチが首を傾げた。どうしたの?と目がいっている。レイがおそるおそる振り向くと、そこにはうなだれた二人の姿があった。

「どっから聞いてたの…」

諦めまじりにきくレイ。

「…ちゃんと帰してくれるかもよ~?から」

頭を上げたニィの顔色はこれ以上ないくらいに悪く、レイはそれでも申し訳なさそうに追い打ちをかけた。

「召喚は帰れないコトの方が多いんだよね…生き物殺すうんぬんは個人の資質としても…」

殺人なんてありえないし、小動物でさえ自信がない、と首をブンブン振る二人。どんよりとした空気を払うべくことさらに明るい声で二人を励ますレイ。

「ま、まぁまだ魔王倒すって決まったわけじゃないし!あくまでも想像と妄想の産物による推測だから!事実は小説より奇なりっていうしね。実際大したコトじゃなかったりするかも??」

「そうですよね…だいたいここが異世界だと決まったわけでもなし…」

浮上気味のサンの背後の空をゴウが突然指さした。急に動いたゴウにびびりつつ後ろを振り向くサン。そこには一つの太陽を囲む二つの月を背景に空を飛んで近づいてくる六頭の大きな生物が見えた。

「あからさまにドラゴンだね」

「月が二つとかテンプレだよねぇ。あれってお迎えだよね~?」

「レイちゃん、第一異世界人との接触における心得は?」

「ドラゴン…月が二つ…ドラゴン…いや、あれは大きなトカゲじゃないのか…ん?…トカゲが飛ぶか?」

「……………」

カオス。誰一人として会話を受けとっていない。投げっぱなしである。ドラゴンが近づくにつれて、レイが思い出したように四人に声をかけた。

「あれ、喚んだ人かその使いだと思うけど、みんなついていくってコトでいいの?」

何されるか分かんないけどねーという小さな呟きは幸い誰にも聞こえなかったようだ。

「それしかないよね~。まずは目的きかないと~。帰れるかどうかも知りたいし~」

嘘つかれても分かんないけどね~という呟きもまた誰にも聞き咎められる事なくスルーされた。

「それ以外の選択肢ってないよね?」

「正直行きたくない。が、民主性を尊重する」

「………(こくり)」

ニィの質問に首を振るレイとイチ。

「そんなコトないよ?」

「いっぱいあるよ~?」

えっそうなの!?と驚くニィに早口で簡単に説明するレイ。

「こっちで暮らす、召喚主とは関わらずに独自に帰る方法を探す、とりあえずあの人たちとの接触は避けるとか色々?」

「でも、目的を聞いてからでも遅くないんじゃないかなぁ~?」

イチのもっともな意見にニィは心を決めたようで、再びドラゴンに視線を戻した。

 

 ※※※


五人が横一列に並んで待ち受ける数十m先に一頭のドラゴンが大きく羽ばたいて舞い降りた。着地の瞬間にドラゴンを中心に発生した風は周囲の草を放射線状に揺らし、レイを一歩よろめかせるほどに強い。イチは前方のドラゴンから視線を全く動かさずにレイの背に腕をまわし、軽く受け止めた。

「キレイだねぇ~」

イチのうっとりするような感嘆の声に三人は迷いなく頷く。(残りの一人は震えていた)

「~~我慢できん!」

一言ぽつりと呟いてドラゴンへ向かってダッシュしたレイを慌てて止めようとしたイチの右手がむなしく空をきって、そのまま前に倒れこむ。

「うあっ。れいちゃん待って~!」

焦って起き上がったイチが後に続くも、ビーチサンダルでは丈の長い草に足をとられて走りづらく、すでにレイはドラゴンに何事か話しかけていた。取り残された三人はそれを見て小さく息を吐いた。凶暴ではなさそうだね。というニィの呟きにゴウも頷く。安心したのも束の間、それまで高い位置からレイを見下ろしていたドラゴンの頭が彼女の頭めがけてゆっくりと動いた。

「ひぃっ」

サンの声にならない叫びを受けて、ニィとゴウはレイに向かって駆け出した。レイの危機!とばかりに脊髄反射で走り出した二人であったが、それはすぐに杞憂であったと思い知る。二人が駆けつけた先ではドラゴンの頭を両手で抱え込んで(もちろん手はまわりきっていない)ヤバイ!イケボ!などと口走りながら頬ずりしまくるレイと、れ~ちゃん落ち着いて~その人困ってるよ~と声をかけつつ背後から腰を掴んでドラゴンから引き離そうとしているイチ、そんな二人を目を細めて喉を鳴らすドラゴンと、そのやり取りを頬をかきながら黙ってみている男、という何ともいいがたい光景が広がっていた。

