「最初は不定形生物だって言ったじゃないか!?」
「oh…どうしてこうなった」
「すっごぉ~い!でっか~!」
「これは…想定外かな」
「最初は不定形生物だって言ったじゃないか!?」
「………」
-Y県I市 五月某日-
青々と茂る木々を眼前に見下ろし申し合わせたように横一列に並んだ五名の男女。
呆れと諦めを多分に含んだセリフとともに各々が見つめる先には黒いもやのようなものの中から1.5mはあろうかという巨大な足がまさに一歩踏み出されようとしているところであった。
しばらくの間、固まって「ソレ」を見ていた五人であったが、いつまでも無言のままの五人目を窺おうととして左端へ視線を向けた右端に立っていた人物は視界に男を入れた瞬間にふきだした。
「ひぐっ」
それにつられるように横を向いた隣の人物も
「ぶふっ!」
またもやふきだした。
三人目はふきださないだけの理性かやさしさか…なにがしかの感情が残っていたのか、下を向いてけして五人目を視界に入れないようにしている---が、ぷるぷると震えているあたり前二人とあまりかわらないようにもみえる。
「レイちゃん、イチくん笑いすぎだよ」
笑いを堪えていた己を棚に上げて三人目の男は未だ笑い続けている二人をたしなめる。無造作に整えられた薄茶色の髪がさらりと風になびき、顔の上半分を隠す仮面が陽の光に反射して輝く。
「ふっは。サーセン」
レイ、と呼ばれたのは五人の中で唯一の女性であるのだが、連日の暑さをものともせずに怪しげな真っ黒のローブを着込み目深にフードをかぶっている上に口元には、これもまた黒いストールをぐるぐると巻いているため外から性別を判断するのは難しい。とはいっても声は誰が聞いても女性のそれなので話せば一発なのだが。
「ごうくんごめんね~」
イチ、と呼ばれた少年が、こてんと首を傾ける。普通にすればかわいらしい仕草なのだろうが、その頭には正義の味方(赤)のお面がついている。日曜朝八時から始まる五色揃って悪を打ち倒すちびっこ達のヒーロー、のあれである。服装はTシャツにジーンズでまともなのに顔が正義の味方(赤)になっただけでこの不審者っぷり。本人は至って真面目であるから手に負えない。ちなみにお値段1200円。安っぽいプラ製にしてはけっこう高い。
「あ、れ、の、ど↑こ↓が↑楽勝なんだ!?あれ十mはあるだろう!?」
四人目は最初の衝撃から抜け出せていなかったようで、足を踏み鳴らしながら指さした腕はぶるぶると震えている。大きく動いたせいで、かぶっていたフードがズレた下からは銀ブチのスクエア眼鏡と顔の下半分を余裕で覆い隠す白い医療用マスクが現れた。どうみても立派な不審者(二人目)である。
「サンくん落ち着いて。大丈夫だよ」
「に~ちゃんの言うとおりだよ~。さんちゃん、みんなで力を合わせれば大丈夫!」
根拠のない気休めと、正義の味方らしい暑苦しい根性論(これももちろん根拠なし)は慰めにならなかったようで、不審者(二人目)改めサンは未だ「ソレ」から視線を外せないままでいる。
「零」
ここで五人目の男が初めて口を開いた。男が話すのは極めて稀で、四人は揃って男に視線を移し---ふきだした。
「「「「ぶはっっっ」」」」
笑われても男は泰然と腕を組んだまま「ソレ」から視線をそらさない。身長193cm体重102kgクマとみまごうような立派な体躯に鋭い眼差し。袴を身につけ足元にはなんと雪駄を履いている。これだけなら、どこぞの武道家ともいえる姿なのだが、いかんせん頭装備が悪かった。スキーマスクといえば分かるだろうか?目と口の三つの穴だけが開いている、頭からすっぽり首までかぶるタイプのマスク。二時間ドラマの銀行強盗がよくかぶっているアレ。しかも色は緑。目と口のまわりのフチだけが赤くなっている。なぜ緑。どうしてその色をチョイスした。怪し気→不審者→犯罪者への堂々のクラスチェンジである。お見事。
