家へ
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ようやく家に帰ってきた。ペンギンの進むペースが遅すぎるからだいぶ時間がかかった。周りの人からも驚いたような不思議なような、とにかく物珍しい目で見られた。ペンギンが町中を歩いていたから。こいつが喋ったのはダンゴムシの話の時のみでその他はただ歩くだけで静かだった。こいつが喋っているときは周りに誰もいなかったからよかった。
五階建てのマンションの二階に僕の家はある。今は母親と二人暮らしだ。
鞄から鍵を取り出し玄関の扉を開ける
「ただいま」
虚しく響く。だけど誰も出てこないし返事もない。僕は事務的にただいまを言っている。寂しいけどこれを言わないと家に帰ってきた気がしないからだ。
返事はないけど僕の母親の靴はある。そうか、今日は休みの日だったっけ。と、一人で納得した。
後ろにいたペンギンも自分の家かのように堂々と僕より先に玄関へ入っていく。
「濡れたタオルかなにか持って来い」
ペンギンだから家の中は暑すぎるのだろうかとも思ったが
「足の裏が汚れてるだろうが。このまま入ったら汚くなるだろ」
ペンギンのくせに以外ときれい好きだった。他のペンギンがそうじゃないかはわからないけど。
玄関から一番近い部屋が僕の部屋だ。ペンギンに部屋を教えたら僕よりも先に扉の前まで行ったそして一人で扉を開けた。ペンギンが飛んだ! いや跳んだのか。
羽を上手く使いドアノブを回しながら扉を押す。驚くべきはその滞空時間だ。お前ペンギンじゃないだろと言いたくなるほどの滞空時間だった。お前は本当に何者なんだよ。
「片付いているな」
部屋を見てペンギンはこの部屋の異様さに気づいた。綺麗な僕の部屋。綺麗過ぎるんだ。自殺をする人っていうのは身の回りを綺麗にするってよくいうだろ。だから僕も例に習って部屋を掃除した。もうここには戻ってこないつもりだった。だから必要最低限の生活の後だけを残して後は全部捨てた。ゲーム機とか、マンガなどは一切ない。あるのは勉強机・ベッド・教科書や参考書・テレビ・パソコンだけだ。あとの部屋を汚く見せるようなものは全て処分した。我ながらよくここまで片付けられたものだと感心する。
「すまないな。帰ってきさせちまって」
いいよ。僕だって本当は半分止めてもらいたかったかもしれないから。
「遺書は書いてないのか?」
そういえば忘れていた。遺書を書かなければ僕が死んだ後に事実関係を調べるとかなんとか面倒なことになるだろう。ニュースでやっていた。でも、僕の場合どうすればいいんだろう。特定の人間にいじめられていたわけではない。その場の空気にいじめられていたというか……。この場合は誰が悪いんだ?
ペンギンは親に挨拶したいということだった。多分このペンギンと母さんがあっても無駄だと思う。
「なにが無駄だ。俺は世界でも珍しい喋るペンギンだぞ。反応しないやつなどいないだろ」
そういうことを自分から自慢しないでほしい……。
僕はペンギンと一緒に向かったリビングへ向かった。そこにはやっぱり母さんがいた。僕に背を向ける形で目の前のテレビを見ている。
「母さん」
呼んでも返事がないのはわかっていた。一人で話を続ける。
「見て欲しいものがあるんだ」
僕は隣にきたペンギンを持ち上げた。
「これからよろしく頼む」
ペンギンが言った。そうペンギンが言ったのだ。普通なら驚くだろう。しかし母親は僕の予想通り無反応だった。目をこちらに向けただけだ。すぐにテレビに戻る。僕もそれはわかっていたのでペンギンが何か余計なことを話さないうちに自分の部屋へすぐに戻った。
「どういうことだあれは」
部屋に戻ってきたペンギンは怒っているわけではなかった。母さんがなんであんな反応しかしないのかということを、ただ単純に不思議に思っているだけだった。世にも珍しい喋るペンギンがいるのに。
母親は昔からあんな感じだった。全てのことに無関心なわけではない。テレビのバライティ番組では笑うし、感動する場面では涙する。人との付き合いが苦手かというと、よく友達とも出かけるみたいだからそんなことはないと思う。無関心なのは僕に関することと僕の周りのことだけだ。なにもやってくれないわけではない。一日の食費千円がリビングの机に置かれる。それ以外はなにもしない。授業参観だって来たことはないし、小学校の入学式や卒業式も来てはくれない。中学時代の三者面談は先生との二者面談になった。ペンギンも僕の周りのことと認識されたらしい。
「父親はいないのかよ」
いない。父親は僕が生まれた時にはすでにいなかったらしい。父親の顔も何も知らない。写真すら残っていないのだ。小学校のころに母さんに尋ねてみた。なんで僕には父親がいないのか。母さんは予想通りの無反応だった。それ以上聞いても母さんは答えそうもないから僕は質問することをやめた。
「お前が小さい頃は? 誰に育ててもらったんだ」
ばあちゃん。僕が小学校に入ってすぐに死んじゃったんだけど……。それまではずっとばあちゃんが育ててくれたんだ。だから母さんは一切僕にかかわってはいない。僕を生んで、少しは僕をかわいがってくれたのだろうか。僕を愛してくれていたのだろうか。僕は母さんにとってどういう存在なのだろう。母さんの世界に僕はいるのだろうか。
そういえばペンギンって風呂はどうするのだろうか。そもそも風呂にはいるのだろうか。
「ペンギンも風呂に入るさ。水風呂だけどな」
じゃあ水張っとくよ。と、僕が風呂場に行こうと立ち上がる。
「ちょっと待てよ。入るのは俺が最後だろう。羽とかが風呂のなかに浮いているのはいやだろ。温度は自分で調節しておくよ」
確かに、羽が浮いている風呂には入りたくない。ペンギンは風呂に入った後は自分で掃除しておくとも言った。このペンギンはいったいどこまで人間と同じことができるのだろうか。
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