こうして、異世界人達は無事(?)に出会いを果たしたのである。


 -数分前-


「ドラゴンキタコレ!」

高揚する気分を隠しもせずにレイはドラゴンに向かってダッシュしていた。それはもうそのまま飛びつこうとするような勢いで。近づくにつれ、ドラゴンもレイを認識したように、視線を動かす。

「今、目があった?」

目線を上げたまま走っていたのが悪かったのか、単純に生い茂る草に足をとられたのか、レイは見事にすっころんだ。ごろりと一回転して前足に衝突して止まる。目の前には鋭く尖った5本の爪。

「おおぅ…ゴメン。ぶつかっちゃった。痛くなかった?」

すごい勢いでぶつかったのに全然動かないし蚊が止まったくらいにしか感じてないのかもなー。一人呟いて前足をすりすりとさするレイ。

《大事ない。我より己の身を案じよ》

頭の中に突然響いた声に、レイはポカンと口を開けたまま固まった。訝しげにドラゴンはレイの顔を覗き込もうと頭をゆっくりと動かした。

「今しゃべった?ね、今のワタシに話しかけたんだよね?ファンタジー生物ひゃっほい!」

フリーズ状態からすぐさま解凍したレイはすばやく立ち上がり両腕をドラゴンに向けて伸ばす。

《ほう。異界の娘は我が意を解すか》

「ヤバイ!イケヴォ!触ってい?触ってい?」

レイの伸ばした腕の先にドラゴンが頭をこすりつけた。レイは頭をしっかり抱えて頬ずりする。

《我が恐ろしくはないのか》

「え?何で?」

心底不思議そうな表情で答えるレイ。その間もイケヴォでイケメン!萌ゆる!と頬ずりする動きは止まる事がない。

《くく………愉快愉快。時に娘よ。いけぼとは何か》

「イケヴォはかっこいい声って事だよー。めっちゃいい声なのにー頭の中なのが残念ー」

口を尖らせて説明するレイに横合いから声がかかる。

「い、異界からの客人であろうか」

声をかけてきた男をそろって振り向く一人と一頭。無言で二対の目にじっと見つめられて男は一歩あとずさった。

《娘よ。知らぬ男とは話してはならぬ》

知らぬ男なのは当然で、話すためにここまで来たのだから男に是と返事をするのが妥当なのだが、自分だって知らぬ雄なのを棚に上げてのこの発言。さすが生物の頂点。図々しい上にえらそうである。レイもそれを十分理解した上でそれにのっかった。ドラゴンをもっと堪能したかったので。

《ですよねー》

《うむ》

《あれっ、念話出来た??》

あ、すみませーんワタシ今忙しいんでーあっちの人たち異世界人らしいですよー。すりすり。ワンブレスで言い切ったレイにあぜんとするも、めげずにもう一度声をかけようとして伸ばしかけた手は、ドラゴンの威嚇によって阻まれた。男はそれまではっきりとした意思を感じ取る事ができなかった。《是、否、食事、睡眠、水浴》この五つのみを何となく理解していたにすぎない。だというのに、今たたきつけられている思念は…《てめーこれ以上この娘に近づいてみろ頭かち割んぞ二度と邪魔するな》分かりやすすぎた。えぇ??ドラゴンちゃんと話せたのか!?今まで《フロメシネル》しか言った事なかったのに??十歳から十五年文句一つ言わずに世話してきたのにぽっと出の少女に負けるのか!?はっ!もしやドラゴン女好き!?混乱のあまり、色々だだ漏れしているのにも気づかずに呆ける男。

「いやいやいや、れ~ちゃん落ち着いて~。その人困ってるし~」

やっと追いついたイチがレイを掴んで剥がしにかかる。レイはイヤイヤと首を振りながらしっかり頭を抱え込んで離さない。そこにニィとゴウも追い着いた。ゴウは無言でレイの両手を掴みドラゴンから引き剥がした。