「油断した…!ゴウくんズルいよ!何回笑いとれば気が済むの!!」
レイがストールごしにもごもごと言いつのる。フードとストールのわずかな隙間から見えるだっさい黒ブチの大きな眼鏡の下からのぞく二重のぱっちりとした目はうっすらと涙でうるんでいる。笑いすぎ。
そんな様子も気にする事なくゴウと呼ばれた男は重ねて彼女を呼んだ。
「零---結界はいいのか」
その発言に弛緩していた空気が一瞬にしてピシリと引き締まる。
「あ゛」
マジやべぇ。顔が見えていたらそんな表情をしていたであろうと容易に分かる程焦った声を出してレイは左腕を振り上げた。その手の先に金色の光の粒子が集い、金属製の杖が現れる。
イチの右手には剣が。
ニィに左手には弓が。
サンの右手には木製のロッドが。
ゴウの手にはハルバードと盾がそれぞれおさまっている。
「この山全体に張るよ!サン、バフ用意!イチは左腕!ニィはあのデカイ目狙って!ゴウくん今回は挑発ナシ!あんなデカイの攻撃、バフかけてあっても怖いし、右腕だけに集中して!」
レイが叫んだと同時に振り下ろされた杖の示す先に光り輝く魔法陣がいくつも現れ、付近一帯にドーム状に半透明の膜がかかる。結界が張り巡らされたのを肌で感じた三人は魔法陣を足場にして空中へ散開していく。
「あぁいうのって~何て言うんだっけ~?」
横からふるわれた左腕を剣でたやすくさばきながら魔法陣の間をぴょんぴょん飛び跳ねて移動するイチに、弓を引き絞りながら同じく移動中のニィはこたえた。
「一つ目の巨人はギリシャ神話ではキュクロープスって呼ばれるね。サイクロプスって言った方がなじみあるかな?」
黒いもやの中から現れた「ソレ」は、サイクロプスと呼ばれる巨人だった。身の丈およそ十m。顔には大きな一つ目がギョロリと動く。右手には先に棘のついた棍棒を携えている。一歩踏み出す度に大地が揺れ、腕の一振りで周囲の木々をなぎ倒す。
「あぁ~。サイクロプスね~。聞いたことあるある。ところでさんちゃんバフまだかな?」
自分から聞いたわりには薄い反応の上、戦闘中にしてはのんびりとしすぎたイチにニィは苦笑しつつ巨人の腕を視界に入れたまま、件の少年に視線を向けると、それまで目を閉じてぶつぶつ呟いていたサンはふいに顔を上げ、両手でロッドを前に押し出した。
「STRUPVITUPAGIUPINTUP………」
イチの身体が一瞬にして白く輝く光の粒子に包まれた。サンはやりきったとばかりに眼鏡ごしの目しか見えなくても分かるくらいのドヤ顔をしてみせた。
「えっ!?白!?さんちゃーん違うよーぅ!白(い光)はINTUPだよ~。オレはSTRUP!赤(い光)だよ~!」
イチは慌てて両手を振って、かけ直しを促す。その時巨人の左手が真上から叩きつけられる。
「ギャーーーーーっ!」
横っとびで近くの魔法陣へ移動した---が、勢いあまって落ちかけるイチ。かろうじて左腕一本でぶら下がるも、追い討ちをかけるようにイチの身体めがけて左腕がふるわれる。
「「イチ(くん)!!」」
イチを叩き飛ばそうとする手の平に、氷の矢が何本も突き刺さる。と同時に右手首にハルバードが叩きつけられ、大きな目に矢がすいこまれた。
『ぐがぁ!』
鼓膜をビリビリと震わせる叫び声に眉をしかめつつ、続けて氷の矢を撃ち込むレイ。ニィは間をおかず目へ矢を放ち続ける。イチはその隙に魔法陣の上へ飛び上がり、左腕から距離をとる。ゴウは続けて盾で棍棒をいなしながらハルバードを右腕に叩きつける。サンはロッドを地面に垂直に両手で持ち腕を前に伸ばしバフのかけ直しにかかる。巨人は目をやられて両腕を滅茶苦茶にふりまわし、魔力の残滓にすいよせられるようにレイとサンにむかって棍棒を横なぎにふるった。
「うぉう!!」
レイはサンの頭を押さえつけて地面にスライディングすると、その真上を棍棒が通りすぎ、一拍遅れて「ぶおん!!」と物凄い風切り音がした。ローブの裾がバタバタとはためく。
「し、死ぬ!あんなん当たったら死ぬ!サン、お願いだから魔法使う時目ぇ開けて!」
「さんちゃーん!バフーーーぅ!攻撃効きにくいよ~ぅ!」
目を閉じて詠唱していて何が起こったか気付いていないサンは、レイの身体の下敷きにままポカンとしている。
「サン!おいコラ!メガネ!しっかりしろ!」
ぱしぱしと頬を叩かれ胸ぐらを掴まれてガクガクと前後に揺さぶられるサン。その間にも、イチの「ギャーーーっ!」とういう叫び声や「あぁっ!かすった!髪の毛が!!」等というニィの悲痛な声が聞こえてくる。ちなみにゴウは「………。」安定の無言である。レイはサンを正気に戻すのを諦めて、すっくと立ち上がる。杖を両手で持ち地面に打ちつける。
「精神集中。絶対障壁。」
光が杖の先からうまれ、レイとサンを包んでいく。二人を中心に直径1m程の半透明のドームが出来上がる。
「下ーがーれー!!」
レイは叫ぶと同時に杖をくるりと一回転させる。杖の先から空中に青白く光輝く魔法陣が描きこまれていく。それを見てイチは左腕を踏み台にしてその場から離れ、ニィは後退しつつ弓を射続ける。ゴウは右腕にフルスイングでハルバードを叩き込んでその場で盾を構えた。
「---凍りつけ。」
振り上げた杖の先から冷気が溢れ出し、巨人の身体が凍りついていく。巨人は完璧に大地に留められた足を無理矢理持ち上げた。バキリと澄んだ音がして足首から先が身体から離れる。巨人は足の先が失くなったのにも頓着せずにそのまま前に一歩踏み出す。着地の瞬間態勢を崩し前傾姿勢のままかろうじて動く右腕を上げ棍棒で辺りをなぎ払う。ゴウが盾を構えて迎え撃つも、体重をかけた一撃は重く、ぐわん!という鈍い音とともにはじき飛ばされ、巨人の頭上をはるかに越えた。ゴウの手からハルバードと盾が光をともなって瞬く間に消え失せる。
「「「!!」」」
棍棒の射程外に逃れていたニィが弓に光の矢をつがえ巨人の目に狙いを定め、イチは180度方向転換し巨人の右腕に向かって助走をつけジャンプを繰り返す。レイはサンの背中を蹴りつけながら杖を構え直した。
「うっおおおおおおお!」
大きく飛び上がったイチは巨人の右腕に全体重をかけて迷いなく剣を突き刺した。
『ぐぎゃあああああっ!!』
深々と突き刺さる剣に掴まったまま振り回されるイチ。そこにニィの普段の甘い声からは考えられないような冷たい凛とした声が響き渡る。
「強打。」
光を纏った矢はまっすぐに巨人の目へ向かってゆく。未だに残る光の軌跡が矢の速さを物語っている。
『ぐっぎゃああああああ!!!』
巨人は手当たりしだいに右腕を振り回し、レイとサンを守る障壁に棍棒をぶち当てた。ガンガンと続けて攻撃はくわえられているが、レイのうみだした障壁にはヒビ一つ入らない。
「おぉ…こえぇ…」
いくら障壁の中にいれば安全といっても、目の前で巨大な棍棒が何度も振り下ろされるのは肝が冷えて当然である。レイはそれでも気丈に杖をしっかり握りしめて目標に狙いを定めた。行きがけの駄賃とばかりにサンを蹴りつけて。
「凍、り、つ、けっ!」
巨人の右手は棍棒ごと凍てついて、じわじわと腕を侵食していく。右腕の間接部分に突き刺した剣に掴まっていたイチは動きの止まった瞬間に剣を引き抜き肩へ向かって凍っていく腕を駆け上がる。いつの間にか巨人の正面に陣取っていたニィは片膝をついて弓を構えている。イチが二の腕から跳び上がり、巨人の喉めがけて剣をふるう。喉が横一線に大きく裂かれ傾いだ頭に強い光をともなった矢が突き刺さる。