「あぁーーーーー」

レイの悲痛な声が響くもゴウは気にせずそのまま子どもを抱くようにしてドラゴンから距離をとる---がなおもドラゴンへ向かって手を伸ばそうとするレイの頭を鷲掴みして無理矢理目を合わせたゴウは、無言でレイを見つめ続けた。

「………………」

「………あい。サーセン」

目で語る男ゴウ。頼りになる男である。

「すみません。異世界人でした」

ゴウに子ども抱きされたままドラゴンに乗ってきた男にぺこりと頭を下げるレイ。

えっ何でそんな嘘ついたの!?というニィのツッコミは全員スルーした。

「はい。お迎えにまいりました。ハイデルアルン竜騎士団のヴィアージェ=ノージェと申します。まずは皆様に謝罪を。」

いきなり謝罪?ぽかんとする一行を気にする風でもなく続けるヴィアージェ。

「ハイデルアルン国民として、いえ、リユースに生きるものとして謝罪申し上げる。本来ならばしかるべき場所にてしかるべき説明を十二分に受けてからの召喚であったところを、このような………それ程危険な土地ではありませんが絶対に魔物が出ないとは言い切れない場所に何もご存じない皆様を……」

「ちょっと待って~。れーちゃん、三行で」

とうとうと語るヴィアージェに手の平を向けて制したイチは、レイを見上げる。

「あー、召喚失敗

 ゴメンゴメン魔物出るとこに着いちゃったよ

 リユースのハイデルアルン国竜騎士団ヴィアージェ=ノージェお迎えに参・上?」

「ん~~、やっぱり魔物いるんだ~」

心なしか嬉しそうなイチにニィが冷静につっこむ。

「気にするとこはそこなの?」

「ヴィアージェさん、ちょっと頭の残念なコがいるんでできればフツーに話してほしいんですけど」

いちいち通訳するの面倒だし、ワタシがするとかなり意訳になりますよ?レイにふられたヴィアージェは初めこそ難色をしめしていたが先ほどの訳を思い出したのか、重々しく頷いて再び口を開いた。ちなみにイチの残念な子ってオレのこと~?ヒドイよ~という発言は無視された。ヴィアージェ。空気の読める男。

「改めて。申し訳ない。意思の確認もとらずに喚びだした上、魔物が徘徊する土地に半刻もの間………」

「まだ堅い」

「………すまなかった。一方的に喚びだしておいて危険な場所に放置するなど……いくら謝っても足りるとは思えないが、ハイデルアルンに居る間はどんな事であろうと自分があなた達の力になろう」

まぁまぁかな。レイちゃんからかいすぎ。小さな声でこそこそと交わされる会話は聞こえないフリをした。己の心の平穏のために。

「よかったね。喚んだ人達わりとまともそうだよ。まるっきり問題ないってワケじゃないみたいだけど」

ちらりと意味あり気にドラゴンを見上げたレイはわざとらしく離れた場所にいる他のドラゴン達に視線をうつし、ゴウの首にまわしていた腕で背中をぽんぽんと叩きながら言う。そろそろ降ろしてよー。

「わりとまともって………もうちょっとオブラートに包もうよ」

ニィがたしなめるが、彼の発言もたいがい失礼である。

「オブラートに包んでも中身は同じー。帰れるし依頼は断っても大丈夫っぽいし話きいてできるコトならやってさっさと帰ろう」

ヴィアージェは空中に待機していた五頭のドラゴンに合図を送るとドラゴン達が順に降りてくる。もう降りろって言われても降りないからね!ゴウの耳元で文句を言っていたレイが一頭のドラゴンを視界にいれた途端に発した言葉にヴィアージェは息をのむ。

「あの人ってワタシ達を喚んだ人?」

「な、んでそう思う」

「んー、なんとなく?ヴィアージェさんワタシ達にどれくらい話していいコトになってるの?」

それを聞いたイチは目を細め、ニィは押し黙りゴウは喚んだ人物らしき男を探して視線をさまよわせる。レイは目にかかる長いサイドの髪を人差し指でもてあそびなかがらなおも畳み掛けた。

「ヴィアージェさんて言いにくいんだけど。ヴィーって呼んでい?あの人ワタシ達に近づけないでくれる?ずっとってわけにはいかないかもしれないけど、せめてワタシ達が説明全部聞き終わって今後のコト決め終わるまでくらい?何でもしてくれるって言ったよね?ね、聞いてる?ヴィー?まだ聞きたいコトいっぱいあるんだけど?異世界人の召喚ってハイデルアルン独断じゃないよね?リユースの総意なんだよね?でも反対勢力あるよね?どんな人達?」