「クラック・シュート。」
ニィは矢を放った姿勢のまま巨人の頭上に視線だけを向ける。そこには、大きくハルバードをふりかぶったゴウの姿があった。
「っ!!」
頭上のゴウに気付いたイチは、レイが新たにうみだした魔法陣を足場に跳躍。離脱をはかる。数秒の差でハルバードが巨人の頭に叩きつけられ---た瞬間、巨人の身体が光の粒となって周囲の景色に溶け込んでいく。と同時にゴウの身体が赤く輝く光に包まれた。それに気付いた四人は、未だ地面にうずくまっていたはずの男を見た。そこには、ロッドを両手でしっかりと握りしめ多少震えてはいるものの、己の二本の足でまっすぐに立ち空を見つめるサンがいた。その目はやはり、やりきったと言わんばかりに満足気だ。
「間に合ってねーし」
レイの鋭いローキックが炸裂して、サンはまたもや地面に崩れ落ちた。手の中のロッドが一瞬にして消え失せる。
「さんちゃんドンマイ☆」
ぴょんぴょんと軽やかに空中に浮かぶ魔法陣を跳んで陸地に戻ってきたイチが明るく声をかける。
「サンくん、お疲れ~」
後に続くニィもゆる~く声をかけた。ウィンク付き。仮面のせいで見づらくはあったが。うなだれるサンの前にゴウが声をかけ…なかった。短くはない間サンの目を見つめ続け。小さく一つ頷くと肩をポンと叩いて三人の後に続く。安定の無言。
「せめて何か言ってください………」
しょんぼりと肩を落としてのろのろと立ち上がるサンの呟いた一言を耳ざとく聞きつけたレイがストールに指をかけて引き下げると言い放つ。
「メガネいつまでもウザい。置いてくよ?」
「さんちゃん、早く早く~。何か食べて帰ろうよ~。オレお腹すいちゃった~!」
「サンくん、帰ろう?僕、早くシャワー浴びたいし」
「………(コクリ)」
それぞれの呼びかけ(+無言の頷き)にちょっぴり浮上した分かりやすい男は「メガネって言うな」などといいながらレイが地面にうみだした魔方陣の上にいそいそと移動する。ちなみに、サンよりもご飯やシャワーの方が大事に聞こえるのには気付いてはいけない。
「じゃぁ、ブルーの機嫌もなおったし帰りますかー」
レイが杖でトンと地面を一突きすると。巨人が踏み荒らした草花や棍棒で無残に折られた木々が何事もなかったかのように元通りになって現れた。
「ブルーって言うな」
「はいはいうつブルーさんサーセン」
「ねぇねぇ何食べる~?Y県って何が名物~?」
「Y県の名物は有名なところではいも煮かな。冷やしラーメンとか…。でも一回帰らないと。この格好じゃどこも入れないでしょう。というか捕まるよ?」
「………」
地球日本Y県I市某山中 静けさに包まれた森の中で小鳥のさえずりと少年少女の笑い声だけが響く。
五人の守る世界は今日も平和である。
これは、人知れず異形の怪物から世界を守る五人の物語
未踏の地に喜び
理不尽な理に怒り
突然の別れを悲しみ
新しい自分を全力で楽しむ
弱さに泣き
仲間との語らいに笑い
選択を後悔し
ルールの違いに憤る
未知の味に驚き
常識の違いに戸惑い
美しい景色に感動し
望まない邂逅に舌打ちし
心折られるような絶望に慟哭する
常に不真面目に。時に誰よりも真剣に。
常に正義をもって。時に悪に目を瞑り。
常に常識をもって。時にそれを忘れて。
常にやさしさと甘さをもって。時に周囲が引くほどの厳しさをみせ。
一貫して強さをもって他を見守る。
知に触れ、夢をみて、愛を知り、友を得て、力を尽くす。
これは、名も無き五人の世界の果てへの長い長い物語。
これは、人知れず異形の怪物から世界を守った五人の物語。
世界最期の夜に奏でられる音楽