矢継ぎ早の質問にヴィアージェは返答に窮していた。ヴィアージェは聞かれた事には全て正直に答えるように、と命令されている。そして、聞かれていない事は一切話してはいけない。開示してもよいのは所属と氏名だけ、とも。異なる二つの命令系統に若干のわずらわしさと面倒さを感じてはいたものの問題にはしていなかった。今この瞬間までは。少女の問いは、我々が懸念する事象の大半を的確に意図しなければ出てこないもので、無邪気にドラゴンと戯れる少女しか見ていない自分にはその落差にひどい違和感を覚える---無邪気にドラゴンと戯れる?気高く雄々しく確固たる矜持をもって永きにわたりリユースの頂点に君臨する王と?そこまで考えて背筋が凍るような寒気に襲われる。たった数分のやりとりでこんな少女ですら問題の根幹を探り当てるのだから年長者の能力は推して知るべし、であろう。少女を抱えている大男は、見つめられるだけで何もかも暴かれてしまいそうな気さえする。

---と、ヴィアージェが脳内で異世界人達を無駄に恐れていた頃。

レイはドラゴンとゆるーく念話を行っていた。

《ねぇねぇ。あっちにさ魔法使いっぽいのいるじゃん?ローブ着たやつ》

《あぁ、魔術師だな》

《魔術師なのね。あれってワタシ達を喚んだ人だよね?》

《うむ。その一部だな》

《一部?》

《異世界召喚は大掛かりな魔術よ。一人では到底行えまいて》

《いいやつ?》

《悪いやつだな》

《やっぱそうか………》

《なにゆえそう思ったのだ》

《うーん説明が難しい。悪いほうのテンプレ、とだけ。時間ある時話すね》

《ふむ》

《ドラゴンさん、人の事情にわりと詳しかったりする?悪いやつって即答だったね?》

《そうよなぁ。我らは時間をもてあましておるからの。事情通にもなろうよな》

《ほーぅ。ちょっと教えてほしいんだけど隷属魔法とかってある?》

《うむ》

《あんのか………召喚の時にあらかじめ言うコトきくように、とかは出来ないのかな?》

《そこまで繊細な陣を編む者が残っておるとは思えんな》

《隷属魔法って重ねがけ出来る?解除は可能?》

《魔力量によっては可能であるな》

《ドラゴンさんより多い魔術師って?》

《おるわけがない》

《ドラゴンさん、先に隷属魔法かけてくれたり………》

《そうよな。それは我に任せよ》

《えっホント?》

《うむ。この世の者が迷惑をかけたせめてもの侘びじゃ》

《おおぉ。ありがたい!これで心配事が一つ減ったわ~。お礼するね。何かしてほしいコトない?》

《ふむ。何でもよいのか》

《いいよー。ワタシに出来そうなコトでお願い》

《では。名をもらおうか》

《ん?名前ないの?》

《うむ》

《えー!不便!オーケーまかせろカッコイイの考えるわ》

《ずいぶんと気安くうけたの》

《なに、名づけは大事?契約的な?》

《知っておるではないか》

《えぇ、マジか。契約者がワタシでいいんですかっていう》

《よいよい。主が気に入ったのだ》

《そっかぁ、じゃぁねぇ(すめらぎ)!王様って意味だよ~。スゥ♪》

《ふむ。契りはなった。これからよろしく頼むぞ、異界の娘よ》

《うぃうぃ。こちらこそよろしく~》

《痴れ者がのこのこと近づいてきおったわ》

《んっ?うぇっ》

「ヴィー………ヴィー!あいつ寄ってきた!追っ払って!!ワタシ達に近づいたらぼっこぼこにしてやるって言って!勝手にこんなとこ喚んで滅茶苦茶怒ってるんだから!魔法使う人はワタシ達の傍に来たら問答無用で足腰立たないようにしてやる!!!って絶対に言ってきて!」

ヴィアージェは突然のレイの突然の変貌に驚きながらもその場を駆け足で離れた。レイはヴィアージェがある程度離れたのを確認すると、今のうちに!早く!とドラゴンを見上げる。展開についていけない三人は、ドラゴンと話をしている(らしい)レイをただ見つめている。

《一人足りないようだが?》

「えっ?一人?あっ!サンがいない!」

レイの叫びにいっせいにふりかえる三人。が、たった数十m後ろに立っていたはずのサンがどこにも見当たらない。

「えぇ~?何で~?」

「さっきまでいたのに」

「………………」

ゴウくん、おろして!早くサン連れてこないと!レイはゴウの肩をバンバン叩く。それを受けてゴウはレイを静かに地面に降ろすと元いた場所へ走って戻る。そしてある場所で視線が一点に集中し、ゆっくりと何かを地面からかついで戻ってきた。何かっていうかまぁ、サンですけど。

「何でコイツ寝てんの」

イラッとした声を隠さずにレイが言う。

「さんちゃん、大物だねぇ~」

ニコニコ顔に戻ったイチが面白そうに言う。

「これ、気絶してるんじゃないかな………」

気の毒そうな表情をしたニィが言う。

「---零」

三人がそれぞれのおもいとともにサンを見下ろす中、低いけれども耳に心地よい穏やかな声がゴウからもれる。

「ゴウくんもイケボ………何でしゃべんないの………」

レイの煩悩丸出しのセリフは丸無視でゴウは顎でヴィアージェをしめす。

「「「?」」」

三人がそちらをうかがうと、激しく言い争うヴィアージェと魔術師がいた。しかも魔術師は杖を構えている。

「うぉっ!そうだった!スゥ!お願い!」

レイがドラゴンに触れると、があっと一鳴きしたドラゴンの口から光の粒子が吐かれ、五人に纏わりつく。光の粒子はキラキラと輝きながら全身を巡り、やがてそれぞれの身のうちに吸い込まれるように消えた。レイは手を握ったり開いたりしながら、何だか釈然としない………という表情でドラゴンに問いかけた。

「スゥ、これホントに隷属魔法?ドラゴン用は特別とか?」

「れっ!?」

「隷属?れーちゃん、どういうこと~?」

不穏な単語に即反応するニィとイチ。ゴウは無言で首を傾げて己の手の平を見つめている。

「あー……………」

あらぬ方向を見て、人差し指で頬をかくレイ。誤魔化す気満々である。

「れーちゃん?」

「レイちゃん?」

ニコニコした二人につめよられて、レイは白旗を上げた。

「説明する!するから!近い近い!えーと、まず………」

「大丈夫か!?何があった!?」

ものすごい勢いで駆け戻ってきたヴィアージェに続いてローブを着た男が杖を抱えて走り寄る。

「ゴウくん」

レイはそれまでの表情を一切消し、その視線だけで射殺せそうな程冷たい目で魔術師を見据える。ゴウはレイが呼ぶやいなや魔術師に肉薄し、左手で魔術師の右肩を掴むと、正中線上に掌底を叩き込む。その数、三打。ドラゴンががぁっと一鳴きし、魔術師はずるりと崩れ落ちる。その場にいた全員何が起こったのか理解出来なかった。ゴウ本人でさえも。身体の内部から聞こえたであろう何かが砕けたと思われる鈍い音だけがいつまでも耳に残る。レイがおそるおそる近づいて口元に手を当てる。幸い、息はしているようだ。瀕死であることにかわりはないが。

「………零」

これは怒っている。名前を呼ぶだけで、これほどの怒りを込められる人物が他にいようか、いや、いまい。

「ご、ゴメン。こんなになるとか………ワタシも何がなんだか………」

地面に座り込んで頭を下げるレイ。ゴウはそんな彼女をしばらく無言で見つめていたが、やれやれとでもいうかのように頭をふってレイを抱えて立ち上がらせた。

《異界の強き男よ。娘を責めるな。説明せぬ我が悪いのだ。案ずるな。そこな男は死にはせぬ。我が手をくわえたゆえ》

頭の中に突然響いた声に、皆はそろって顔を上げた。

「ね、これドラゴンの声~?急に聞こえるようになったよ~?」

《ふむ。リユース神山が生まれ(すめらぎ)と申す。名づけは娘じゃ。良き名であろう?娘の頼みとはいえ、お主らにも加護を与えたからには、この地にいる限り我が身の内であると思うがよい》

「えぇと、つまりどういう事?」

「説明する。さっき言いかけたコト」

レイが要点をかいつまんで話し始める。三人は黙って聞いていたが、最後には目つきが悪くなっていた。

「れーちゃん、三行で」

「えぇ?結局それ?こんな長々話したのに?」

「異世界人召喚はリユースの総意

 この魔術師は少数反対派の手先

 魔法かけて思い通りに動かしてやれ?」

で、いいのかな?ニィが眉間にシワを寄せたままイチに説明する。

「うん。分かりやすかった~。じゃ、さっきのは~?」

「あぁ、そうだった。魔術師いくら近づけないでって言ってもたぶんムリだろうな、って思って。あ、ヴィーを信用してなかったとかじゃなくて、念のためっていうか保険っていうか」

ヴィアージェは申し訳ない………と小さくなって縮こまる。

「で、スゥに聞いたの。隷属魔法かけられるか、重ねがけは出来るのか、一度かけたものは解除出来ないのかって。」

「そうなんだ~。でも、それが何で加護になったの~?」

《隷属など理に反する》

不機嫌丸出しで、さも忌々しいといわんばかりの皇にレイは首を傾げる。

「スゥは無理矢理何かさせたりしないって分かってるよ?」

《ならぬ。信用の有無は問題ではない。それに加護の方が都合がよいしの》

「都合ってどんな風に~?」

《その話をしようとした時に邪魔が入ったゆえな………》

ちらりと視線が動いた先にはヴィアージェがいた。あぁ、そういえばそうだったな……全員が思い浮かべるなか、生暖かい視線にさらされたヴィアージェはますます小さくなる。

《竜の加護は精神系の術は全て効かぬ。毒や呪いの類もな。我は闇に属する種ゆえそれらも効かぬ》

「なにそれチート!!」

毒無効ありがたすぎる!スゥ様ありがとうー♪♪♪これで王宮行くのに心配事二つも解決したよー。すりすりと再び頬ずりしはじめるレイ。イチも鼻先をやさしくなでる。ニィも皇に向かって頭を下げた。

《そうじゃ、強き男よ。その力、加護のせいではないであろうよ》

皇をなでていた二人の動きがぴたりと止まる。

「あぁ、やっぱね………。言葉が通じる時点でね、もうね………」

「だよねぇ~。地面でもおもいっきり殴ってみればよかったね~」

元々なんらかの見当をつけていたらしい二人は己の手の平を見つめている。

「イチ、もっと喜ぶかと思った」

「ん~………嬉しいっていえば嬉しいんだけど~頭の中とか身体とかいじられるかと思うと………ねぇ?」

「ですよねー」

二人とも疲れきった顔をして皇に抱きついたまま、ぼそぼそと話し続ける。

「あぁ、そっか。あれが”チート”なんだ」

ニィの呟きに、レイはゴウを仰ぎ見る。

「ゴウくん、ホントにゴメンね。最初に検証しておくべきだった」

「ごーくん、オレがれーちゃんにチートある感じしないってゆったの。ごめんね」

眉をハの字にして、しょんぼりあやまるレイとイチにゴウは二人の頭をなでる。

「よしっ!サン起こしてそろそろ行こうか!」

前足にしがみついていたレイは、えいっと立ち上がって大きく伸びをする。

「起こさない方がいいんじゃないの~?さんちゃん高い所()苦手そう~」

ニコニコ笑顔でさりげなく棘を入れるイチ。

「あぁ、確かに。ドラゴン見て震えてたしね。このままの方が彼にはいいかもね」

「……………(コクリ)」

ゴウは迷いなくサンを抱きかかえた。お姫様抱っこで。

「「「ぶはっ!!」」」

「ひっ………ゴウくん、何で姫抱きなのさ!」

ヤバイ写メ撮っとこ。ピロリ~ン♪ゴウの周りをぐるぐるまわり、ありとあらゆる角度でスマートフォンを向けるレイ。ピロリ~ン♪ピロリ~ン♪

「さ、さんちゃん華奢だし、ひっ、妙に似合って………げほっ、く、苦しい……」

イチは笑いすぎて咳き込んでいる。ピロリ~ン♪

「…………………っ」

笑っちゃ悪いと思っているのであろう唇を噛み締めて下を向くニィ。かなりぶるぶる震えている。全く隠しきれていない。ピロリ~ン♪ピロリ~ン♪ピロリ~ン♪


リユース人領ハイデルアルン王国南部エーレンフェイシア草原に機械的な人工音が風に乗って流れてゆく。



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